装飾具の使い方
一方その頃。
町の騒ぎを余所に、町の西端に位置する小さな検問所では、二人の男が椅子にふんぞり返り、惰眠をむさぼっていた。
二人とも体格のいい男だが、一人は小太りというか、恰幅がいいといったほうがしっくりくる。
「……フロト…さ…ん……!」
遠くから自分の名を呼ぶ声に、うつらうつらと心地いい眠りの淵から引き戻される。
「……おおい、呼ばれてるぞ、フロトー」
「ん? んん……。この声は――」
「頼もーうっ! あ、カイルさんもいる」
意識が完全に覚醒しきる前に、今度は検問所のドアが勢いよく開け放たれた。木造の検問所がギシギシと軋み、男たちの身体は弾んだ。
「モっ、モカちゃん! 七日通しはどうしたんだい!」
「え? もう終わったよ?」
「あれっ? 本当だ、ロアマタグ……でも明日までのはずじゃ」
「今朝までだよ! 終わって出てきたの!」
「な、なんだと? ちぃ! ルミィ婆のやつめ! もう歳が始まっちまいやがったか!」
「滅多なこと言わないの! ルミィ婆ちゃんだって勘違いくらいするよ! それよりもほらっ!」
「……?」
「ほらほらっ!」
得意げな顔をしてロアマタグを見せびらかすモカ。しかしフロトーはその意を酌むことができず、困惑して隣にいるカイルと顔を見合わせた。そのカイルも、つられて首を傾げる。
「……ああ、ロアマタグ、ね……? おめでとう、今日からモカちゃんもロアマだね……?」
「そうじゃなくて! 滞在証! ちょーだいよ! わたしもうロアマなのっ!」
「あっ、ああ! いやあ、こりゃいけねえ、町の内側から申請されたのは初めてで……それにこんな辺鄙なところにゃ、ロアマなんて滅多に来ねえもんだからよ。なあ、カイルさん」
「あ、ああ……」
ようやく合点がいったフロトーは、ぽんと手を叩くと、「それじゃあ」と言って手を差し出した。
「……ん?」
「……えっ?」
そして今度は、モカの予期せぬ反応に、その場にいる全員が首を傾げた。
「……あの、モカちゃん、もしかしてタグの使い方知らない? 導士様から聞いてない?」
「……し、知ってるよ? わたしロアマだもん」
恐る恐る、「まさか」といった口調でフロトーが尋ねると、モカはだらだらと汗をかきながら目をそらした。
その様子に、男たちの疑問は確信に変わり、にやにやと意地悪な笑みを浮かべた。
「じゃあ、ほら。モカちゃん滞在証欲しいんだろ? ね?」
「……え、えっとね……これをね……」
フロトーの言葉にますます挙動不審になっていくモカ。その瞳が段々と潤んできた、そのときだった。
「モカちゃぁあんっ!」
再び検問所の扉が勢いよく開かれ、一人の女が入ってきた。
淑やかな見た目に反して乱れた髪にはいささか恐怖を感じるが、その手にはリンゴが握られている。モカのための優しい心遣いだ。
「アイネさん!」
「モカちゃん! これ食べて! 出てきてからまだなんにも食べてないでしょう? それと出ていくのはまだ早いと思うの!」
「あっ! リンゴ! ありがとうアイ……え? まだ早い?」
アイネと呼ばれる女は、勢いそのまま、せきを切ったような早口でモカに告げた。
その最後の言葉をモカが繰り返すと、アイネは膝に手をつき息を切らせて、顔をぶんぶんと縦に振る。
「モカちゃん、領の外はね、危ないのよ、だから、そんな、なにも持たずに、出てったら――」
「モカはまだ出ていきませんよアイネさん。ね、モカ」
「ノロっ!」
屈んだアイネの後ろから白髪の少年が現れると、モカの顔にパッと花が咲いた。ノロはいつだって自分の味方だからだ。
ノロは開けっぱなしだった戸を閉めると、「え? え?」と混乱しているアイネの背中を「大丈夫ですか?」とさすりながら、モカに言った。
「あれ? まだタグプレートのまま? ステイプレートもらってないの?」
「う、うーんとね……」
もごもごと口の中で言葉を転がすモカを見て、ノロはフロトーらに視線を移した。
二人はさっきまで見た目に似合わず目が点になっていたのに、途端にバツが悪そうな顔をした。
「……ああ……。二人とも、あんまりモカをいじめないでやって下さい。モカ、俺のタグ、見てみな?」
ノロが呆れた様子でモカに首飾りを見せてやると、そのプレート部分にノロの名前は彫られておらず、どう見てもモカのそれとは異なるものだった。
「……滞在……証?」
「いい? モカ。これね、こうやるとプレートが外れるんだ」
そう言ってノロがタグの裏を親指で押し上げるようにずらすと、プレートがせり上がって外れ、首に残るのはチェーンのついた長方形の枠組みのみとなった。
それを見ると、モカの頬はみるみるうちに上気し、目を輝かせた。ノロは思わずクスっと笑う。
「ほら、モカもやってみな?」
ノロに促され、モカはさきほどノロがやってみせたように、プレートの裏を親指で押し上げた。
少し固いが、前方に押しながら上にスライドさせると、嵌まっていたプレートが枠の上部の溝から取り出せた。
「はいっ! フロトーさんっ!」
モカはそれを嬉しそうにフロトーに渡すと、代わりに苦笑いを浮かべるフロトーから滞在証を受け取った。そしてそれを、首飾りの枠の中に納める。
「いい? モカ。ロアマタグは、単なる指輪とネックレスじゃない。単なるアクセサリーじゃないんだ。使い方を教えてあげるから、よく聞いててね?」
そう言って、ノロはモカにロアマタグの使い方をレクチャーし始めた。
滞在証と呼ばれる、通称『滞在札』、あるいは『ステイプレート』と呼ばれるものは、通常、領外から進入するときにこうして検問所にて受付を済ませ、自身の認識票である『タグプレート』と引き換えに交付してもらう。
これは正規の手続きを経て入領しているという証になり、その領地で過ごす期間必要なものだ。
他にも、通称『タスクプレート』と呼ばれる依頼執行証があり、これは依頼の受注時に交付され、報酬の受け取りの際に使用する。これらすべてはロアマの動向を管理するためのものでもある。
モカはドッピオから旅の冒険譚ばかり聞いていたが、ロアマならば当然、そうでなくとも、誰もが知っているはずの知識だ。
入領から出領するまでの一連の流れとしては、まず入領時に
そしてその滞在費用や路銀を稼ぐために依頼を受注すると、今度は
依頼を終えたら
領外へ出るときは
つまり、ロアマが領地に入るには、
そして領地から出るときに
簡単に言えば、用途によって三種類のプレートを付け替えていくシステムである。
「あれ? この指輪は何に使うの?」
あらかたノロのレクチャーが済むと、モカが尋ねた。
「それは本人確認の照会に使う。報酬をもらうときとか、もしタグを紛失したり盗まれたりしたときの再発行とか。要するに、ネックレスのプレートでそのロアマが不当滞在してないかとか、依頼執行中だとかの状態が一目でわかるようになってて、指輪はそのロアマの行動記録の照合や、本人である裏付けみたいなもんかな。だからふたつあわせてロアマタグっていうんだよ」
「はあ、なるほど……わかっ、あれ?」
「なに?」
「その依頼執行証って、どこでもらえるの? それがないと依頼受けられないんだよね? ノロはロアマなのに、今までどうしてたの? みんなに頼まれごとされてたのとか、無料でやってたの? ボランティア?」
「……いや、えーっと……」
打って変わって、ノロが言葉を濁した。フロトーもアイネも、みな一様に苦い顔をして口を噤んだ。
ここまで質疑応答したり、途中モカの頭から煙があがったりしながらも話してきたが、呆れることにロアマに関する知識のうちモカが知っていたのは、ロアマタグを返納することで領民権を得るという、ごく一部の知識だけであった。
が、しかし、それも致し方ないのかもしれない。
「モカちゃん、えーっと、あのな? さっき、こんな辺鄙なとこにゃロアマなんて滅多に来ねえって言ったよな? だから~その~……つまりな、このオルタナ領には、ないのさ」
「……なにが?」
「だから……依頼斡旋所が!」
フロトーの言葉に、一同が揃って「うんうん」とうなづくなか、検問所にモカの悲壮な叫喚が響いた。
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