第13話

季節は移り変わり、空は高く木枯らしが冷えた風を運ぶ。

洗濯中のアンジュの手が非常に冷たかったので、ヴェルトは彼女の両手を包んでハァ〜っと息を吐きかけた。

ヴェルトは時折、こうして思った事をストレートに行動に移す。

彼としたら、冷たいから暖めただけの事で特に他意は無かったのだが、アンジュは戸惑ってしまう。

緩みそうになる頬を引き締めるのに、かなりの努力が必要だった。

この頃になると、アンジュは既に自分の中で芽生え始めた淡い気持ちに気がついていた。

そんなある日の昼下がり。

繁忙時間を過ぎて一息ついた店には、ルーが遅めの昼食を頬張っていた時だった。

1人の汚れた老人が入店する。

いつもの様に元気よく迎えたアンジュに、一礼する様はどこか気品を感じた。

刹那、ヴェルトを見止めた老人は、その落ち窪んだ瞳をこれでもかと見開いた。


「……王よ……」

『??』


その場に居た誰もが首を傾げた。

老人はおぼつく足取りでヴェルトに歩み寄る。


「王よ!」


はっきりとヴェルトに向かって彼を[王]と呼んだ。

戸惑うヴェルトに縋り付くと、あぁ〜と奇声を発する。


「こんな…こんな所に居られたのか…。エリュシオン王!」

『!!』


エリュシオンとは、アステリア国第13代国王の名である。

誰もが動けずにいる中、クロトが老人を諭すように話しかけた。


「爺さん、何言ってんだ。エリュシオン王はとっくに首を跳はねられただろう」


アステリアが降伏すると、王とその重臣達の多くが断頭台の汁つゆと消えた。

それも、国民の前での公開処刑で、その首は10日間広場に晒されたのである。

跳ねられた首など形相は変わるもので、いくらヴェルトが似ていたとしても誰も気が付かなかった。

そもそも、王の生前の顔など国民の殆どが知る事は無い。


「オォ……そうであった……しかし、そなたは…では誰だ?」

「!」


ヴェルトはその問いに答える事が出来なかった。

何かの警鐘を訴える頭と、動機までする。


「コイツはヴェルトってんだ。爺さんこそ誰だ」

「…ヴェルト…。儂わしは…僧侶だ……いや、だった…」


そう言う老人の衣服は汚れてはいたが、その袖には確かに高僧の証である腕章が描かれている。

それを確認したルーが、少し慌てて、しかし穏やかな笑顔のまま老人に近づく。


「僧侶様、大丈夫ですか?家は何処です?私がお送りしましょう」


かなり強引に老人の背を促し、店を後にする。


「後で食事代を払いに戻るよ」

「お、おぅ…」


合点がいかず、戸惑う4人に、何かしら頷いて去って行った。


ルーが戻って来たのは、3時間も経ってからだった。

顔色はあまり良くなく、どこか落ち着かない様子だ。


「遅くなって悪かったね。ちょっと調べ物をしてたんだ。…皆に話があるんだけど、良いかな?」


その細い瞳にただならぬ雰囲気を感じたクロトは、少し早い店終いを決めた。

ダイニングを5人で囲む。


「まず、さっきの老人はかなり位の高い僧侶様だという事、最近、恩赦でゴルゴーンから出てきたって事。それと、僧侶様は王様に謁見した事があるんだって。複数回ね」


皆、ルーの二の句を待っているのに、当の本人はワインを一口、喉を潤した。


「その僧侶様からみて、ヴェルトは王に瓜二つ。まるで生き写しのようだって…」


ヴェルトの頭には、まだ警鐘が鳴り響いていた。




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