【4】私は絶対に契約しない!絶対だからな!いいか、絶対だぞ!
「よし、契約はこれで完了した」
「邪神との契約って簡単なんだな」
「難しければ良いというものではない。大事なのは中身だ。そう、死後の魂を懸けた貴様のようにな」
「死んだ後のことなんか知らん。好きにしろ」
「ふん。脅し甲斐の無い奴め」
「……もう、服着ても良いか?」
「よい。その柔肌、堪能させてもらったぞ」
「背中に触っただけじゃねーか。それにお前も女だろ」
「神に性別などあってないようなものだ」
「神話に出てくる神々って乱れてるもんな。きもっ」
「私をその辺の下衆な神と一緒にするな。私は高貴で高潔な邪神なのだぞ。処女神でもある」
「え」
「え?」
意外過ぎるだろお前。
玉座の間での問答の末、私は邪神アウラとの契約を決意した。
先に弁明しておくが、アウラの望み通り勇者を討つなどという考えに乗ったワケじゃない。
と言うかそれは下策だろ。どう考えても。
結局人間に戦争を仕掛けるのと変わらないじゃないか。
アウラの要求を無下に蹴った後、私は契約の目的を詳しく聞くことにした。
契約の真意は、他神からの関与の無効化にあった。
アウラは操られると表現したが、神との契約は、その内容次第で主従関係となり得る。
一方的な隷属を強制させる力が、契約にはあるという。
それを拒み、親父は自ら命を絶ったのだ。
最期まで私に涙を流させる、子不幸な親父だ。
そして、そんな話を聞かされては契約する外ない。
マヌルは最後まで「お考え直しください」と何度も何度も涙を流し懇願してきたが、親父の想いを私が台無しにすることは、それこそ私には出来なかった。
それに、邪神アウラが誠意を持って懸命に私に契約を説明したことも決心の要因となった。
邪神が誠意一杯契約するというのは矛盾だと可笑しかったが、「契約とは魂を懸けた神聖なもの、いや、邪悪なものだ。不明瞭や不履行は絶対にあってはならない。絶対の力を持つ神ですら覆すことの叶わない不可侵の領域。不実は魂を愚弄する最も唾棄される行為なのだ」と熱く語ったことが、私の心に響いた。
まあ、それでも、まだ何か裏の目的を感じざるを得なかったが。
でも、それでも良いかと思ったんだ。
『願いは叶える。しかし手段は選ばない』というのは、実に悪魔的で、魔王然としていて、邪神のようじゃないか。
悪くない。そう思った。
「でだ、魔王ベルルよ」
「ベルルで良いよ。私はアウラって呼ぶし」
「もっと敬え。崇めろ。別によいが」
「悪魔的だね」
「邪神だ」
「知ってる」
「ええい、話をさせろ」
「どうぞどうぞ」
「これも魔王の器か。変わった魔王だ」
「お姫さま扱いは受けなかったもんでね。豪放磊落に育ったよ」
「#遼東之豕__りょうとうのいのこ__#に育たんで良かったな。大人達に恵まれたと感謝することだな」
「言われなくても」
「ふん。では話を戻すが」
アウラが私の寝台から離れ近くの椅子に座る。
はだけていた衣服を整え、私は寝台に腰掛けアウラに向き直る。
「私と契約を交わしたことで、貴様が他の神から手を出される確率は格段に低くなった。だが、人間が神に操作されていることは変わらない。私のように勇者を騙った者ではなく、本物の勇者が貴様の前に現れることもあるだろう」
「結局貴様呼びかよ。良いけど」
「話を聞け。そうなった時だ、貴様は人間と敵対しないと言ったが、それはあまりに理想論が過ぎるのではないか? こちからから動かずとも、あちらから襲って来ることは有り得るだろう? 応戦してしまっては同じ穴の狢。戦争は避けられないものとなる。その時、貴様はどう動く」
「私は動かねぇって。絶対動かねぇ」
「何を馬鹿な。ではそのまま易々と殺されてしまうと言うのか?」
「殺されてもやらん。死ぬなんて真っ平だ」
「ではどうする」
「待つ」
「何を」
「飽きるのを」
「飽きる?」
「戦争に飽きるのを待つ。戦争って言うか、一方的に攻撃する行為に飽きるのを待つ」
「何を馬鹿な……。ひたすら守りに徹すると言うのか? それでも民は死ぬだろう? 誰かが死ねば恨みはふつふつと涌き出す。まるで清水の様にな。それに、これまでの戦禍が在る。怨みはとうに民の心に根を這わせているのではないか?」
「でも、実際今は戦争してねぇし」
「台風の目と同じだろう」
「もう一度風が吹くって?」
「既に風音は聞こえてる。私が貴様の元に訪れずれたのがそうだ」
「風邪じゃん」
「上手いことを言った風な顔をするな。そんななまっちょろいものではないと言っているのだ」
「邪推だと思うけど」
「逆に何故そう楽観視できる。貴様は知らないだけではないのか? 人々の狂気というものを。怨みという暴力を」
「邪神が言うと説得力増すな。ピンと来ないけど」
「目の当たりにするのは直ぐになるだろう」
「ピンと来ないんだよ。全然。そんなものに、人間達は命を懸けんのか?」
「これまでの大火の歴史がそう遺している。奴らは異教徒を認めない」
「はぁ、だから宗教って好きじゃねぇんだよなぁ。あ、アウラ、私はお前のこと崇拝とかしたことねぇからな」
「それはもう分かっている。崇拝されてこの扱いは有り得んだろう」
「そゆこと。だから尚更分からん。どうしてそんなものの為に命を投げ出せるのか」
「投げ出しているのではない。捧げているのだ。それこそが奴らの喜びであり、本懐だ。だから歓び勇んで死に急ぐ」
「どっちが邪神なんだか。あー、向こうは死神ってことか」
「死は尊いものとされている。供物としてはこれ以上ないと考えられてもおかしくはないな」
「こわ」
「そういうものだ」
「とにかく、私の考えは変わらない。待つ。動かない」
「動きたくないだけ、働きたくないだけではないのか?」
私はにんまりと笑う。
「それは邪推ってやつだ」
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