ユピアと建前

 時間が経つにつれ、人の出入りも増えてきた依頼斡旋所。三人は職員に促され、併設された食堂に場所を移した。

 着いた席は一番奥のテーブル。片側にモカとノロが、その逆側にユピアが、机を隔てて対座している。

「ホウレン草とベーコンのキッシュ、お待ちどうさま。あと梨酒ペリー高麦酒エール底麦酒ラガーね」

 女店員が料理を持ってきた。すべてユピアが注文したものだ。

 ユピアはどんぶり勘定で会計を済ませると、キッシュを取り皿に切り分け、梨酒ペリーをモカに、高麦酒エールをノロにそれぞれ振る舞った。

「食べていいんですか?」

 モカがよだれを垂らしつつ確認する。

「もちろんだ。食べてくれ」

 ユピアはそれに、こころよく頷いた。

 すると、まるでおあずけを食らっていた犬のように、ガツガツと頬張りだすモカ。昨日のうちに今朝の分を食べてしまったせいで、空腹だったのだろう。

 そんな三人のテーブルに、周囲の者がヒソヒソと好奇の目を向けてくるが、モカの見事な食べっぷりに注目しているわけではなさそうだ。もっと、別の意図を感じる。

「すまない、さきほどは言葉が悪かったな。私が無礼だった。許してもらえないだろうか」

「? 本当のことだから別にいーですよ? そんなに謝らなくても」

 立ち上がり、ビシッと腰を曲げてユピアが謝ると、まったく気にしていない様子のモカが言う。するとユピアは「ありがとう」とほのかに微笑んで、椅子に座り直した。

「それで……キミたちは仕事を探しているのか?」

 そして今度はちゃんと言葉を選び、最初からやり直すようにして訊く。

 これが斡旋所でもなければ、大して変わらないニュアンスに気を悪くする者もいただろう。だが、ここにいるのはロアマか失姓者くらいのものだ。皆が実入りのいい仕事を探している。だから今のユピアの聞き方は、特別失礼なわけでもなかった。

「まぁ、そうなりますけど。それがどうかしましたか?」

 ノロが目に警戒の色を宿して訊き返す。ユピアはそれをほぐすため、柔和な笑顔を二人に向けた。

「さっき言った通りだ。キミたちさえよければ、私と組まないか? 名誉なことに指名依頼をもらったのだが、私一人ではどうにも難しくてな。どうか手を貸してほしい」

 願ってもない話、それも指名依頼と聞いて、いよいよモカの顔が輝く。

 指名依頼といったら、その大半が実力を認められ、なおかつ信用を勝ち取った者にのみ出される、非常に有益な案件である。完遂できればさらに名声が上がり、それがまた依頼を呼び込んで、一躍出世することも夢ではない。

 しかし依頼主から直々に指名されるだけあって、報酬がいい反面、高難易度でもある。富と名声を得て、そして大衆の羨望の的となるには、それなりの結果が求められるのだ。

「なぜ俺たちなんです? 少し前からここに滞在しているのなら、知り合いくらいいるでしょう」

 出し抜けにそんな話を持ちかけられ、まだ納得できていないノロは、いぶかしげに眉をひそめた。

「確かに。以前からの知り合いならまだしも、私たちは初対面だからな、怪しむのも無理はない。だが……そうだな、キミたちはロアマになってどれくらい経つ?」

「わたしは成りたて! できたてほやほやの新人です!」

「ははっ、元気でよろしい。では少年、キミは?」

 ユピアの青いガラス玉のような瞳が、ノロを映す。

「……俺は三年目ですが、それが何か?」

「……三年目……、三年目か……。ならば少年、キミなら、指名依頼が如何いかなるもので、私の提案が如何いかなるものなのか、わかってくれていることと思う」

 緊張しているのか、ユピアは一度話を区切って、底麦酒ラガーで喉を湿らせてから言った。

「どうだろう、依頼内容だけでも聞いてみないか?」

 ノロが驚きに首をかしぐ。

「依頼内容を明かしていいんですか?」

 ユピアは答えた。

「ああ、構わない。これがまた、横取りするのも面倒な仕事なのだ。それに、依頼主からも特に秘匿義務を課せられていないのだよ。問題ないさ」

 ノロは逡巡する。そしてすぐに結論付けた。どうせ金は稼がなければならないのだ。加えて、内容を聞いてからでも断れると言うのなら、聞かない手はなかった。

「じゃあ、まずは話を聞かせてください」

 ホッとした顔で、ユピアがキッシュを口に運んだ。モカは興味津々に、しかし話の腰を折らぬよう、飲み食いしながら静かにしている。ノロもせっかくだからとご相伴に預かると、聞く姿勢を整えた。

 その様子に、こういった交渉事はノロの役割なのだろうと察して、ユピアが話し始める。

「まず、依頼主はカーベル子爵だ」

「……カーベル子爵……?」

「ああ。……どうかしたか?」

「いえ、すみません。どこかで聞いたような名前だなと」

「ふむ、気のせいではないだろうか。カーベル子爵家は長く続く家柄だが、目立った功績もなく、巷の話題にも上らんそうだ。私も指名を受けるまで、カーベル子爵のことは知らなかった」

 声をひそめようともせず、きっぱりと言い切るユピア。下級貴族にしろ、依頼主を相手に随分な物言いである。

「……そうなんですか」

 ノロが無難な相槌を打つと、ユピアは椅子の背もたれに寄りかかった。

「まぁ、だからこその今回の依頼だろうな」

「と言うと?」

「私が依頼されたのは、このヒッセニア領近辺きんぺんの測量だ。今の地図よりも、もっと詳細な周囲の地形情報が欲しいらしい」

 それを聞き、ノロは「なるほど、横取りするのも面倒な仕事とはそういうことか」と得心する。

「外地の測量ですか。けど、そうなると三人でも人手が足らないのでは?」

「いや、その点は心配いらない。近辺と言っても、測量するのは東側の一部分だけだ。近々新しい鉄道を敷くという話があって、大方、カーベル子爵はそれに一役買いたいのだろう」

 ノロは一口ほど高麦酒エールを飲み下すと、腕組みして考えた。

 仕事内容はヒッセニア領近辺、東外地の測量。

 三人で、今ある地図と実際とを照らし合わせ、差異のある箇所を修正していけば、そこまで労力はかからないはずだ。それにどうせ領外依頼を受けるつもりだったし、その片手間に達成できそうな依頼があれば、それも受注して報酬を稼げる。

 だが、ノロが引っ掛かっているのは、「なぜユピアが一人でやらないのか」である。

 大変な作業にはなるだろうが、まだ鉄道の件が計画段階くらいにしか進んでいないのなら、時間はたっぷりあるし一人でも充分可能な範囲の依頼に思えた。

 それともうひとつ、やはり、「なぜ協働きょうどうに自分らを選んだのか」も気になる。

 連携を取るのなら、初対面の人間よりも少しは見知った者のほうがいいのは言わずもがな。報酬の取り分にしても、揉め事を回避しやすいだろう。ユピアからして、自分らに声をかけるメリットが思いつかない。

 うまい話には裏があるとはよく聞くが、ノロとモカに利用価値があるとは思えないし、身なりからしてもユピアのほうが格上なのである。

「報酬は山分けでいい。依頼完了報告も連名で出そうと思っているのだ」

 考え込むノロに、ユピアが駄目押しする。その発言が、輪をかけてノロの思考を乱すことも知らずに。

 彼女が名声さえも放擲ほうてきしてしまうと言うのなら、いったい何のためにこの依頼を受けるのか。

「ちょっと~! ちょっとちょっと! ちょっと!」

 押し殺した声に呼ばれた。見てみれば、女店員がカウンターの影から手招きしている。ノロはモカに目で合図して、行ってくるように頼んだ。

「悪い話ではないと思うのだが……。どうかいい返事を聞かせてもらえないだろうか」

 ユピアがテーブルの上で握り合わせた手に力を込める。と、次の瞬間にはビクリと肩をすくませた。モカの大声のせいだった。

「えぇぇぇぇぇーーーっ!? ユピアさんってそんな凄い人なのぉっ!?」

 食堂が静まり返る。女店員が「あちゃー」と額を押さえた。それと同時に、好奇の視線がわざとらしく、次々と散っていく。

「ノロ知ってた!? ユピアさんのおうちって、代々主都を守ってる騎士団長様の家系なんだって!」

「あぁ……うん……。ていうか、ユピアさん名乗ってくれてたでしょ、最初に」

「じゃあなんでそんなに迷ってんの? 店員さんも『ユピアさんが騙すわけないから受けなよ』って言ってるよっ!」

 その言葉に、ユピアが反応した。両手を強くテーブルに打ち付け、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。

「だっ……! ち、誓って騙そうとなんてしてないぞ! 私は!」

「ほらぁ!」

 なぜか自慢げな表情のモカ。

「あぁ、うん、二人とも落ち着こう、お店の迷惑になる」

 ノロがいさめた。その対象にはモカだけでなく、ユピアも含まれている。

 モカは毎度のことだが、礼節をわきまえているはずのユピアが、肩で息をするくらい取り乱すとは意外だ。

「……じゃあ、まぁ、そうですね。受けようかな、その話」

「ほ、本当かっ!? ありがとう少年!」

「俺はノロです。ただのノロ。よろしくお願いします、ユピアさん」

「わたしはモカ! こちらこそありがとうございますっ、ユピアさん!」

「ああ! よろしく頼む、ノロ君にモカ君! ああ……緊張して喉がカラカ……そうだ、乾杯しよう! キミ! 追加注文を頼みたい!」

 ユピアは手を挙げ、カウンターに隠れようとした女店員を捕まえる。

「はっ、はいただいまぁ!」

 わたわたと慌てる女店員に、ユピアは続けた。

「キミの分も持ってきたまえ! もちろん支払いは私につけてくれて構わない! ノロ君の合意を得られたのはキミの後押しのおかげなのだから、礼をさせてほしいのだ!」

 静かにしろと言ったのに、騒ぎ始めるユピア。

 アスウォード家の息女がロアマになり、しかもこんなところで何をしているのかと思ったが、今は本当に彼女がアスウォード家の息女なのか、疑わざるを得ないノロだった。

 そして結局、ユピアの奢りで昼まで飲んでしまった。ノロはモカに、贅沢したことはフィオナには黙っておくようにと厳命した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る