第86話 『ピアノ協奏曲第2番』 ブラームス
『第1番』のほうは、社会のご迷惑にならないように、通りのはしっこを、大人しくやましんが歩いていたら、問答無用に難癖をつけられて、ぎたぎたにされて、道路下に放り出されてしまったような音楽ですが(たとえですから・・・)、こちらは、身体こそさらに巨大で、4楽章形式をとる、史上最大級で、内容も最高峰の、ピアノ協奏曲ではありますが、身のこなしは、むしろ軽やかで、「うん?君、大丈夫かい? ちょっと楽しんでゆかないかな?」みたいな感じで、適度に派手で、楽しい、ぱふぉーまんすを見せてくれて、良い感じで慰めてくれて、しかも、上げ底なしで、中身もいっぱい詰まっている高級和菓子をお土産にくれたりする、みたいな感じです。(たとえですから・・・)
なので、後味の大変良い音楽なのです。
初演は、1881年11月9日。
ご本人が大ピアニストですから、初演のピアノも当然ブラムス先生ご自身でした。
第1番の方の初演は1859年ですから、ずいぶん長い時間がたっておりました。
ブラムス先生ご自身は、あまり・・大変、お口の良くない事でも知られた人で、もし有名人でなかったら、逆にいろいろと、大変だったかも。
しかし、恩師シューマン先生と、その奥様を、大変敬愛していたようですし、投身自殺未遂後、亡くなるまで入院してしまったシューマン先生や、奥様のお世話も、随分一生懸命に、やっていらっしゃったそうです。
年齢が高くなると共に、悲観的になり、ある日、川沿いにお散歩の途上で、そのおつきあいをしていたマーラー先生に、『自分の死をもって偉大な音楽芸術は終わるであろう』とかおっしゃったらしい。
マー先生は、『ほら先生、あそこに最後の波が来ましたよ。』とか、お答えになったとか。(どなたかの御本で読みましたが、例によって家庭内行方不明で発見できず。)
ヨハン・シュトラウス(Ⅱ)さんとは仲良しで、シュト先生の奥様の扇に、『美しき青きドナウ』の一節を書いて、『残念ながらヨハネス・ブラームスの作にあらず』、とか、書いたらしきお話は、これまた、小学生時代に、なにかの御本で読んだ気がします。でもこれは、有名なお話。
おたがいに対抗勢力だったブルックナー先生とお食事した際には、なにを食べたいか、で、すぐ一致したんだそうで、ブル先生から、『この件は簡単に同意を見ましたな』とか、言われたとか。
比較的、時代が新しいブラムス先生ゆえか、逸話の類には、ことかかないようであります。
しかし、シューマン先生の奥様のクララさんにあこがれていらしゃったことは、本当らしいですが、結局独身を通してしまいました。これはこれで、立派かと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます