【3】私は絶対に勇者を倒さないぞ!
「待たせたな。勇者ってのはお前か」
「そうだ。貴様が今の魔王か? ずいぶん若いな」
そう言う勇者も見た目は相当若い。
玉座に付き、わざと偉そうに脚を組む私に、勇者は立ったまま答える
歳は20手前くらいか? 漆黒の甲冑を身に纏っている。
その鎧が醸し出す雰囲気からは、おおよそ勇者という名から連想する高潔さは垣間見えない。
「下郎が! 頭が高い! 跪け! 魔王様の御前であるぞ!」
「マヌル構わん、私が話す。おい勇者とやら、お前今のと言ったな」
「先代の魔王は死んだのだろう?」
コイツ……何を知ってる?
マヌルの殺気にも臆する様子もない。勇者の勇というやつか?
必要なら洗脳しても良いが、果たして精神魔法が効くのか。
勇者と名乗るのであればそれ相応の力を有していると見るのが妥当か?
細かい事を考えるのが面倒だな。
「おい、お前何か知ってるんなら教えろ。駆け引きは好かん」
「魔王様っ!」
「マヌル。二度も言わすな」
マヌルを黙らす。
駆け引き取り引き甘言巧言令色は魔法職の十八番だが、煩わしいやり取りには頭が痛くなる。
ただでさえ遅々として進まない親父の死因究明にイライラしてるんだ。
これ以上の頭痛の種はゴメンだ。
「知っている、と言ったら?」
勇者の片頬が持ち上がる。
癇に障る顔をする奴だ。
「私は駆け引きは好かんと言ったぞ」
「それは貴様の都合だろう?」
「ハァ……これだから人間は嫌いなんだ」
「見た目は変わらんだろう。貴様も私も」
イライラが積もる。
下らん。同じ人型、同じ肌の色というだけだろうが。
種族は似て非なるものだ。
「何が望みだ? わざわざこんな処まで何しに来た。私に何用なんだ。私の命でも取りに来たのか?」
「貴様の命など要らん。先の魔王が死んだ時点で私の目的は既に達成された」
「……」
玉座の脇に控え、苦虫を奥歯ですり潰した様な顔をしていたマヌルの拳が小刻みにブルブルと震えている。
顔こそ伏せているが、今にも血の涙を流しそうなほど目が血走っている。既に唇は噛みきってしまったようだ。
勇者を挟み、玉座へと伸びる絨毯の両脇に控え、事の成り行きを見守っていたバルタス、その配下の者達にも目に見えて殺気が宿っている。
コイツらときたら……。
「おいお前ら、いい加減にしろ。それでも精鋭部隊と謳われ先代魔王の御前を護った近衛兵か。私の前で不快な殺気を垂れ流すな」
「ハッ!」と声を揃え敬礼し背筋を正す配下の連中。
マヌルの拳からも僅かばかりだが力が抜けたのが分かる。
バルタスだけが静かな殺気を讃えたまま、無言で起立している。
普段は軽々しい振る舞いをするくせに、こういう時ばかりカッコつけようとしやがる。
そう厳めしい顔しなくても、お前の出番はないよ。
「ずいぶんと部下に慕われているのだな。つい先日王位を継いだばかりとは思えんな」
「部下ではない。家族だ」
「ふん。ヌルイ事を言う。それでも魔なる者の王か」
「お前がどう思おうと構わん。私は私の思う王になるだけだ」
ふん、ともう一度勇者が鼻で嘲る。
コイツはさっきから何なんだ。
何しに来たんだ。
親父が死んだことを知っていてなお私に会いに来たのは、わざわざ私の顔を見て小馬鹿にするのが目的だったのか?
そんなワケあるか。
嘲笑目的で敵陣の中枢に単身乗り込む阿呆なんているものか。
「おい、そろそろ本題に入ったらどうだ? 私はご覧の通り頑固で我が儘なんだ。駆け引きに応じないというのが分かっただろ?」
「……仕方ない。少しでも挑発して、こちらの都合の良い条件を飲ませるつもりでいたが……。想像していたより理知的だったな」
「そりゃ買い被りだ。面倒が嫌いなんだ、私は」
「ふん、キツネなのか?」
「私は魔王だよ。新米だけどな」
「……ふん」
いちいち鼻で笑うのが腹立つな。
一発殴ってやろうか。
「まあいい、理性的な話で事が進むなら願ったり叶ったりだ」
「おう、前置きは要らんから早く話せ」
前置きが多いんだよ。警戒してんのか?
「結論から話す。魔王、貴様、私の部下になれ」
「あん? ヤだよ」
「先王の死因を教えてやると言ったら?」
「ヤだよ」
「何故だ」
「そもそも釣り合ってねーだろ」
「そうかもな。しかし、死因は分かっていないだろう?」
「まーな」
「そして、その謎は決して解けることはないぞ」
「……私はな、配下を持ったことはあっても、部下になったことはないんだ。だから嫌だ」
「その玉座に固執しているのか?」
「ちげーよ。働きたくないだけだ」
「ふん、手前勝手な王もいたものだな」
「私は魔王だから良いんだよ」
「では、こういうのはどうだ」
勇者が人差し指を立てる。
やっと本題に入るらしい。
「私と、同盟を組まないか」
「人間とか? ヤなこった」
「違う。私個人とだ」
「お前と? いや、お前も人間だろ」
「違うと言ったら?」
「あん?」
「私は神だ」
「はぁ? 寝言は寝て言えよ」
「では、今夜にでも貴様の夢に現れよう。そうしたら信じてもらえるかな?」
「本気で言ってんのかよ」
「本気だ」
コイツ本気で言ってるぞ。
何だよ急に私は神だ、とか。
狂人と変わらねえよ。
「私はな、他の神の手先となった人間を滅ぼそうと思っている。そして手始めにその尖兵である、人間の勇者を討つつもりだ」
「……それはつまり、私の親父を殺したのが、その神だって言ってんのか?」
「頭の回転が早くて助かる」
「何の目的で」
「まだ話せない」
「……」
「……魔王様、このような不審な、それも勇者を
マヌルが心配そうな顔で私に囁く。
マヌルの声はアイツには届いていないだろう。
「魔王よ、倉庫で何か掴むことは出来たか?」
「……」
「魔王様っ……」
「分かった。お前の言葉を信じよう。ただし、部下になるつもりはない」
「協力してくれるなら、それで良い」
「魔王様っ! 怪しすぎます! お待ちくださいませ! どうかお時間を! 罠やもしれません!」
「先の魔王の死因だがな」
その場に居合わせた者全ての視線が集中する。
「自害だ。神の手先となる前に、自らに王だけが知る呪いをかけ、命を絶ったんだよ。貴様には最期まで教えることはなかったようだが。端から魔王を継がせるつもりなどなかったのだろう」
「……親父が? 自害だと?」
「なぁ、魔王。この国は平和だなぁ。人間と
「それが、何だよ」
「魔王が人間に戦争を仕掛けたら、どうなっていたと思う? 簡単だよ。人間は大義名分を得てこの国を攻めていたんだろぉなぁ。正義の名の元に、とか、神の名の元に、とか高らかに叫んでさぁ」
「……だから、親父が一人犠牲になったった言うのか?」
「英断だよ。一国の王に相応しい器だ。そして私はそれを阻止することが出来なかった。もし操られていたなら、その時は私が殺すことになっていただろう。貴様らの王を、守ることが出来なかった。だから貴様と同盟を結びに。契約を交わしに来たのだ。もう二度と失敗しないように」
「契約?」
「魔王ベルルよ、私と契約しろ」
自らを勇者と騙り、神と謳ったソイツは嗤った。
「私は邪神。邪神アウラ。貴様らが崇拝する悪の神」
「私と契約し、勇者を討ち、神々を滅ぼそうではないか」
邪神アウラ。その邪悪な女神は嗤ったのだった。
「ヤだっつってんだろ。話聞けよ」
私は働きたくないんだ。
ポッと出の邪神にいいように使われてたまるか。
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