【6】私は城に立て籠るぞ!
「料理長。来たぞ」
「ひゃい!」
「騒ぐな。いい加減馴れろ」
「馴れません! 魔王様、突然背後に現れるのはおやめくださいませ。驚くなと仰られても、私には無理でございます」
「聞くと思ってるのか?」
「いつかは聞いてくださると思っておりますよ。言い続けなければ、それで良しとされてしまうだろうとも」
「よく分かってんな」
「魔王様が幼い頃から存じておりますので。さあ、席でお待ちくださいませ。すぐお持ちしますよ」
「幾つか用意しておけよ」
料理長に促され席につく。
頼んでいた菓子が遂に出来たらしい。
少しワクワクしてしまうな。
「魔王様、一人で先に行っちまうなんてちょっと酷いんじゃないか?」
「バルタス! 言葉遣いに気を付けろ!」
五月蝿い二人が来た。
呼んでないぞ。
と、もう一人。いや一柱か。
招かれざる食客、か。
「アウラ。お前も出て来て座れ。とびきりの菓子を振る舞ってやる」
「ふん。やはり見えているのか」
「マヌル、バルタス、二人も座れ。相伴を許す」
「はっ」
「お。俺も良いのか」
「構わん。気になって付いて来たんだろ? 人数分用意させる」
テーブルに皿が運ばれる。
白い塊が皿に盛り付けてある。
「魔王様、これはドルチェでございますか? ソルベットととも少し違うようですが……」
「アイスという冷菓だ。材料は牛山羊の乳だが、シャーベットよりも手が込んでいる。文献を漁っていたら出てきたので作らせた」
「こんなもんの為にあんな場所に一人で籠ってたのか?」
「保存食について調べていた。他にも発育の早い果実や根菜、繁殖が容易な家畜などについてもだな」
「魔王貴様、本当に籠城するつもりでいるのか?」
「籠国とでも言うのか。それが可能かどうか、どれだけの時間を閉鎖された国で生きることが出来るのか。今はその辺りの可能性を見付けては潰しているところだ」
「ふん。そんな砂上の楼閣、四方を囲まれ数で攻められればそれで終わりではないか」
「分かっている。良いから食ってみろ。料理長の自信作だぞ」
白い塊に匙を入れる。
スッと塊が切り取られ、断面が滑らかにとろける。
一匙口に放り込むと舌先に乗った瞬間それはふわりと消えてしまった。
「甘い。上質な食感だ。完成度は高いな。料理長を褒めてやらねばな。保存食としては少々凝りすぎているが」
「魔王様! これは美味しゅうございますな! 過去の遺物にこのような物が記されているとは、意外でございますな!」
「マヌル五月蝿いぞ。静かに食え。バルタス、お前の感想も聞かせろ」
「旨いが、質を上げ過ぎているな。保存食として完成度を上げるのであれば、もっと甘味を強くして腐りにくくすべきだろう。そのほうが少量でも糧として機能するだろうな」
「調整が必要なのは同意だ。砂糖を使いすぎると逆に資源が不足する可能性が出てくる。計算が必要だな。おいアウラ、お前も何か意見を聞かせろ。黙って食ってるんじゃない」
「旨いな。私は本来食事など不要だが、これなら食べてもよい」
「話にならん。お代わりの皿を持ってこさせるからお前は黙っていろ」
「まあ待て。貴様の考えは分かったが、非現実的だということは貴様が一番分かっているだろう? 国単位で立て籠るなど不可能だ。問題は兵糧だけではないぞ」
「それくらい分かってる。食の問題は一端に過ぎん。その為に遺物を読み解いて使えそうなものを#浚__さら__#っている」
「魔王様は人間共と戦わず終わらせることをまだ考えておられるのございますか」
「そうだ。争いを起こすつもりはない」
「魔王様よぉ、それは無茶ってもんだぜ。その考えで進めるとこの戦いは人間共に有利過ぎる。攻めず殺させずの難易度は魔王様が想像しているより高いぜ?」
「分かってる。いや、分かっていないのかもしれんがそれを知ろうとしている。可能性が無いワケではない」
私の考えに対する周囲の反応は側近ですらこの有り様だな。
分かってはいたが。
「お前らはまだ否定的だが、私は可能性は零ではないと考えている。解決すべき問題は多い。が、糸口は在る。一番の問題はその手綱を私が完全に掌握出来るか否かだ。食糧や戦争の在り方はそれに比べると些事だ、私にとってはな」
マヌルとバルタスの訝しげな表情がじわじわと忍び寄る戦争の危機を訴えている。
私の言葉を信じたいが、信用する材料が一つも見当たらないのだから仕方ない。
先ずは防衛の策を先に打たねば、その先を掴む前に国が滅ぶな。
不安は悲劇という華の種だ。
アウラに目を遣ると、奴は既に三皿目を平らげ嫌らしい嘲りで私を見つめていた。
コイツが戦争を促すワケが分からんな。
人間の勇者を討てと、親父と同じことを言っていたが、それが解決の糸口と成り得る可能性はあるか?
いや、戦争という名目で人が死ねば、もう歯止めが利かなくなるのは自明の理だ。
目的の達成が不可能であると、人間共に、そして人間共を操る神とやらに理解させる必要がある。
その神には道理も何もかも通用しないのだろう。
私なんかよりも遥かに永い時を生きているのだろうし、そもそも寿命という概念すら持ち合わせていないかもしれん。
その神に、命を奪うこと以外の選択肢を選ばせるということが必要だ。
さすがにそこまで先の策は思い浮かばんが。
それはとても厄介な事に成りそうだ。
「ふん。貴様が遺物なんて古めかしい物を引っくり返してどんな策を練っているのか知らないが、私はそれを側で見るだけよ。私自身は直接手を出さない。貴様からそういう願いがない限り。という契約を交わしたのだからな」
「そんな事がお前に願われる時は訪れないが、お前の手を借りる時は来るかもしれん。それまでちゃんと私の側に居ろ。そういう契約をお前と私は交わしたんだから」
私は半分以上溶けた冷菓をもう一掬いし、舌に乗せる。
私達の未来の輪郭はこの溶けた冷菓の様に未だあやふやで見えない。
しかし一つ現実となったこの上質な味は、確りとした私の足掛かりとなるだろう。
私は料理長を呼んだ。
勿論、アイスのお代わりを持って来させるためだ。
旨いと褒めてやろう。
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