「君が高橋君?」


そう話しかけてきたのは、30歳くらいのポロシャツ姿の紳士。

「はい。高橋です」

「私はM社でこの国の開発担当をしている林です。

 今のプロジェクトでは、君のお父さんに本当にお世話になっているんだ」

「そうなんですか。こちらこそ、父がお世話になっております」

オレは、差し出された右手を握り、顔を見ながら握手した。

「高橋さんに自慢された奥さんにそっくりだ」

またババアに似てると言われ、軽くへこむ。


「隣のノースアンド共和国と一緒のプロジェクトなんですか? 企業秘密なら話さないでください」

「ははは。会社のパンフレットにも載ってるから、全くかまわないよ。

 僕はね、この国にまず道路を造ろうと考えてる。物資を運ぶには、まず道路だ」

話し始めた林さんの一人称が、私から僕になった。

「空港からここまでの道路、交通量はかなりだったんですけど、

 ほとんど舗装されてませんでした。都市部は舗装されているんですか?」

オレだって、真面目な話くらいする。親父の関係者なら、尚更誠意を持って応えないと。

「まだ本当に一部で、今、そこらじゅうで工事してるよ」

「そうなんですか」


「この国は海がない内陸国だからね大変だよ」

「隣の国が広いから、海までは数千キロですか?」


ソイル国の東がイーストソイル国。イーストソイル国はインド洋に面している。

ソイル国の北が、父のいるノースアンド共和国。ノースアンド共和国も内陸国。更に北のアンド連邦共和国がやっと地中海に面している。


「イーストソイル国からの方が、資材の輸入は断然近いけど、

 そっちのルートが使えないんだよ。

 港の許容量を超える荷物が来て捌ききれない。

 港に到着して、税関を通るまでに1か月以上かかるんだ。

 行方不明になる荷物も沢山ある。

 だから、ノースアンド経由にしたんだ。そのとき、

 高橋さん、君のお父さんに本当にお世話になったよ。

 6日かかる税関を2時間にして、関税面でも優遇してもらったんだよ」

へー。あの親父がねぇ。


「僕なんかがおこがましいかもしれないんですが、

 今後も父をよろしくお願いします。

 早く隣のイーストソイル国のルートが使えるといいですね。

 その方が倍以上近いですよね」

「はは。さすが高橋さんの息子さんだ。

 だけど、そうなっても、高橋さんの力や指南は欲しいから、

 宜しく伝えてください」


親父を尊敬。なんかカッコいーじゃん。だってさ、アフリカ転勤って聞いたときはさ、「いったい何ヘマして飛ばされるんだよ」なんて思ったからさ。アメリカ東海岸とかヨーロッパなら、栄転だろーなーって思う。アジアやオーストラリアならまだしも、アフリカじゃん? ちょっと心配してたんだよ。電話しかないような部屋で、ただ1日座ってるだけだったら......ってさ。



オレが林さんと談笑していると、下仁田がやってきた。そのタイミングで、林さんは、参加していた日本企業の人達を紹介してくれた。

 発電所の建設に携わる電力会社の人、通信網の整備担当の大手ネットバンクのエンジニア、農業支援のボランティアに来た福島県のおじいさん、学校教育の浸透を目指すユニセフ職員。

なんかすげー。みんな気さくでカッコいーんだ。


「もう一人、D金属社の人を紹介したかったんだけど。今日は来られなかったんだ」

「身体を壊されたんですか?」

下仁田が聞いた。

「いや、1週間前にイーストソイル国との国境付近でレアメタルが見つかって、

 忙しいんだ。もともと彼は、石油の調査に来てたんだ。

 宝を掘り当てたみたいに喜んでるよ。すごいビジネスチャンスだからね」


「どんなレアメタルなんですか?」

聞いてみる。


「カンデラバースニウムだよ」


(注:フィクションです。実際にはそのような物質はありません)


「すごいですね。希少で確か、1グラム当たりの値段が金の2倍なんですよね。

 しかも精錬するときに水ができるって」


オレはネイチャーで見た記事を思い出した。

「よく知ってるね」

林さんが顔を綻ばせる。

「カンデラバースニウムは、物質自体発見されてから数年ですよね。

 まだ、クリーンエネルギーの可能性もあるんですよね」

今度はさすが科学部の下仁田。

「まだまだ未知の物質だよ」

林さんはアップルタイザーで口を潤した。


「この国て精錬すれば、水も得られて東部の水不足に有益だと思うんですが、

 量やコスト的にはどうなんでしょう」

と下仁田。

「もし軽量で、飛行機で運べるなら、

 内陸国で港までの輸送費がかかるってハンディもなくなりますね」

とオレ。


「まず、飛行機で輸送可能という点は、安全面の調査が通れば可能。水に関しては、

 ソイル国全体の必要量5分の1くらいにはなるだろうって推測だよ。

 但し、コスト的にはこの国の力では難しいだろう」

林さんが嬉しそうに答えた。



そばにいたユニセフの職員が「やっぱりもう1回教育のことを考えよう」と独り言。

「もう1回ってことは、1度断念したのですか?」

独り言を拾ったのはハナ。おっと。いつの間にここに。


「そうなんだ。都心部から離れると、就学率も低くてね。

 学校を作ったところで、親が行かせない。貴重な労働力だから。

 女の子は特に、学校へ通う途中が危ないからね」

治安が悪くて婦女暴行とかされちゃうんだろうな。弱冠暗い気持ちになる。


オレはさ、「女がほしい」って落書きするけど、襲おうなんて微塵も思わない。

母が以前言ってた。レイプ犯は死刑にすべきだって。被害者の心やその後への影響、性犯罪に多い再犯の可能性を考えれば、そうして欲しいって。オレはそこまでは言わないけど、一人の女性の本音だと思う。


「ああ、ごめんごめん。こんなふうに日本人で固まって、日本語で話してたら、

 パーティの意味がないよね。

 今度ホームパーティに誘うよ。そのときまた話そう」

林さんは爽やかに言い残した。

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