第8話
そこは薄暗い、石畳の部屋だった。
粗末な藁のベッドに横たわり、見上げる高さの穴から僅かな光が射している。
山積みにされた埃が被っている本。
ふと顔に手を当てると、冷たく硬い感触。
ハッと目を覚ますと、瞳に映ったのは板が並べられた天井だった。
本棚は整然と並べられた本で埋まり、少し目を動かすと、大きく開け放たれた窓から心地良い風が薄いカーテンを揺らしている。
震える手で頬に触れると、汗ばんだ肌の柔らかさを感じた。
大きく跳ねる心臓が痛かった。
リヒトに来てから6日が経っていた。
その間、何度こうして飛び起きただろうか。
此処での生活が新鮮な刺激で溢れる度に、あの牢での日常が異常だと認識させられ、それと同時に大きな不安が襲う。
ヴェルトは、帰り道の解らなくなった迷い子のような思いを抱えていた。
どちらが夢で現なのか…。
まだ陽が昇る前。息を吐きベッドから起き上がると、片膝を抱えて顔を埋める。
激しい呼吸のせいで喉がヒリついたので、水を求めて階下に降りて行った。
厨房にある井戸のポンプを数回上下させると、汗に湿った顔を清めてから手で掬すくって喉を潤した。
まだ呼吸のコントロールが効かない。
すると、階段に人の気配。
1m程の木の棒を握り締めたアンジュだった。
「…何だ、ヴェルトだったの…あたしてっきり泥棒かと」
泥棒だと思ったにも関わらす、クロトを起こしもしないで自ら退治しようとした彼女の、勇敢というか無謀な行動はこの際気にならなかった。
アンジュに近づくと、その姿を記憶するように見つめた。
「…ヴェルト…どうかした?」
「……夢を見た……」
「夢?」
ヴェルトは、この会話すらもまだ不安に思う。
「アンジュ…触れていいか」
「え?」
アンジュの返事を無視して、その冷えた手にそっと触れる。
触れた途端、アンジュはピクリと肩を竦すくませたが、そのまま強く握った。
「…アンジュはここに居る…クロトもヘリオスも、ムサ、ロラン、コルタナ、ウェスタ…」
ヴェルトは知ってる限りの名前を言い続ける。
「…悪い夢を見たのね。大丈夫。あたしはここに居るよ」
ヴェルトの様子から、安心させる為に静かに微笑んだ。
彼が記憶喪失だと勘違いしているアンジュは、ヴェルトの心細さを想って落ち着くまでその手を離さなかった。
時間にとしたら2分もない位の時、ヴェルトは漸く手を開放した。
「そうだ!今日は定休日でしょ。一度お医者に診てもらった方が良いよ」
「…医者…」
ヴェルトは首を左右に振る。
記憶はあるので、診てもらっても何も変化はないだろう。
ただ自分の境遇が理解出来なかっただけである。
「駄目よヴェルト、お医者が怖いなんて言っちゃ」
(違う)
「ちゃんと診てもらいましょ。大丈夫、とっても良い先生だから!」
言い出したら止まらない彼女の悪い癖が出た。
結果、初めての休日は医者に診てもらう事になってしまった。
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