第2話

「空…広い…」


外に出されて初めはその眩しさに目が眩んだ。段々と霞がかった景色がはっきりと見えるようになった時、空の広さに驚愕する。

男にとっての空は20cm四方の穴しかなかった。

そして、放り出された扉の門番が訝しがるのも他所に、自分が今迄入っていた部屋があった円柱型の建物を見上げる。

随分と高く、降りた階段の様子でどうやら最上階に居たのだと解った。


「おい!何をしている!早く行け!」

「…何処に?」

「何処へなりとも行け!」


門番が槍の柄で背中を押すので、取り敢えず歩いて前に進む。

男とは反対方向に、円柱型の建物へと縄に繋がれた多くの兵士達が歩かされていた。

森林に囲まれた一本道をとにかく進むと、視界が一気に広がる。

それが街だと気付くのに5分は要しただろうか。

男はまたゆっくりと歩き出し、街に入って行った。

街には男を牢から出した兵士と同じ格好をした人間が至る所にいたが、民もそこら中に居た。

男には兵士と、兵士以外としか認識出来ず、それがこの国の民である事が解らない。

ナイアードの軍は、略奪暴行等の行いは一切していなかった。

侵略した国の王や重役、反抗的な兵士に対しての温情は無かったが、国民はその対象とせず、ある程度の制限は設けても民の生活は比較的守られていたのである。

でなければ統治が大変な事になるに相違なく、それは国民からすれば有り難い話であった。

男は宛もなく道なりに歩くが、誰も彼もが男を見て振り返り、何やらコソコソと話をする。

その理由は実に単純であった。

長身の男が汚かったのである。あまつさえ裸足で、悪臭も放っていた。

長い、と言うには長すぎる牢獄生活では致し方のない事ではあったが、男にとってはそれは常であり、何が皆の眉をひそめているのか解らなかった。

男には人々や街並みの全てが新鮮で感動的であった。様々な音が男の耳を刺激する。

牢の中は静寂しかなかった。

物珍しく首を振りながら、30分程歩いた頃だろうか。

1つの店から良い香りが漂ってきた。

青い暖簾のれんの店の扉は開いており、そこから香って来るのだと気付いた男の足は止まっていた。

刹那、店から小気味いい声で明るい茶色の長い髪を後で纏めた女が出てくる。


「いらっしゃい!」


が、途端に目を細めた。


「…金が無いならお断りだよ。うちはツケは無いからね!」


目鼻立ちの整った若い女の言葉は理解できた。

多くの書物の中に[ツケで飯を食う]という文言があったからだ。

なので、此処が飯屋である事が伺えた。

途端に腹の虫が勢い良く鳴く。それも当然で、ここ数日食事を与えられてなかった。


「だから…金が無いならー」


と、更にグ〜と大きな音が訴えた。

暫く見合った後、女はハ〜と大きな溜息を吐く。


「…全く…仕方ないねぇ…」


女は華奢な手で男の腕を引いた。


「臭っ‼…アンタ、どんだけお風呂に入ってないの?……まぁいいや、取り敢えず店の裏に来てよ」


すると、店から細面で暗い茶色の髪をした壮年の男が顔を出した。


「何だい。またアンジュのお節介が始まっちまったよ」

「うるさいわね。こんな汚い男が店前に居たんじゃ商売に響くでしょ!」

「ヘイヘイ。でも大概にな。国が滅んじまった後だ。下手な手合いだったら困るぞ」

「解ってるわよ!」

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