③
「君が高橋君?」
そう話しかけてきたのは、30歳くらいのポロシャツ姿の紳士。
「はい。高橋です」
「私はM社でこの国の開発担当をしている林です。
今のプロジェクトでは、君のお父さんに本当にお世話になっているんだ」
「そうなんですか。こちらこそ、父がお世話になっております」
オレは、差し出された右手を握り、顔を見ながら握手した。
「高橋さんに自慢された奥さんにそっくりだ」
またババアに似てると言われ、軽くへこむ。
「隣のノースアンド共和国と一緒のプロジェクトなんですか? 企業秘密なら話さないでください」
「ははは。会社のパンフレットにも載ってるから、全くかまわないよ。
僕はね、この国にまず道路を造ろうと考えてる。物資を運ぶには、まず道路だ」
話し始めた林さんの一人称が、私から僕になった。
「空港からここまでの道路、交通量はかなりだったんですけど、
ほとんど舗装されてませんでした。都市部は舗装されているんですか?」
オレだって、真面目な話くらいする。親父の関係者なら、尚更誠意を持って応えないと。
「まだ本当に一部で、今、そこらじゅうで工事してるよ」
「そうなんですか」
「この国は海がない内陸国だからね大変だよ」
「隣の国が広いから、海までは数千キロですか?」
ソイル国の東がイーストソイル国。イーストソイル国はインド洋に面している。
ソイル国の北が、父のいるノースアンド共和国。ノースアンド共和国も内陸国。更に北のアンド連邦共和国がやっと地中海に面している。
「イーストソイル国からの方が、資材の輸入は断然近いけど、
そっちのルートが使えないんだよ。
港の許容量を超える荷物が来て捌ききれない。
港に到着して、税関を通るまでに1か月以上かかるんだ。
行方不明になる荷物も沢山ある。
だから、ノースアンド経由にしたんだ。そのとき、
高橋さん、君のお父さんに本当にお世話になったよ。
6日かかる税関を2時間にして、関税面でも優遇してもらったんだよ」
へー。あの親父がねぇ。
「僕なんかがおこがましいかもしれないんですが、
今後も父をよろしくお願いします。
早く隣のイーストソイル国のルートが使えるといいですね。
その方が倍以上近いですよね」
「はは。さすが高橋さんの息子さんだ。
だけど、そうなっても、高橋さんの力や指南は欲しいから、
宜しく伝えてください」
親父を尊敬。なんかカッコいーじゃん。だってさ、アフリカ転勤って聞いたときはさ、「いったい何ヘマして飛ばされるんだよ」なんて思ったからさ。アメリカ東海岸とかヨーロッパなら、栄転だろーなーって思う。アジアやオーストラリアならまだしも、アフリカじゃん? ちょっと心配してたんだよ。電話しかないような部屋で、ただ1日座ってるだけだったら......ってさ。
オレが林さんと談笑していると、下仁田がやってきた。そのタイミングで、林さんは、参加していた日本企業の人達を紹介してくれた。
発電所の建設に携わる電力会社の人、通信網の整備担当の大手ネットバンクのエンジニア、農業支援のボランティアに来た福島県のおじいさん、学校教育の浸透を目指すユニセフ職員。
なんかすげー。みんな気さくでカッコいーんだ。
「もう一人、D金属社の人を紹介したかったんだけど。今日は来られなかったんだ」
「身体を壊されたんですか?」
下仁田が聞いた。
「いや、1週間前にイーストソイル国との国境付近でレアメタルが見つかって、
忙しいんだ。もともと彼は、石油の調査に来てたんだ。
宝を掘り当てたみたいに喜んでるよ。すごいビジネスチャンスだからね」
「どんなレアメタルなんですか?」
聞いてみる。
「カンデラバースニウムだよ」
(注:フィクションです。実際にはそのような物質はありません)
「すごいですね。希少で確か、1グラム当たりの値段が金の2倍なんですよね。
しかも精錬するときに水ができるって」
オレはネイチャーで見た記事を思い出した。
「よく知ってるね」
林さんが顔を綻ばせる。
「カンデラバースニウムは、物質自体発見されてから数年ですよね。
まだ、クリーンエネルギーの可能性もあるんですよね」
今度はさすが科学部の下仁田。
「まだまだ未知の物質だよ」
林さんはアップルタイザーで口を潤した。
「この国て精錬すれば、水も得られて東部の水不足に有益だと思うんですが、
量やコスト的にはどうなんでしょう」
と下仁田。
「もし軽量で、飛行機で運べるなら、
内陸国で港までの輸送費がかかるってハンディもなくなりますね」
とオレ。
「まず、飛行機で輸送可能という点は、安全面の調査が通れば可能。水に関しては、
ソイル国全体の必要量5分の1くらいにはなるだろうって推測だよ。
但し、コスト的にはこの国の力では難しいだろう」
林さんが嬉しそうに答えた。
そばにいたユニセフの職員が「やっぱりもう1回教育のことを考えよう」と独り言。
「もう1回ってことは、1度断念したのですか?」
独り言を拾ったのはハナ。おっと。いつの間にここに。
「そうなんだ。都心部から離れると、就学率も低くてね。
学校を作ったところで、親が行かせない。貴重な労働力だから。
女の子は特に、学校へ通う途中が危ないからね」
治安が悪くて婦女暴行とかされちゃうんだろうな。弱冠暗い気持ちになる。
オレはさ、「女がほしい」って落書きするけど、襲おうなんて微塵も思わない。
母が以前言ってた。レイプ犯は死刑にすべきだって。被害者の心やその後への影響、性犯罪に多い再犯の可能性を考えれば、そうして欲しいって。オレはそこまでは言わないけど、一人の女性の本音だと思う。
「ああ、ごめんごめん。こんなふうに日本人で固まって、日本語で話してたら、
パーティの意味がないよね。
今度ホームパーティに誘うよ。そのときまた話そう」
林さんは爽やかに言い残した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます