【編ノ十】あやかし水上大合戦(四) ~七本鮫~

ピピーッ!


 審判を務める十乃とおのが吹いたホイッスルと共に、スコアボードの点数が「34」から「35」にめくられる。

 その様を、私…ディートリントを含めた「SEPTENTORIONセプテントリオン」の面々と、雨禅寺うぜんじ 緑彦ろくひこは、荒い息の中、無言で見つめていた。


 とあるきっかけで始まった、我々と鮫島さめじま兄妹(七本鮫しちほんざめ)の「水球勝負」だったが、目下、その点数は0対35。

 いわゆる、我々は完封状態にあった。

 兄妹の一人、明次郎めいじろうの提案で「一点でも入れることができたら、お前たちの勝ち」という、屈辱的なハンデがあるものの、さすがは「神の使い」の由来を持つ水棲妖怪である。

 文字通り、私達には手も足も出なかった。

 攻撃オフェンスでは、パワー溢れるエースの明次郎、スピードに優れる芳士ほうじ、トリッキーでアクロバティックな動きで翻弄する与志樹よしき少年の三羽ガラスが得点を荒稼ぎする。

 守備ディフェンスでは、奇術めいた水芸を繰り出す神楽かぐら、長くしなやかな手足と長距離パスを武器とするあおい、神がかった観察眼でこちらの動きを予測する祢子ねこ、そして、守護神としてゴール前に立ちはだかる仁兵衛しんべえの鉄壁の守備が、アルベルタの長距離狙撃ロングシュートやカサンドラのクイックシュートをことごとくはじき返す。


 はっきり言って。

 勝機が微塵も感じられなかった。


副司令官アルベルタの言った通りね」


 第三クォーターが終了し、残すはあと第四クォーターのみ。

 最後の休憩となり、プールサイドに集った面々に、カサンドラが悔しげに言った。


「明次郎だっけ?ムカつくけど、アイツ、本当に一点も取られない自信があるからこそ、あんな条件を出してきたんだわ」


「すまない…あたしが、もっとしっかり守れていれば…」


 不甲斐ない結果に、思わずバルバラがそう言いながら、頭を下げる。

 普段威勢のいい彼女にしては、珍しいくらいにしょげていた。

 それを見たフリーデリーケが、慌てて顔を上げさせる。


「謝らないでください、バルバラさん。それを言ったら、私達なんて、もっと不甲斐ないんですから…」


「…(゜-゜)(。_。)(コクリ)」


 同じく、守備についているゲルトラウデが頷く。

 彼女にいたっては、基本、浮き輪で浮いているだけなので、フリーデリーケより役に立っていない状態だ。


「くそっ!全然止められなかった…!」


 緑彦も悔しそうにうつむき、歯噛みしていた。

 因縁のある与志樹少年にいいようにやられているせいで、普段の元気な様子はなりを潜めている。


「このままだと…」


 カサンドラが、チラリと鮫島陣営に目をやる。


「や、やはり、お約束としては、まず、朝の着替えのお手伝いからかのう!」


 鼻息荒く、興奮した様子で仁兵衛がそう言う。

 それに、クールに髪を掻き上げる芳士。


「うーん、僕は朝の洗髪のお手伝いがいいかな?」


「むぅ!?ふ、風呂か!それはいい!メイド姿のめんこい娘に背中を流してもらえるなぞ、そうないチャンスだしのう!」


 さらに鼻息を荒くする仁兵衛。

 妹達が冷めた目で見ているのにも気付かないようだ。


「ぐふふふふ…!な、ならば、あんなことやこんなこともお願いしていいかのう!?」


 それに芳士が肩を竦める。


「愚問だよ、仁兵衛兄さん。何せ、僕達は彼女達の『御主人様』になるんだからね」


「そ、そうか!仕方ないのう!『御主人様』だからのう!楽しみじゃわい、ぐふふふふふふふ♡」


 放送禁止級のスケベ顔で、薄ら笑いを浮かべる仁兵衛。

 それを目の当たりにしてしまったカサンドラが、ツーサイドテールを逆立たせた。


「いやぁぁぁッ!ムリ!あんなの絶対無理!果てしなく無理ぃいいいいッ!」


「そういう訳で、この勝負、我々の名誉と貞操のために、是が非でも勝たねばならん」


 いつも通り冷静なアルベルタの言葉に、緑彦が首を傾げて私に尋ねてくる。


「ディートねぇ『ていそう』って何?」


「うむ。分かりやすく言うと、雄しべと雌しべがだな…」


「その辺の講釈は後にしろ、ディート」


 アルベルタはそう言うと、咳払いをし、全員を見回した。


「ここまでの状況を見ての通りだ。やはり、水中では彼我の戦力差は歴然だ。このままでは敗北は必至だろう」


 全員が無言だった。

 それは確認するまでも無い。

 口惜しいが、鮫島兄妹の実力は本物だ。

 ゲーム自体は「一点でも入れれば勝ち」と、勝利条件は、とても簡単なものだ。

 が、頼みの綱だった私やアルベルタ、カサンドラの攻撃オフェンスメンバーによる速攻も、全て防がれてしまっている。

 しかし、アルベルタは続けた。


「…かといって、このまま敗北を待つのは、各位本意ではあるまい?」


「それは勿論…だけど、何か手があるのかい?」


 バルバラがそう尋ねると、アルベルタは眼鏡のブリッジを押し上げた。


「ある。というか、もうこれしか打つ手がない」


 そう言いながら、眼鏡を光らせるアルベルタ。


「ここからは、我々の本分をこなす」


「本分…って?」


 怪訝な顔になるカサンドラに、アルベルタは告げた。


「決まっている…『戦争クリーク』だ」


---------------------------------------------------------------------


 そして、最後の15分ラストクォーターが幕を開けた。

 ホイッスルと共に、審判の十乃がセンターにボールを投げ入れる。


「!?」


 そこで全員が目を剥いた。

 これまで、常にゲーム開始と共にボールを奪い取り、先攻してきた鮫島兄妹が動かない。

 唖然となる私達に、明次郎が告げた。


「ボールならくれてやるよ。どうせ、一点も入らないけどな」


「あ、あの野郎…!」


 途端にカサンドラが色めき立つ。

 それをアルベルタが目で制した。


「よし、じっくりパスを回して行くぞ」


 センターまで進んだアルベルタが、ボールを確保する。

 そこでようやくゆるゆると動きだす鮫島兄妹。


「じゃあ、俺達は上がるぜ。後は姉貴達に任せる」


「あいよ」


 葵にそう言い残すと、攻撃オフェンスメンバーの三人がオーバーラップする。


「へっ、精々しっかり狙いな」


「頑張ってね、ハニー達」


「ま、得点は無理だろうけどね」


 もはや、フルメンバーで守備を固めるに値しないと、舐めているのだろう。

 途中、すれ違いざまにそう言い残していく明次郎、芳士、与志樹少年。

 アルベルタはクールに無視するも、カサンドラは口惜しげに睨んでいた。


「さて…今度はどんなで攻めてくるのかねぇ」


「どんな策だろうと、返り討ちですわ」


「うーわ。その台詞、変なフラグになんなきゃいいけど」


 葵、神楽、祢子の三人が、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった体で立ち塞がる。

 それに対峙したアルベルタは、おもむろに言った。


「まったく、ここまで舐められるとはな…しかし、忠告しておくぞ“七本鮫”よ。我々『SEPTENTORIONセプテントリオン』は、ドイツ第三帝国が誇る精鋭部隊。そして、我々には軍人としての矜持プライドがある。ここまで好き勝手やられておいて、黙ってはいられない」


 そして、アルベルタは静かに告げた。


「いくぞ“七本鮫”ここからはだ」


 そう言うと、アルベルタはボールをその場に浮かせたまま、左サイドから敵陣へ切り込む。

 それに続き、私は中央、カサンドラが右サイドへと切り込んでいく。


「!?」


 攻撃陣が誰ひとりボールを持たずに斬り込んできたことに、葵と神楽が面くらった表情になる。

 ただ一人、祢子だけが不敵に笑った。


「成程…それでね」


「そういうこった…!」


 水しぶきと共に、赤毛の巨体が浮上する。

 片手で軽々とボールを鷲掴みにしたバルバラが、満面の笑みを浮かべた。


「はっはー!やっぱ、あたしには攻撃こっちのが合ってるぜ!」


「ま、待ってくださいよ~、バルバラさん~」


「お、俺だって…!」


 それにフリーデリーケと緑彦が続く。

 これで6対4

 今まで守備ディフェンスに回っていたメンバーもオーバーラップしての総攻撃だった。


「ということは…」


 三姉妹の視線が、我々のゴールに集まる。

 その先では、ゲルトラウデが一人、浮き輪でプカプカ浮いていた。

 それに葵が合点がいったように、


「なーる。つまり『もう守備は諦めて、意地でも一点取るために特攻』ってわけね…」


「これだけやられていれば、まあ、そうなりますわね」 


「ほーら、神楽お姉ちゃんが変なフラグを立てちゃうから」


 祢子の呟きに、神楽が怒鳴る。


「知りません!大体フラグって何です!?」


「おっと、聞こえたか。ま、とにかく迎撃、迎撃。えーと…」


 祢子の眼が、迫るバルバラを捕えた。

 こちらの動きをつぶさに観察し、次に起こすアクションを的確に言い当てる祢子の「観察眼」

 その彼女による指示により、葵と神楽、仁兵衛がそれぞれの役割を果たす。

 それこそが、彼ら兄妹の「鉄壁の守備」の要になっているのだ。

 その祢子が今回導き出した回答は…


「…うへ、マジ?」


「どうした、祢子」


 指示を待っていた葵が、そう尋ねる。


「えーとね…あの赤毛のお姉さん、どうもパスとかする気はさらさらないみたい」


「「は?」」 


「オラオラ!そこをどきな!」


 呆気にとられた葵と神楽目掛けて、闘牛の牛のように敵陣ゴールを目指すバルバラ。

 やはりというか…完全に目の色が変わっている。

 多分、ここまで自陣ゴールに押し込められ、好き放題に得点を決められてきたフラストレーションが相当量溜まっていたのだろう。

 鎖から解き放たれた巨獣は、哄笑と共に真っ直ぐに敵陣へと押し進む。


「はははははは!!!!!吶喊とっかん!!!!!!!!」


「ちょ、冗談じゃない!」


「あんなの止められませんわ…!」


 顔を引きつらせる葵と神楽。

 そこに、


「儂に任せい!」


 野太い声と共に、仁兵衛がその巨躯で立ちはだかる。


「ぐははははは!随分と威勢のいい娘だのう!いいぞ!遠間からちまちま来るシュートには飽き飽きしていたところだ!正面から叩き伏せてやろう…!」


 ボキボキと指を鳴らす仁兵衛。

 それにあっさりと背を向ける三姉妹。 


「よし、任せたよ、バカ兄貴」


「私達は避難しますので」


「死んでこーい」


「お、お前ら!兄に対して、せめて声援の一つくらいは…」


 妹達の冷たい反応にショックを受ける仁兵衛。

 そこに、祢子が振り返った。


「あ、そうそう一個言い忘れてた」


「お、おう!何じゃ、祢子よ!?」


「そのお姉さん、る気満々だよ。気を付けてね、お兄ちゃん♡」


「へ?」


 目を点にした仁兵衛が正面を向いた瞬間、


「もらったああああああああああッ!」


 超至近距離でボールを振りかぶるバルバラの姿が、仁兵衛の目に映る。


「ちょっ!?待っ…」


ドバチ―ン!


 のちに、この試合の審判だった十乃はこう語る。


『ええ。モロに顔面直撃でした。距離は…二メートルくらいかな?避ける間なんてないですよ、あれは。たぶん、バルバラさんの目にはもうゴールしか見えてなかったんでしょうね。仁兵衛さんには気の毒でした…ええ、彼女のあのパワーで放ったシュートですからね。僕なら、頭が吹っ飛んでたと思います。きっと』


「じ、仁兵衛アニキ!?」


 遥か自陣で起きた目を覆いたくなるような無残極まる光景に、明次郎が思わず声を上げた。

 その視線の先で、仁兵衛の巨体が後ろにのけぞり、派手な水しぶきを上げて倒れる。

 そして、そのまま鼻血を出しながら失神する仁兵衛。

 一方で、仁兵衛の顔面を直撃したボールは、大きく私達の自陣へと跳ね返っていった。

 そして、それは丁度、芳士の間近に着水した。


「仁兵衛兄さん…兄さんの死は無駄にはしないよ」


 ボールを手に、悲しげな表情を浮かべる芳士に、与志樹少年が叫ぶ。


「芳士兄ちゃん!こうなったら、仁兵衛兄ちゃんの仇討ちを…!」


「そうだね…せめて、ここで得点につなげなければ、仁兵衛兄さんがただの噛ませ犬になってしまう」


 そう言うと、芳士は優雅に水を切って泳ぎ出した。

 彼は、一度泳ぎ出したら誰も追いつけない程の泳力を発揮する。

 その速度は、恐らく兄妹随一だろう。

 

「フッ…とはいえ、これではね」


 芳士が苦笑する。

 言うまでも無いが、こちらの守備陣はバルバラに代わってGKゴールキーパーになったゲルトラウデ以外全く不在だ。

 そのゲルトラウデも、浮き輪にすがって浮いているしか出来ない。

 ハッキリ言って。

 楽勝過ぎる相手だった。

 

「小さなハニー、危ないから退いておいで。それとも、僕のこの胸の中に飛び込んでくるかい?なら、優しく受け止めてあげるよ♡」


 高速でドリブルしながら、器用に髪を掻き上げる芳士。

 幼女相手でも口説くあたり、真性のチャラ男である。

 しかし、次の瞬間…


ちゅどーん!!!!


 突然、派手な水柱が吹き上がった。

 ボールもろとも上空に吹き飛ばされる芳士。

 そして、そのまま落下し「びたーん!」という音と主にプールに叩きつけられる。

 そのまま、ぷかーっと浮かんだまま動かない芳士に、鮫島兄妹は唖然となった。 


「ほ、芳士兄様ッ!?」


 あまりの展開に、顔を青くする神楽。

 葵があんぐりと口を開けたまま、呟いた。


「な、何事だい、ありゃあ!?」


「『最強火力幼女ゲルトラウデ』が指揮する『機甲師団パンツァーディヴィジョン』…その海軍マリーネだ」


 解説するアルベルタに、葵と神楽の二人がぎぎぎと首を向ける。


「は?え?海軍…?」


「そうだ。現在、彼女の周囲の水面下には無数の潜水艦部隊と機雷源が展開している」


 そこで水中眼鏡を光らせるアルベルタ。


「無人の陣地と思って迂闊に攻め込むと、あのように吹っ飛ぶぞ?」


「( ̄▽ ̄)=3」


 いつもの無表情ながら、どこか不敵な雰囲気を放つゲルトラウデ。


「ちょ、ちょっと、審判!あんなのアリ!?」


 血相を変えて抗議する葵に、十乃は答えにくそうに言った。


「ええと、それなんですが…実はあの『機甲師団パンツァーディヴィジョン』は、ゲルトラウデさんの妖力で発現していまして」


 そこで、肩を竦めて苦笑する十乃。


「大変申し上げにくいんですが、この勝負、明次郎君の提案で『アルベルタさん達は妖力の使用OK』になってるので、反則には値しないんですよ」


「明次郎のアホ~ッ!」 


 思わず絶叫する葵をよそに、芳士が取りこぼしたボールがこっちに戻って来る。


「しめた…!」


 それをキャッチした私は、無人の相手ゴールへとドリブルを始めた。

 私の動きに気付いた葵達三姉妹だったが、


「させん」


「ここは通さないわよ!」


「ご、ごめんなさい!邪魔しますね!」


 アルベルタ、カサンドラ、フリーデリーケに阻まれてしまった。

 これで完全にフリーである。


「待ちやがれ!」


「やらせねぇぞ!」


 その声に振り向くと、オーバーラップしていた明次郎と与志樹少年が追い掛けて来ている姿が目に映った。

 二人共、物凄いスピードだ。

 このままでは、あっという間に追い付かれてしまう…!


「ディート、いいから撃っちゃいなさい!」


 神楽が起こす水の壁を抑え込みながら、カサンドラがそう叫ぶ。

 仁兵衛が倒れた今、相手ゴールは無人だ。

 チャンスは…今しかない。

 距離はあるが、一か八かだ…!


「いけ!」


 ボールを手に、シュート体勢に入る。

 そして、渾身の力でシュートを放つ。


 しかし…


「やらせるか!」


 波を切って追いすがった明次郎が、私の正面へと瞬時に回り込み、大きく手を伸ばす。

 その指先をかすったシュートは、大きくゴール上空へと軌道を逸らした。


「与志樹!」


「分かってるよ!」


 明次郎の叫びに、与志樹少年が水面から跳び上がる。

 それは、序盤で見せたアクロバットシュートの再現だった。


 ダメだ。

 今度こそ終わった。

 あの上空には、誰も手が出せない。

 このまま、ボールは与志樹少年の手に渡り、千載一遇のチャンスも無駄に…


「いいか、緑彦!?行くぞ!」


「うん…!」


 不意に。

 そんな声が前方から聞こえた。

 そちらに顔を向けた私の目に、緑彦を砲丸の弾のように肩口に乗せたバルバラの姿が映る。


「緑彦…?」


 呟く私に、緑彦が親指を立てる。

 そして、


「行けぇ!」


 バルバラが持ち前のパワーで、緑彦を上空へと打ち上げた。

 ちょうどカタパルトから射出されたように、宙を飛ぶ緑彦。

 その先に、驚愕の表情を浮かべた与志樹少年がいる。


「ウソ…だろ…!?」


「ボールは渡さねぇ!」


 そう叫びながら、与志樹少年の手にあるボールに組みつく緑彦。

 そして、空中でそれを奪取しつつ、


「これで…決まりだ!」


 落下しながら、果敢にも緑彦はシュートを放った。

 それは流星のように飛び、そして…


ピピーッ!


 十乃がホイッスルを鳴らす。

 そして。

 スコアボードの「0」が「1」になった。


---------------------------------------------------------------------


「言い訳はしねぇ。完敗だぜ」


 試合後のプールサイド。

 勝利条件を達成した私達の前に、明次郎がどっかりと胡坐をかいてそう言った。

 彼の横へ、ふくれっ面の与志樹少年が兄に倣って胡坐をかく。


「俺達の油断もあったが、ああもスゲェプレーを見せられたら、ぐうの音も出ねえ」


 髪をわしわしと掻きながら、明次郎は続けた。


「約束だ。あんたらの言うことを聞く。何でも言ってくれ」


 そう告げられ、私はアルベルタを見た。

 アルベルタは、首を横に振り、


「お前が決めろ。ディートリント」


 と、告げた。

 他の皆も、何も言わない。

 少し考え込み、私は緑彦に言った。


「この勝負の発端は、お前と与志樹少年の張り合いが原因だった。なら、緑彦、彼らへの命令権はお前に譲ろう」


「え?」


 意外な申し出に、緑彦は目を白黒させた。


「いや、でも、俺は…」


「いいから受けろ。この試合、決勝点を決めたのもお前だ。バルバラの力を借りたとはいえ、あのプレーを発案したのはお前だそうじゃないか。なら、権利はお前にこそ相応しい」


 最後の空中戦。

 あの我々の命運を決めた攻防は、与志樹少年のプレーを見た緑彦が閃き、バルバラに助力を申し入れたという。

 特別住民(ようかい)である与志樹少年はともかく、人間に過ぎない緑彦にとっては、一歩間違えれば大怪我につながりかねないプレーだった。

 その勇気ある決断をした緑彦自身の胆力には、正直、この私も大いに驚かされたものだ。


「…分かった」


 少し迷った後、緑彦が与志樹少年の正面に進み出る。

 それを見上げ、一瞬怯んだ後、与志樹少年はそっぽを向いた。


「チッ!どうせ、俺にメイドの恰好でもさせて、コケにしようっていうんだろ?」


「それも面白いな。でもさ…」


 緑彦は、そっと手を差し伸べた。


「もっと面白かったよな、水球。また、学校で水球勝負しようぜ、与志樹」


 その言葉に目を見開く与志樹少年。

 正面へ向き直り、しばし、差し伸べられた緑彦の手を見詰める。


「…次は」


「あん?」


「次は負けねえぞ、


 その手を握り、緑彦に引っ張られて立ち上がる与志樹少年。


「おう!」


 二人は少し照れながらも、真っ直ぐに目詰めあった。


「うむ!うむ!いいのう!これぞ青春じゃ!男の友情じゃあ!」


 顔面に包帯を巻かれた仁兵衛がおとこ泣きしている。

 その横で、やはり包帯まみれの芳士が肩を竦めた。


「やれやれ…大袈裟だよ、仁兵衛兄さん」


 フリーデリーケの応急処置もあってか、二人共、大した様子もなさそうだ。

 が、芳士は少し顔を歪めて、


「あいたた…このケガだと、今日のデートはお預けかな…ああ、ごめんね、神楽ちゃん。後生だから、肩貸してくんないかな?」


「もう…仕方がありませんね」


「…とかいいつつ、内心、アヘ顔状態の神楽お姉ちゃんなのであった♡」


「アヘ顔って何ですか!?姉に分かるような言葉を使いなさい、祢子!」


 芳士を支えつつ、背を向ける祢子を追う神楽。

 その横で、葵が手を上げる。


「アホな弟達が世話を掛けたね…でもまあ、面白かったよ、軍人さん達」


「こちらもいい訓練になった。また付き合ってもらえると嬉しい」


 目を細めるアルベルタに、苦笑する葵。


「いいけど、次は違う勝負にしようよ…そうそう、あんたら、これイケるクチ?」


 クイッと杯をあおる仕草をする葵。

 それにバルバラがニカッと笑う。


「勿論!いつでも受けて立つぜ?」


「お、やったね!新しい飲み友が出来たわ。近いうちに連絡するよ。じゃね♪」


 そう言いながら、まだむせび泣く仁兵衛の首根っこを引っ掴んで、葵も背を向ける。

 最後に、明次郎が立ち上がった。


「…やれやれ。結局、何か俺ばっかり空回りした勝負だったな」


「いや。お前の『自らの誇りにこだわる姿勢』は好感が持てる。“七本鮫”の実力と共に、私の胸にもしっかりと刻まれた…また会おう、強敵ともよ」


 握手のために差し出した私の手を、明次郎はしっかりと握った。


「へへ…次こそは負けねぇぞ“七人ミサキ”」


 いつの間にか、燃えるような夕焼けが私達を照らす。

 その中で、私と明次郎は固い握手を交わし続けた。


「へ?え、えええ!?いつの間に夕方になってんのよ!?さっきまで、お昼ぐらいだった気が…!」


 盛大に慌てふためくカサンドラに、私は微笑した。


「喚くな、カサンドラ。こういうシーンはな、大抵夕方と決まっているのさ。それがセオリーというものだ」


「んなアホな…」


 呆気にとられるカサンドラ。

 それを尻目に、私は真紅の夕焼けへと目を向ける。


 人は私を「中二病」という。

 色々とこじらせてしまった、アブない奴だと。

 だが、それでいい。

 誰が何と言おうと。

 この私がそう決めた。

 この私がそう強く思っている。

 この世界にただ私だけが、私を作ることが出来る。

 思い込みにも似たそれは、時に地球の自転を凌駕し、時間をも我がものとする。


 私はディートリント。

 かのドイツ第三帝国が誇る精鋭部隊「SEPTENTRIONセプテントリオン」の一人。

 そして、同時に冥界の魔王の血を引く、呪われた運命さだめに囚われた、暗黒の魔法戦士。

 異世界「ゼーレンティア」に生まれ、暗黒の女神ラティスにより次元召喚でこの世界に転生した「闇の救世主ダークメシア」…それが私。

 

 これからも、私はこの「世界」で、仲間達と共に歩んでいく。

 一緒に居ると心地よい、頼れる仲間達と共に。 

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【短編集】人妖抄録 ~「妖しい、僕のまち」異聞~ 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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