【編ノ六(器)】戦え!超闘器神ゴータイショー ~瀬戸大将~

「それにしても、よく、あたし達の前に顔を出せたわね、竜司りゅうじ


 丸顔…禅丈ぜんじょう 丸弧まるこ禅釜尚ぜんふしょう)が、ひざまずいたままのメタルヒーロー…超闘器神ちょうとうきしんゴータイショー(瀬戸大将せとたいしょう)に侮蔑の目を向ける。

 傍に控えるヤス(虎隠良こいんりょう)も、敵意を込めた視線で彼を見ていた。

 両者に挟まれる形で、尻もちをついていた俺…雨禅寺うぜんじ 蒼馬そうまは、禅丈の声も耳に入らないくらい程のショックを受けていた。

 俺にとって永遠のヒーローであるゴータイショーが、見た目からその筋の者であるこの二人に膝を折り、こうべを垂れている。

 その姿に、かつて夕陽の中に溶けていったあの孤高に満ちた背中が重なり、消えていく。


 違う。

 きっと、これは何かの間違いだ。

 彼がこんなヤクザと知り合いで。

 しかも、服従を示すように膝を屈しているなんて…!


「や、やめろよ」


 俺は思わず声に出していた。

 自分のものとは思えない程、それは震えていた。


「やめろよ…やめてくれ、ゴータイショー」


 俺は片膝をついたままの彼に向かって、右手を伸ばした。


「そんなことはしないでくれ…あんたは…あんたは正義のヒーローなんだろ!?だったら、こんな連中に頭を下げるなんて、やめてくれよ…!」


 俺の声にゴータイショーは無言のまま動かない。

 そんな俺の言葉に、禅丈とヤスは爆笑した。

 俺は自分の置かれた状況も忘れ、二人を睨みつける。


「何がおかしいんだよ!?」


「『何がおかしい』かだって?そりゃあ、おかしいに決まってんだろ、小僧」


 ヤスがニヤニヤしながら続ける。


「お前、竜司タツのことを『正義のヒーロー』なんて呼んでたけどよ、?」


 押し黙る俺に、今度は禅丈が告げた。


「教えてあげましょうか、坊や?そいつはね、本名を淵掛ふちかけ 竜司りゅうじっていってね。あたしの舎弟で、うちの組の下っ端よ。元・だけどね」


 禅丈の言葉に俺は硬直した。

 う、ウソだろ…

 そんなバカな…!

 ゴータイショ―が…こいつらと同じチンピラだったっていうのか…!?


「ついでに言えば、そいつは、よその組同士と抗争になった時、どさくさに紛れて組の金庫を荒らして盗みを働き、真っ先に逃げ出したとんだ腰抜け泥棒よ。まあ、あたし達にとっては正真正銘の『裏切り者』ってわけ。十年前に制裁を受けて、くたばったと風の噂で聞いていたけど、こんな所にいたなんてね」


「若頭に目を掛けてもらった恩も忘れ、組を裏切りやがって…よくもおめおめと生き延びたもんだぜ」


 嘲笑する禅丈に、ヤスが追従するように唾をペッと吐く。


「…」


 二人の侮蔑の言葉を受けても、無言のままのゴータイショー。

 俺は、ぶるぶると身を震わせて、彼に手を伸ばした。


「ウソだろ…なあ、ウソだよな?ゴータイショー…」


 視界が回る。

 信じていたあの背中が、今はひどく遠い光景に見えた。

 一歩。

 一歩。

 這い寄りながら、すがるように手を伸ばす俺。

 しかし、俺の視線から逃れるように、正義の戦士は頭を垂れたままだった。

 悔しさのあまり涙が浮かぶ。

 そうして滲んだ視界は、残酷な現実を少しだけ目隠ししてくれた。


「ウソだと言ってよ、ゴータイショー…!!!」


 俺の絶叫が闇の中に響く。

 だが、固い陶器を身にまとったヒーローは、それでも微動だにしなかった。


「これで分かっただろ?坊主」


 不意に。

 ヤスが泣きじゃくる俺の襟首を掴み上げた。


「こいつは俺達にゃあ歯向かえない、クズヒーローなんだよ。分かったら、さっさと…ぶべっ…!?」


 俺は、ごちゃごちゃ抜かしていたヤスの顔面目掛け、思い切りパンチを叩き込んだ。


「うるせぇ!うるせぇよ!てめえらこそ黙りやがれ…!」


 ひるんだ隙に、ボディにも一発くれてやる。

 くの字になるヤスに、とどめの膝蹴りもくれてやった。

 ケンカなぞ満足にしたことも無いが、構うもんか…!

 俺は完全にキレていた。


「ゴータイショーは正義のヒーローなんだよ!てめえらみたいな悪者には絶対に負けねぇんだ!分かったか、この野郎…!」


 ひざまずいたままの憧れの英雄を視界に入れないように。

 俺は、ズタズタになった思い出の背中を殴りつけるかのように、拳や蹴りを振るった。

 だが…


「ちくしょ…うごっ!?」


 不意に。

 怒りに任せて拳を振るっていた俺は、横から凄まじい衝撃を受けて、吹き飛ばされる。

 そのまま俺は地面に転がり、近くの塀にぶつかって止まった。

 全身を強く打った俺は、呻きながら辛うじて目を開ける。

 ぼやける視界の中、俺はヤスの隣りに立つ禅丈の姿を認めた。

 似合わないレースのハンカチで額を拭きつつ、禅丈が笑いながら俺を見下ろしていた。

 どうやら、奴の頭突きをまともに受けたらしい。


「威勢のいいのは結構だけど、そこまでよ、坊や」


 鋼鉄の光沢を放つ禅丈の頭。

 それで思いっきり頭突きを見舞ったのか。

 そういえば、コイツは“禅釜尚”っていってたな。

 確か“禅釜尚”は“虎陰良”と同じ付喪神つくもがみの一種で「茶釜ちゃがま」の頭を持つ妖怪だ。

 多分、その伝承通り、頭部を鋼鉄化させることが出来るんだろう。

 頭突きに終始するの頷ける。

 それにしても…側頭部が痛い。

 頭がガンガンする。

 気持ち悪くて吐きそうだった。


「かっ…ぺっ…やってくれたな…坊主…!」


 身動きできない俺の胸倉を、タコ殴りになっていたヤスが血の混じった唾を吐きながら掴み上げる。

 その形相は言うまでもなく怒りに満ちていた。


「極道に手ェ上げてタダで済むと思うなよ、テメェ…!」


 右頬に衝撃。

 意識が一瞬飛びそうになるが、胸倉を掴まれた俺は倒れることもままならない。

 次に左頬、どてっ腹にも拳がめり込む。

 ようやく開放されたと思った瞬間、容赦のない蹴りが入った。

 ボコボコだった。

 怒り狂ったヤスが、俺を手加減なしで叩きのめす。

 それをニヤけながら見ている禅丈と。

 微動だにしないゴータイショ―。

 しばらくサンドバッグになった俺は、ボロ雑巾のように路上に転がった。


「そこまでにしておきなさい、ヤス」


 ひとしきりいたぶられた俺の姿に満足したのか、禅丈が遅すぎる制止を入れる。

 一歩下がるヤスに代わり、禅丈は身動きできない俺の髪の毛を掴み、無理矢理頭を持ち上げた。


「さて、坊や。そろそろ答えてもらいましょうか」


「あ…う…」


の居場所を教えなさい。もう痛い思いはしたくないでしょ?」


 囁くように禅丈が言う。

 その言葉は、甘美な麻薬のように俺の心に染み渡った。


 もし、ここでコイツの言う通りにすれば…これ以上、痛めつけられることもないだろう。

 大体、大家さんは顔見知りなだけで、個人的に付き合いがあるわけでもないし…

 そんな人の為に、こんなボロ雑巾のようにされて何の意味があるというんだ…?


「…お、れ…は…」


「うんうん。俺は…?」


「お…俺は…ぜ…っ…」


「ぜ…?」


 禅丈の手を払い除ける俺。

 そのまま真正面から、俺は禅丈を睨みつけた。


「絶対…言わねぇ…!!」


 もう意地だった。

 信じていたヒーローに裏切られ、鼻血を撒き散らしてスタボロにされても。

 俺はあの日、この胸に生まれたものだけは置いてきぼりには…出来ない!


「そう…残念ね」


 笑みを浮かべていた禅丈が、すぅっと目を細める。

 口元に浮かんでいたニヤけた笑いも、きれいに消えていた。


「なら…もう少し遊んであげるわ…!」


 禅丈が、鋼鉄の頭を大きく仰け反らせる。

 来る。

 あの頭突きだ。

 今度喰らったら…!

 俺は目をつぶる。

 同時に襲い来るであろう衝撃に備えた。


 …

 ……

 ………


「…何の真似かしら?」


 禅丈の声がした。

 いつまでもやって来ない衝撃にうっすらと目を開けると、目の前に禅丈とその肩に手を置くゴータイショ―の姿があった。

 俺は目を見開いた。


「そこまでだ」


 力強い鋼の声に、禅丈がゆっくりとゴータイショ―に向き直る。


「竜司…貴方…」


「この少年は、最後まで諦めなかった」


 禅丈の脇を通り抜け、崩れ落ちた俺の身体を抱き起こすゴータイショ―。

 そして、禅丈とヤスを正面から見据える。


「この勝負はお前達の負けだ」


 沈黙が落ちる。

 それをヤスが破った。


「ナニ言ってんだ、お前?ああ?」


 咥えていた楊枝を宙に向けて吐き出すと、ヤスはそれを掴んだ。

 そのまま一閃すると、楊枝は一瞬で三本爪の熊手に変化した。

 殺気を隠そうともせず、ヤスが続ける。


「三下の癖に調子に乗ってんじゃねぇぞ…!昔みたいに叩きのめされたいのか、テメェ!」


「やってみろ。出来るならな」


「そうか…なら、死ねや、オラァ!」


 そう言うや否や、ヤスが恐ろしい速度で間合いを詰める。

 以前、俺はゴータイショ―のことを調べる過程で、付喪神のことが書かれた本を読んだことがある。

 その本の中で“虎陰良”は「熊手を構えた姿で描かれ、凄まじいスピードで走ることが出来る」と記述されていたのを思い出した。

 ヤスのスピードは、まさにその記述通りだった。


った…!」


 ゴータイショ―の側面から襲い掛かるヤス。

 手にした熊手が、俺を抱えたままのゴータイショ―に襲い掛かる。


ガキィン…!


 固い物がぶつかる音が周囲に響き渡った。

 見れば、ゴータイショ―の左腕に円盤状の大きな平皿が展開し、熊手を受け止めている。

  ゴータイショーは静かに告げた。


円皿護盾シールドソーサー


「なん…だと…」


 呆気にとられるヤスを尻目に、ゴータイショ―は俺を静かに横たえた。


「少年、少し待っていてくれ」


「あ、ああ…」


 熊手を皿で受けたまま、ゴータイショ―がゆっくりと立ち上がる。


「この世に悪が蔓延はびこり、誰かが涙にくれる時…」


 そのまま熊手を跳ね返すと、ゴータイショ―は驚くヤスとその背後の禅丈に静かに向き直った。


「それを払えと、天が呼ぶ」


 全身を包むSETセト ARMORアーマーが鈍い光を放つ。


「例えこの身が砕けても、悪を倒せと俺を呼ぶ…!」


 おののくチンピラ達の前で、ゴータイショ―はビシィッと決めポーズをとった。


「俺は正義の戦士、超闘器神ゴータイショ―!覚悟しろ、悪党ども!」


「…どうやら本格的にイカレているようね」


 禅丈が失笑する。


「竜司、ヒーローごっこは大概にしなさいな。見てくれはともかく、貴方のその瀬戸物の鎧は本物の陶器でしょう?あたし達を相手にして本気で勝てると思っているのかしら?」


「俺は悪には決して屈しない…!」


「これは重症ね…折角生きながらえたのだから、組長にとりなして、また舎弟にしてやろうかと思ったのに…まあ、兄貴分のあたし達の手で始末してやるのが、せめてもの情けかしらね」


 禅丈が溜息を吐く。


「ヤス、構わないわ。本物の割れ物ガラクタにしておやり」


おうでさぁ…!」


 そう言うと、ヤスは手にした熊手を両手で勢いよく回転させ始めた。

 同時に、自らもゴータイショ―の周囲を円を描いて高速で走り始める。


「そのもろい鎧を粉々にしてやらぁ!竜司タツ、覚悟しろや…!」


 そして、ヤスは凄まじい速度で熊手を手に襲い掛かった。


「【嵐痢捌破らりぱっぱ】!キエェェェェッ!」


 ヤスの熊手が、ゴータイショーの胸部装甲をまともに捕える。

 耳が痛くなる甲高い摩擦音が響き渡った。


「ほれほれ!まだまだいくぜ…!!」


 ヤスの攻撃が止まらない。

 高速移動しながら何人にも分身したヤスは、円陣の中に捕えられたゴータイショ―へと次々に目にも止まらぬ速度で連撃を加え、いたぶり続ける。

 避けることも倒れることも叶わずに、ゴータイショ―の身体は風の中の木の葉のように翻弄されるばかりだった。

 思わず俺は叫んだ。


「ゴータイショ―…!」


「おぅら、コイツでトドメだ…!」


 大上段から振り下ろした特大の一撃が、ゴータイショ―の正面頭頂部から股下までひと薙ぎする。

 大きく飛び退いたヤスは、不敵な笑みを浮かべて、ふらつくゴータイショ―を見据えた。


「へっへっへ…これでお前のヤワな鎧はもうボロボロ…って、はあああああ!?」


 驚くヤスの視線の先で、ゴータイショーが無傷のまま立っていた。

 す、スゲェ!

 あんな激しい攻撃を受けたのにSETセト ARMORアーマーには傷一つないなんて…!  


「そ、そんな馬鹿な…!俺の【嵐痢捌破】にテメェの鎧が耐えられる筈が…!!」


「この鎧は俺自身の正義の心そのもの…お前の悪の心では、決して砕くことはできん!」


「ふ、ふざけやがってぇぇぇ…!」


激昂し、再びゴータイショーに襲い掛かろうとするヤス。


「お待ち!」


 そんなヤスを禅丈が鋭く静止した。

 そして、ゆっくりとヤスの隣りに並び立つ。


「何か妙ね、貴方」


 禅丈の目が鋭く光る。


「最初こそ、気のせいかと思ったけど、いま見せたその頑強タフさといい、どう考えてもおかしいわ」


 沈黙するゴータイショー。

 事の成り行きを見守る俺にも聞かせるように、禅丈は続けた。


「竜司が持っていた妖力【重陶器身ちょうとうきしん】はね、その陶器の鎧をまとった装着者自身の能力を底上げするものだったわ。でも、それは大した能力の向上をもたらすことはなかったのよ」


 禅丈は、隣りに立つヤスをチラリと見やった。


「このヤスは頭こそポンコツだけど、腕っ節はかなりのものよ。今見せた【嵐痢捌破】だって、あたしが知っている竜司程度の実力じゃとても防げやしないわ」


、ポンコツはひでぇ…ぶほぉっ!!」


 ヤスを容赦なく頭突きで吹っ飛ばすと、禅丈は再びゴータイショーに向き直った。


「ねぇ、貴方…?」


 僅かな沈黙の後、鎧の戦士はおもむろに、


「俺はゴータイショーだ。それ以外の何者でもない」


 毅然とした口調、そう答えるゴータイショー。


「俺の正体が知りたかったら、俺を倒すことだ」


「そう…じゃあ、そうさせてもらおうかしら」


 禅丈は、鼻面を押えて呻いていたヤスに向かっていった。


「ヤス、をやるわよ!」


 すると、ヤスは驚いたように目を見開き、禅丈を見上げた。


って…本気ですかい、若頭!?」


「勿論よ。あたし達にはこんな茶番に付き合っている暇は無いの。邪魔をするというなら、とっとと排除させてもらうわ、!」


 そう言うと、禅丈は一歩踏み出し、力を込めるように踏んばった。


「いくわよ…【頑面凶荼がんめんきょうだ】!」


 声と共に、禅丈の頭部が再度鋼鉄と化す。

 その脇に立つヤスが、手にした熊手をかつてない速度で回転させ始めた。


「準備はいいですかい、若頭!?」


「いつでもいいわよ…!」


 突然、ヤスの熊手が禅丈の背広の襟首を引っ掛ける。

 小柄な禅丈の身体は、そのまま熊手の回転と共に猛スピードで旋回した。

 禅丈を引っ掛けたまま、熊手を回転させていたヤスが叫ぶ。


「いくぜ!合体妖力…」


「【弩壜駕壜どどんがどん】!!」


 声と共に禅丈が投石機から放たれた巨岩のように、ゴータイショ―へと猛スピードで飛来する!

 恐らく、その鋼鉄同然の石頭で、ゴータイショ―を粉砕しようというのだろう。

 それにも関わらず、ゴータイショ―は悠然と左腰に下がった筒状のものを取り外し、一閃した。


「妖力【超闘器神ちょうとうきしん】解放!!」


 ゴータイショ―の持つ妖力…【超闘器神】が発動する。

 彼の妖力は、その身に纏ったSETセト ARMORアーマーを数々の武具・防具に変化させ、自在に操るものだ。

 事実、彼が手にした筒状のもの…徳利に柄が生じ、一振りの槍に変化する。

 来る…!

 これは彼の必殺の…!


「必殺…!」


 徳利の槍を小脇に抱えて身構えるゴータイショ―に、砲弾と化した禅丈が勝利を確信した顔で迫る。


「クズらしく砕け散りなさい、ゴータイショ―!!」


徳利長槍トックランサーァァァァァァッ!!」


 そのままバットのように振るわれた徳利長槍と禅丈の顔面が衝突する!

 その余波で、周囲に衝撃波が走った。


「んぎぎぎぎぎ…!」


「オオオオオッ!」


 両者の力が拮抗していた。

 顔面で徳利長槍を受けつつ、禅丈が空中で目を剥く。


「そ、その力…!やっぱり……!」


「…彼は…もうこの世にはいない」


 衝撃波で耳がやられたせいか、俺の耳には何も聞こえない。

 しかし、二人は拮抗しながら何かを話しているようだった。


「俺は彼からこの力を受け継いだ………だ!」


「な…何ですって…!」


 何を耳にしたのか。

 禅丈の目が驚愕に見開かれた。


「そして、これはお前達『九十九会つくもかい』の手によって葬られた、彼の弔い合戦でもある…!」


 不意にSETセト ARMORアーマーが咆哮する。

 ゴータイショ―の兜から覗く両目の光が、輝きを増した。

 そのまま、右腰に下がったもう一対の徳利を一閃するゴータイショー。


「去れ、悪党ども!徳利双烈槍ダァブル!トックランサーァァァァァァッ!!」


 アッパースイングに振るわれた二本目の徳利長槍が、禅丈の腹を真下からカチ上げた。

 禅丈の身体が、そのまま花火のように夜空へと舞い上がる。


「ぉぉおおおお覚えてなさいよ、ゴータイショォォォォォォォ…!!」


「ア、アニキぃぃぃぃぃッ!?」


 捨て台詞を残し、みるみる遠ざかる禅丈を追い、ヤスが盛大に慌てて後を追う。

 その姿が夜空の彼方でキラリと光るのを見届けた後、ゴータイショーは俺へと向き直った。


「…もう大丈夫だ」


 あの日…十年前に、俺を助けてくれた時と同じ言葉を、彼は掛けてくれた。

 ボロボロになった俺は、差し出された手を見た。

 大きな手だ。

 きっとこの手で、この人はたくさんの人々を助けて来たんだろう。

 俺は少し考えて、その手には掴まらずに一人で立ち上がった。


「…ゴメンよ、ゴータイショ―」


「何のことだ?」


「あの手紙を書いて、子供達を使ってアンタに手渡したのは、俺なんだ」


「…」


「俺は…許せなかったんだ」


 差し出されたままの手から目を背ける俺。


「町の皆が、アンタのことを馬鹿にしているのを見返してやりたくて…今夜の一件は俺が全部計画したことなんだよ。連中にボコボコにされたのも自業自得って奴さ」


「そうか」


 ゴータイショーは、僅かな沈黙の後、


「それで…この後、君はどうする?今夜のことを皆に話すか?俺が元は悪党一味だったということや、いたぶられる君を見殺しにしかけたことも」


 俺は、首を横に振った。


「いいや、違う。あんたは俺を試したんだろ?俺があいつらに屈して、無関係の人を売り渡すような奴かどうかを」


 おそらく、彼は最初から俺の思惑を知っていたに違いない。

 正義に憧れるあまり、悪を行う。

 そして、悪に屈せば正義をうたっても、その正義は輝きを失う。


「最初は真実を知ってショックだったし、少しだけ疑ったけど…きっと、最後は助けてくれると信じていたよ。やっぱり、アンタは俺が憧れた通りのヒーローだ」


 例え、その身に纏う鎧がドブさらいの泥で汚れていても。

 例え、人に言えない過去を持っていたとしても。

 目の前の男が、その身に正義の心を宿し、この町やそこに住む俺達を人知れす守っていてくれていることは事実だ。

 そして、それは知っている者が覚えていればそれでいい。

 栄誉や称賛の声がなくとも彼はそれを良しとし、これからも戦い続けるのだろう。


「そうか」


 兜から漏れる瞳の光が、少しだけ柔らかくなった。

 そして、ゴータイショ―は差し出したままの手を、少し上げた。

 その意味を知って、俺は今度こそその手を握り返した。

 ああ。

 やっぱり、大きな手だ。

 あの日、消えていく筈だった俺の命を救い上げてくれた、大きな手だ。


「…


 不意に。

 ゴータイショ―がそう言った。

 俺は目を思わず目を見開き、ゴータイショーを見上げる。


 覚えて…いてくれた…

 あの日のことを。

 たくさん救った人達の中、俺なんかのことを…!


「では、またな、少年。今後、夜遊びは控えるんだぞ…トォッ!!」


 そう言うと、ゴータイショ―は大きく跳躍した。

 星が浮かぶ夜空に、いつか見たあの大きな背中が遠ざかる。


「ああ、また…!」


 その背中に向けて、頬を伝う熱いものをぬぐいながら、俺はいつまでも手を振っていた。

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