【5】私はちょっとしか出ないぞ!

「邪神様、魔王様の所在をご存じではありませんか?」

「ん? メイジではないか。奴ならまた倉庫に閉じ籠っているぞ。何か調べたいことがあると言っていた」

「左様ですか。それでは」

「ちょっと待て」

「はい、何でございましょう」

「それだけか?」

「それだけ、とは?」

「邪神であるこの私にものを訊ね、答えを貰い、それに対して感謝の言葉すらない。そういうことだ」

「はあ。必要を感じませんので。それでは」

「待て。私は邪神なのだぞ? 奴より上位の存在。そして貴様らを守護する者なのだぞ? 私の守護なくば、他の神々に瞬く間に滅ぼされる存在、それが貴様らだ。であれば私を崇拝し、供物の一つでも捧げるべきだろう?」

「私が仕えておりますのは魔王様ただお一人でございます故。我々魔の民を守護しておられるのは感謝しております。民に代わり感謝を申し上げます。ありがとうございます。それでは」


 メイジは淡々と語り、言い終えると軽い一礼だけおざなりに済ませ部屋を後にした。

 おかしい。これは明らかに不自然なことだ。

 私は邪神。あの魔王すら守護する存在。

 崇め奉られ供物を捧げられ、全ての者は私の前に平伏叩頭し服従の意を示すもの。

 だというのに、この扱いは一体どういうことだ?

 あまりに私を軽んじた扱い。いや、むしろ蔑視しているかのような……。

 と考え始めた矢先、扉を叩く音が鳴った。


「入れ」


 私の一言を待って扉が開く。

 そこには騎士の様な身なりをした男が立っていた。

 この者は魔王の側近だったはず。名は確か……バルタスといったか。


「失礼。……邪神様お一人か。魔王様が何処におられるかご存じでは?」

「……倉庫だ。何か調べものをしているようだ」

「承知した。……一つ、邪神様に訊ねてよいだろうか」

「許す」

「何故、魔王様の寝室に邪神様が居座っておられるのか?」

「何故とは異なことを言う」

「ほう、と言いますと」

「分からぬか。ふん。ならば教えてやろう。私は奴と契約を交わした。契約の上で私は奴の上位にある。つまり奴は私の所有物だ。なら奴の私室は私の物と同じであろう。まあ、契約なんぞなかろうと、私は邪神。魔に属する全ての生き物は、私の加護の元に生きているのだ。貴様らの存在自体が、私の手の内ということだ」

「そうか。ふむ、なるほど。邪神様の真意は理解した」

「では今度はこちらから訊ねる。答えよ」

「……聞こう」

「……その態度のことだ。今説明したように、私は奴の所有者であり上位者だ。そして貴様らの所有者でもあるということだ。だと言うのに、貴様らは私に敬意を払う気が欠片も感じられん。何故だ」

「言葉を返そう。何故とは異なことを言う。確かに契約の上では邪神様は魔王様の所有者であり上位にある存在なのだろう。全ての者は邪神様の駒なのだろう。そこには疑問の余地は存在しない。何しろ神なのだからな。しかしだ、我々が仕えると誓ったのは魔王様ただお一人だ」

「その言葉はついさっきメイジからも聞いた」

「であればもう一言加えよう」

「ん? 何だ」

「我々は邪神様のことを恨んでいる。力では歯が立たないと理解している故、そしてそれを魔王様は望まないからこそ手を出さないが、我々が命を懸けて守護すべき存在である魔王様を、勝手な都合で事に巻き込んだ貴様を、我々は殺したい程憎んでいる。そういうことだ」

「ほう……。ふん。殊勝なことだな」

「マヌルが話さなかったのは、貴様と話すことすら嫌悪したからだろう。マヌルは元来、五月蝿いほどお喋りなやつだ」

「ずいぶんと嫌われたものだな」

「貴様がしたことはそういうことだ」

「飼い主すら護れぬ番犬が吠えるではないか。いいや、唸って威嚇しているだけか。噛み付いても良いのだぞ? いつでも相手になろうではないか」

「魔王様がそれを望めばな。では」


 これ以上交わす言葉はないと言いたげな剣呑な顔付きでバルタスは部屋を去って行った。


「ふん。私が寛容な邪神でなければ反抗心を見せた時点で魂ごと喰らってやるところだ」


 人間をっているあちらの神ならば、反抗する者全て容赦なく殺し、その上で操ってしまうだろう。

 神に背くとはその程度には重い罪に値する。

 贖罪として、意識あるまま操り家族や仲間をみなごろしにさせその罪の重さを自覚させるなどする。

 どちらが邪神なのかと疑いたくなるが、混沌を愛する私と秩序を愛する奴らではそれくらい感覚に隔たりがあるのだ。

 何を善とし、何を悪とするのか、所詮それは匙加減でしかない。


「暇だな。奴の巣穴にでも潜り込んでみるか。何を調べているのか、邪魔しがてら覗きに行ってみようか」


 右手を横に薙ぎ、空間を裂く。

 次元の狭間を覗くと、地べたに座り古びた皮紙を広げそれを真剣に読み込む魔王の姿があった。

 そして喧しく響く扉を叩く音。


「魔王様! 魔王様! こんな処にいつまでも閉じ籠らずに外においでくださいませ! 古文書ならば持ち出せばよいではないですか! 魔王様の行いを咎める者などおりません!」


 これはメイジの声か。

 奴め、魔王と接する時はこんな声を出すのか。

 まるで拗ねる子をあやす母親ではないか。


「マヌル、どけ。俺も魔王様に用があって来たんだ」

「な、何を言う。先ずは魔王様をここから連れ出すことこそが先決であろう」


 バルタスも言葉が崩れているな。

 これが親愛の証ということか?

 言葉遣いから尊敬は感じられないが、信頼関係あってこそということなのだろうな。ふん。

 

「そう言って出てきたためしがないだろうが。さあそこを退け」

「ぐぬぬぬぅ」

「魔王様、料理長が魔王様に召し上がってほしいものがあるそうですよ、御伝えしてほしいと俺に頼んで来ました。魔王様が依頼された物が出来たと。そう御伝えすればお分かりになると」


 バルタスの言葉を聞いた魔王が頭を起こす。

 コキコキと首を数回左右に傾げる。

 そして魔王が腕を一閃、薙いだ。


「なっ……何だと」


 魔王が次元の狭間に身を進め、私の視界から消える。


「む、魔王様の気配が消えたな。これは部屋から出たな」

「返事くらいしてくださってもよかろうに……」

「まあ、外に出たんならそれで良いさ。俺達も行こう。食堂に行ったんだろ」

「うむ。そうするか」


 二人も立ち去ったようだ。辺りから気配が消えた。

 それにしても魔王に驚かされるとは思わなかった。

 私と同じ転移術を使うとはな。

 魔法ではなく魔術を使える者が、この下界にいるとは予想外だ。

 あれでも魔王と名乗るくらいの異端であるということか。

 さて、奴め私の視線に気付いていたのかいなかったのか。何事もなかったかのように出て行ったが、どうやら食堂に向かったようだ。

 少し、奴の言動に興味が湧いた。

 私も行くか。

 ふん。これはどうして、中々に面白いな。

 ただの変わり種かと思ったが、予想以上の収穫になりそうだ。

 奴が金の稲穂となるのならば良い。

 であれば刈り取る頃合いを見定めなければならない。

 穂を刈る鎌なら幾らでもある。

 大事なのは収穫の時期を誤らないこと。


 ふふ。契約が満ち了するその時が楽しみだな。

 穂が色付くのを、魂を刈り取る神自ら確りと見ていてやろうではないか。

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