都会と問題点

 大都市ヒッセニア公領。一般商業区。石畳の大通り。

 モカたち四人は、蹄鉄の音と喧騒が入り交じる往来のなかを、馬車でゆっくりと進んでいた。

 さすがは一国の中枢都市。左右に首を振れば、三角屋根の家々が所狭しと並び、そのまま少し下に視線をずらせば、木組みに白布を張った露店が軒を連ね、それぞれの店主が威勢のいい声で客を呼び込んでいる。

 もしこれが他の中規模都市であったなら、目抜き通りと言えど、道が狭くなって圧迫感を感じてしまうことだろう。しかし、この大通りにそんな印象を受けないのは、その呼び名に恥じない道幅のおかげだ。

 中央にある車道は、馬車が余裕で三台はすれ違えるほど広く、さらにその両端に、車道との間に微妙な段差を設け、これまた馬車が一台分通れるくらいの歩道がある。

 人々は車道と歩道の区別なく縦横無尽に歩き回り、店主たちのがなり声と相俟あいまって、活気のある雑踏となり街を賑やかせていた。

「はぇ~……」

 もはやモカは、目に飛び込んでくるそういった光景の数々に、すごいとも言い疲れて言葉をなくしている。

 当然だが、オルタナ領とはえらい違いだ。自分の故郷がどれだけ田舎だったのか、痛感せざるを得ない。

「あのさ、モカ」

 ノロがモカに話しかけた。モカは馬車の窓に張りついたまま、生返事を返す。

「んー?」

「いつの間にジャバウォックの皮なんて取ってたの?」

「んー」

「モカ? 聞いてる?」

「そうだねぇ」

 何を言おうとも上の空なモカに、ノロは苦笑いを浮かべた。すると今度は、ヘンリーがそわそわと話しかける。

「……モ、モカとか言ったな。 今回のことは本当に感謝している。お前が納税を立て替えてくれたおかげで、こうして入領することができた。この恩は、いつか必ず返そう」

「うんーわたしもそう思~う」

 やっぱり、モカはヒッセニア領の街に目が釘付けになっていて、話を聞いていない。ヘンリーは残念そうにしているが、この調子ではいくら話しかけても無駄だろう。

 今、ちょうど露店が途切れ、路地を通りすぎた。さきほどからそういった横路よこみちが、数十歩ごとの要所に見受けられる。その度にモカのおでこが、路地を追って窓に押し付けられた。

「それにしても、竜類ドラゴンの皮はあんな小さな切れ端でも高値がつくのだな……」

 ヘンリーはモカとのコミュニケーションを諦め、代わりにノロに話しかける。

「貴族の間で革財布にするのが流行はやってるんだってな。お前も貴族だろ? 知らなかったのか?」

「ああ……査定に来た商人もそう言っていたな。生憎あいにく、僕はそんなものよりも、武具や兵法のほうに興味があるのだ」

「ああそう」

 チラチラとモカを見ながら話すヘンリーに、ノロはそっけなく相槌を打った。

 どうもノロには、ヘンリーとの会話を早々に切り上げたがる癖がある。だから今回も、ヘンリーがそのことに気付いているかは謎だが、これにて打ち切りとなった。

「この先に噴水広場がございます。その噴水広場にある門からは貴族区となりますので、お別れの前にどこか送って欲しいところがございましたら、遠慮なくお申し付けください」

 進行方向側にある、箱車の窓を開けてエイモンが言った。

 爵位を持っていないモカとノロは、もちろん平民だ。なので原則、規則により貴族区に進入することはできない。

「いや、噴水広場で降りるよ。ありがとう。今度こそさようならだね」

「左様ですか。本当に、ノロ殿とモカ殿には何から何まで……感謝してもしきれません」

「まぁ……礼ならモカに言って。俺は成り行きでそうしただけだから」

「いいえ、そのようなことは。わたくしどもはお二人に助けられたのです。わたくしでお役に立てることがあれば、なんなりと」

 そんなことを話しているうちに噴水広場へ到着し、オルタナ領組は馬車を降りて、ウェスクス領組と別れた。


「さて、モカ、そろそろ気を引き締めて。そんなキョロキョロしてたんじゃ迷子になるよ」

「まっ、迷子になんかならないよ!」

「ならいいんだけど。はぐれたりしないでね?」

「大丈夫だもん! ……で? これからどこ行くの?」

「うーん、そうだなぁ。とりあえずそこらへんのことも踏まえて、ご飯でも食べながら話そうか」

「わかった!」

 二人並んで、来た道を歩く。

 只人サリード至上主義とされるヒッセニア領には、もちろん只人サリードしかいない。

 小人フェアリーであるフィオナとは十九時の閉門を目処めどに、この区画内の教会で合流する予定だ。

 いくら只人サリード至上主義の街と言えども、教会を運営するレヴ人はその意識がないか、あっても薄いだろうという判断のもと、そうすることとなった。

「ヒッセニア領依頼斡旋所一般支部……。ここだね」

「お、おっきい……。でもここって、ご飯も食べれるの?」

「大抵でかいところには併設されてるから、大丈夫だとは思うけど……まぁ入ってみよっか」

 道すがら、同じように旅装をしていた人々に場所を尋ねて、モカたちはヒッセニア領の依頼斡旋所までやってきた。

 ヘンリーたちの馬車に乗せてもらったのは、ノロの足の具合を考慮した部分もあったのだが、それよりも、目当てとなる場所は街の中央寄りにあるだろうと予想した上でのことでもあった。そしてどうやら、乗せてもらって正解だったみたいだ。

 依頼斡旋所の外観は、どこぞの大きな商館か、もしくは銀行に見える。とにかく、立派な建物だった。

 ノロがその両開き式の扉の、片側を開けてなかへ入る。モカはそれに連なって、あとから敷居をまたいだ。

「いらっしゃいませ」

 ガヤガヤと騒々しい喧騒のなかから、来訪を歓迎する声が届いた。よく通る声だ。

 モカはまず右を見た。受付らしきカウンターがある。次に正面を見た。突き当たりに、小さな金属片がたくさん掛けられた壁と、二階へ続く階段がある。最後に左を見た。広い空間に、テーブルや椅子がぎっしりと、しかし等間隔に並べられている。

「……席、空いてる?」

 そこで飲み食いしている面々を見て、モカが言った。あるテーブルにはまばらな人集ひとだかりができ、立って酒を飲んでいる者もいる。

「あそこ、空いてるよ。行こっか」

 ノロが指差したのは、奥にあるカウンター席だった。端にはすでに先客がいるが、真ん中らへんに空席がある。

 二人は、仲間内の小突きあいで突然通路へはみ出してくる者に注意しながら、その空席に向かった。

「いらっしゃい。なんにする?」

 着席して一息つく暇もなく、黒板を抱えた女が後ろから声をかけてきた。女の両肩から股下までを覆い隠す黒板には、チョークでメニューが書かれている。

「あっ、この声、さっきの」

 モカが言うと、女は首を傾げた。

「どこかであなたと会ったかしら」

「あっ、ううん、さっきいらっしゃいませって言ってくれた人だ! って思って」

「あははっ! お客さんなんだもの、そりゃ言うわよ! あなた面白い子ね。それで? なんにする? スパッと決めちゃってね! これ結構重いの」

「えっ、あっ、ごめんなさい! あっと、えっと……ノ、ノロぉ!」

「あっはは! やっぱり面白い子!」

 笑いながら、女が言う。からかわれてはいるが、嫌味がなくサッパリとしていて、気持ちのいい人だ。

「じゃあ、これを二皿」

 泣きつかれ、ノロが黒板をさして注文した。

「はい、鹿角兎ジャッカロープね。今日はトマト煮込みだけど、それでいい?」

 聞かれて、ノロが目でモカに確認を取ると、モカはこくこくと頷く。

「はい、大丈夫です。パンは別ですか?」

「パンは別。一人前が、ライ麦で百二十アスル、小麦で三百六十アスルよ。飲み物はどうする?」

「それじゃあ、パンもふたつ。ライ麦で。飲み物は林檎酒シードルを。これもふたつください」

「えぇっ? 兎料理に林檎酒シードル? 葡萄酒ワインのほうが絶対合うわよ?」

「道中ずっと葡萄酒ワインだったので、舌が飽きてしまってるんですよ」

「あ~なるほどね! それじゃちょっと待ってて、すぐに持ってくるから!」

 女はそう言うと、パタパタと下がっていった。その途中、酒の追加注文だったり、酔っ払いの相手をさらりとやってのけていた。

「かっこいい……」

 モカがつぶやく。それを聞いたノロは、カウンターに向き直りながら、「モカもあんな感じだったよ」と言いかけて、口をつぐんだ。まだ、あの日々が思い出になるほど、時間は経っていない。

 それに、足りていないのは時間だけじゃなかった。だから、感傷に浸って遠い目をしている場合ではないのだ。それとはまた別の問題が、ものすごく近くにあるのだから。

「それでさ、モカ。話だけど」

「あっ、うん。そうだったそうだった。それで、これからどうしたらいいの?」

「何て言うか、一択しかないんだよね」

「へっ? どういうこと?」

「モカ、俺たち、お金が足りない」

「……へっ?」

 そう。それこそ、もう懐に入られてしまっているくらいに、差し迫った問題があった。

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