第14話

「ヤ、ヤダなぁ先生。ただ似てるだけでしょ?何でそんなに神妙になってんの?」


重苦しいルーの空気に何かを感じたのか、アンジュには焦燥感が伺えた。それをクロトが嗜める。


「アンジュ、黙ってろ。で、先生よ、本題はこっからなんだろ?」


ルーはもう一度ワインを口にすると、静かに頷いた。


「約束通り、僕はヴェルトの生い立ちについて調べてた。でもとんと解らなくてね。…でも、あの僧侶様の言葉で僕は1つの可能性を思った。それを調べてたんだ」


「…まさか…だよね?」


ヘリオスの台詞にルーは目線を一瞬向けて閉じた。


「そのまさかだよ。…ヴェルトは王族…それも前エリュシオン王の双子の兄弟の可能性が高い」


ルーの言葉づらや状況から考えて、ヴェルトを除いた3人の中では予感はあったが、信頼出来るルーの口から聴くと、その衝撃はかなりの破壊力があった。


「…その根拠は?」


どうにか冷静を保ったクロトが更に聞く。


「僕の持ってる資料を含めて、一般に出回ってる書物にはヴェルトのような前例は無かった。けど、古来より双子が凶兆の印として口伝されていた事は解ったんだ」


ルーは何も言えないヴェルトを見た。


「本来、国事犯の血縁でもない限り幼子を牢に入れるような刑罰はない。…だけど君が王族、それも直系の王子として生を受けた場合はどうだろう。…ここからはあくまで私見だが、建国から300年、双子の前例が無かったんじゃないかな」

「…どうしてそう思う?」

「それは2人共生きていたって事だよ」

『?』

「双子が凶兆の印なんて、僕達は知らなかった。もしそんな大事なのだとしたら、国民にも浸透していておかしくない。多分、古来からそう伝えられているって程度だったんじゃないかな?だけど、縁起は悪い。しかし直系の王子の血を流す事も躊躇ためらわれた。その結果がヴェルトなんじゃないかと思うんだ」

「仮面を着けられたのもそれが理由か…」


クロトの言にルーは鷹揚に頷いた。


「……酷い……」


青ざめるアンジュの反応は至極真っ当だ。

いくら凶兆だと言われていても、何の罪も無い子供を牢獄に繋ぎ外の世界との接触を絶つという非道は、何の感慨も無くして聴いていられる話ではない。

師や本の存在は、彼への唯一の配慮だったのだろう。

人権も何もあったものではないが、そうであるならば、ヴェルトの存在にも得心がいく。

決して受け入れる事は出来ないが…。


「さて、ここからが問題だよ」

「…どういう事?」

「王族は尽ことごとく処刑又は幽閉されている。昼間の僧侶様同様、恩赦で出てきて、彼を見た途端に騒ぎ始める者が出たら…」

「ヴェルトは捕まって、また収監されるの?!」

「…だけで済めばいいけど…」


それは、王族を匿っていたリヒトにも害が及ぶ可能性を暗に示唆していた。


「トボければいいんじゃねぇの?」


重くなった空気を軽くしたのは、ずっと黙って聴いていたヘリオスだった。


「先生の話は仮説だし、証拠も今の所ねぇし」

「そ、そうよね…。そんな人達ばかりが来る訳じゃないし、その時さえ乗り切れば…」

「以前にも言ったけど、噂ってのは怖いよ。その場は凌しのげても、その後の対応は?」


すると、腕組みをしていた右手の小指で耳の中をかじりながら、クロトが小さく息を吐いた。


「何とかするしかあんめ?先生よ、心配は有り難えがコイツはもうリヒトの一員だ。奇妙な出会いだったがこれも縁だ。俺達はヴェルトを護るぜ」


ルーは今迄寄せていた眉根を緩めると、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「覚悟があるならもう何も言わないよ。僕にとってもヴェルトはもう他人じゃない」


グラスを掲げたルーにクロトが答えて、部屋に甲高い音が響く。

アンジュとヘリオスも、軽く掲げてワインを口にした。

始終黙っていたヴェルトは、自分の話題である筈なのに、何処か遠くに心が居た。


(…俺が王子?…リヒトが危険?」


何処かで読んだ物語の中のようで、ヴェルトの中に浸透する事はなかった。

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