第二節 依頼

初依頼と進捗

 ヒッセニア領に滞在して、早三日。この日も、モカ、ノロ、ユピアの三人は、東城門をくぐって領外へ赴く。

 一行いっこうは移動手段に、行政から馬を二頭ほど借り受けた。ユピアが手綱を握る馬にモカも乗せてもらい、ノロは測量に使う経緯儀を背負子しょいこ背負せおって騎馬している。

 そういう振り分けになったのは、この経緯儀の重させいだ。

 収納箱も含めておよそ六十キロもある経緯儀と、剣と槍に板金鎧プレートアーマーで完全武装したユピアが一緒に乗ったら、重くて馬がバテてしまったのである。一度それで、あわや閉門に間に合わなくなる事態が発生した。

 ユピアの重量は装備の見た目通りだとして、まさか分度器と望遠鏡を組み合わせて台座に乗せただけのような経緯儀が、こんなに重いとは想定外だった。

 それに、モカに乗馬経験がなかったのも決め手となった。やはり、二足歩行の嘴鴕かくだと四足歩行の馬とでは、実際に乗ってみると大分勝手が違うみたいだ。

「昨日の打ち合わせ通り、今日は砦のほうまで行ってみよう。そこまでが私たちに依頼されている調査範囲だ」

 地図を片手にユピアが言った。肩越しにノロを振り返る顔は、なんだか少し強張っているように見える。

「砦って、あの森の向こうにあるの?」

 ユピアの胸に寄りかかって、モカが訊く。すると、ユピアは後ろからモカを抱きかかえるようにして地図を見せた。

「向こうというか、森の中にあるみたいだな。夜半に降った雨のせいで地面がぬかるんでしまっているが、この道をまっすぐ行けば着くらしい」

「うえー、降りるときビチャってなるー」

「ははは、仕方がないさ。天候は操れんし、馬ナシではこうも順調にはいかなかっただろう」

 萎えているモカを、ユピアが取りなした。

 確かに依頼の進捗はまずまずといった状況で、コツをつかんでからは余裕も出てきた。ノロなんかは、日毎ひごとに個人で受注した依頼を増やしているくらいだ。

 しかし、そういった慢心が領外では命取りになる。あるいは命とまではいかなくても、多くの者がそうやって大怪我をして人生を棒に振ってきたのだ。そのことを、努々ゆめゆめ忘れてはならない。

「実現するかはまだわからないにしろ、鉄道が敷かれたときに万が一にでも事故があってはならない。我々に任された依頼なのだから、責任を持って調べなくてはな」

 ユピアは年長らしく、さりげない言い回しで二人の気を引き締めた。それにノロが、「そうですね」と同意して続ける。

「俺は今日も、昼休憩に自分の依頼を片付けるつもりです。すぐに済むと思うので、二人は気にせず休んでいてください」

 事も無げに告げられた連絡事項に、ユピアは眉をハの字にした。それは少しばかり、自身の注意喚起が空振りに終わったことを危惧するような表情だった。でも大部分は、心配に思う気持ちだ。

「それは構わないが……ノロ君も少しは休んだほうがいい。ずっと働き詰めじゃないか」

「そーだそーだ! たまにはノロも一緒にお昼食べようよ!」

 ここぞとばかりに拳を突き上げ、膨れっ面のモカが抗議した。ノロもモカも、ユピアの訓戒などまったく意に介さず、特にモカは一人だけピクニック気分である。

 だが、そんなモカのままは、残念ながら聞き入れてもらえなかった。

「そういうわけにはいかないよ。経緯儀は無料貸出だったけど、馬はレンタルなんだ。今回はユピアさんがいたから依頼達成後の報酬から天引きしてもらえることになっただけで、その分も稼いどかなくちゃ」

「……はぁーい」

 お金の話を持ち出され、モカは渋々引き下がった。

 ノロの言う通り、支払いに関してはアスウォード姓の持つ信頼度に大いに助けられた。

 指名依頼の旨味うまみもあっただろうが、斡旋所での熱視線は、そうしたおこぼれにあずりたい者たちの羨望の眼差しでもあったと推測できる。

「ふむ……。では今日からは、私もノロ君の依頼を手伝おう。そのほうが早く終わるし、皆で揃って食事も取れる。それでどうだろう、モカ君、ノロ君」

「賛成!」

「えっ。いや、そりゃ助かりますけど、少なくとも今日のはやめといたほうがいいと思いますよ?」

「遠慮をするな。私もキミ達に無理を言ってこの指名依頼に参加してもらったのだから、お互い様だ」

「はぁ……。じゃあ、お願いしますけど……」

「うん、それでいい。さぁ、そうと決まれば先を急ごう。領から離れれば離れるほど、門限に合わせて早めに撤収しなければならないからな」

「おー! ゴーゴー! あぁ~、早くお昼になんないかなー」

「こらこらモカ君、仕事はしっかりやってくれないと困るぞ?」

 満足げなユピアとモカを尻目に、ノロはポリポリと頬を掻いた。

 そうして一行いっこうは、開けた草原の一本道を馬脚でたどり、測量の終わっていない地区を目指す。


 数刻後、目的地に着いた三人は、協力して測量を行っていた。さすがに二日間も同じ作業を続けていると、各々自分の役割がわかってくる。

 モカは周囲の地形の大雑把な確認。ノロは三脚の上に経緯儀をセットして、その先でロープと梵天を持って立っているユピアと共に、モカが指摘した箇所の正誤を調査している。

「どうだ? 地図と違うところはあるか?」

 少し離れたところで、ユピアが声を張った。ノロはそれに、経緯儀の望遠鏡を覗き込みながら答える。

「ちょっと傾斜にズレがありますね。この分だと、奥の山までにはかなりの誤差になってそうです。一度開けたところに出て、山の高さを測り直したほうがいいかも知れません」

「ふむ、そうか……。しかし、ここらで開けたところと言うと……」

 ユピアが地図を確認しながら、周りをぐるりと見渡した。地図上でも目視でも、ここは森林地帯の真っ只中である。強いて言うなら、今いるこの砦周辺こそ、森のなかで一番開けている場所だ。

 砦は想像よりも小さく、真四角でがっちりとはしているものの、建高は周囲を取り囲む樹々と同等の高さで、森のなかにひっそりと佇んでいた。もしかしたら、意図して目立たないように建てたのかもしれない。

 それでも、建設のときに邪魔な樹を伐採してくれていたおかげで、作業スペースは確保できた。

「……仕方がない。今日はここまでにして、ノロ君の依頼を手伝おう。手早く終わらせれば、帰りの草原で山の高さを測れるかもしれんしな」

 ユピアが言うと、モカが首を傾げた。

「あれ? お昼は? いつ食べるの?」

 するとノロが、懐中時計を見て答えた。

「今ここで食べちゃおっか。少し早いけど、帰りに測量の続きをやるのならそのほうがいいと思う」

 それにユピアも頷く。

「うん、そうだな。ではそうしよう」

「やったー! みんなでお昼だー!」

 このときはまだ、モカとユピアは知らなかった。せめてノロが受注した依頼の内容くらいは、事前に聞いておくべきだったのだ。

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