【編ノ六(神)】戦え!超闘器神ゴータイショー ~瀬戸大将~

 浅くなっていく呼吸音は、男にが近いことを告げていた。


 降神町おりがみちょう

 人間と特別住民ようかいが共に生きるこの町では、男の存在…妖怪は物珍しいものではない。

  だがこの日「彼」は、非日常的な事態に出会ってしまった。

 目の前の男は全身に傷を負い、瀕死の状態だった。

 年は大学生である「彼」とさほど変わらないように見える。

 そして奇妙なことに、男は鎧武者のような陶器で出来た装甲アーマーを身にまとっていた。

 既にボロボロにひび割れたその鎧を纏った男の姿を目にした時、最初は「彼」自身も驚いたものだ。

 そんな非日常との遭遇は「彼」にとって初めてのことだった。


「しっかりしろ!もうすぐ救急車が来る!それまでの辛抱だ…!」


 人も通らぬ路地裏で、偶然、その傷付いた男を見つけた「彼」は、男の手を握りながら必死の表情でそう言った。

 とにかく男の意識を途切れさせないよう「彼」は必死に呼び掛け続けた。

 そんな「彼」に男が、割れた兜の口元に薄い笑いを浮かべる。


「いや…俺は…もう駄目だ…どうやら、妖力も…空っぽに…なりやがった…」


「喋るな!傷にさわる!」


「ハッ…物好きなだな。こんな見るからにヤクザもんな野郎に関わろうだなんて…ゴホッ!!」


 内臓もやられているのか、男が吐血する。

 服が汚れるのも構わず「彼」はその背中をさすってやった。


「昔から、怪我人は見捨てておけない性質タチでね」


「…まるで正義の味方みてぇだな、アンタ」


 男の言葉に「彼」は苦笑した。


「よく言われるよ。もっとも誰かを救えるような大それた力はないけど」


「そうか…だが、これも運命って奴かな…」


 そう言うと、男は懐から小さなたまを取り出した。

 それは淡く虹色に輝く、不思議な珠だった。

 「彼」は思わず目を奪われた。


「これは…?」


「『九十九珠つくもだま』っていうお宝らしい…うちの組が他所よそと戦争してるどさくさに紛れて、ガメてきたんだ…」


 男は続けた。


「聞いた話だが『九十九珠コイツ』は俺たちみたいな付喪神つくもがみにスゲェ力をくれるって夢のようなアイテムさ…うちの組長が、どっかから手に入れたんだと」


「『九十九珠』…」


 男の目が真剣な光を帯びた。


「よお、アンタ、…?」


「選ぶ?何をだ?」


「このまま何も見なかったことにして、ここから去るか…それとも『九十九珠コイツ』を使って、


 男の真意が分からず「彼」は、沈黙した。

  そんな「彼」に男は告げた。


「…うちの組長な。最近『プロフェッサーなんとか』ってイカれたジジイと組んで『九十九珠コイツ』を使って、この町で何かドでかいを考えていたらしい…あの強欲親父のこった、ロクなことじゃねぇだろうけどよ…」


 男は遠い目で続けた。


「俺はさ、どうしようもねぇヤクザもんだけど…この町や住んでる奴らが大好きでさ。連中の企みを聞いた時、どうにも放っておけなかったんだよ…」


「…」


 男は「彼」を見た。

 その目は真剣だった。


「ここで会ったのも何かの縁だ…俺ももう長くないし、出来たら『九十九珠コイツ』をアンタに託したいんだ」


「…何で俺に?俺がこれを奪って、そいつらに渡すかもしれないぞ?」


 「彼」の問い掛けに、男は屈託なく笑った。


「それもそうか…でも、それならそれでしゃあないよな…ああ、でもこんな愚図で能無しの俺だけど、世話になったアニキに一個だけ褒められた才能があるんだ…」


「才能…?」


「『アンタはどうしようもない間抜けだけど、』…だってさ」


 再び男が吐血する。

 呼吸は更に荒くなっていた。

 その眼も、徐々に光を失いつつある。

 男に残された時間は、そう長くなさそうだった。


「な、なあ…最期に…俺のたった一つのこの才能を…信じさせてくれねぇか…?」


 男がか細い声で言う。

 徐々に消えていく生命の気配に「彼」は喘ぐように声を出した。


「俺は…」


 そこまで言って「彼」は沈黙した。

 あまりにも唐突な、しかも極めて重大な選択肢に逡巡したのだ。

 男に対しては何の義理も無い。

 だが、一方で「彼」は男の言葉とその心に共感してしまった。


 即ち。

 「この降神町や住民達が大好きである」ということに。


「…力になれるのか?君の力に」


 男が目を見開き、大きく頷く。


「俺の目に狂いはねぇよ。アンタは信じられる男だ…!」


「分かった」


 「彼」は大きく頷いた。

 それに男が安堵した様に言う。


「よし…じ、時間はねぇが…俺の妖力を込めたこの鎧の使い方を…教えておくぜ…大したモンじゃねぇが…多少はアンタを守る力になると思うからよ」


「ああ。頼む」


 男が目を細めた。


「そういや…まだ、名前を、聞いてなかったな…俺は竜司。淵掛ふちかけ 竜司りゅうじってんだ」


 男…竜司に「彼」はおもむろに告げた。


「俺は高槻たかつき たくみっていうんだ。何の取り柄も無い、教師の卵だよ」


「匠…か。いい名だな」


 笑い掛ける匠に、竜司は手を伸ばした。

 その手を握る匠。 


「頼むぜ、匠…この町を…皆を…守ってくれ…」


 これは十年前の物語。

 誰も知らない、出会いと別離わかれ…そのほんの一幕である。

 そして、この日以降、降神町には謎のメタルヒーローが姿を見せるようになった。

 正義の戦士を名乗り、称賛も求めず、人知れず悪と戦うその男に助けられた人々は、感謝と親愛の意を込めてこう呼んだ。


 「超闘器神ゴータイショ―」と。


【エンディング イントロ開始】】---------------------------------------------


ED曲:『戦士の譚詩曲バラード

作詞:詩月しづき 七夜ななや

作曲:KOTOSU(琴古主ことふるぬし

歌:KOTOSU


 戦い終わり 暮れゆく町に

 明かりがまた一つ灯る

 あたたかな祈りと 安らぎがあふれ

 誰もが愛を想う

 嗚呼ああ 傷付いたこの身も

 未来あすへと向かう風になればいい

 立ち上がるための力は きっと

 共に生きる君がくれるだろう


 戦士よ 今は眠れ

 熱き心も まどろみの中へ

 その夢の中で せめて

 平和の光に包まれて…


【エンディング終了】-----------------------------------------------------------


「ひいいいいいいいっ!」


 若い男数人が、恐怖に満ちた眼差しで、路上に尻餅をつく。


 降神町、深夜。

 誰も居ない町の片隅の路地裏に、錫杖しゃくじょうの音と共に現れた。


シャラン…!


シャラン…!


シャラン…!


シャラン…!


シャラン…!


シャラン…!


シャラン…!


 音は七つ。

 そして、恐怖におののく若者達の目前に、七つの黒い影が幽鬼のごとき姿を見せる。

 いずれも顔が無い無貌むぼうの異形だ。


『『『…見つけた…』』』


 複数の人間が同時に喋ったような、この世ならざる声が反響する。


「た、たたたたすけてくれぇ…!」


 恐怖の限界に達した数人が逃げ出そうとするが、不意にその身が強張った。

 まるで、魂を掌握されたかのように、目を見開き、彫像と化す若者達。

 その姿に、残った若者達が歯の根も噛み合わんばかりに震え出す。

 そんな若者達に近付いていく七つの無貌。

 その距離が縮まったその時だった。


「そこまでだ…!」


 鋼の声が、一同を震わせる。

 声の主を認め、ビルの上へと顔を向ける幽鬼達。


 そこには。

 玲瓏れいろうと輝く満月を背後に、鎧をまとった一人のメタルヒーローが立っていた。


「トオッ!!」


 鎧の戦士は鮮やかな身のこなしで、遥か地上に着地した。

 銀色の光に照らされて、鎧の戦士と幽鬼達が対峙する。


ちまたを騒がせている『顔の無い怪物』とは、お前達のことだな?」


 鎧の戦士の言葉に、無貌の一体が突然変化を見せた。

 顔を覆う無明の闇が晴れる。

 現れたのは、白磁の肌と黄金の滝のような金髪ブロンド

 片眼鏡モノクルに馬上鞭を携えた、黒い軍服の女性将校だった。

 碧の瞳が、眼前の戦士を捉え、細くなる。


「ほう…何者か知らんが、その口ぶりからすると、どうやら我々を探していたようだな」


「そうだ」


 言葉少なに頷く鎧の戦士。


「闇夜に現れ、町民達を恐怖させるという怪異…遂に見つけたぞ!」


 それを聞いた女性将校が、一瞬呆気にとられた表情になるが、すぐに薄く笑った。


「成程な…


 ピシリと馬上鞭を鳴らす女性将校…エルフリーデ。

 それに背後に控えていた一体の無貌が近付き、耳打ちする。


司令官コマンダント、どうやら彼は我々の真意を誤解をしているようです。ここは素性を明かして、無益な戦闘を避けるべきかと)


(若者の深夜徘徊をいさめるために、敢えて怖がらせて帰宅を促す、か?いいや、、アルベルタ)


(…司令官コマンダント…)


(うっ…そんな冷たい声を出すな。だって、毎夜毎夜不良共を相手にしているだけじゃ、こちらもストレスも溜まるだろうが)


(あー、それ納得)


(貴様は黙っていろ、バルバラ)


 唐突に混ざって来た別の無貌に、最初の無貌がピシリと言い放つ。

 その傍らでは別の一体が、


はやるな、ファフニル…いや、そうか。そんなに奴の血が欲しいのか?)


(ディート、貴様も着々とあおるな!)


(ええと、結局どうするんです…?)


(決まってるでしょ、フリーデ。とっとと誤解を解くだけよ。あたしはあんな勘違いヒーローオタクを相手にするのは勘弁願いたいわ。ゲルもそう思うでしょ?)


(//▽//)


(なんか見た目でハートキャッチされてるしっ!?)


(というわけで、命令だ。総員応戦よーい!フフフ…実はこういう悪の女司令官っぽい役どころを一回やってみたかったのだ)


(……了解ヤヴォール


 疲れた声を上げる最初の無貌。

 別の無貌がその肩に手を置く。


(元気だしなよ、アルベルタ。また、飲みに付き合ってやるからさ)


 何やら相談していたようにも見える残りの六つの影が、その正体を次々に現していった。

 一人は銀髪の眼鏡美女。

 一人は赤毛で大柄な健康的美女。

 一人はツーサイドテールの不機嫌そうなツンデレ風美少女。

 一人は黒髪一本おさげに軍刀サーベルを抱えた、厨ニ病臭漂う眼帯娘。

 一人は茶髪のほんわかおっとり美少女。

 一人は白金髪プラチナブロンドの大人しそうな幼女。

 それらを従えて、金髪の女性将校が名乗りを上げた。


「我々は名高き死霊軍団“七人ミサキ”にして、栄えある第三帝国が誇る第339独立部隊『SEPTENTRIONセプテントリオン』!そして、我が名はエルフリーデ=ゲオルグ=ポラースシュテルン!この隊を預かる司令官コマンダントである…!」


「『SEPTENTRIONセプテントリオン』…そうか、それが貴様らの組織の名だな…!」


「いや、違うから。あたし達、悪の組織とかじゃないし」


 鎧の戦士の言葉に、ツーサイドテールの娘…カサンドラがツッコミの声を上げる。

 しかし、エルフリーデは不敵な笑みを浮かべ、


「フフフ…の前に立ちはだかるとは、愚かな奴め」


司令官コマンダントまでナニ言ってるんですか!?」


「いーから、ちゃんと役に徹しろ、カサンドラ。ここは悪役っぽく笑うシーンだぞ」


「え?あ、はい、スミマセン…って、何でこんな展開になってるの!?」


「ぐへへへへへ、どういたしますか、エルフリーデ様」


「あんたもノリノリか―いっ!!」


 抵抗なく(いささか無理はあるが)悪役っぽい笑いを上げるフリーデリーケに、カサンドラが全身で突っ込んだ。

 そんな中、エルフリーデは鎧の戦士に向き直る。


「とはいえ、たった一人で我々に刃向おうというその度胸だけは褒めてやろう…鎧の男よ、貴様の名は?何のために戦う?」


 その問いに、戦士は答えた。

 迷いも、躊躇ためらいもない鋼の声で。


「俺の名は超闘器神ちょうとうきしんゴータイショー」


 SETセト ARMORアーマーが戦いの咆哮をあげる。

 目映い月光を受け、この町を守るヒーローはゆっくりと身構えた。


「ただ正義のために…!!」




  ちなみに…この後、両者痛み分けで再戦を誓い合ったという。

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