【2】私は夜明けと共に寝るぞ!

「魔王様ぁそろそろ出てきてくださいませ。一緒に朝食にしませんか」


 今日も返事が無い。

 魔王様は依然として一人倉庫に閉じ籠り古文書を読み漁ってらっしゃる。

 今は呪いの書物を網羅しているとのことだ。

『口止めされておりますので』と念を押されつつ侍女の一人が教えてくれた。

 先王様の死因が呪いであると目星を付けていらっしゃるようだ。

 先王に仕えて長かったこの私でも知らない呪いが古文書にあるのだろうか。

 正直、可能性は低い。

 呪魔法を掛ける為には、対象に接触する、もしくは対象の体の一部を入手する、などの条件があるからだ。

 一国の王であった先王様に接触出来る者は限られている。

 そして側近であった我々の中に裏切者がいる、というのは考えにくい。

 身の回りのお世話をしていた従者達にも内通者がいるとは思えない。

 信じる根拠は弱いかもしれない。疑い始めればきりがない。

 事件が起きれば身近な者を疑うのが道理であろうが、先王様に反旗を翻す事で益を得る者が少なすぎる。

 唯一疑うとすれば、やはり我々に敵意を向ける人間達なのだろうが……そうなるとやはり内通者との繋がりが見えない。

 私でも知らない呪いを用いて外部の者が先王様を殺めることなど出来るのだろうか。


「魔王様……」

「マヌル!」


 突然扉が開かれる。

 魔王様の目が赤く腫れている。

 先王を悼み、また泣いておられたのか。


「ま、魔王様、よく開けてくださいました。さあさ、先ずは湯あみなさって、それから食事にいたしましょう。侍女らに支度をさせますので」

「いい。飯にする。風呂なら夜毎日入ってる」

「さ、左様でございますか。ですが……」

「何だよ。飯に呼んだのはお前だろ」

「は、はい。仰せのままに」


***


 大きな長テーブルが鎮座する食堂。

 本来であれば接待や晩餐会などの時に使われる一室の長く広いそのテーブルには、豪奢な料理が並んでいた。

 ずらりと並んだ食事の中に点々と卵や粥などの質素なものが混ざっている。

 それは栄養に気を配り消化の良さそうな物。つまり、魔王様の為に用意されたものだと一目で理解できた。

 料理を手掛けた者が魔王様の体調を慮ったのだと分かる。


「多い。朝からこんなに食えねぇ」

「は、勿論残していただいて構いません」

「じゃなくて」

「は、はい。何でございましょう」

「料理長呼べ」

「は、直ちに。おい、料理長をここに」


 壁際に控えていた給仕の一人が厨房へと向かう。

 程なくして現れた料理長は少し荒めの息を吐いた。


「料理長。飯、多いってば」

「は、しかし……」

「私昨日も言ったよな? 気を遣うなって」

「は、はい……」


 短い会話。魔王様は夜に倉庫を出ていることを隠すつもりはもう無いようだ。

 魔王様の言葉から、料理長が魔王様への心遣いに尽力していることがよく分かった。恐らく他の従者も同じなのだろう。


「魔王様、料理長も魔王様の御体を思えばこそです。そう咎めずともよいではありませんか」

「あのなぁ。そーゆーのは要らないって言ってんだよ。何だ? お前、私のこと可哀想だとか思ってんのか? 私を哀れんでるってことか?」

「滅相もございません。しかし、一日中あのような場所におられては気を病んでしまうと従者らが心配してもおかしくないこと。ほんの僅かで結構ですので従者の心をお汲みくださいませ」

「だあぁかぁらぁぁ、私が倉庫に籠ってんのは私の勝手じゃん。そして本人が要らない気遣いだって言ってんだよ。だったらそうしろよ。従者なんだろ? ちゃんと従うのが努めってもんなんじゃねぇの? 違うか?」

「……仰る通りでございます」

「……あのなぁ」


 ハァ、と溜め息を吐いて魔王様は右腕でテーブルに頬杖を付いた。


「そりゃあ哀しいよ。毎日目ぇこれでもかって腫らすくらい泣いてる。ほら、ご覧の通り」


 魔王様が左手で御自身の目を指差す。


「でも、それ以上に悔しいんだよ私は。そんで怒ってんだ。親父が死んだことに。原因を突き止められない自分に。お前らもだろ?」


 その場に居合わせた者全てが頭を縦に振った。


「だよな? だからな、気を病んでる暇なんか無ぇの。それに、飯の話に戻るけど、こぉーーんなにご馳走並べられても、食えないって。それは分かるじゃん。私が残したら捨てるんだろこれ? だから本当に必要な分だけで良いんだよ。食いきれないくらいのご馳走並べて贅沢してぇーー! って、そんな気持ちになったら、そん時はそう言うから。そん時はテーブルから零れ落ちるくらいのご馳走並べてくれよ。いや、言わねーけどな?」


「はい、魔王様…………ズッ」


 料理長が涙を流す。

 魔王様が優しい方であることは誰しも知っている。

 たとえ言葉にどれだけの棘があったとしても、その言葉がその通りの意味でないことを皆が知っているのだ。


「泣くなよこんなことで……。そんな大層なこと言ってねぇって。私昨日も言ったじゃん、元々少食なんだから、粥だってお皿一杯でお腹一杯になるって。お前が作る飯美味しいからムダにしたくないって。見映えとか私気にしねぇからって」


 魔王様は一旦言葉を区切る。

 そしてもう一度深い溜め息を吐いて。

 

「だからこの料理、責任持ってお前らも食え。一緒に。……あと、私はお粥食べたら寝るからな。ずっと古文書読んでたから、私もぉすごい眠いんだよ……」

「ふっ……ふふっ」

「あん? 何だよマヌル急に笑って」

「いえ、魔王様は相変わらずお優しいなと思いまして」

「はん。そーゆーふうに育てたのはお前らだろーが」

「はい。私共と、先王様でございます」


***


「魔王様」


 私達が魔王様と同じテーブルで食事を取っていると、バルタスが入ってきた。

 魔王様はお粥を召し上がった後、椅子に掛けたままで舟を漕いでおられる。それほど眠かったのであろう。

 皆の食事が終わるまではテーブルを離れないと考えておられたのが仇となってしまった。


「魔王様。バルタスが参りました」

「んん? 何だ」

「は。魔王様、お食事中の無礼申し訳ありません」

「そーゆーのいーから。何?」

「は。魔王様、勇者が魔王様を訪ねて参りました。謁見を望んでおります」

「……ふぅん。分かった。直ぐ行く。テキトーに持て成しといてくれ」


 城は途端に慌ただしい気配で満たされた。

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