第五話 再会

「意外と接岸するまで時間掛かるんだね」

 レイは暇そうに舷側から近くなってきた桟橋を見る。

 接岸するまではまだまだ時間が掛かりそうであった。

「さっさと降りたいなら今からでも艀に乗れば良いのだ」

 アレウスは肩を竦める。「まあ、どうせ向こうに行くのにも時間が掛かるから、俺は急ぐ気はないが」

 アレウスが指差した方を見てみれば、沖合にそれなりの島が見えた。

「あれが大迷宮の入り口のある島よ。謂わば迷宮都市そのものよな」

 興味津々と言った感じに見ているレイに、リ’シンは解説する。

「割と離れているんだね」

 レイは想像と違う迷宮都市を見て困惑した。

 どちらかと言えば、タンブーロの街の方こそ彼女が想像していた迷宮都市そのものだったのだ。湖畔と隔絶した距離にあるそれなりの大きさの島が噂の迷宮都市の本体だとは思いも寄らなかった。

「そうでもなければ、ソーンラントとの攻防戦の時に落ちていただろうな」

 アレウスはこちら岸の地面を指差す。「ここからだと攻城兵器だろうが魔導師の術だろうがあちらまで届くものはない。並の魔導師でなければあるのかも知れぬが、居るとしたら寧ろあちら側であるからな。まあ、何ともならん」

「上陸しようにも船を近づければ魔導師の術で沈められる。運良く近づけたとしても、上陸後に一騎当千の完全武装をした戦士達が待ち構える。今も昔も人間の水軍の兵士は軽武装よ。ま、我ら鱗人リザードマンであろうともあの島に上陸戦を仕掛けるのは勘弁願いたい処だがな」

「ま、そんな相手に誰も喧嘩を売りたくない。故に、向こうに上陸するにもそれなりの事務処理が必要となり、誰であろうとこっちで待つのさ」

 桟橋に投げ込んだ綱で乗っている船が引き寄せられていくのを眺めながら、アレウスはのんびりとした態度で岸を眺める。

「まあ、迷宮都市あってのタンブーロ故に、な。我ら鱗人とてあちらの冒険者達には配慮しているのだ。彼らに頼り切っているこの街の者ならば猶更であろうよ」

 リ’シンは面白くもなさそうな感じでそう吐き捨てた。

 少しばかり逡巡しながら、

「少しばかり気になっていたのだが、良いかね、友よ?」

 と、アレウスはリ’シンに話し掛ける。

「なんだ?」

「急がなくても良かったのかね? 俺は想定外の帰還だから兎も角、貴殿は用事があったのではないのか?」

 アレウスは再会していた時から危惧していたことを今更訊いてみた。

 レ’ンズからの連絡がリ’シンの元に届いてから直ぐに飛んできたとしても、明らかにその動きは速すぎた。リ’シン程の立場に居る者がそう簡単に余所に駆け付けることなど非常時でもない限りできようはずもない。レ’ンズからの第一報でそれが非常時であると見抜けたのならば兎も角、そんなはずがないのだ。

 アレウスの読みでは、元々どこかに行く予定が合ったからこそ、そのついでか前倒しにして伝達と同時に出立してきたものと推測していた。

 リ’シンが外に用事があるとすれば、間違いなく迷宮都市絡みの仕事であろう。

 彼が自分の里を長く空けるわけにもいかないであろうし、迷宮都市絡みの仕事ならば手早くすますことが望まれているはずだ。

 故に、急ぎだったのではないか、とアレウスは薄々勘付いていた。

「無きにしも非ず、だな」

 鱗人独特の笑い声を上げ、「何、貴兄を置き去りにする方が又面倒であろうよ。既にこちらには、レ’ンズより連絡が廻ってきた時点で一族の者を送っている。到着が何時になるか迄は伝えていないが、向かうとの言伝をしたのだ。問題はあるまい」と、言い放った。

「ふむ。貴殿が良いのならば良いのだが……」

 何か引っ掛かるものを覚えながらも、アレウスは納得した。

「貴公の供をすると云う事より重要な話は無い。街の連中もそれで思い起こすことが多かろうて」

 この先起こることを想像してかリ’シンはふしゅふしゅと笑いを堪える。

「それ程面白いことが起きるのかねえ」

 リ’シンとの付き合いがそれなりに長かったため、アレウスはそれが何か碌でもないことが起きる前兆だと気が付いていた。

「さて、我には面白いが、貴君には面白く無いことかも知れぬし、嬉しい事なのかも知れない。その時になれば分かる事よ」

 それが待ち遠しいと言った雰囲気でリ’シンは心浮き立たせていた。

「貴殿が俺を害する気が無いことだけは分かっているがね、どうにも落ち着かぬな」

 命に問題がないと分かっていても、何か心落ち着かない時はある。アレウスにとって今がその時であった。

「為すべき事を為していれば問題などなかろうに」

「……成程、然う云う事か。確かに、前もってこちらに来ると計画していれば何ら問題を生じさせずに済んだであろうがな」

 船着場の様子を眺めている内に、はたとアレウスはリ’シンの狙いに気が付く。「道理で妙に船着場に人が多い訳だ。あいつら、あんなに人を引き連れて暇でも持て余しているのか?」

「寧ろ無駄に忙しいのだろうよ。その忙しさから抜け出す口実がこちらからやって来ているのだから、これ幸いとそれを利用したのだろうさね。一別以来の再会よ。戦友の帰還となれば何をさて置いて飛んできても文句を云える相手など居よう筈もないしな」

 レイは二人の会話に耳をそばだてながら、陸の船着場へと目をやる。

 アレウスの言っていた通り、それなりに人だかりができていた。よく観察すると外縁部にいる者たちは船ではなく周囲を気にしている様子であり、あたかも内側に居る要人を守っているかの様な動きであった。

(……んー、内側に居る人達も警戒している? 臨検する気なら桟橋への係留を最初から許可する訳ないから、船への警戒ではない。それに、元々この船が来る予定なかったのだから、リ’シンが伝言を伝えた相手ぐらいしか知らないはずよねえ? すると、誰に伝えたのか、と云う事が問題なのかな?)

 軽口を叩き合う二人を後目に、レイは真面目に桟橋の袂で待ち構える相手のことを考える。

 アレウスが諦めたかの様な顔付きをした時点で害意のある相手ではないと分かってはいたのだが、このところどうにも想定外の事態に直面し続けてきたためか、何か身構えてしまうところがある。今回はそんな事にならなければ良いと思いながらも、レイはその願いが何となく叶わないと悟っていた。

 そうこうしている内に船は桟橋の横に付けられ、板が渡された。

 アレウスは脇に置いてあった荷物を方に背負い、レイに目線を送ってから桟橋へと降りていく。

 レイも自分の荷物を持ち、その後に続いた。

 一人、リ’シンだけが己の得物だけを掴んで悠々と板を降りていく。

 レ’ンズの集落にあった隠し泊から大体一日程度下ってきただけなのだが、それでも何となく揺れない地面に安堵するものがあった。

 アレウスの方はそんな素振りすら見せず、自然体のまま、岸辺へと歩いて行った。

 何ともばつの悪そうな顔付きで、

「久しいな、アスティア、フリント。壮健であったか?」

 と、アレウスは声を掛ける。

「ええ、天におわす神々に日々の糧を感謝する祈りを捧げられる程度にはね」

「組合の仕事で忙殺される程度には健康ですぁ」

 声を掛けられた二人はそれぞれの思いを込め、銘々の答えを返してきた。

「それは重畳。お前たち二人がまともに生活できているのか些か不安だったからな。リサと違って、どこか浮き世離れしているところがあったからなあ」

 呵呵と笑いながら、アレウスは鋭い目付きで二人を見据えた。

 二人とも別れた時よりも確りとした身形みなりであり、アレウスは心中でほっとしていた。

 二人が身を持ち崩しているとは思ってはいなかったが、迷宮に潜るという目的を失ってしまったのだ。そこから新しい何かを得られるかまでは流石に読み切れなかったのである。リサとは便りを行き来させていたが、完全に大迷宮から足を洗った二人に対して繋がりを持ち続けることは対外的に拙いことになると判断していた。迷宮に潜れなくなった者にもなお強い願望を抱いて再び潜らせようと圧力を掛ける莫迦が周りに居ないわけではない。新しい人生を歩み出す二人と縁が切れたと周知させる必要があったのだ。

 故に、アレウスは断腸の思いで二人との連絡を今日まで断っていた。

「一寸待ってくだせえ、旦那。アスティアの姐さんは兎も角、あっしが浮き世離れしているですって?」

「応、なまじ腕がある所為か、娑婆の流儀に自分を合わせられない盗賊が俺の徒党に居てなあ。迷宮に潜れなくなった後無事に生活できているか本気で心配していたわけだが?」

 縁を切る覚悟をしたからと言って、それまでの付き合いを全て捨てられるほどアレウスは器用ではない。器用ではないからこそ、連絡を断っていたのだ。そして、連絡を断っていたからこそ、余計に二人のことが心配でならなかった。その思いが当人たちと出会うことで思わず爆発するのも致し方のないことと言えた。

「皆々様の御厚情の御陰で日々何とか生き抜いておりやす」

 冷たい視線を送るアレウスに対して即座にフリントは土下座をした。

 その態度からアレウスがどれほど自分に対して心配していたのか理解してしまったのである。茶化す様な答えを返したことにフリントは己が不明を恥じた。

「それで、アスティアは何か問題あるかね?」

「いえ、私は周りの助けがなければ日々の生活を送れないと知っておりますから」

 フリントとは違い、アスティアは最初から己の不明を理解していた。徒党を組む前から、徒党を組んでからも自分が世間知らずであるとことあるごとに実感していた。

「実家から呼び戻されたりはしていないかね?」

「流石に最初から修道院に入れておいて、予想以上の力を得たからと云って呼び戻す程恥知らずではなかったようですわ」

 皮肉気に笑いながら、アスティアは静かに言い放つ。

 アレウスが知る限り今の世の中、ある程度の家に生まれた場合、跡取りでもなければ他の子供は全て血を残すための予備でしかない。特に正妻、強いて言えば側室として認められている者から生まれていればまだ何かしら他の目がある。跡取りが不慮の事故で継げなくなった際の代わりであったり、跡取りが残した子供の後見人なり自分の生家で身を立てたり、他家の養子となる、婿に入る、嫁に行くなど上手くやれば自分の力で道が開ける生き様が得られる。

 ただし、庶子となると話が変わる。何らかの理由でその存在を表向きに認められないが、だからと言って野放しにすることもできない。誰からも気が付かれない様な生まれならば兎も角、誰かしらが落胤だと知っている状況だとその家から見て望ましくない者たちに担ぎ上げられて面倒な事になる可能性が生じる。それを怖れて禍根を断つのも手なのだが、一族の血が絶えそうな状況下ではそうもいかない。従って、その血を秘密裏に養えない時、敢えて衆目に曝したまま教団に預けてしまい、いざ跡取りが誰も居なくなった時に還俗させて血を残す、と言った手法を取る家が意外とある。

 アスティアはどうにもそんな育ちであった様で、あまり生家のことは語らない。

 ただ、神の啓示を受け、大迷宮に潜っている内にいつの間にか教団の最高司祭に手が届く様な力量を持ってしまったが故に、今度はその力を求めて逆に親戚からつきまとわれる、その様な立場になってしまっていた。ある意味で皮肉な話である。

「若しくは教団がどこかで話を止めているか、か。どちらもありそうなことだな」

 アレウスは静かに頷いてみせる。

 想像以上の価値が付いたから家に取り戻そうと生家が動くのと同じ様に、教団とて今のアスティアを手放すわけにはいかない。神より与えられる奇跡の使い手として並び立つ者が数える程度しかいない術者を在野に放てるほど教団にも余裕は無い。その上、今や乱世である。教団に癒しの奇跡を求めて頭を垂れに来る者が多い以上、何が何でも流出させまいと手段を選ぶまい。その程度のことをアレウスは容易に想像できた。

 付け加えるならば、大迷宮のことを知悉している神官ともなれば他に代われる者などいない。教団として何が何でも死守すべき人材となっていたし、少しでも不満を持たれるわけにはいかない。アスティアが不快と思う事柄を全て遮断しない方がおかしいとも言えた。

「それで、そちらの方が今のお仲間?」

 続けたくない話題だったのか、アスティアは所在なくアレウスの隣で立ち尽くしていたレイに目を向けた。

「ああ。ジニョール南岸で縁あって共に仕事をする事にしたレイだ。見知りおいてやってくれ」

 アレウスとしてもどこに飛び火するか分からない話題よりは本来の目的に近い話題の方が好ましかったので、あっさりとそれに乗っかる。

「レイです。よろしくお願いします」

 アレウスの紹介を受け、レイは即座に頭を下げた。

「よろしくね、レイさん。私はアスティア。この街と迷宮都市の神殿長を務めさせて貰っているわ。もし、迷宮に潜って死んでしまったのなら、私が責任を持って蘇らせて上げる」

「嬉しい様な、嬉しくない様な確約有難う御座います」

 何と返事をして良いものか悩みながらも、レイは何とか礼を述べる。

「うん、当然その様な羽目に陥らない方が良いのよ? でも、何事も確実というものはないわ。そこら辺のことはアレウスの方が詳しいから私からは云わないでも問題ないわよね?」

「何でもかんでも俺に丸投げする風潮はどうなのだろうなあ」

 苦笑しながらも、アレウスは愉しそうに二人を見た。

 いつの間にか立ち上がっていたフリントが、

「それで、旦那。何しにここに戻ってきたので?」

 と、彼にとっての本題を切り出した。

「さて。逃げ込んできたというのが本当の処だがね。天の配剤というモノが在るのならば、大迷宮に挑むためであろうよ、多分」

 肩を竦めてから、「最良の仲間を得るという天の配剤というモノがあるのならば、だがね」と、自嘲して見せた。

「一人で潜ることは流石に無理ですものね」

 アレウスの云わんとしているところを強く理解しているアスティアは当然とばかりに頷いてみせる。

 如何なる達人であれ、その領域に足を踏み入れている分野は数え上げられる程度である。何事も全て万能にできる超人などそうそういるものではない。迷宮の中で求められる技術を全て持ち合わせている者などそれこそこの世に数えるほどしかいないだろう。

 仮にその様な人物がいたとしても、一人で迷宮に潜るのはただの自殺行為である。例えば、魔物に襲われ応戦している最中に罠が発動していた場合、それを一人でどちらも対応できるだろうか。手数とは武器である。人手が多すぎてやることがない者が出るのならば兎も角、少なすぎて何もできないのは問題である。徒党によって最適人数は変わってくるが、大体六人前後が安定すると言われていた。

「それもある程度の力量を持った仲間が必要だ。集団行動をする時は一番慣れていない相手に合わせる必要がある故に、な」

「七層まで潜った経験のある盗賊は如何ですか?」

「一度迷宮で死んだ所為で四層ぐらい迄しか潜れなくなった奴は要らないな」

 売り込んできたフリントをアレウスはあっさりと切り捨てる。「死の恐怖を乗り越えられなかった様では先が知れているからなあ」

 神の奇跡により何らかの外傷で死んだ者が蘇ると言っても、ものには限度がある。奇跡で癒やしきれない損傷を身体に受けていた場合は蘇ったはしから再び死に絶えて逝ってしまうのだ。

 蘇ろうとする力が働いているので魂は己の身体に戻ってきているから死を招く要因となっている外傷さえ何とかできればそのまま生き返れるのだ。何とかできない場合は死と蘇りを延々と繰り返すこととなり、それに魂が付いて来られずに結局のところ本当の意味で死んでしまう。

 もしくは無事に蘇ったとしても、死んだ瞬間を鮮明に覚えているためその原因となったものを心が拒絶することも多い。大迷宮で探索中に死んでしまい、後で蘇った者が引退を決意するのも大半はそれが原因である。

「いや、まあ、そうなんですがね」

 取り付く島がない様子のアレウスにフリントは二の句が継げなかった。

「その結論は既に出ているであろうが。少なくとも、お前達二人が現役続行できる状況であったならば、俺はこの街を出て行かなかったのだぞ? 好い加減にそれを認めろ、フリント」

 なおも未練を残すフリントにアレウスははっきりと通告する。

 アレウスとてフリントが迷宮に拘る理由が分からなくもない。その上、フリントはアレウスにしてみれば身内なのだ。できうる事ならばその願いを叶えてやりたい。

 だが、己を含めた仲間を死に追いやる様な選択をするわけにはいかない。一度折れてしまった心で何とかなるほど甘い場所ではないのだ。使い捨てる気ならば兎も角、仲間として見捨てたくない相手である以上、例え怨まれようとも非情の決断をするしかなかった。

「私にしろ、貴方にしろ、この街に根付いている大きな組織に関わっている以上、もう一度死ぬ様な真似は許されていないわ。少なくとも、私達より優秀な人材が出てくるまでは、ね」

 己の置かれた状況を誰よりも理解しているアスティアはフリントを窘めた。

 アスティアとてアレウスとともにもう一度大迷宮に潜りたい思いはある。フリントと違い死の淵に手を掛けながらもぎりぎりのところで生き延びて帰還したのだ。迷宮に対する恐怖など染みついてなどいない。

 ただ、彼女の場合は教団の方が止めに掛かった。大迷宮を踏破した徒党に教団の神官が含まれていれば教団の名声は高まるであろう。だが、もし仮に全滅、若しくはアスティアの蘇生が適わぬほどの打撃を受けた場合、教団が受ける傷は並大抵のものではない。今や、アスティアを越える奇跡の使い手など片手の指ほども居ないのである。それも、高齢で神の御許に召されそうな者ばかり。アスティアほど若く、数十年は働けそうな使い手は一人も居なかった。

 そんな彼女を教団が手放せるわけがない。故に、アレウスの徒党が全滅した時、教団はアスティアの探索を禁じた。

 アスティアが冒険者としての自分に拘りを持っていたのならば、破門されてでも続けただろう。しかし、彼女に与えられた神託は大迷宮で腕を磨き、衆情を安んじよ、である。死んでは叶えられぬ者であるし、腕を磨くという意味では既に目的を達していると言えた。

 だから、彼女は冒険者を止めることにしたのだ。

「分かってますぁ。それぐらい分かっておりますぁ。アレウスの旦那が何であそこまで慎重だったのかも、今なら嫌と言う程分かりますぁ。二度目の機会など与えられないからこそ、常に万全を期すべきだったんですぁ」

 アレウスがあれほど諄く警告していたのに、それを無視したのは自分たちである。その挙句の果てが徒党半壊となる敗北である。三人分の死体を守りながら地上まで帰還しきったアレウスに言い返せるはずもなかった。

 何せ、アレウスにしても命懸けの行動である。本来ならば、自分の意見に反対した相手の死体など放置して逃げ帰っても誰も文句は言うまい。それどころか、初めて訪れた階層でその様な事態になったのならばそれが普通なのだ。第七層にしても完全に制覇していたわけではない。帰り道に足手纏い、それも死体だけでは無く重傷者を含む状況で誰も見捨てなかったのだから、偉業としか言い様がない。

「そうね。安易にあそこで折れてしまった自分達が悪い。死んだ二人には悪いけれど、死んで当たり前の選択を自分達で選んでいたのだから当然の帰結だったのよね」

 アスティアは今でもその時のことを思い出す。

 一度引き返して装備を改めるべきだと強弁したアレウスの味方を最後までやりきらなかった。フリントを含めた三人の熱に押され、どっちつかずの態度を取ってしまったのだ。あの時、最後までアレウスの味方に付いていたら完全に徒党が割れたであろう。割れたが、少なくとも二人は死なず、第七層まで潜れる徒党も失われたが、競い合う二つの徒党が生まれて、もしかしたならば今頃はどちらも第八層を踏破していたかも知れない。どう考えても、あの時点でアスティアとリサという二人の術者が抜ければ退かざるを得なかったのだ。アスティアが妥協してしまった事が、自分たちの徒党を壊滅させる完全なる止めを刺したと自覚していた。

 その結果が今の立場に縛られることなのだから、大迷宮の先にあるものが何なのかに興味が出た矢先でのあの選択に後悔しない日はなかった。

「敢えて俺は答えぬぞ。あの時に問題点を洗いざらい話したのだからな。だからこそ、お前達に問うべき話は、誰か俺に推挙する人材は居るのか、だけだ」

 二人の表情に何ら動かされるものを感じさせぬ冷たい物言いでアレウスは言い放つ。

 勿論、アレウスが何も感じないわけではない。できることならば、二人を再び徒党に入れて探索したい気持ちは強い。しかし、それは二人を今度は死に追いやることになる選択だと誰よりもはっきりと理解していた。故に、この態度は己の未練を切り捨てるためのものと言った方が良いのだろう。

「残念ながら、今のうちには居ないわね。貴方が戻ってきた事で新たなる神託を得る者が居ても不思議はないけど、その時になったら連絡するわ」

「こっちも旦那に勧められる程の者はいやしません。居たとしても、既に徒党に入り込んでいる奴を引き抜くのは好みではござんせんでしょう?」

「まあな。それを遣るぐらいならば、一から育てた方が増しだ。まあ、盗賊の方は宛があるから、気にするな」

 一度言葉を切ってから二人を見て、「さて、これ以上とやかく云う話は無いな? ならば、再会を祝して語り合おうではないか。と、云っても俺達はこれから向こうに渡るための手続きをしなければならないのだが、二人はどうなのだ?」と、笑いかけた。

「んー、流石に抜け出してきているから、一度戻らないと駄目、かな? 夕食を一緒にするぐらいなら何とか……」

「まあ、あっしはなんとでもなりますぁ、旦那。あって無い様な仕事ですからねえ」

「盗賊組合の大幹部がそれで良いの?」

 呆れた顔付きでアスティアはフリントを見る。

「まあ、あっしは幹部と云っても大迷宮に潜っている同業者の顔役ってところですぁ。組合の仕事などあってなきが如し、寧ろ、旦那に張り付いている方が役に立っているって話ですからねえ。いやはや、給料泥棒は辛いってもんですぁ」

「盗賊が給料泥棒ねえ。いやはや、何を盗むのやら」

 その言い様に思わずアレウスは吹き出した。

 遺跡や迷宮ではいざ知らず、賊の字が現す通り盗むことに長けた悪事をなす者たちが盗賊である。本来ならば闇に潜むべき者たちであるが、迷宮都市ではその特殊性のために都市の運営にまで力を及ぼしていた。

 後ろ暗い金ではなく、真っ当な方法で稼いでいる組織の金を何もせずに懐に入れているところを泥棒と言っているのだろうが、盗賊が盗賊の上前をはねるという行為におかしさを覚えたのだ。

「他の街ならば兎も角、この街は迷宮都市ですぁ。盗賊も表だって仕事の話も出来るし、こそこそと隠れずに生きていける街ですぁ。そら、給料泥棒も出て来ますぁ」

「居るだけで仕事している男が何を云っているのだか」

 呆れた口調でアスティアは首を振る。「貴方を怖れて、あっちの街では知らないけれど、こちらの街では現役の盗賊達のお行儀が良いじゃないの」

「そうでしたかねぇ? あっしにはとんと覚えのないことですぁ」

「どちらにしろ、暇ならば丁度良い。道案内を頼むとしよう。然程変わったとは思わないが、タンブーロ故に、な」

 二人のやり取りを懐かしそうに聞きながら、アレウスはフリントに話を振る。

「勿論最初からそのつもりですぁ。宿の方はどう致しやすので?」

「こっちには定宿ないからなあ。適当なところを見繕ってくれ」

「承知致しやした。と、云ってもマティロ商会の系列になりやすがねぇ」

「まあ、今でも援助して貰っている以上、義理を欠く様な真似はしたくないからな。当然と云えば、当然か」

 フリントの言を聞き、アレウスは重々しく頷いた。

「アレウス、マティロ商会って?」

 初めて聞く名前にレイは首を傾げる。

 アレウスと共に行動する様になってから、それなりに世間というものをよく知る様になったのだ。有名どころの商会の名前は頭に入っている。アレウスが義理を欠かすべきではないと言った以上、相応の商会であると考えた方が良かろう。

 だが、全く以てレイはその名前に聞き覚えが無かった。

「前にも云った、俺の徒党と契約している商会だ。見つけ出したのは、確か……リサだったか?」

 右の人差し指をこめかみに当てながらアレウスは考え込んだ後、フリントとアスティアに話を振った。

「私はアレウスより先に入っていましたけれど、その頃には既にマティロ商会の世話になっていましたわ」

「あっしはまあ、死んだラティオに拾われた口ですからねぇ。リサ姐さんの人脈なのか、ラティオの人脈なのかまでは聞きづらい話でして……」

「ラティオの奴、変な処で嫉妬深かったからなあ」

 フリントの答えを聞いて、アレウスは何とも言えない顔付きで懐かしそうに呟いた。

「まあ、旦那と違って、あっしらは地下じげの生まれですぁ。そらあ、金持ちに対する嫉妬やら何やらで心中ぐだぐだに煮詰まってますぁ」

 この迷宮都市に一攫千金を夢見て集まってくるものの大半は様々な理由で食いっぱぐれた者たちである。

 仕官の目がない貧乏貴族の次男坊や三男坊、家を継げない農家の矢張り次男以下、何らかの理由で地元に居られなくなった訳ありの者、借金で身動きが取れなくなって逃げ出してきた者など生き抜くことすら難しい者たちの吹き溜まりである。

 極稀に自称腕試しなり暇つぶしなりに迷宮に挑みに来る貴族の道楽息子がいたりもするが、直ぐに淘汰される。ここでしか生きることができない者の覚悟と他にも生きる術があるものの覚悟では真剣さが大いに違う。その上、相手は名うての大迷宮、挑む者によって手心を加えるなどと言った優しさとは無縁の存在である。大抵は最初の探索で死体となってそのまま終わる。良くて、生き延びた後に街から逃げ出すのが関の山だ。極稀に何故か適応してしまって、そのまま大迷宮にどっぷり嵌まる者もいるが、本当に例外中の例外である。

 中でもアレウスはその例外中の例外ですらないもっと別な何かであった。

 明らかに金持ちで他の生き様があるというのに誰よりも大迷宮の探索に適応していた。

 食い詰め者の探索者の中で本来ならば浮くはずの出自と育ちなのに、何故か他の探索者たちと意気投合していた。

 そして何よりも、誰もが羨むほどの大成功を大迷宮で成し遂げていた。

 フリントはそこら辺割り切れる口であったし、その恩恵を最も間近で受けていた一人であったから心酔していたと言って良い。

 だが、彼を徒党に引き入れたラティオは違った。

 己より優れたものを認めたがらず、誰よりも上に立ちたがり、己が欲しいと思ったものは如何なる手段を用いてでも必ず手に入れようとする典型的な成り上がり者の見本みたいな男であった。

 実際、ラティオは大迷宮の探索者として必要な性質全てを兼ね備えた男でもあったため、そのねじくれた性格は意外な事に良い方に廻っていた。アレウスに対して強い対抗心を抱いていたが、それは敵愾心などではなかった。認めるべきところは認めていたし、本人もアレウスも背中を任せるに足る人物として最初にお互いの名を挙げる位であった。

 何かあったとしても、吐き出せる時に吐き出して殴り合い、次の日には水に流して尾を引かない分別もあった。互いに自分が持っていないところを尊重し、己の足りないところを補い合う良い関係でもあったのだ。

 アレウスを見てラティオは己が望んでいた成り上がるために足りないものを学び、朧気な夢をくっきりとした目標に昇華した時に悲劇の種が萌芽していたのだろう。

 フリントは今となって漸くあの時執拗にラティオがアレウスに反発したのかに考えが至っていた。

 大なり小なり、崩れようがない風に見える徒党が崩壊する原因は自覚しているしていないの違いはあれど男女の痴情のもつれである。

 ラティオにしろアレウスにしろ持てることは持てる。ただし、来る者拒まずのラティオに対し、己の腕を上げることを優先するアレウスとでは周りの反応も違う。その上、ラティオは同じ様な出自の者たちから絶大な支持を受ける男であったが、上流階層からは受けの悪い男でもあった。逆にアレウスはそのどちらからも受けが良かった。

 そして、それが悲劇の元であった。ラティオにとっての本命はアスティアであり、アスティア自身はラティオを相手にしていなかった。上昇志向が強いラティオにとってアスティアほど何もかも都合の良い相手はいなかった。だからこそ、本気の本気で恋い焦がれたのだ。

(問題は、アスティアの姐さん、本人は気が付いていなかった様でやんすがアレウスの旦那に惹かれていたみたいなんすよねえ。本気だったからこそ、ラティオの奴も気が付いちまったんでしょうなあ)

 アスティアがあそこで折れなければラティオも折れたであろう。アスティアこそが彼にとっての全てであったから。故に、あの時アスティアが折れたことで箍が外れてしまったのだ。初めてアレウスに勝てる機を得てしまったのだから。

 その結果は、無残なものであった。

 ラティオを信じて付いてきていた野伏を失い、アスティアを守るために己も死に、結局二人とも蘇れなかった。

 逃げる途中でフリントも死んで、アスティアは昏倒するまで奇跡を使って何とか自分と生き残った二人の傷を癒した。

 三人分の死体を担いだ上でアスティアを庇いながら、他の徒党の支援を受けられる第五層までアレウスとリサが逃げ切ったのはそれこそ奇跡みたいなものであった。

 第四層まで知り合いの徒党に守られながら退却し、そこで手空きの徒党に死体の運搬を頼み、地上に帰り着いた時には流石のアレウスも数日間寝込んだ。

 目立った外傷もなく無事に帰還した様に見えても、動けぬ仲間を庇いながらの逃避行はアレウスの精神を非常に摩耗させていたのだ。

 その姿を見て、何か悟るところがあったのか、アスティアは教団の指示に素直に従い、蘇ったフリントは死への根源的恐怖を迷宮深層で再生される様になった。

 それらの報告を受け、アレウスは起き上がった後、生き残った者を集めて徒党の解散を宣言した。

(リサの姐さんの心が折れていなければ、旦那は解散を決断しなかったでしょうがねぇ。旦那が立ち去った後のこの街は随分とつまらなくなっちまったもんですぁ。これからはまぁた面白くなるんでしょうなぁ)

 心中でその様なことを考えながら、思わずフリントはにやりと笑った。

「おう、フリント。案内してくれるのではないのか?」

「おっと、こいつァ申し訳ありませんですぁ。今案内しますぁ」

 数歩先で振り返ったアレウスに慌てて詫びるとフリントは小走りで前に出る。

「お付きの者は良いのかい?」

 警護の者と一緒に立ち去っていったアスティアを見ながら、残っている群衆をアレウスはぐるりと見渡す。

「まあ、うちの場合は、表に出ている奴らは使いっ走りですからねぇ。本当の護衛はどこかに隠れていますぁ」

「ふん、どうせどこに居るかぐらいは気が付いているだろうに」

 すっ惚けるフリントにアレウスは思わず苦笑する。少なくとも、大迷宮第四層を突破している様な腕利きならば、何となくここら辺に隠れていそうだなという気配を感じて当然の相手であった。当然、表でフリントを警護している者たちとは比べものにはならないのだが、それでも何か物足りなさを感じた。

「まあ、あっしよりも旦那の方が把握されているでしょう? その程度の連中しか居ないもんでしてねぇ」

「まあ、腕が立つ者ならば、大迷宮に挑むか、普通は」

「へぇ、そうでやんしょうなあ。この街でいくら盗賊が表稼業だと云っても組合での稼ぎなんざぁ知れたもんでございやしょう? 稼ぎに来ているというのに堅気の仕事と同じ稼ぎなんざぁ意味がありやせんもの。そりゃぁ、自信があれば大迷宮に潜りますともさぁ」

「成程、腕が良い者が居るとするならば、お前の様に迷宮探索から足を洗った者たちぐらい、か。そして、その様な者はもっと他の仕事に回すから、お前の監視兼護衛は何とも形容のし難い者たちが担当と成る訳か」

 フリントの種明かしにアレウスはあっさりと頷いた。

 迷宮都市でその存在が公認されているからと言えど、盗賊稼業は真面な方便たずきではない。本来が裏稼業である以上、地上で儲けるならば後ろ暗い仕事でもない限り生きていくのがやっとであろう。態々日の下で大手を振って歩ける立場になったのに、何が悲しくて他の街でもやれることをやらねばならないのか。どう考えても、一攫千金が狙える迷宮に挑んだ方がましなのである。

 地上でやれることなど、迷宮で働けなくなってからでも遅くないと考える者が多いのも当たり前のことである。大抵の者はそのためにこの街に来るのだ。

 しかし、どの様な強者でも常日頃から毎日大迷宮に潜ってなどいられない。装備の整備の問題もあるし、日の当たらぬ暗い地の底で何日も過ごすのは精神的にも追い詰められる。大迷宮探索一本で喰っていける様になるまでは地上でもそれなりに仕事を請け負うのが良くある話である。それなりに腕が良く、ある程度自由に動かせる者となると地上で休暇を取っている現役の探索者辺りが定番となるのだ。今、周りに潜んでいる者らもその類であろうとアレウスは即座に見破っていた。

「まあ、これでもそれなりの連中なんですがねぇ。旦那は少しばかりそこら辺の感覚が麻痺していやすからねぇ」

「違いない」

 アレウスは呵呵と笑う。

 彼は己がどれほど恵まれた環境で育ってきたのか嫌と言う程知っている。超一流と言っても過言ではない剣士たちが食客として家に滞在していたり、長兄の手の者の働きを見知る機会に恵まれたり、好きな道に没頭していても咎めを受けることすらなかった。

 カペーの動乱で傭兵として雇われている時も、大迷宮に挑んでいた時も、廻国修行で中原を彷徨いていた時も僥倖に恵まれていたと言って良い。彼が望む高い水準での腕の競い合いができる環境を常に手に入れていたのだ。

 だからこそ、自身が底辺で苦労する状況など全く以て縁がなかった。

「旦那は分かっている方ですから構わないんですがねぇ。敵を作ると云った話で済まないんですから、多少は自重して下せぇ」

「何、俺を相手にすることを前提としていた割にはお粗末だと思ったまでだよ。別段他意はない」

「……この街で旦那と真っ向から対立しようとする組織何ざぁ、一つもありやしませんですぁ。そんな事するぐらいなら、夜逃げか、完全降伏しますぁ」

 真顔でフリントは首を横に振った。

 アレウスは己を過小評価しているが、中原広しと言えど、一流を開ける理論と腕を有した対人特化の剣客など他に類がいないのだ。その上で、戦陣の経験もあり、魔物との闘い方も心得ている。迷宮都市内でそんな化け物と敵対するなど自殺行為としか言い様がなかった。

 今回の件もアレウスをどうこうするためではなく、多視点による情報収集兼アレウスに近しすぎるフリントのお目付役である。

「それ程この街に住む者が潔いものかな?」

「命はおしいですぁ」

 アレウスの問いにフリントは即答した。

 横で聞いているだけのレイも思わず頷く。アレウスを知る者であるならば誰もがそう思うと咄嗟に理解してしまったのだ。

「俺を殺人狂か何かの様に扱うのはどうかと思うがね」

「ですが、敵は斬り殺しましょう?」

「情報を搾り取ってから、な」

 アレウスは肩を竦め、「殺してしまったら、話は聞けまい? 単独犯なのか、後ろに何者かがいるのかは確認せねばならんだろうよ」と、にやりと笑った。

「殺人狂の方がある意味で可愛いんだよなあ」

 アレウスの表情を見て、レイは首を横に振った。アレウスと殺人狂の前に敵として立てと言われたのならば、レイは悩みもせずに殺人狂を相手にするであろう。勝てる勝てない以前に相手をしたくないのである。アレウスだけは敵に回してはいけないとレイは旅をともにしている間に悟っていた。

「まあ、旦那以上の使い手が殺人狂でしたら話は別なんでしょうがねぇ」

 フリントもフリントで徒党を組んでいる時にアレウスの恐ろしさを骨の髄まで理解させられた口である。ありとあらゆる面からアレウスの敵になるのを拒んでいた。

「俺以上の使い手ならば、フリント、お前とて知っているだろうに」

 二人のそんな態度を全く気にせず、アレウスはフリントの台詞で聞き捨てならないものへと興味を移した。

 アレウスの発言が意味するところを理解したフリントは、

「……ああ、“野人”ですか? あの方はあの方で危険と云っちゃぁ危険なんですが、自分より弱い相手はてんで相手にすらしやせんからねぇ」

 と、首を傾げて見せた。

「彼奴も俺と同じく対人戦を想定している強者なのだがなあ」

「あの方は旦那と違って、斬れるモノならば何でも斬る派ですぁ。どちらかと云うと、魔物を斬ることに主眼を置いた本流に近い方でやんしょう?」

 それを聞いたアレウスは腹を抱えて笑いだした。

 何事かと思い周りにいた者たちが一斉にアレウスを見る。

「旦那、あっしが何か面白いことでもいいやしたか?」

「ああ、済まん済まん。余りにも理解が足りなかったので、な」

 アレウスは目尻から滲む涙を拭う。「フリント、お前が云った事はある意味で正しい。だがな、彼奴の剣術は本流からはほど遠いモノだぞ? 魔物が斬れれば人も斬れるから、戦場でも役立つ。これがお前さんの云う処の本流の考え方だ」

「あー、うん。それは良くアレウスが云っているね」

 アレウスが分かり易く一から説明するのを聞いて、旅の間にちょくちょくその話を聞いていたレイは相槌を打った。

「フリントと違って、お前さんは剣士でもあるからな。俺の云いたい事は分かるだろう。俺の剣術は最初から人を斬る事を主眼としている。育ちが育ちだったからな。実家の敵は魔物よりも人間の方が多かった。家族を守る事に主眼を置けば、人殺しの技を磨いた方が何よりも役に立つからな。まあ、己の腕を売り込みに来た食客達から魔物を斬る剣術を習いもしていたから、正確に云えば俺も純粋に対人戦だけをやって来た訳ではないのだが、な」

「そうだよねえ。ボクも実家で武芸を習っていた時はアンプル山脈に住んでる巨人とか魔物とかを想定したものだったもの。人間相手は思いっきり打っ手切れば死ぬみたいな乗りだったなあ」

「それでは旦那と“野人”はどう違うんで?」

 二人のやり取りを聞いて、フリントは逆に首を傾げた。レイの言い分が世の中の過半数が締めている中、アレウスと“野人”の剣理だけが同じ様に外れているのは間違いない。

 彼が知り得る限り、“野人”と呼ばれている兵法者だけがアレウスの持論を大いに褒め称えたのだ。あれほど意気投合していたのだから、二人の原点は同じものに違いないと考えるのも無理はなかった。

「俺が人間を斬る事を主眼に置いている様に、“野人”はこの世にある全てのモノを斬る事を主眼としている。一見すると魔物を斬る事に主眼を置いている連中に近い様に見えるが、見る者が見れば全然違うと分かる。俺にしろ、主流派にしろ、斬る相手が変われば多少太刀筋が変わってくるが、彼奴は相手が何であろうと太刀筋が乱れぬ。同じように斬り、同じ様に勝つ。俺の事を天才だの天下一だの持て囃す者達がいるが、全く以て何も見ておらんよ。彼奴こそ真の天才よ。まあ、天下一は又別の方のものなのだが……どうせ遭う事はないからどうでも良いか」

「一寸待って下せぇ、旦那みたいな剣客が“野人”以外にもまだいるんですか?」

 本来裏の世界の住人であるフリントは表の世界のことを詳しく知っては居ない。ある程度のあらましならば兎も角、その業界だけで有名な個人の信条など興味を持って集めない限り知り様があるはずもない。

 だからこそ、アレウスがさりげなく言い放った台詞に飛び付いたのだ。ある意味で彼らの業界にとっても重要な事柄である、対人戦に特化した剣士が自分たちが把握しているより多くいるかも知れないのだ。

「まあ、世の中規格外の人などそれなりにいるものであろう?」

「それなりにいたら驚きなんだよなあ」

 レイは思わず呟く。

 世間知らずだった頃と違い、それなりに世間擦れしてしまった今となってはアレウスの言がおかしいことに気が付いてしまう。

「少なくとも、迷宮都市にいる連中はそれなりに入る様な連中ばかりだぞ?」

「人類の極北が揃っている街だから当たり前なんだよなあ」

 呆れた口調でレイは首を横に振った。

「何でここまで世間擦れしてしまったんだ。出会った当初の初々しさはどこに消えてしまったんだろうな」

「そりゃ、アレウスと付き合って動いていたんだもの。嫌でも世間慣れするよ」

 嘆くアレウスを後目に、レイは淡々と事実を告げた。

「でも、不思議といやぁ不思議なんすよねぇ。旦那って、どう考えても生まれは相当良い筈でしょう? なのに、失敗するとあっしより下々のことに詳しかったりしやすよねぇ?」

「まあ、色々と、な」

 先程の話題では一切誤魔化す気配のなかったアレウスが明らかに触れられることを嫌がる気配を見せた。

 こういう時はどんなに粘ったところで話を引き出せない、経験でそれを知っていた二人は話題を戻すこととした。

「この街にもアレウスが一目を置いている様な剣客はいるの?」

「偶に“野人”がふらっと尋ねてくる程度かな? 俺が知り得る限り、彼奴以外に大迷宮の中にいる魔物を斬る事に興味を覚えている者はいないからな」

「旦那が旅に出てからは、余り来ていませんねぇ。まあ、それでもふらっと来てはあっさりと稼いで又旅立っていやすがねぇ」

「彼奴はそうであろうさ。懐が寂しくて、何となく魔物を斬りたくなったらやって来る、そういうものだろう。そこら辺が他の者たちと違う」

 フリントの言葉に満足したかの様にアレウスは一つ二つ頷いて見せた。

 数少ない魔物も人も斬る剣理を求める同志なのだ。なんやかんや言いながらも、“野人”が自分の知るそれと変わりないことを知り嬉しかったのである。

「その他の者の誰かとボクは会った事がある?」

 レイからしてみるとアレウスが自分の同類扱いする様な相手に覚えがなかった。割と昔馴染みの傭兵を紹介されていたので、実はその中にいたのではないかという疑問を持ったのである。

「……ない、かな? その多くが戦場を往来しているから隊商の護衛など選ばぬ。古式床しい廻国修行の掟を守って難行苦行をしている者もいるしな。普通に旅をしていたら先ず会わぬよ」

「まあ、傭兵が隊商に雇われるのは普通の旅、かな?」

 アレウスの言う艱難苦行が如何なるものか分からないため、レイは困惑しながらも同意した。並べ立てられたものが戦場であったこともあり、それに比べれば平時に近いものであろうと推察した。レイからしてみれば、護衛しながら四六時中緊張を強いられることが平時であるとは考えられなかったが、アレウスの常識はどこか常人と外れていると理解していた。そうでもなければ、流石に多少の抗弁をしたであろう。

「旦那の普通が世間とは違うモノなのは良いとして、旦那や“野人”級の剣客がもしこの街に来たとして、大迷宮で稼げるもんですかい?」

 組合の仕事半分、自分の興味半分といった心持ちでフリントはアレウスに疑問を投げかけた。大迷宮に入る冒険者の素性を洗うことは盗賊組合の主な仕事の一つである。悪意を持って迷宮都市に入り込まれる事態を避け、もし危険だと察知したならば始末する事まで担当しているとなれば腕利きの情報は一つでも多い方が良い。

 そうは言っても、仮にアレウスと互角かその領域に入り込んでいる者が悪意を持って入り込んだ場合、どう考えても盗賊組合では手に余る。その場合は今の迷宮都市の状況に好意的なアレウスなり、“野人”なりに依頼しなければならないだろう。

 どう対処するにしても情報は多い方が良く、迷宮都市に入り込む可能性を知っておきたかった。

「些か引っ掛かる物言いだが、まあ、良い。大迷宮で働けるかとの問いにならば、人によるとしか答えようが無いな」

 アレウスは少しばかり考え込みながら、「大体の連中が魔物を斬るのと人を斬るのでは違うと理解している。俺みたいに人を斬る事を主眼にしている連中は先ず大迷宮には適応できまい。魔物を斬る価値を見出していないから、来る気もないだろうがな。逆に魔物を斬る事から初めて、人を如何に斬るかという目的を持った者はやっていけるだろう。但し、人を斬る事の方に夢中になっている連中が多いからやっぱり来る気はないだろう。“野人”と同じく全てを斬る事に興味を持った者ならばやって来もするだろうが……別に大迷宮で斬らなくとも魔物はそこらにゴロゴロしているからな。余程金が欲しい理由でもない限り態々やって来はすまい。俺みたいなのが特殊なだけだろうよ」と、説明した。

「御言葉ですが、魔物を斬るにしても大迷宮の方が好都合なのではないんでしょうか? それに、外で魔物を斬るよりも儲かりやすし、ゴロゴロしていると云っても探す必要がありやしょう?」

 困惑したかのような返事をしてきたフリントを一瞬だけぽかんとした顔付きで眺めてから、アレウスは額を右の掌でぴしゃりと叩き、

「ああ、済まん。大前提を云い忘れていたか。大抵の剣客は、独力で何とかする事を良しとする。まあ、戦場働きは一人では何ともならんから良いとして、他人と共に倒した魔物は己の剣理の先に倒したものと云えるのか? 然う云う意味でも、徒党を組んでまで大迷宮に潜りたいと思う者は少なかろうよ。俺に云わせれば大迷宮での戦いも戦場と変わらんと思うのだがな」

 と、アレウスは言った。

「まあ、然う云う事なら分からないでもないんですが……然う云うもんなんですかねぇ?」

 微妙に納得いっていない顔付きで、フリントは首を傾げた。

「まあ、己の剣理を確かめる為に斬りたいだけだからな。煩わしい世俗の事柄と縁遠くいたい者も多いと云う事さ」

「んー、じゃあさ、アレウスを始めとした剣客の目的って何なの?」

 アレウスの台詞を聞いているうちにレイはふとした疑問を抱いた。

 今までこれほどアレウスの考える剣術というものに対して突っ込んだ会話をしてこなかった。漠然と世界最強を目指しているのかと勝手に想像していたという事もある。

 しかし、一連の会話からそうではないのではないかと言う疑問に突き当たったのである。

 ある意味で良い機会と取り、レイは尋ねてみる気になったのだ。

「矢張り人それぞれとしか答えられぬが……強いて云えば、己の思い描く方法で武の極みに達する事、かな?」

「武の極み、ですか?」

 アレウスにしてはあやふやな答えであった。

 大迷宮での戦いぶりから己の腕を磨くと言う事に拘りを持っている事は分かっていた。フリントが知り得る限り、人類種としてアレウスは最強の部類であると言い切れる。それでもなお、求道的に強さを求めていたのは確かなのだが、分かり易い力という意味で強さを求めていたラティオとは何か違うとは薄々勘付いていた。当時は大迷宮の謎そのものに興味があるからだと思っていたのだが、今の答えを聞き、ラティオを始めとした大迷宮に挑む戦士とは何か一線を画す全く違う領域に生きていると確信した。

 問題はその領域をフリントでは全く理解できないということであった。

「その場にあるだけで生殺与奪の全てが我が掌の上にある状態、とでも云おうか……。抜きとか居合いとかで云う処の“勝負は鞘の内にあり”を具現化したモノとでも云うか……。うーん、自ら言葉にして現そうとすると存外難しいものだなあ」

 アレウスは苦笑しながら首を数回横に振って見せた。

「個人的な感想なんすがね、そんな境地に達してどうするんですぁ?」

 アレウスとフリントは大迷宮探索と言う非常に濃い時間を共有してきた相手ではある。短い言葉から相手の考えを読み取るだけの繋がりがあると言って良い。

 しかし、そのフリントからしてみても今のアレウスが何を伝えたいのか理解し難かった。そこに至って何をしたいのか、それが全く見えてこなかったのだ。決定的に生き様が違うと言ってしまえばそれまでだが、そうであったとしても何かしら通じるものがある筈なのだ。少なくとも他の事柄はそうなのだから、この件だけ例外だと言う事に何か受け入れがたいものがフリントにはあった。

「ふむ、そうだな……。よく云うであろう、そこに山があるから登りたくなる、と。それに似ておる。己がそこに達せそうに見えるから、そこから見た風景を知る為に腕を磨くのだ」

「自分が最強である事を確認する為に?」

「否。それは違うぞ、レイ。そこに至れば最強の座は勝手に付いてくるのだ。我らが欲するのはその過程で何を掴むか、よ。その為にも己の剣理を見出し、己が技を磨き上げるのだ」

 同じ剣士のレイですら自分の考えに付いてこられない様を見て、アレウスはどう説明したモノか本気で悩んだ。

「一種の悟りなんですかねぇ?」

 常人や凡人では理解できぬ境地を端的に説明するなれば、最早フリントにはその言葉で集約するしかなかった。

「だろうな。得てして、求道者が行き着くところは何らかの境地であるからな。我ら剣客が求める境地が他者に理解されるモノではないだろうよ。世の中得てしてその様なモノであろうよ」

 アレウスはふと左右を見渡し、「見た事ある場所だな」と、呟いた。

「まあ、そうでやんしょうねぇ。ここいらは余り変わってやせんからねぇ」

 フリントは笑いながら案内を続ける。

 アレウスも慣れた足取りでそれに続く。

「んー、気の所為かなあ? 凄くこの街入り組んでいない?」

 二人の後に続きながら、今迄歩いてきた道程を頭の中で再現してレイは愕然とした。

「まあ、迷宮都市ほどじゃないんですが、こっちの街も計画的に作られたもんじゃありやせんからねぇ」

 フリントは笑いながら、「大迷宮で得られる富を得ようと中原中から人が集まってきやすからねぇ。良い土地を少しでも得ようと奪い合いになるから気が付いたらこんなもんですぁ。御陰で、うちの組合が働きやすい環境なんですがねぇ」と、ぐるりと辺りを見渡してみせる。

「常道から云って、埠頭から目抜き通りに至る道がここ迄複雑なのは商業都市としてどうかしていると思うのだがな」

「まあ、自治都市でもありやすからねぇ。外敵に対して備える必要もありますぁ」

 当たり前の事柄を述べるアレウスにフリントも常識の範囲で答える。「ま、それに街中で商売する連中はお上りさんだけですぁ」

「云えているな」

 くつくつと笑いながら、アレウスは深々と頷いて見せた。

「どういう事?」

「何、本当に大事な商談ならあっちで遣ると云う事さ」

 レイの問い掛けにアレウスは右手の親指で迷宮都市がある方を指した。

「迷宮都市には大迷宮の探索許可を持った冒険者か、あちらで店をやる免状を持った商会の人間ぐらいしかいやせんからねぇ。タンブーロにあるのはどこでも売っている様な日常品ばかりですぁ。旦那の収集品コレクションの大半も向こうにあるマティロ商会に預けてありやしょう?」

「他に安全な場所があるならそこでも良いのだがな」

 フリントの問い掛けにアレウスは遠回しに肯定した。

「え、アレウスの収集品ってまだあったの?」

 レイは思わず驚きの声を上げた。

 何せ、レイが見せて貰っていた彼の収集品ですら一国を購うのに十分なものであったのだ。それ以外にもまだあるとなれば、一体どれほどの資産なのか想像も付かなかった。

「実家に送るわけにもいかなくてな。気に入ったもの以外は全部マティロ商会に預けている。まあ、気に入ったものも傭兵組合に預けているから手持ちという訳ではないが、流石にあれだけでも相当交渉した末でのものだからな。泣く泣く向こうに預けっぱなしのものもある」

 そう言いながら、何とも言えない表情でアレウスは迷宮都市の方を見ていた。

「いやぁ、盗まれたらどう弁償して良いモノか分からないモノを預かりたいって云う奴が頭おかしいと思うんすがねぇ」

 商売柄、様々な盗品を扱う事もあるフリントとしては、値を付けられない物を普段使いの物と同じ様な感覚で扱っているアレウスに一言釘を刺しいたい心境であった。

 流石に誰であれアレウスから物を盗んでこの街で捌くことはないだろうが、仮にアレウスの物と知っている物が流れてきた場合、どれほどの恐慌が近隣の裏社会に走るかを考えれば、予防線を入れたくなるのも心情である。

 何せどう考えても、アレウスの収集品をどうにかできる資金がある市場はこの街以外に考えられない。何かの拍子でその様な代物が流れてきた場合、誰がそれを盗品か正当な売り物だと確認するか、考えただけでフリントの頭は痛くなる。

 ただでさえ、この街では大迷宮絡みの表沙汰にできない裏市場があるのだ。余計な火種は増えて欲しくなかった。

「マティロ商会に預けているモノに比べれば随分と穏当なモノばかりなのだがな」

 フリントの反応から自分絡みの面倒事を嫌っているのを察し、アレウスは大した問題ではないと言外に伝える。

「ラティオと殴り合いで所有権を譲らなかったモノもありやすしねぇ」

 フリントにしてもアレウスの収集品は懐かしさを覚える想い出の品々である。思わず当時のことを思い出して静かに笑った。

「通算の成績で見ると、あいつの方が持って行っているんだよなあ。ここ一番では手段を選ばず勝ちに行ったが、そこまでやるべきか悩んだ奴は全部持って行かれたからなあ」

「そこら辺の駆け引きは上手い男でしたからねぇ。自分で使わない分は全部売り払うのがラティオの流儀でしたから、旦那も必死でしたけどねぇ」

「勿体ないだろう、あれほどのモノを売り払うのは! 彼奴はそこら辺の価値が分かっていなかった。まあ、売った金で必要な装備を買い揃えていた点は文句なしではあったが、な」

「そこら辺が旦那とラティオの流儀の違いですかねぇ。旦那は無理せずに装備を揃えて迷宮で見つけた好みの得物を手元に置く。ラティオは今必要ないモノを全て金に換えて、それを使って最強の装備を買い揃える」

 一つ二つ頷きながら、フリントはラティオの事を思い出す。

 金に五月蠅いところはあったが、守銭奴というわけではなく、常に正当な物の評価をするための指標として金を重んじる男であった。実際、金払いは良く、あれだけ収入が合ったにもかかわらず、持っている貯金額は微々たるものだったのだ。動かしていた資産額で言えば、アレウスを凌いだかも知れないが、そこら辺は個々人の好みの違いというものであろう。

「最強の装備を手に入れる為にその素材を扱える職人を探し出し、その整備の為にもその職人をタンブーロまで招聘するともなれば際限なく金が掛かる。素材自体も出物があれば大迷宮で見つけた物以上の物を買い漁る。俺の流儀にはあわぬが、理には適っている。まあ、難点を云えば、金に飽かせて何でもやる男と云う悪評を立てる事なのだが……当人はそれを褒め言葉と受け取っていたしなあ」

 アレウスは天を仰ぎながら右手で額を押さえる。「然う云う処が貴人受けしないと何度も忠言したんだがなあ。本当に己の流儀を曲げない男だったからなあ」

「ですが、ラティオの御陰でタンブーロが繁栄したところもありますんでねぇ。止めるに止められなかったって云うのもあると思うんですがねぇ」

 フリントは今とあの当時のことを比べて便利になった事柄を思い浮かべる。

 ラティオの強欲さは回り回ってタンブーロの経済を効果的に回す効果があった。常に商人や職人たちに新しい血を入れることを強要し、それまでの実績に胡座をかいている者はいつの間にか置いていかれ、変化と革進をもたらす原動力となっていたのだ。

 そのために、一度それを始めた以上自分が止めれば折角上手く行っていたことが駄目になりかねないこともあり、ある意味で辞め時を失ってもいた。ラティオはアレウスの忠言を無視していたのではなく、環境がそれを採用させなかったとも言えた。

 今となっては確認の仕様がないが、多分当人が一番それを理解し、軌道修正したかったのだろうとフリントは考えていた。貴族や支配階級層を敵に回していては彼の夢は叶えられなかったのだから、問題はどこで軌道修正するか、その一点であっただろう。

 アレウスへの反発をさておいても、彼の最後の決断は上手く行けば軌道修正する理由付けになるとの目論見もあったのではないか、そうともフリントは推測していた。

 いずれにせよ、死者がどう考えていたかを確認する術もなく、ラティオ亡き後も緩やかなれど彼の方針は緩やかに息づいているため、詮無きことには変わりはない。

「彼奴が呼び込んだ職人達はまだ残っているのか?」

 フリントの追想を知ってか知らずか、アレウスもラティオの遺産がどうなっているかを尋ねて来た。

「相当数残っていやすよ? ラティオが死んでも何やかんやで貴重な素材を使った注文が多いんですぁ。故郷くにに戻って在り来たりの素材で何か作るよりも、こっちで迷宮産の希少な素材を使って仕事したいって職人がかなりいやすからねぇ。故郷で死を迎えたいって年寄り以外、こっちに居着いちまった連中だけですぁ。それに年寄りもこっちで骨を埋める気の方が多いですしねぇ。タンブーロの商人からしてみれば、ラティオ様々って処じゃないんすかねぇ?」

 アレウスたちの徒党が解散したとは言え、それでもまだ第六層に足を進めた徒党が幾つか存在しているのだ。迷宮で産出される素材を使って何かしたい場合、通常の流通では手に入らないのだからそこまで潜っている徒党と直接契約するしか術はない。迷宮都市以外でそれらの素材を日常的に扱えない以上、それを用いたいと思う職人はタンブーロを離れられなくなっていた。

 そして、優秀な職人と取引をしたい商人もまたタンブーロの街から撤退する理由がない。逆に、ラティオが中原中から優れた職人を招聘してしまったせいで、タンブーロほど質の良い装備を産する街が他にはなくなってしまったことも大きい。商人同士の繋がりや自分たちのやり方に疎い領主もいない等の好条件も含めれば、この街を本拠地にする商会も未だに多い。

 強いて問題を挙げるならば、ソーンラントと近隣の“江の民”や“山の民”の緊張が退っ引きならないところまで高まっているところだが、その辺りの機微を掴めない者ならば最初からこの街に身を寄せたりしないだろう。

 元々タンブーロの街が迷宮都市の需要と供給を求めて商人たちが集まってきた経緯はあれど、ラティオによってより鮮明に金回りが良くなったのは間違いなく、ラティオがいなければ今ここまでタンブーロが恐ろしく栄えていなかった。故に、今でもラティオを讃える商人は数多い。

「俺を怨んでいる者もまだいるという事か」

「本人達も逆恨みだと理解はしているんでしょうがねぇ。直接うちと関わっていなかった連中ほど恨みを抱いているのだから始末に負えませんなぁ」

 フリントは思わず苦笑した。

 彼らと付き合いのある者ならば、ラティオとアレウスの意見の相違やそこからの徒党の行き着いた先に不満を持つ者は誰もいなかった。前人未踏の第八層で過信による半壊から少なくとも死体を連れ帰っての帰還なのだから、これに文句を付ける者がいたとするならば、それは大迷宮について何も理解していないことを自ら示しているに過ぎない。誰しもがぎりぎりのところを決断し行動しているのだ。

 故に、アレウスが徒党解散を決断した時も彼らと直接取引のある面々は致し方のないこととその決断を尊重した。

 しかし、彼らが必要としないものを手に入れることで利を得ていた者たちはこぞって文句を言った。その上、ラティオを見捨てたとまで言い募った。

 アレウスは遠く旅立ち、リサは迷宮都市で引き籠もっていた以上、矢面に立ったのはフリントとアスティアである。

 そして、二人はそれぞれ迷宮都市を代表する組織の大幹部でもあった。

 表立って言い募る者にはそれぞれの組織から警告を与え、それでも態度を改めぬ者にはきつい仕置きを与えた。フリントもアスティアもどうでも良いと思ってはいたのだが、流石に目に余る行動を取られると自分たちの組織の都合上宜しくないと判断せざるを得なかったのだ。

 それもあってか、今でも表には出さないが彼らを怨み続けている者がそれなりにいる。

 大迷宮に潜る冒険者たちからは今でも悼まれることはあっても、あれは間違いだったと糾弾する者は一人も現れていないことだけが救いであった。

「まあ、いいさ。人が一番苦しんでいる時に手助けしてくれる者以外は頼りにならないというのは世の常の様なものよ。マティロ商会はその意味でも頼りになる、それが分かっただけでも十二分さ」

「正に、正に」

 アレウスのぼやきにフリントは我が意を得たりとばかりに力強く頷く。「何せ、一番大損しているのにあっしらへの付け届けを欠かさぬ義理堅さは何者にも勝りますぁ。組合に入ってくる若手に思わず勧める程度には信じられるものですぁ」

「お前に投資した分は軽く戻ってきていそうだな、それは」

 アレウスはくつくつと笑う。

 マティロ商会に預けているアレウスの収集品や季節の付け届け、その他諸々の便宜を考えれば、アレウスに対する投資は回収できるものではないと考えていた。アレウスがこの後最終層まで到達し、そこで手に入れたものをマティロ商会に回せれば取り戻せるかもしれないが、現状可能かどうかもあやふやなことを勘定に入れているとは思えない。

 先々のことを考えた投資にしてはどうにもおかしいと常々思っていたのだ。

 アレウスへの支援はリサの呪符やフリントやアスティアとの繋がりを保持できるだけでもそれなりの価値はあろう。付け加えれば、アレウスの冒険者内での名声をも想定した場合、商会への冒険者たちからの信頼が高まることがあっても低くなることはない。無形のものを得るという点で考えればこれ以上の儲けはないだろう。

 だが、それでは直接利を手に入れることはできない。商人が、それも迷宮都市での遣り手がその点を完全に無視するはずがない。

 ならば何があるのかと考えていた答えの一つがフリントが若手にしている紹介であろう。

 フリントがそれをなすのならば、アスティアが同じことをしていない道理はない。迷宮都市でも有数の影響力を持つ組織の大幹部が挙って推すとなれば、その宣伝効果たるや如何ほどのものであろう。アレウスへの援助よりも二人の紹介の方が儲かっているのならば、むしろアレウスへの投資の方が主ではなく従であろう。

 ただ、その程度の考えでしかない者がこの街でのし上がることができないことを考えれば、間違いなくアレウスへの投資は本人そのものだと推し量れる。

 要するに、マティロ商会の長は相当な博打打ちなのだ。

「それで、マティロ商会に先ずは向かっているのかね?」

 アレウスは覚えのある光景を見てフリントに問い掛けた。

「いえ、違いますぁ。ああ、そうか。旦那は知らないですなぁ。マティロ商会、引っ越しましたぜ? 一応旦那が知っている場所にも店はありやすが、あっしら向けじゃあないですぁ」

「そうなのか? やはり、年月が経つと変わるか」

 少しばかり寂しそうにアレウスは呟いた。

「ええ、まあ。お痛した莫迦な商会を底値の時に丸々買い取りやして、そっちを本拠にしたんですぁ」

「ほう、そうなのか……ん?」

 アレウスはふと疑問にぶち当たる。「本拠を移転したという事は、元の場所よりも良い立地を手に入れたと云う事か?」

「目抜き通りに面した一角を入手しやしてねぇ」

「待て待て。目抜き通りにある商会はどこもここも百年や二百年ですまない老舗揃いだぞ? 一体、どこがそんな阿呆な真似をしでかしたんだ?」

 流石のアレウスもその答えには驚きを隠せなかった。

 有史以前から存在するとも言われるこの迷宮群に挑む冒険者はそれこそ数百年前から存在していた。当然、それを相手に商売する者たちもその時からいるわけであり、タンブーロの街と同じぐらい古い商会が数えるほどある。

 そして、古い商会であればあるほど一等地を制しているのも道理であり、余程のことでもない限り新参の商会が良い土地を抑えることはあり得なかった。

「ま、それは追々のお楽しみと云う事で」

 にやにや笑いながら答えをはぐらかし、フリントはアレウスに覚えのない道を歩き始める。

「こっちにマティロ商会絡みの建物はあったか?」

「矢張りこちらもですねぇ、旦那が去った後に旦那を悪し様に表立って云い募った莫迦がいやしてねぇ。流石に他もそんなのを手助けすることも出来ずにマティロ商会に叩き潰されてぇ、後はお察しですぁ」

「……そんなに莫迦が多かったかねえ、この街は」

 首を左右に振りながらアレウスはこれ見よがしに大きな溜息を付いた。

「あっしらの徒党が無くなって我が世の春が来たとか思っちまったんでしょうなぁ」

 フリントは肩を竦め、「へい、着きやしたぜぇ」と、閑静な区域にある何とも言えない落ち着いた雰囲気の建物へと誘う。

「ここら辺は初めて来るな」

 アレウスは感慨深そうに呟く。

「でしょうねぇ。旦那もですが、ラティオの奴がここら辺の住人からは睨まれていやしたからねぇ。マティロ商会も新興でやすし、流石に千年近く歴史のある街に古くから根を張っている連中にゃぁ、些か旗色が悪かったのは確かですぁ」

 アレウスは兎も角、ラティオを始めとした徒党の面々は既存の体制派に媚びを売る様な人種ではなかった。その上、新興のマティロ商会を使っていたのだから、そういった勢力の影響が強い地域には滅多なことでは足を踏み入れることはなかったし、客として訪れることなどあり得なかった。

 故に、アレウスが隔世の感を覚えるのは当然のことであり、フリントも同感であった。

「……悪かった、ね。今は好転したのかな?」

「当然致しましたとも。お久しぶりですな、アレウス殿」

 二人の会話に建物の奥から物腰の柔らかそうな中年の男が恭しく頭を下げながら介入してきた。

「これは頭取。御無沙汰をしていた。何も返せずに申し訳ない」

 アレウスは驚きの表情を慌てて隠しながら、深々と礼をする。

「ああ、これはこれは。面を上げて下さいませ」

 男は困り切った表情でアレウスに懇願する。

「流石に礼は欠かしたくないのでな」

「いえいえ。貴方様に頭を下げられますと、後々面倒な事になりますから。それに、我が商会がここまで育ったのもひとえにアレウス様とリサ様の御陰でありますから、皆様方の一生涯面倒を見ることですら恩を返しきれるかどうか……」

 相手に譲ろうともせずに腰が低いままのアレウスに、男は必死になって食い下がる。

「こちらもその分助けて貰っているから気にされてもな」

「ま、積もる話は後に致しましょうや。今はお二人を部屋に案内が先ですぁね」

 なおもお互い譲り合わなさそうだと思ったフリントは、雰囲気を変えるべく当たり前のことを至極当然とばかりにこれ見よがしに提案して見せた。

「おっと、これは何とも。気が利かずに申し訳ありません」

 男は一礼してから従業員を呼び、アレウスとレイの荷物を持って部屋に案内する様に指示を出す。「それでは御二方、又後程」

 忙しそうに立ち去っていった男を見届けてから、

「それじゃ、旦那。あっしも一度組合の方に顔出してから又来やすんで、ゆっくりと休んでいて下せぇ」

 と、フリントも深々と一礼し、ぞろぞろとお付きの者を従えて元来た道を戻っていった。

「こちらになります」

 残された二人に従業員が案内を始める。

「俺の想定よりも幾分か上の宿だな」

 アレウスはレイにだけ聞こえる声で囁く。

「想定していた宿はどんなものだったの?」

「俺の定宿だな。目抜き通りから一つ裏に入ったところにある大迷宮探索者慣れした老舗だ。まあ、ここと比べると数段落ちるが、その宿に泊まれるという事がこの街にいる冒険者からは一目置かれる要因となる、その様な格式のある良い宿だな」

「何でそっちにしなかったのかな?」

「あっちだと、俺が戻ってきたことがあっと云う間に知られるからだろうな」

 鋭い目付きでアレウスは呟いた。

「それが何か問題なの?」

「さて? 俺には問題ないのだが、な」

 苦笑しながら、「それを伏せていた方が得する連中がいる様だな」と、肩を竦めて見せた。



 通された部屋で暫し休んだ後、アレウスとレイは宿の使用人に案内され、離れの一室に案内された。

「へー、良い眺めだね」

 レイが言った通り、部屋の濡れ縁ベランダに通じる大窓からの眺めは迷宮都市のある島が一望できる見事な借景であった。

「お気に召したのならば用意した甲斐があったというものですわ」

 男が一礼して部屋に入ってくる。「先程は失礼致しました。アレウス殿を迎える準備をしてはいたのですが、如何せん前から動かしている話が終わっておりませんでして。ところで、アレウス殿。お連れの方に紹介される栄誉を与えて貰えないものでしょうか?」

「頭取にそこまで腰を低くされると俺の立場がないのだがな。ジニョール河南岸に行った際仲間にしたレイだ。レイよ、こちら、マティロ商会頭取のダイオ・マティロ殿だ。この街では有名な男だよ」

「ええ、外ではマティロ商会の名は知られていないでしょうからね。致し方のないことです」

 アレウスの反応から、レイが自分たちのことを知らないと踏んだのか、些か自虐的な返しをダイオはした。

 レイとしてもそれに何と反応して良いか悩ましかったので、一礼して誤魔化した。

「もう少し外に力を入れても良いのではないのか?」

「まあ、何もかも私がやるのもどうかと思いますから」

 アレウスの問いにダイオは冗談で返す。「ああ、御二方、席にどうぞ。直に他の方々もおいでになりましょう」

「何もかも、か。その割にはここでは大活躍の様だが?」

 アレウスはフリントとの会話から自分がいない間にマティロ商会が随分と勢力を増したことを理解していた。この街でそれだけ手を広げたということは外に手を出す余裕がなかったということであろう。その辺を分かった上で少しばかり冗談めかして近況を聞こうかと切り出したのだ。

「タンブーロは私の戦場ですからね。他人に譲って差し上げる謂われはありませんからなあ。まあ、他の方もそう考えているとは思うのですが、どうにも最近は、ね」

 使用人に何か指示を出してから、ダイオはアレウスに首を傾げて見せた。

「フリントの奴も云っていたが、俺が旅立った後、何があったのだ?」

 ダイオの歯切れが微妙に悪いことにアレウスは当然気が付いていた。

 誤魔化すという程ではないが、何かを敢えて隠そうか悩んでいる、そう見て取った。敢えて追及すれば聞き出せる程度の問題だと見越したのだ。

 ならば、アレウスは自分が知っておいた方が良い事柄だと判断した。

「幾つかの有力商会と関係の深い第六層に到達していた徒党が全滅若しくは解散致しましてね。些か面倒な事態が出来しゅったいしただけですよ」

 何事もなかったかの様にダイオは軽く返す。

 正しくその台詞の意味を受け取ったアレウスは思わず呻いた。

 大迷宮を探索する冒険者徒党と契約をした商会は一蓮托生である。どちらかが裏切ればそのどちらもが転げ落ちる。どちらかが滅すれば、どちらも滅する。大きな商会ならば、幾つか有力徒党を手の内にすることで破滅の危険を分散することも可能だが、逆を言えば二重の危険を手中に収めることでもある。それだけ大迷宮の探索は先が読めないものであった。

 徒党からしてみても、自分たちが欲しいものを適正な値段で仕入れ、迷宮で手に入れたものを正しく買い取る相手は必須である。第四層辺りまでならば兎も角、第五層以下を本気で探索するならば、一分の隙も見せられないし、命の正当な値段を付けられない相手と手を組む気にもならない。

 だからこそ、駆け出しの徒党にとって最も大切なのは自分たちが信じるに足りうる商会を見つけ出すことなのである。信じるに足る商会を見つけたならば、そこに全てを懸ける。それが迷宮都市の冒険者の流儀と言えた。

 そして、商会にとっても自分たちと契約する全ての徒党は大切な取引相手であり、自分たちに利益をもたらすことになる有力な徒党に育つ可能性を孕んでいる。余程の不義理が無い限り切り捨てずに育て上げるのがタンブーロ商人の矜恃である。

 お互いをお互いに敬意を持って付き合う。それが、苦楽を長く共にするために必要なのだ。

 従って、第六層まで行ける腕利きの徒党が全滅したり解散すると言うことは、そこと契約している商会が傾きかねないという話でもある。

「ああ、間接的にはアレウス殿の徒党が関わっているのは否定致しませんが、直接的な原因ではありませんよ? お気になさらぬ様」

 アレウスの表情から何を考えているか察したダイオは即座に補足を入れた。

「間接的、か。俺達が売り払っていた六層や五層の素材が流通しなくなったこと、か?」

 街に戻るまでにリ’シンと交わしていた会話や、ここに来るまでのフリントやアスティアの反応から何となく察し得た内容を口にする。

「ええ、それが間接的な問題。ですがね、アレウス殿。それぐらい、第六層を探索する冒険者ならば自分たちで解決するべきなのですよ。少なくとも、うちの商会と契約している貴方方以外の徒党は然うやって解決しております。それができなかった以上、淘汰されるべき徒党であったと考えざるを得ないし、そこら辺を制御出来なかった商会側の責任でもある。云ってしまえば自己責任なのですよ、この街で生きていくために必要な、ね」

 どこかしら凄味を感じさせる面持ちでダイオはアレウスに念を押す。

「それは理解しているさ。まあ、していても割り切れない何かはあるものだろう?」

「そこまで背負われる理由はないと思うのですがねえ。まあ、アレウス殿らしくもありますかな」

 穏やかな笑みを浮かべ、ダイオは納得する。「この話の問題は自滅をした商会がどれもこれも老舗ばかりだったと云う処なのですよ」

「……どう云う事だ?」

 ある種の不穏を感じ取り、アレウスは鋭い目付きで質問した。

「そこらの詳しい事は他の方々が到着されてから、ですなあ。どうにも私だけでは正しい答えに辿り着けませぬので」

 申し訳なさそうな顔付きでダイオはアレウスに頭を下げた。

「ふむ。後は誰を呼んでいるのだね?」

「流石に向こうに居るリサ女史をこちらにお呼びするには時間がありませんでしたので、今こちらにいるリ’シン殿、フリント殿にアスティア女史に声を掛けました」

 アレウスに向かってダイオが説明していると、使用人が彼の下に訪れ何事かを囁いた。

 ダイオはそれに一言二言答えて指示を出し、

「リ’シン殿が到着されたようです。後のお二方も追々到着されるかと」

 と、二人に状況を報告した。

「意外と早かったな。リ’シンの奴、ここで何か仕事があったのではなかったのか?」

「ああ、それでしたら多分、アレウス殿がこちらに到着した事で話し合いが無くなった筈ですな。ですから、その報告にだけ顔を出したと云った処でしょう」

「何の話し合いだったのだ?」

 自分が来た事で話し合い自体が消えたと言う話を聞き、流石のアレウスも首を傾げた。

「アレウス殿とリ’シン殿が絡む話は然う多くないか、と」

 流石に呼ばれてもいない会議の内容はダイオも知り得るはずもなく、これまでに見聞きしていたことから推測できる事柄をぼやかして挙げた。ダイオもこの街の情報ならばそれなりに集めているから近い答えは出せるであろうが、この種の情報は少しのずれが大きな間違いを生み出しかねない以上、ある種の責任回避に走らざるを得なかった。逆に、問題なく答えられることはアレウス相手ならばずばりと答えていただろう。

「……常識に基づいて考えれば、“古の盟約”絡みなのだろうが……本人から聞き出すか」

「我が友の願いと云えど、それは教えられぬな」

 悩み込むアレウスに丁度部屋に入ってきたリ’シンがきっぱりと答えた。

「教えてくれぬのか」

 些か意外そうな顔付きで、アレウスはリ’シンを見た。

「済まぬな。貴公相手であろうと云えぬ話でな。その上、ここに居る者でその話を聞く権利を持つ者が誰も居らぬ。流石にそれでは我も話せぬよ」

「まあ、あっしも蚊帳の外でやすからねぇ。アスティアぐらいじゃないんですかねぇ、あっしらの知り合いでその話に入り込めるの」

「会議自体には出ていたわよ? 詳しい事情を教えて貰えていないから居ただけですけど」

 リ’シンに遅れること少し、フリントとアスティアも続いて部屋に入ってくる。

「揃ったか」

 アレウスは全員を見渡してから静かに呟いた。

「ええ。アレウスがあと二日ぐらい早めに教えてくれていれば、リサも呼べたのですけれど」

 空いている席に着きながら、アスティアは残念そうに首を横に振った。

「悪いが、それは“覇者”殿に云ってくれ。俺も今ここに戻る予定はなかったのだし、もっと前から分かっていたのならばちゃんと伝えているわ」

 首を左右に振りながら、アレウスは吐き捨てた。

「そうであろうな。貴兄が行き当たりばったりの行動をしていた記憶が我には無い」

「云われてみれば、アレウスって常に計画通りに動いているよね」

 リ’シンの言を聞いて、レイははたと思い当たった事を呟いた。

「どうにも無点法むてんぽうは嫌いでね。落ち着かないんだよ」

 アレウスは大きく溜息を付く。「いざという時に臨機応変に動くのは良いのだ。相手の動きが読めない時にこちらが得意とするもので勝負を挑むのも良い。だがな、何があるか分かっている状況下で適当に動く事だけは我慢ならん。後々その事による不始末の尻拭いをするのは目に見えているし、絶対その方が最初から計画を立てて万全の準備を整えて動くのに用いた時間以上の損失を蒙る。絶対にだ!」

「……ふむ。要するに、その様な目に遭ったことがある、と?」

 アレウスの力説に、場にいる誰しもが思ったことを代表してリ’シンが問う。

「そんな目にしか遭わなかったのだよ。俺の兄上方は怖ろしい方だったからな」

 渋い表情で身震いしながら、アレウスは思わず首を左右に振った。

「アレウスの兄上ってどんな人なんだろうねえ」

 旅をしている時も良く引き合いに出ていたアレウスの兄について本気で追及するべきかレイは悩む。

「いや、この際兄上の事などどうでも良い。どうでも良いのだ。話が逸れすぎる。頭取、始めよう」

 アレウスは無理矢理話を元に戻し、ダイオを促した。

「それでは、皆様。洋杯グラスをお手に。本日は御足労有難う御座います。我がマティロ商会が今日あるのも皆々様の御陰であります。アレウス殿がこの街に戻ると聞きまして、慌ててこの様な場を用意させて頂きました。私共からの日頃の感謝と思いお納め頂ければ幸いです。乾杯」

「乾杯」

 全員が乾杯の音頭に唱和し、洋杯の中身を飲み干す。

「ふむ、相変わらず良い酒を扱っている」

 呆れた口調でアレウスは笑った。

「本職ではありませぬが、冒険者相手である以上はある程度のものを扱っておらねば信用を失いますからな」

 ダイオは和やかに答えを返す。

 アレウスの台詞が嫌味などではなく値踏みであるとダイオは当然の様に理解していた。

「さて、この街で何が起きていたか聞かせて貰えるのだろうな?」

 全員が揃ったのを再確認してから、徐にアレウスはダイオに問い掛ける。

「それは当然。ですが、先ずは改めて自己紹介をするべきではないでしょうか?」

 ダイオはレイの方をちらりと見てから、やんわりと答えた。

 アレウスもちらりとレイを見て、ダイオの提案の方が正しいと理解し、一つ頷いて見せた。レイが明らかに己の居場所を見出せずにいる状態で更に置いてけぼりにしてしまうほど己の欲求を満たすことを優先する理由がないと判断したのである。

「それでは云いだした私から。当マティロ商会の頭取を務めさせております、ダイオ・マティロと申します。この場には居られないリサ・マックニール様にお引き立て頂き、アレウス殿の徒党と親しく付き合わせて頂いております。以後、お見知り置きを」

 立ち上がって自己紹介した後、ダイオは深々と頭を下げた。

 隣に座っていたフリントがちらりと周りを見てから立ち上がり、

「では、次はあっしが。この街ではフリントと名乗らせて頂いておりますケチな盗賊ですぁ。旦那とは徒党を組んで以来の付き合いとなりやすぁ」

 と、端的に己の立場を説明して退けた。

「アスティアよ。家名は捨てたわ。太陽神の啓示を受け、この街に来ることにしたの。今はタンブーロの神殿で最高司祭をしているわ」

 フリントの対面に座っていたアスティアも立ち上がって改めて己の名を名乗った。

「リ’シンだ。“碧鱗”の長をしている。ここには盟約絡みで顔を見せる程度故に、出会うことは多くあるまい。友の帰還に居合わせる事が出来て幸いであった」

 レイが立ち上がる素振りを見せたところで機先を制するかの様に立ち上がったリ’シンが先に自己紹介をしてみせる。アレウスと同じく既に誰しもが面識のある為、どう考えても自己紹介をする必要性はないのだが、未だに緊張の面持ちを見せているレイのために敢えて時間を稼いだ様子であった。

「レイです。ジニョール河南岸カペー地方の生まれです。アレウスと一緒に傭兵していました」

 少し間を外したことでレイは落ち着きを取り戻し、余計なことを言わずに自己紹介を終わらせる。一礼した後に、目線でリ’シンに感謝の意を示した。

「で、俺も何か気の利いたことを云った方が良かったのかな?」

 一回り自己紹介が終わった後、アレウスはにやりと笑って見せた。

「そこまで期待してないから」

 肩を竦めながらアスティアも笑う。

「まあ、旦那は狙って面白いことを云う方じゃありやせんからねぇ」

 フリントも即座に相槌を打った。

「行動で示されれば宜しいかと」

 二人の答えを聞いて少しばかり憮然とした表情を見せたアレウスにダイオは取り成すかの様な口調で提案してみせる。

「行動、なあ。潜れ、と?」

 自分がこの街でできる分かりやすい動きを考えるまでもなくアレウスは言い当てる。

 面白味はなかったが、それならば誰しもがはっきりと分かる動きであり、間違いなくこの街の者ならば興味を引くことになるだろう。確かに、アレウスが面白いことを言うよりは余程面白いこととなろう。

「流石に現状でそこまでは申しませんとも。ただ、アレウス殿が潜る姿勢を見せれば、それだけで回り回って私どもの儲けになりますれば」

 己の欲望を隠そうともせず、ダイオはさらりと言って退ける。

 この街に縁が深い他の三人が思わず苦笑してしまう様な面の皮の厚さと言えた。

「リサの状態次第かな。まだ浮かび上がってない様ならば、今度は東にでも行ってみようかとは考えている」

「今度は“山の民”とでも話に行ってみるのかね?」

 リ’シンが興味津々とばかりにアレウスの方を見た。

 アーロンジュ江下流域の丘陵部に住まう“山の民”と“江の民”は古より近しい付き合いをしている。ソーンラントがどちらも目の敵にしている現状ではある意味で唯一の同盟相手と言っても良い。

「世界の隅々まで己の目で見る事は俺の目的の一つであるからな。機会さえあれば、“山の民”とも相見あいまみえてみたいものだな」

 彼方に思いを馳せるかの様に迷宮都市より先を見据え、アレウスは杯を傾ける。

「それで、二度目のジニョール河近隣は如何でしたので?」

 尋ねる機会を逸する前に、ダイオはそそくさと己の興味ごとを尋ねてみる。

「随分と落ち着いていたな。“覇者”殿が明らかにジニョール河を越えて何かしようと云う気が既に無かったという事なのだろう。今考えれば、だが。南岸に渡って直ぐに面倒事に巻き込まれたので、さっさと北岸に戻ったが……結局、中原王朝を見て回る余裕はあまりなかったな。ソーンラントの都市を転々としていたと云った処か」

 アレウスは一同を見渡してから、「それで、この街で何が起きていたのかを教えて貰えるのかね?」と、問い掛けた。

「面倒事だ」

 リ’シンは肩を竦めながら一言で切って捨てた。

「平たく云ってしまえばそうなりますなぁ。いやはや、御迷惑をお掛けしておりやす」

 フリントは真面目な顔付きでリ’シンに頭を下げた。

 リ’シンはそれを気にするなとばかりに片手を振った。

「私はアレウスを通して“江の民”の伝承を聞いていたから知っていたのだけれど、今の評議会の議員でそれを知っている者が余りにも少なくて逆に驚いたわね」

 洋杯を掌の上で遊ばせながら、アスティアは肩を竦めて困り果てた顔付きを浮かべる。

 この場に居る者ならば知っている内容なのかも知れないが、評議会参加者以外に話すことを禁じられているためにアスティアは具体的な説明をしたくてもできなかった。

「一代で財を為した私が知っていて、古の昔から伝承が伝わっていそうな老舗の旦那方が知らないなどと云った不思議な状況ですからね。一体何がどうなっているのやら」

 漏れ聞こえてくる情報だけでダイオはある程度正確な状況を把握していた。しているが故に、些かの予断も許されない、切迫した状況であると判断していた。確実なことを知っているものが臨席する以上、そちらに詳しい説明をして貰った方が良いと考えるのも当然である。

「……それは、俺が関係しているのか?」

 完全に関係の無い話ならば、二言三言の簡単な情報であっさり終わらせるだろう。それがこの場に居る誰しもが話せる内容はどこまでかを計りながら様子を見ている以上、アレウスに説明する必要があると誰しもが判断している様に思えた。

「我らにとっては。現状、迷宮都市と呼ばれる島に我ら管理者以外が立ち入っている事を許しているのは“古の都”に関わる盟約が為されていると見なされているからである。即ち、我が友アレウスよ、貴君の存在が大きい」

 リ’シンは何と説明したものか悩んでいる他の者たちを後目に、“江の民”の事情を話し始めた。

「俺が、か?」

「そうだ。この街に集う全ての冒険者が大迷宮に挑むことが許されているのは、貴兄の存在があってこそ、なのだ」

 不思議そうな表情のアレウスに、リ’シンははっきり断言して見せた。

「てっきり、“古の都”目的の俺が一番の問題なのかと思っていたのだがな?」

 少しの迷いもなくそう言い切られ、アレウスは困惑を隠せなかった。

 事実、彼が知る“江の民”たちは“古の都”を目指していると聞いた途端に何時も場の雰囲気が何とも言えないものとなっていた。余程、“古の都”というものが禁忌か何かに引っ掛かっているのだろうと推測していた。

 それが“古の都”に通じる大迷宮の探索自体問題ないと言われれば困惑もしたくなる。

「我らが“試練”を乗り越えていないのならばそうなる。然れど、貴公は“碧鱗”の試練を乗り越えている。なればこそ、貴殿が大迷宮に挑むのならば、他の冒険者達がそのお零れに預かるのも黙認せねばならない」

「まあ、主と従が逆なんですぁ。あっしらが想像していたものとはねぇ」

 フリントは苦笑しながら、「“試練”に勝ち得た者のみが大迷宮に挑む資格を有する。他の者たちはその露払いか、お零れに預かっているだけ。この街に与えられたものでは無く、個人に与えられているもの、らしいんですよねぇ」と、続けた。

「では、俺が来るまでは何で許されていたのだ?」

 アレウスは不思議そうに首を傾げてみせる。

 有史以来大迷宮の探索が止まったことはない。歴代の冒険者の何人かは“江の民”に認めていただろうが、認められていない時期の方が長かったはずである。現に、アレウスがこの街に来るまで試練に打ち勝った冒険者はいなかったと何度も教えられている。そうであるのならば、試練に打ち勝った者がいなかった時期でも何らかの理由で“江の民”が大迷宮に冒険者が挑むことを黙認する理由があるはずだと考えていた。今がその確認をする機会だろうと見越したのだ。

「そこが老舗の方々が勘違いしていた要因でしてね。街に“江の民”が許可を出しているものと勘違いしていたのですよ」

 少し前までアレウスと似た様な知識しかなかったダイオが端的に何が問題だったのかを答える。「要するに、アレウス殿が勝ち得た権利の方が街に与えられている権利よりも下だと認識していたのですな。本当の処は、街が“江の民”より受けた許可の方こそが代用品だったのですがね」

「ここ暫くは我らが試練に打ち勝った者は居なかった。故に、彼の島の使用料を払うことで、大迷宮低層の調査を最低限許していたのだが……いつの間にか大迷宮の所有権が自分たちのものだと勘違いしていた様でな」

「……“江の民”と戦端を開く気だったのかな?」

 流石のアレウスも暫しの間、開いた口が塞がらなかった。

 リ’シンに聞くよりも前から、アレウスは大迷宮のある島が“江の民”の聖地であることを知っていた。だからこそ、古の昔、ソーンラントが制圧しようとした時に当時の冒険者たちと手を取り合って防衛したのである。アレウスはその経緯があって、“江の民”が島の上に冒険者が住み着き、大迷宮に挑むことを黙認する様になったと考えていた。

 しかし、“碧鱗”の試練を超したことにより、その程度で“江の民”が聖地に立ち入ることを許すのかと逆に疑問を持つこととなった。何せ、迷宮で戦ってきた魔物モンスターよりもなお強い多頭蛇ヒドラと戦わされたのだ。それ程までに恐ろしい試練を達成しないと許されないものならば、共に聖地を守った程度で古の昔から今の今まで大迷宮を解放する様な盟約を結ぶものだろうか、と。

 実際のところは、アレウスの試練が“碧鱗”の民からしても想定外だったと知ってしまったことでその疑問も幾分和らいだが、それでも心に引っ掛かるものは残っていた。

 余所者のアレウスですらその疑問にぶち当たるのだから、代々タンブーロに住まう者たちならば、よりそれを感じていると信じていたところにこの様なのだから、アレウスでなくとも呆れてしまうところであろう。

「流石に評議会に連なっている老舗の頭取全てがそうだったわけじゃないのよ? でも、有力な老舗の幾つかが本気で云い出していた時はどうしようかと思ったわ」

 アスティアも苦笑気味に答える。

 実際に試練を受けたアレウスほどではないにしろ、“江の民”の反応やら神殿に伝わる伝承やらを引退後に調べてある程度当たりを付けていたからこそ、おかしな反応をしていた老舗に対して呆れ果てるしかなかったのである。

「御陰で我はここ最近、タンブーロに出張らざるを得なくてな。全く、愚かしき事よ」

 鱗人にしては感情豊かで分かり易い表情を浮かべているとは言え、リ’シンの顔色を見極めるのはそれなりに付き合いのあるアレウスですら難しい。ところが、出会ったばかりのレイですら丸分かりの落胆した顔付きで力なくリ’シンは首を左右に振った。

「何で記録残ってなかったんですかねぇ? うちや、神殿にはちゃんと残っていやしたんですがねぇ?」

 フリントとしては情報を生業なりわいとする側面も有す盗賊であるからこそ、やはり情報を重んじる商人がこの様なお粗末な有様を示したことにどうにも納得がいかなかった。

「ここ数百年程度の老舗ならば分かるのだけれどね。タンブーロ開闢以来の老舗が主導していたのよね。本当にどうしたものかと困り果てたわ」

 アスティアとて同じ気持ちである。本当に何も知らない者たちならば兎も角、“江の民”にこの街が頼り切りなのを知っている評議会の常連が強行に言い立てたことに不審を覚えていた。

「お互いに組織内での発言力が地位に見合ってないですからねぇ。いやはや、本当にリ’シンの旦那には御迷惑掛けっぱなしで申し分けないですぁ」

 フリントも頭を掻きながら恐縮する。

 防諜の観点からこれほどまでの騒動になる前に盗賊組合がしかるべき措置を打つべきだったのだ。それがこの様なのだから、遊んでいたのかと罵られても致し方のない状況である。冒険者関連担当の幹部とは言え、責任が全くないとは言えない以上、フリントが肩身が狭く感じるのも致し方のないことであった。

「構わん。これも我の仕事故に。然るに、我が知り得る限り、斯様な事はそうそう起きるものでは無いと思うのだが?」

「そうでしょうね。少しでも頭が働けば、その様な真似をすればこの街の自治が失われると気が付くはずですからね」

 やはり困惑の中にあるリ’シンの問い掛けに、ダイオは肩を竦めて嗤ってみせる。

 明らかに何かを知った上で嗤っている、その様な雰囲気を漂わせていた。

「“江の民”の協力がなくなれば、ソーンラントに制圧されることが目に見えているからな。……すると、頭取の推測だと、それが必要にならない連中が阿呆を抜かしていた、と?」

 底冷えする様な冷え切った声色でアレウスはダイオに確認を取る。

 基本アレウスは迷宮都市で冒険者をしていたとしても余所者である。大迷宮に挑めなくなったのならば、ここ数年傭兵として働いていた様に余所に移るだけである。

 それでも、彼はこの街を好んでいた。自由闊達な気風はアレウスにとって実に心地よいものであった。

 そして、それは明らかにどこにも属していないからこその風潮であった。

 だからこそ、自らそれを放棄する様な真似をする者には強い憤りを覚えた。

「推測に過ぎませんがね。ただ、外でも商売の手を広げている商会の一つが今回の騒動の中心ですのでね。怪しみたくもなりますな」

 アレウスを宥めるかの様に、ダイオは笑い飛ばして見せた。

 ダイオとて当然タンブーロの自治を売り飛ばそうとしている者たちに怒りを覚えている。ただ、アレウスとは違い、商人としてそれが大きな利を呼ぶことになるのならば理解は示す。納得できるかどうかは別として、己の利を追わない者を信用しきれないからだ。

 ただし、彼自身の好みは独立独歩であり、それが可能なのに強大な相手に媚びる者を嫌う。

「我の方も幾つかの商会が焦臭いと踏んでいる。流石にソーンラントには入り込めぬ故、ソーンラントに関わる船を全て追い遣ることぐらいしかできぬがな」

「ああ、それで最近江を下る船がなかったのか」

 アレウスは思わぬところで思わぬ答えを拾うこととなって得心するとともに困惑を覚えた。全く関係ないと思っていた事柄が実は縁が深いところと関係していたとあれば何事かと首を捻りたくもなる。

「タンブーロもソーンラント側との連絡船がなければ面倒な事になりますけれど、丁度ソーンラントがオーグロ近郊に軍を展開しておりますもの。“江の民”が過剰反応を起こして江を封鎖することに誰も違和感を覚えませんわ」

「理屈を聞けば納得もいくのだがな……。ん、待てよ? これも主従が逆、なのか?」

 アスティアの説明を聞いてアレウスは何か閃きかけた。

「どういう事ですぁ?」

「タンブーロを乱すことで“江の民”の動きを封じ込める、それに主眼が置かれた策謀ではないのかな? それによって、ソーンラントはオーグロまでの陸路の安全を図れる。上手い事転んで、タンブーロまで手に入れば良し、手に入らなくとも“江の民”の妨害を受けずに東部方面を掌握できるのならばそれはそれで良し。その様な処ではないかな?」

 アレウスは思い付いたことを順序だって組み上げた。何となくそれらしくなったが、実際の処、タンブーロへの工作が主か、オーグロ近郊に攻め上がるのが主なのかまでは判別付かなかった。どちらにしろ、ソーンラントにとって東部を安定させるのが目的だったのならば、どちらが上手く行っても問題なかっただろう。アレウスはそう判断していた。

「我らは上手く踊らされた、と?」

 筋の通った説明だったために、リ’シンは思わず唸り込んだ。

 リ’シンも又、何か不自然なものを覚えていながらも動かざるを得なかったのだ。

 アレウスの説明が正しいと直感的に確信していた。

「結果的には然うだが、ソーンラントが考えていた最良の結果は得られていまい。その上、今のラヒルが落とされたのだ。収支は大赤字であろうよ。今の今になって、相手の動きが杜撰に見える様になったのならば、この絵図面を描いていたものとの連絡が取れなくなっているのやもしれん。まあ、俺の推測に過ぎんが、な」

 アレウスは自分で組み立てた推測を元に、それを今の状況に当て嵌めて見せた。大体の断片がすんなりと欠けている部分に当て嵌まり、何らかの形でソーンラントが工作を仕掛けていたことを心中で確信する。

「筋は通っていやすねぇ。その証拠が幾つか見つかればこの問題は片付きやすねぇ」

 そう言いながら、フリントはこの会合が終わってから直ぐさま動くことを決意する。アレウスの推測が真実であるならば、盗賊組合の失態というものですらない。もっと最悪なものである。挽回するためにも、アレウスの推測が正しいのか間違っているのかを確定できる何かを手に入れなければ組合の面子が立たない。上に立つ者の一人として、これ以上の失態は防がなければならなかった。

「又、老舗が潰れますか。その後始末が面倒なんですがねえ」

 ダイオは思わず天を仰いだ。

 フリントとは違い、ダイオは己の商会に責任を持つだけである。故に、彼は自分のことだけを気にし、それがどうなるかを想定していれば問題ない。

 問題ないのだが、それでも自分の手に余る事態を想定せざるを得ない場合、愚痴の一つや二つは言いたくもなった。

「老舗が潰れることに問題があるのか? ちと意外だな」

 アレウスにしてみれば、いけいけで商会を大きくしてきていたダイオの姿しか知らない。その彼が、同業他社の失敗を嘆くなど今日この日まで想像も付かない話であったのだ。

「いや、こちらの商売の規模を大きくする機会ではあるのですがね。なんやかんや云って、代々続く老舗にはそれ相応の知識と経験の蓄積がありましてね。冒険者と如何に付き合うか、どう要望に応えていくべきか等我ら新参に比べれば伝統に裏打ちされた対処法というものが蓄積されている訳です。その無形の信用が数多くの冒険者を子飼いに出来る訳でしてね」

 そう言いながらダイオは力なく笑う。

 アレウスたちの徒党が現役だった頃は、ダイオ一人で店を切り盛りできた。何せ、アレウスたちと取引するだけで大きな黒字が確約されていたのだから、後は幾つか縁のあった徒党と専属契約を結んでいれば商会としての体裁を保てた。いずれは人を育てて老舗の大手商会の様に徒党の数を増やして儲けを揺るぎないものにしようと企んでいたのだが、アレウスたちの徒党が解散したことでその計画を前倒しにせざるを得なくなった。運が良いのか悪いのか、自分以外に仕事をこなせる人材を育てずとも潰れた老舗の中堅どころを上手いこと拾えたので強引に仕事を回せる様にできたのだが、それまでぼろ儲けしていたことから老舗が潰れてあぶれた徒党を想像以上に押し付けられることとなった。御陰で、ダイオはアレウスが立ち去って以来休むことなく商会の規模を大きくさせられた尻拭いで手一杯なのであった。

 その状況下で、また同じことを押し付けられた場合、自分が倒れて商会も倒れかねないと推測していた。そういう意味でもこれ以上老舗が勝手に自滅していくのは避けたい情勢であった。

「まあ、どこもここも受け入れの限界があるもんですぁ。ここ数年で調子に乗って潰れた老舗からあぶれた冒険者達の受け入れでどこもここも限度を超えた状況でしてねぇ。今、更に冒険者を多く子飼いにしている老舗が潰れたら、一体どうなんてしまうんでしょうなぁ?」

 まるで他人事とばかりにフリントは愉しそうににこにこと笑っていた。

 冒険者絡みの案件は全てフリントの担当であり、潰れた老舗の子飼いの中でも有望な徒党を所属している盗賊を通して密やかにマティロ商会へと送り込んだのは大体この男の行動が原因である。彼自身がマティロ商会に世話になっていたということもあるが、盗賊組合自体が他の有力な商会の力が増すことを嫌っていたと言う内情もあり、本来ダイオが想定していた数よりも多くの徒党が流れ込んだのである。

 盗賊組合が動いて有力商家以外の信用できる商家に流し込んだため、まだ余力のある老舗以外は既に飽和状態であった。

「何ともまあ、どう転んでもタンブーロが混乱するだけなのか。ソーンラントの策は随分と上手く嵌まってしまったものだな」

 呆れ果てた口調でアレウスは思わず感心の言葉を吐いた。

「向こうがそこまで計算していたものか怪しい処ですがね」

 先々のことを考えてダイオは頭を抱えながらも、冷静に状況を判断する。

 確かに、“江の民”をタンブーロに釘付けにすることを目的にしていただろうが、それによって河川の利を全て失ってしまっているのだ。オーグロ周辺に兵を出しているファーロス一門はアーロンジュ江に沿った所領を多く抱えている。態々己の後背を危険に晒してまで実行するかと言えば疑問に思えた。本来はタンブーロが混乱する程度の計画だったのではないのか、ダイオはそう判断した。

「連中の口車に乗ってしまった商会も真面な連中がいくらかは残っているだろう。それを探し出して早めに暖簾分けさせ、どうしようもない連中だけを処断するしかあるまいさ」

 アレウスとしてもソーンラントの介入さえなければどうでも良いことなので、思い付いた現状の対処法を提案するだけにとどめた。

 これ以上深く追求すれば、最悪実家の長兄に伺い立てなければならなくなる、そう直感したのだ。アレウスとしても、そこまで泥沼に嵌まることはお断りであった。

「面倒な事ですなあ」

 アレウスの真意は兎も角、現実的にそれが一番楽な手法と理解したダイオはその工作に如何ほどの力を注がなくては拙いか思い当たり、深々と溜息を付く。

「自分でその面倒事の世話をしたいのならば、此の儘なる様になるまで待てば良いさ」

 他人事とばかりにアレウスは無責任な台詞を宣う。

 最初からアレウスはダイオがそれを選ぶわけがないと思っている。

 むしろ、選ぶ様な男ならば付き合いを続けてはいない。それ程にアレウスはダイオのことを信用していた。それ故の軽口である。

「先々のことを考えれば、遣れる事は遣っておいた方が得策ですな」

 思い浮かんだ最悪の未来を避ける為、ダイオは覚悟を決める。

「面倒事が張り合いになるなら、放置がお奨めだぞ?」

 なおもからかいの言葉を投げかけてくるアレウスに、

「張り合いにはなりますが、他の愉しそうな面倒事を放棄したくありませんので」

 と、ダイオは笑顔できっぱり断言して見せた。

「左様か。ならば、俺はどうしたものかな」

 聞きたい事はあらまし聞けたので、アレウスは少し考え込む。「まあ、全てはリサに会ってからかな」

「あら、連絡していないの?」

 不思議そうな顔付きでアスティアはアレウスを見る。「貴方のことだから、全て準備万端だと思っていたのだけれど?」

「ラヒルを命辛々からがら脱出し、バラーで軟禁を喰らい、空けて直ぐに江を下ってきたのだぞ? 一応は文を出しては居るが、俺より早く到着するとは思えないのだが?」

「この御時世ですしねぇ」

 アレウスの台詞を聞いてフリントは相槌を打った。

 陸路で送られるとしても無事到着するとは限らないし、江は基本的に“江の民”によって封鎖されている。アレウスがよく使う傭兵組合の伝手を使ったとしても、都合良くそちらに向かう隊商や傭兵団がいるかとなれば運次第である。付け加えれば、今回アレウスはどう考えてもバラーからタンブーロまで考えられる中でも最短の道筋で到着していた。どう考えても、アレウスの乗っていた船よりも先に到着できるわけがない。

「むしろ、何で生き残っているのか不思議な話だな」

 多分真顔と思われる顔付きで、リ’シンはぽつりと感想を述べた。

「応。こっちも多頭蛇よりは恐ろしく増しだったが、着いて早々に行き成り鶏蛇の群れを相手にする事になるとは思ってもいなかったぞ?」

「不思議な事もあったものだな」

 アレウスの抗議に、リ’シンは珍しくすっ惚けて見せた。

 他の部族のことに口出しするわけにもいかないし、だからと言ってアレウスの抗議を完全に無視するわけにもいかない。故に、聞いているという姿勢だけは見せる必要があった。

「あら、又試練を受けてきたの?」

 物好きね、と続けて呟きながらアスティアはアレウスの方を見た。

「“紅玉”の強者達に船が補足されてな。里まで曳航され、試練を受ける事になった訳だ。まあ、多頭蛇よりは楽であるが、それでも大迷宮以外で鶏蛇を相手にするとは思わなんだよ」

 流石に昔馴染みに話を求められれば余り話したくない様であってもあらまし程度は話さざるを得ない。今回の場合はそれ相応の準備ができた状態での闘いだったのだ。勝って当たり前という状況下での闘いだったのだから自慢にもならないし、そこに至る迄の過程がアレウスとしてはある意味で計算外のところがあったから、大っぴらに人に話すことではないと考えていたのだ。

「よくもまあ、旦那は然う云うモノと縁がありますなぁ」

 感心するやら呆れるやら、フリントは何とも言えない表情で思わず苦笑した。

「別に好き好んでいる訳では無いのだがな、先程のダイオではないが」

 軽く肩を竦めて、アレウスは杯を乾す。

 実際、“紅玉”に出会ったとしても、試練を受ける事になるとは考えてすらいなかった。なまじ、リ’シンと親しく交流していたせいで、“江の民”にとって試練がどれだけ重いかを理解していたことも影響している。話が全ての部族に通っている状況で、再度試練を課そうと思う者が現れるとは想像だにしていなかったのだ。そこら辺のばつが悪く、隠し通していたかったのだ。

 ただ、それを一から説明しない限り、アレウスがそう考えていたと誰も分かるわけがないのだから、現状ではアレウス当人の美学以外になんら問題は生じないのだが。

「私と致しましては、“碧鱗”と“紅玉”の二つの部族がこちら寄りにして頂けたのは有り難いですね」

 アレウスの機嫌の悪さが那辺にあるか想像も付かない故に、ダイオは己の損得でアレウスが成し遂げたことを褒め称えた。

「我ら二部族が南岸を制しているからの。タンブーロの者にとっては有り難かろうて」

 ダイオの言うところを即座に理解したリ’シンもそれに同意を示す。

 アーロンジュ江南岸に勢力を張る主たる“江の民”の部族はリ’シンの率いる他の人類との交流を重んじる──当然、現在のソーンラントの民を除くが──“碧鱗”と他の民との付き合いに対して距離を置く“紅玉”の二つと言えた。他にも小さな部族が幾つか居住しているが、一つの部族でソーンラントと対抗できるほどの勢力はないために、自分たちと考えの近い方に従っている。北岸には鷹派が多いため、江を使っての交易を図るには二つの部族のいずれかの助力が必須である。陸路を使うにしてもソーンラントの意向を無視してとなると、江沿いに住まう“江の民”の助力はやはり必須であり、タンブーロ商人からすれば、二つの部族といかに友好的に付き合うかは死活問題と言えた。

 “江の民”からしてみても、ソーンラントと距離を置きながら取引できる商人の存在はありがたいものだから、自分たちの事情を知って味方してくれる商人ならば友誼を深めたいところなので、ある意味で願ったり叶ったりであった。特に、妙に焦臭い現状ならば猶更である。

「江を使うにしても、陸路を使うにしてもソーンラントの介入を防ぐにはいずれかのお力添えが必要ですからな。どちらも味方して頂けるのならば、これ以上のことはないです」

 リ’シンの持つ懸念を理解しているとばかりに、ダイオは少なくともマティロ商会は“江の民”の側に立つと暗に申し出る。彼としても、“江の民”と変に拗れる事が一番怖かったので、本当にアレウスの成し遂げたことは渡りに船としか言い様がなかった。

「残る問題は阿呆な老舗の始末と、“覇者”殿がソーンラントの地を制した場合、どう対応するか、ですかねぇ?」

 盗賊組合としても、タンブーロが独立している状況が望ましいので残る懸念をフリントは挙げてみせる。

「貴方は良いじゃない。評議会に直接出る事無いから自分の意見を表明しなくて良いのだもの。私は本当にどうしたものかしらねえ」

 お気楽な様子のフリントを羨むかの様にアスティアは大きく溜息を付いた。

「云いたい事云えば良いのでは無いか? お前を頭に据えているという事は、それに纏わる問題事も理解してのことであろう? 好き勝手にやったとして、誰が文句を云うのかね?」

 事情を知るアレウスはけしかけるかの様に背中を押す。

「誰も云わないけれど、私がいやなの」

「成程、それは仕方が無い」

 きっぱりとした拒絶の言葉を受け、アレウスは苦笑した。

 アレウスも実家絡みの事で無責任に見える助言を貰ったら、似た様な反応を返すと自覚していたので深く突っ込める立場ではなかった。故に、曖昧にお茶を濁して会話を終わらせるしかなかった。

「でしたら、代理の方に出席して貰えば良いのでは無いですか? 今回の件に口を出す資格がないと云っておけば配慮して頂けるのでは?」

「私の出身を知っている人少ないのよね。色々と問題が出るから、結局自分で行くしか無いのよ」

 事情を知った上でのダイオの助言もアスティアは拒絶せざるを得なかった。

 親しい相手に訊かれたらちゃんと答えるが、そうでもない相手に自分から自分の事情を話す気はない以上、アスティアとしては明らかに何か事情があると分かる様な行動を取りたくないのだ。

「……柵って奴ぁ、面倒臭いですぁ」

 しみじみとした口調でフリントはぽそりと呟いた。

「一番柵の薄い奴に云われてもな」

 豪快に笑いながら、アレウスは杯を乾す。

 隣に座るレイが阿吽の呼吸で直ぐに酒を杯に注ぐ。

「いえいえ、こう見えても盗賊組合の幹部ですぁ。冒険者時代にはなかったモノがぽんぽんと生えてきもしますぁ」

 心外とばかりにフリントは強く抗議した。

「まあ、お前の場合は冒険者だった頃は全てを無視していただけであろうがな。今は然うも行かぬという事か」

 冗談じみた口調なれど、明らかに目は笑っていなかった。

 まだ徒党を組んでいた頃、回り回ってフリントへの注文がアレウスを通せば通るという噂が流れたことがあったのである。実際、アレウスが世話をすれば、フリントに仕事をさせることも可能であったから嘘ではないのだが、それならば最初から徒党に仕事を出せと言いたくもなる。フリントに面識があろうとなかろうと、アレウスを通している時点でフリント個人に出す理由がなくなっているのだ。自分に全く旨味のない仕事を無駄にやらされて、笑って流すほどアレウスもお人好しではない。当時はフリントの世話になることもあったために縁が深そうな相手のものは取り次いだが、当人が相手をしていなかったのだから今となっては取り次ぐ必要すらなかったのではないかと思わないでもないのだ。

 アレウスの個人的な信条になるのだが、自分が何者かを明かした上で縁を繋いだのならば、責任を持って付き合えと考えていたので今更ながらでも嫌味の一つや二つは言ってやりたいところだったのである。

「ははは、あっしのことはどうでも良いですぁ。それよりも旦那、そろそろ旅の話を聞かせていただけやせんかねぇ。お連れの方も暇を持て余しているようですしねぇ?」

 アレウスの機嫌を即座に察知したフリントは渡りに船とばかりに話題を自分が訊きたいことに変えようとした。

「お気遣い有難う。でも、楽しく聞かせて貰っているから大丈夫。ボク、この街のこと全然知らないから、少しでも情報を仕入れたいんだ」

 拒絶というほどでもないが、笑顔でレイはフリントの提案を蹴った。

 数年ぶりに会う友人と楽しそうに話しているアレウスを見ていて、ここ最近精神的に抑圧されていたのだな、と気が付いたのだ。如何なアレウスと言えど、自分の想定外の事態が重なれば疲弊もしよう。ならば、気晴らしできる時に一気に楽しんで貰うのが一番だと脇で見ていて考えたのだ。

「そりゃ道理ですぁ。ですが、あっしらも外の情報に餓えているんですぁ」

「ならば人の連れを出汁にせず、真っ直ぐ訊きたい事を訊け。別に遠慮する柄でもあるまい」

 苦笑しながら、アレウスはフリントを促す。

 別段、アレウスとしても先程の話題を引き延ばしてねちねちと責めたいわけではないので、訊きたい事があるなら聞いた分ぐらいは答えても良いという気持ちにはなっていたのだ。

「へい。それでは御言葉に甘えて。ぶっちゃけ、“覇者”はソーンラントを制するとお考えでしょうか?」

「それは又思い切った事を聞いてくるな」

 アレウスは再度苦笑し、「西側は落としきるであろうな、何事もなければ、と条件を付けるが」と、真面目な顔付きで答えた。

「西側、ですか?」

 少しばかり不思議そうな顔付きでフリントは問い返す。

 タンブーロからは遠いとは言え、中原王朝で君臨する“覇者”の噂はそれなりに入ってくるのだ。噂通りの人物ならば、今のソーンラントぐらいならば軽く併合しそうだと思っていたため、少しばかり不思議に思えた。

「ああ。流石の“覇者”殿と云えど、ファーロス一門がほぼ勢揃いしている東を落とすには些か駒が足りておるまい」

 杯の中の酒を弄びながら、アレウスは波打つ表面を静かに見詰める。それは迷宮都市に居た頃から酒の場で見せていたアレウスが考えを纏めるために良く取っていた見慣れた仕草であった。

「駒……と、云いますと?」

「流石にな、ハイランドは兎も角、バラーを完全に放置して東には出られまい。帝国にも手当てをして、ジニョール河を国境としているカペー方面のスコントが攻め込んで来ないと想定していても牽制の戦力は必要。ソーンラント東部に兵を起こすには些か将の頭数が現状足るまい。アーロンジュ江北岸との連絡の事も考えれば、バラーを先ずは落としてから、万全の体制で東部を制圧しに来るだろうさ。……普通に考えれば、だが」

 理路整然とアレウスは自分の考えを言う。

 はっきり言ってしまえば、一介の傭兵や冒険者がなせる仕業ではないのだが、アレウスが明らかにその種の教育を受ける様な出自だとこの場にいる誰しもが理解していたので、すんなりとその考えを受け止めた。

「“覇者”は普通では無いとでも云うの?」

 アレウスの含みを持った台詞にアスティアが反応した。

「普通ではあるまいよ。あの時点で“覇者”殿がソーンラントを制圧すると想定していたものがどれほど居ると思う? 俺の兄上ですら想像すらしていなかったと思うがね。ギョーム程の大都市を捨てて迄北上する思い切りの良さを持っていると分かっていたのは、居るとするならば留学時代に仲が良かったと云われている“大徳”ぐらい、か?」

 再び杯の波打つ表面に目線を落としながら、アレウスは考えを纏めようとする。

「ギョームにそれ程の価値があるので?」

 情報通とは言え、北の生まれであるフリントには南の土地勘など無かった。故に、ギョームが大都市であることは理解できても、その戦略的価値までは理解できない。

 例え、南で生まれたとしても、戦略眼の素養がなければ理解できない事柄だが、フリントはそこら辺の最低限を今は抑えていた。そうでもなければ、盗賊組合で幹部など務めることはできない。

「あそこを抑えていればカペーに楔を打ち込んだままで居られるからな。逆に、あそこを抑えられると、カペーをほぼ捨てる事になる。ジニョール河を渡河して落とすのは至難の業だからな。逆を云うと、カペーを制した勢力がジニョール河を渡河してカカナンに侵略する事も難しいのだから、守りという面で見れば膠着状態に持ち込める。不可侵の密約でも結べればジニョール河に兵を張り付かせる必要もなくなるから、他を攻める余裕ができるという寸法だ。まあ、実際の処はどうだか知らないがね」

 脳内に南の地図を思い浮かべながら、アレウスはすらすらと答える。

 ジニョール河南岸のカペー地方も北岸のカカナン地方もアレウスはそれなりに歩いている。どこが攻め取りやすく、どこが守りやすいかを考えれば、“覇者”が思い切った一手を打ったことを嫌と言うほど思い知っていた。

「旦那の予想では、“覇者”はタンブーロまでは来ない、と?」

 フリントにとっては重要な情報であったので直截な表現で確認を取る。

「調略は仕掛けてくると思うぞ? ファーロスの後背を突きたいだろうからな。はい、そうですね、良いお友達になりたいですね、位の返事を返していれば問題あるまい。当然、ファーロスの側にも同じ返事をするべきだが」

 平然とした顔で、アレウスは蝙蝠外交を推奨する。

「ソーンラントではなく?」

 蝙蝠外交の相手が“覇者”とファーロスという事に疑問を覚え、アスティアはアレウスに聞き返した。

 蝙蝠外交自体はどうせ八方美人な態度を昔から取っているタンブーロでは珍しい話ではない。今の発言における最大の問題は、その相手がソーンラントではなかったことだ、とアスティアは考えた。

「確定したわけではないが……ソーンラントの王位継承権を有する王族で生き残っている奴が一人でも居れば話は別、何だがな」

 アレウスは意味深に笑い、「少なくとも、ラヒルに居た連中は良くてヴォーガの方に連行、悪くてその場で斬首、最悪の選択を選んだのならば……ダッハールに轢き殺されているのではないのかね?」と、目だけ真顔の儘アスティアを見た。

「……見逃してくれないかなあ」

 アレウスの読み通りだとすれば、ソーンラントは事実上滅んでいると見て良い。ソーンラントを崩壊させたい“覇者”にしても、最悪の場合は再興させるしかないファーロス一門にしてもソーンラント王族の生き残りを草の根を分けてでも探し出すであろう。妾腹とは言え、実家がそれなりの家門であるアスティアにとってその話は他人事ではなかった。

「見逃してくれないだろうねえ。幸い、東部はファーロスが陣取っているから、そちらに居る旧い王族の誰かを祭り上げるのではないかな、と推測している」

 アスティアの実家がどこか知っているアレウスとしては、彼女が危惧する状況になる可能性が高いと正直に伝えた。

「……気が付かないで貰えないかなあ」

 深々と溜息を付きながら、アスティアは力なく呟いた。

「調べれば気が付くだろうから、調べる様な状況にならない事を祈っている事だな」

 ファーロスが欲しいのは王族の血を引いている良血の子女であり、それらが全て絶滅でもしていない限り妾腹の者では決してない。

 逆に、“覇者”がそれを調べる段になっては、良血だろうが傍流であろうが禍根を断つために全てを調べることであろう。

 故に、アレウスは暗にファーロスが“覇者”を撥ね除ける戦況こそがアスティアの希望にそぐう状況であると推測して見せたのだ。

「ファーロスの頑張りに期待するしかないかあ」

 そのアレウスの意図を即座に理解したアスティアは深々と溜息を付きながら、それが適わぬことであろうと考えていた。

 ソーンラントの内情を知っているからこそ、ファーロスの勝ち目は薄いと踏んだのだ。

「余程の事が無い限り、直ぐに東部の版図を侵蝕される事はあるまいよ。帝国が動かぬ限り、“覇者”殿も大動員を掛けられぬ」

 アスティアの危惧を否定し、アレウスは隣のレイを見る。「帝国に関しては俺より詳しかろう」

「皇帝がどこ迄国を掌握したかによると思うよ」

 レイは端的にそうとだけ言った。

 流石にそれだけでは帝国に疎い三人は何を意味しているのか分からずに顔を見合わせた。

「レイ、お前がソーンラントの事をよく知らない様に、ここら辺の者達は帝国の事をよく分かっておらぬのだ」

 レイの言いたいことを一人だけ理解したアレウスが即座に三人が困惑している理由を端的に説明してみる。

「そうなの? だったら、今の皇帝と先の太師の争い当たりから説明しないと駄目?」

「あー、そうか。確かにそうなるか」

 ぴしゃりと額を右手で叩いてから、「何でリチャード・マルケズが帝国を出奔したのかを説明しないと、“覇者”の動きも説明しきれないのか」と、アレウスは呻いた。

「帝国が“覇者”に何かしたので?」

 南の国々については余り知らないため、フリントは二人が何の会話をしているのか理解できなかった。

 だから、話の脈絡からそうではないかと思ったことを尋ねてみた。

「いや、何も。ただ、帝国の内乱が色々と面倒な事を飛び火させただけだ」

 どう説明したものか悩みながらも、アレウスはフリントの指摘が間違っていることだけ先ずは伝える。

「今の皇帝って幼い時分に即位していてね、彼の父親を後援していた人が太師になって後見していた訳。意外な事に、皇帝と太師自体はそこまで仲悪くなかったんだよね。只、二人の下に付いている連中同士は仲悪くてね。それでも破局には向かわなかったんだけど、皇帝が何時から親政を執るかという話し合いが平行線に終わった時、上の二人は兎も角、下の連中が遂に暴発しちゃってね。国を二つに割る内乱になった訳さ」

 悩むアレウスを後目に、レイは簡単に説明を始めた。

「えっと、普通はどう考えても、皇帝の方に大義があるのよね? 太師の側に付いていた人達は皇帝の位でも太師に奪い取らせるつもりだったの?」

 一応政治絡みの知識もあるアスティアにしてもレイが何を言っているのか分からなかった。

 レイの説明が簡単すぎたせいと言うよりも、レイの説明した通りの状況ならば、宮廷内の政争で終わるだけの話であり、血で血を争う様な内乱に達するほどのことではないと想定したのだ。

「皇帝に付いた人達も帝位簒奪を狙っていると考えたみたいでね。他の誰かを擁立する気かと有力な皇族を調べたらしいんだけど、誰にもその様子がなくて太師自体が帝位にちっとも興味が無かったものだから誤報かと油断した処に襲撃を掛けられて大打撃。その所為で泥沼の内戦に突入したんだけれど……当の太師が何故かその時宮廷で皇帝と最後の折衝に入っていてね。報告を受けて直ぐに事の責任を取って位を返上したの」

「ごめんなさい。頭の悪い私にもよく分かる様に説明して貰えるかしら」

 困惑するアスティアに、

「然う云いたくなるのも分かるがな、事実なんだよ。皇帝派と太師派の内戦であって、皇帝と太師の内戦ではなかったのだよ。そりゃ、皇帝派が太師の事を調べても事の真相は見えてこないと云う事だな」

 と、首を振りながらアレウスは告げた。

「旦那、それじゃ一体太師派何のために反乱を起こしたんですかい?」

 全くと言って良いほど意味の通じない話を聞かされ、フリントは途方に暮れた。

 与えられた仕事をこなそうとしても、必要な情報を理解できる頭がなければ無駄である。

 自分にその才がないのならば組合長ギルドマスターに言って降りれば良いだけなのだが、明らかに才があるなしの問題ではない。何か、大事な前提を自分が分かっていないだけなのだと言うことだけは理解できた。できたからと言って何か解決する訳ではないし、仕事を他人に投げたところでその相手がどうにかできる様にも思えない。

 要するに、フリントは自分自身でこの問題を解決するしかないと分かってしまったが故に困り果てたのだ。

 幸いな事に、自分では解決できない部分をどうにかしてくれそうな人物に心当たり──むしろ、今目の前に居る訳だが──があるからこそ、半分泣きついてみたのだ。

「帝国の内部事情は一筋縄ではいかなくてなあ。帝国が帝国たる所以なんだが」

 やはり困り果てた顔で、何と説明して良いか考え込みながらアレウスはレイを見た。

 アレウスも情報を仕入れて自分で納得するだけのことはできるが、独力でそれを他人に説明するための言葉がないというか、自分が有している感覚を他人に説明できなかった。

 こればかりは、帝国というものが何なのかを常に真正面からぶつかり合ってきた者ではないと体感できないものとしか彼には言い様がなかった。

「んー、元々ジニョール河中流辺りで合流する支流の畔に住んでいた人間が建てた国なんだけれど、近くに住んでいたのが人間以外の人類で、勢力を伸ばしていく内にそれらの勢力を取り込んでいったんだ。で、中原中心部とは違って、人間至上主義なんて生まれも育ちもしなかったものだから、多文化共生の風土が出来上がった訳。御陰で、闇の森オルドス森妖精エルフも部族同士の争いに負けて故郷を追われた南狄オークも受け入れて、他国から見ると何が何だか分からないごった煮状態なんだよね」

 とりあえず、手始めにレイは帝国の成り立ちを簡単に語る。

 帝国の位置する中原の西の端は人間よりも他の人類種が多く住む土地柄であった。ジニョール河湾曲部内側に位置する“闇の森”に住まう森妖精や山岳部に居を構える獣人、南の高原に広がる大草原地帯での覇権争いに敗れて落ち延びてきた南狄など主立ったところだけでも人間と同じぐらいの人口を有する。国内の人口比率が似た様なものならば、どの種族の発言力も等しくなる。

 他の中原国家と異なり、帝国はその第一歩目からして異種族との協調を求められたのである。当然、中原中心部の主体思想である人類至上主義など入り込む余地はない。何せ、人類よりも他の諸種族の方が明らかに力を持っているのだ。高圧的な態度など取れようはずもない。その様な人間が帝国中枢に座ることになったのは、皮肉な事に力がなかったために、交渉や調整を武器として渡り合っていたためである。諸族合議制の議長的立場から王権を確立し、周辺諸国との争いの主導的立場を確かなものとしたのだ。

 故に、当初の帝国は寄り合い所帯の色合いの濃い国家であった。

 それが大きく変わったのは中原より一人の政治家が亡命してきた時である。

 彼は今の帝国の国是となるものを持ち込んだのだ。

 即ち、法、である。

「御陰で、人間至上主義者がそれなりに居る中原王朝とは相容れない仇敵同士となっている訳だな。森妖精伝来の魔法やら、騎乗民族である南狄の騎兵やら中原王朝を圧倒する分野が多く、ヴォーガより西が峡谷由来の隘路でもなければ中原は既に帝国が席捲していただろうさ」

 人類種の中で、人間最大の強みは適応力と数である。その強みを発揮できない状況であるならば、人間は全人種中最弱と言っても良い。帝国と中原王朝の争いは正にそれを体現したものである。

 まだ帝国が帝国ではなかった当時は中原勢力側が帝国側へと攻め込んでいた。寄り合い所帯であった当時の帝国では意思を統一して中原側に攻め込めるほどの余裕がなかったのだ。

 しかし、攻め込まれたならば話は別であり、その度に一致団結して毎回撃退していた。森妖精の魔術や南狄の騎乗戦術に勝ちうる力は中原勢力側にはなかった。

 そして、帝国が法により意思統一ができる様になると、帝国側が中原中央部に侵出しようと侵攻を開始する。当然、一致団結した帝国の戦力相手に人間主体の中原中央部の諸勢力では相手にならず、大きな損害を出した。

 そこで、有名無実となっていたヴォーガの王朝を出汁にして連合し、帝国が国内の問題で撤兵した隙にヴォーガの西の峡谷の出口付近に道を塞ぐ強大な要塞を築き、平野部に入り込めない様にした。

 流石の帝国も狭隘な道を通して攻城兵器を持ち込むのも、森妖精の魔術を用いて城門や城壁を落とす事もできず、正攻法でヴォーガを落とす事が難しい状況となった。これにより、帝国の東進は難しいものとなり、中原王朝側も帝国側出口に同じ様な城塞を築かれたために、侵攻することがほぼ不可能となったために膠着状態となった。

 中原王朝側は人間の強みである数の利を帝国陣営は特化された諸種族による状況に合わせた展開を潰され、お互いに活路を見出すには他の攻め口が必要になったのである。だからといって、互いに完全に無視できる相手でもなく国境では最精鋭が睨み合っているのが常と言えた。

「だから、帝国は東進を止めて、北上することで活路を見出すことにしたんだけど、北進して直ぐにある土地がスクォーレなんだよね。古の昔に大災害が起きたとか、魔王によって人類が追い出されたとか色々云われている曰く付きの土地だったから、帝国もかなり丁寧に調べてから占拠しているんだよね」

 レイはちらりとアレウスを見ながら言葉を選ぶ。

 彼女も広義の中原王朝出身者と言えた。そのため、スクォーレという地が自分を含めた中原王朝関係者やハイランドの支配者層にとって非常に繊細デリケートな問題であると理解していた。

「まあ、ハイランドにとっても、中原王朝にとっても聖地の様な場所だからな。そこに入り込んだ帝国は許されざる大敵として認識される様になった訳だ」

 気を使われたことに感謝しながら、アレウスは一応当たり障りのないことを言った。

 この場にいる者たちは問題ないと理解しているが、フリントやアスティアが自分の所属する組織に報告する義務があると見なし、踏み込んだことは言えなかった。この街が何やかんや言ってソーンラントの影響が濃いことは間違いなく、自分から騒動の元を振りまく訳にもいかない。それが誰も彼もが暗黙の了解として受け止めている話であろうとも、本人が実際に言わなければ確定はしないのだ。

 そして、この話は絶対に確定させてはならないものであった。リ’シンの話を聞いた今ではアレウスの中でそれが更に強まった。決して、迷宮都市に政を持ち込んではならないのだ。少なくとも、アレウスは己の中でそう決意した。

「ハイランド人の旦那が然う云うなら然うなんでしょうな」

 フリントにしてみても、アレウスの正体を探る様な真似はしたくなかった。心情的の意味合いではなく、大迷宮で飯を食っている者の一人として探索ができなくなる危険性のある情報を引き出すべきではないと判断したのだ。現状、タンブーロの評議会絡みで面倒な状況となっているのに、折角穏便に解決しそうな流れを自ら手放す様な莫迦な真似をとる理由がない。それが大迷宮があるからこそ権益を持つ組織の幹部たる者の行動といったものだ。

 ただ、組合の幹部という立場を持っていなかったとしても、個人的な心情で出所不明の噂としてしか扱わなかったであろう。逆を言えば、個人的な心状での行動を迷宮都市を守るという大義名分で正当化できる様になっただけなのかも知れないが。

「御陰で、俺の父親を含め、ソーンラントよりも帝国に対して強い敵愾心を抱いている者は多い。帝国が本気で北上してきたら、血で血を洗う様な嫌な戦になるだろうさ」

 アレウスは然う言ってから、暫し瞑目し、ゆっくりと杯を乾した。

 在り来たりの話ながらも、知らない者にとっては重要な話をそれとなく流す。自分の特定をするには微妙に何かが足りないがそれなりに信憑性がある話、そのぎりぎりの線を読み切り手渡す程度にはフリントを高く買っていた。少なくとも、彼が知るフリントはそうして与えた情報を彼が望む以上の形で利用することができる男であった。

「でも、そうならなかった。幸か不幸か、帝国の皇帝が数代続いて若死にしちゃったんだよね。で、ここで問題になるのは太師と今でも呼ばれている男。ヴォーガ出身の商人で、当時中原王朝に人質として差し出されていた帝国の皇子と知り合ったのが事の発端。その皇子は後ろ盾が居なくてね、余り良い生活をしていなかったんだ。奇貨なり、太師は然う云ったと伝わっているよ」

「その時からその皇子に太師は全てを賭けた。金も出したし、自分の愛人を皇子が見初めた時もその愛人を差し出した。その上で、当時の皇帝の后には子供が居なかったのだが、その皇子に手紙を書かせた。私には母親が居りませぬ、だから貴女様を母親として敬っても宜しいでしょうか、とな」

 アレウスはレイが注いでくれた酒を弄びながら、「当然、太師の入れ知恵よ。その手紙を持ち込んだのも太師だし、手紙と一緒に膨大な進物も献上した。これに皇后はころりと参ってな。太師に皇子の人柄を聞き、自分の手の者に調べさせた上で己の猶子にした。皇子の方も喜んでな。日を空けずにこの義理の母親に手紙を送る様になった。何せ、今まで見向きもされなかったのに、自分の生みの母よりも格の高い女性が子供として認めてくれたのだ。味方の居ない敵地に置かれた身としては、何よりも嬉しく、そして心強かっただろうさ。打算もあっただろうが、俺が聞き及んだところでは本気で感謝していた様でな。後に国に帰る事が出来た時は、正しく実の母親の様に敬ったそうな。皇位を狙って肉親同士でも相争う帝室の中では皮肉な事に、誰よりも親子らしい親子だったそうだよ?」と、静かに語った。

 いつの世でも親族問題が面倒なのは変わらない。

 権力を持った家ならば猶更で、当主の外戚が大きな顔をしだして一門衆と相争う、むしろ当主との仲が険悪になって親子関係が険悪になるなど日常茶飯事と言えた。

 帝国の帝室はその典型例であり、親が肩入れした息子と同母の兄弟が相争った結果、親子関係が冷え切るのはましな方で、親の影響力を消し去るために宮廷奥深くに押し込めたり、自分の言うことを聞かなくなった息子や娘を毒殺する后まで現れる始末であった。それだけ帝室の権威と権力が大きく、それを己のものにするために手段を選ばぬ者が陰惨な事件を巻き起こすのであった。

「では、その皇帝と太師が争ったので?」

 フリントとてそこまで帝室に詳しくなくとも、他の王族やら貴族の醜聞をそれなりに耳にしている。その様な知識から類推されることとして、先に聞いた派閥の争いから在り来たりの推測を立ててみた。

「違う。その皇子は確かに皇帝になった。なったが、レイが云った事を覚えているか? 数代にわたって若死にした、と。そして、皇帝派と太師派の争いは後見人である太師が皇帝に何時政の主権を返すか、と云う事を、な。今の話の太師とその皇子が出会った頃には既に件の皇子は成人していた。故に、その男が帝位に就いたのならば別に後見人なぞ要らぬ。今の皇帝はその太師が見つけた皇子の子供でな。更に付け加えれば、太師となった商人の愛人だった女から生まれた男子であった」

 アレウスは肩を竦めながら言った。

 その説明を聞いて、レイとダイオ以外の面々が何かを察した表情を浮かべた。

「皇帝になってから直ぐに死んだからね。他に子供が居なかった上、誰も皇子であった頃に何の世話もしていなかった事が裏目に出て、元商人の愛人しか妾が居なかったんだよ。その上、正室も側室も作らないまま死んでしまったから、宮廷が大混乱」

 明らかに予感した通りの碌でもない結果をレイがさらりと語る。

 周りの反応を見てから、

「まあ、その御陰で近隣国は一息付けたのだがね。何せ、跡継ぎが本当に帝室の血を引いているかどうかすら分からない。だからと云って、他の皇位継承者を選び直すとなると、内戦の畏れがある。そこで、皇子を猶子に迎え入れていた皇太后は賭に出た。まだ諸部族同士の緩い繋がりであった頃から生きている闇の森の巫女に盟約を結んだ者の末裔かどうかの真贋を依頼したのだ」

 と、アレウスは和やかに語って見せた。

「え、一寸待ってくだせぇ? その巫女って云うのは一体おいくつなんで?」

 フリントは思わず尋ねてみる。

 流石のフリントも闇の森に住まう人類が森妖精だけなことぐらい百も承知である。

 だが、帝国の黎明期から巫女を続けているという人物が、一体どの様な存在であるのか、ぴんと来なかったのだ。むしろ、人間の寿命という尺度を持っているがために、巫女という役割を数百年から千年以上も続けるということに頭が付いてこなかった。

「……然う云えば、俺も知らないな。レイは知っているか?」

「んー、噂が確かならば、闇の森に森妖精が移ってきた時には既に居たという話だけど……一体幾つなんだろうね?」

 フリントの素朴な疑問にアレウスとレイは互いに顔を見て、首を傾げる。

 森妖精は長寿なものという固定観念から、そのことについてはちっとも考慮していなかったのだ。

 しかし、言われてみれば、巫女が如何なる存在なのか気になるところであった。

「んー、私の記憶が確かなら、有史以前よね、闇の森に森妖精が住み着いたの。少なくとも二千才を越しているわよね?」

 歴史の知識ならば二人に負けず劣らずのアスティアも軽く計算してから首を傾げた。

 闇の森の巫女はそれなりに知られた存在である。少なくとも、帝国やそれと相対する国々で闇の森の森妖精を知らない者は少ない。その精神的支柱と目されている巫女の存在は闇の森に住まう森妖精のことを調べれば直ぐに突き当たる問題である。

 故に、アスティアも生家の絡みで森妖精に関してある程度の前知識があったし、迷宮都市にも闇の森出身の知り合いが幾人かいた。流石に不躾な質問はしたことはないが、それでも部族の成り立ちやら、森妖精の慣わしやらを聞いた事はあり、彼女の感じたままで言えば、所謂闇の森の巫女は役割と言うよりは単一個人の称号の様に聞こえていた。

 その時は深く考えはしなかったのだが、言われてみれば違和感を感じなくもない。次に機会があれば知り合いに聞いてみるかとアスティアは心に留め置いた。

「巫女が代替わりしているのではないのか?」

「いや、森妖精だからなあ」

「森妖精だものねえ。場合に寄ったら、最初に移ってきた世代が不死の世代だった可能性もあるからね」

 リ’シンの素直な問い掛けに、アレウスとレイは互いに顔を見合って疑念を口にした。

 一般に森妖精とは最古の人類種族とも言われている。有史以前の旧い伝承にも森妖精の姿を見る事はできても、他の種族は影も形も見えないという話が多い。強いて言えば、死の神オルクスに捕らえられ、呪いをかけられた事で森妖精から変質してしまったと言われている南狄ぐらいだが、この伝承が真実ならば南狄もまた森妖精の一種であるから古くから存在する事自体はおかしな話ではなくなる。

 そして、森妖精に纏わる伝承の大半は“世界樹”に関わるものが多い。むしろ、一部の森妖精の口伝を信じるならば、“世界樹”の眷属が森妖精であり、その世話をするために生まれ出でた者とされている。

 従って、一部の学者は森妖精が移住した森には世界樹に纏わる何かが存在すると仮説を立てている者もいる。

 何よりも森妖精で有名な話は不老な上、長寿である事だろう。原初の森妖精は長寿どころか、不死ですらあったとも伝えられる。少なくとも、最古の歴史書に登場するとある森妖精が今でも元気に活動している点から不死でないにしても、人間から見れば限りなく不死に近く見えるだけの寿命を有していることは間違いない。

「それで、現皇帝は帝室の血を引いていたのか?」

 話が逸れそうになっているのを見て、リ’シンは慌てて元の話へと引き戻す。自分で茶々を入れておいて何なのだが、彼にとって巫女の問題よりも帝国の方が問題としての比重が重かった。

「引いていた。どの様な形で調べたのかは分からないが、森妖精と帝室の先祖が結んだ古の盟約が今の皇帝にも連なっていると巫女が保証した事で誰もがその血を疑う事をしなくなった」

 アレウスもあっさりとそれに乗る。ここに居る面子では結論の出ない話で盛り上がるよりも、残念ながら優先せざるを得ない話があった。

「それで、纏まったので?」

「一度旗頭が決まれば、後は法によって全ての種族が平等に扱われる。ある意味で帝国最大の強みだな」

 アレウスは素直に帝国を賞賛した。

 実際、他国で似た様なことが起きた場合、最悪軍のぶつかり合いを経てようやく何とかなれば良いかな、ぐらいの問題である。行くところまで行ってしまった場合、ぶつからずに済むなど滅多にないのだ。

 だが、帝国は違ったのだ。

 一触即発の雰囲気は消え去り、新皇帝の下で一つに纏まった。流石に皇帝が幼かったために政治は太師が後見することにはなったが、皇帝に不満を持つ者は誰一人たりとも出なかった。

 だからと言って、新しくできた政体に誰もが不満を持たなかったわけではない。帝国の者からすればどこの馬の骨とも分からない人間に新皇帝の後見人の座を与えることとなったのだ。それまで権力を握っていた帝国人からすれば業腹と言えた。直接その人事を定めた皇太后に不満をぶつける者が出たほどである。

 ただ、ある意味で不満を太師に持っていかせるために、他国出身者を前皇帝の後援者だったと言うだけで祭り上げた節もあるから、兎角世の中は一筋縄ではいかなかった。

 故に、最大の誤算は、その太師が物の僅かな期間で国内最大派閥を作り出すぐらい恐ろしく有能であったということになるのであろう。

「でも、今回の問題の根っこは誰でも出世できるという辺りにない?」

「……難しいところだな。中原王朝は商人を卑しい者として扱っている。志や能力のある者が王朝に嫌気をさして帝国に移る事が問題だというならば、そうなのだろうが、な」

 レイの指摘にアレウスは何とも言えない顔付きで答えた。同意するには短絡的な考えであるし、否定するにも元の環境で太師が位人臣を極められたかと言えば絶対に不可能だと分かっていたからである。

 アレウス個人の考えで言えば、帝国の問題と言うよりも、中原王朝に蔓延る思想の問題であった。

 しかしながら、帝国が貪欲に他国で用いられなかった才を求める姿勢を示していなければ、違う結末になった事自体までは否定する気もなかった。

「あー、やはり南では商人が蔑まされる環境ですか」

 妙に悟った顔付きでダイオは納得する。

 ダイオ自身は北の生まれであり、南のことは話で聞いたことぐらいしか知らない。

 故に、彼は人間至上主義者たちが商人を軽く扱う事に関して噂でしか知らなかった。

 そして、アレウスとレイの反応から、それが真実であると実感できた。

「連中の根幹は古の人間は凄い、人間はものを創り出せるから偉大、だからな。蛮族はそれらができないから蛮族なのだと云った感じなものだから、人が作った物を売って儲ける商人の扱いは酷いものよ。自分では何も作り出していないから人間として欠陥品であると云った具合だからな。気概のある商人が他国に走るのも致し方のないことであろうよ」

 如何にもつまらなそうにアレウスは答える。「それを誰もが遣れる事ではないし、誰もが遣る事ではない。しかし、誰も遣らなければ人と人の結びつきが無くなるであろう。人と人を信用で結ぶ、商人とはそういうモノだと俺は思うのだがな。まあ、人間至上主義者はそう思わないから、気持ちよく取引できる土地に商人が流れるのは止められまいよ」

「それでは、件の太師もその中の一人と云うことになるのですか?」

 同じ商人としてダイオはそこに興味を持った。

 一度この世に生を受け、自分の能力全てを発揮できない場に居るより、自分の全てを懸けられる場に移る。自分ならばきっとそれを選んだだろう。当世随一と言われる商人が何を望んだのか、ダイオはそれが知りたかった。

「どうだろうな」

 杯の中の酒を眺めながら、アレウスは言葉を選ぶ。「あの男ならばきっと中原王朝に残っていても才覚を現しただろうな。商人を莫迦にする風潮に対して心で舌を出しながら、阿呆みたいに高い税を支払っても尚誰もが届かぬだけの財を為し、貴人達がこぞって頭を下げて金を借りに来ていただろうさ。それこそ、この場合は巡り合わせだろうよ」

「奇貨を拾った、ね」

 アレウスの推論にレイは相槌を打つ。

「太師と現皇帝の意見のずれって何だったのかしら? 今までの話を聞いていても、そこが見えてこないわ」

 首を傾げながらアスティアは問う。

 どちらもどちらを尊重し合っているのならば、余程のことがないかぎりぶつかり合うまで行くとは思えない。そう考えれば、何か余程のことがあったのだ。

「先程も云ったが皇帝親政に切り替える時期に対する見解の相違、だな。太師は皇帝の政に関しての師でもあったので皇帝の方に少しばかりの遠慮があった。一方で太師の方も皇帝の才に気が付き、親政への切り替えを想定よりも早めても問題ないと判断した。只、太師の派閥が主要な重職に就いている以上、それを徐々に皇帝好みに変えていく必要もあった。利権の問題もある。誰も彼もが太師の様に恬澹てんたんとしている訳では無い。まあ、太師の場合は恬澹と云うよりも、何を本業にしても成功を収める自身があってのことだろうが、な」

「すると、太師派が暴走した理由は、自分たちの利権が奪われる恐怖だと?」

 当たり前の結論に落ち着いた話を振り返り、フリントは気が抜けた様な表情を浮かべた。

 深刻と言えば深刻ではあるのだが、良くあることであるならば、大抵の者が対策を練っているのが常と言える。その先の話が余りにも面白味のない顛末を迎えるのが読めたために、フリントとしては気が抜けたのである。

「若しくは、自分たちのやって来たことが相手陣営にばれることを嫌ったか、だろうな。太師の下で専横を振るっていた南狄の血を引く将軍が相当あくどいことをしていたのは間違いない。まあ、其奴が彼の“人中の”リチャード・マルケズの養父なのだが」

 アレウスは肩を竦めて苦笑する。

「漸く本題まで辿り着いたね」

 長かった、長かったと呟きながら、一つ二つレイは頷く。

「全くだ。帝国軍の太師派は帝国内の新参者が多かった。考えれば当たり前の事でな、係累が無いから出世の手蔓も少ない。既存の勢力には元々子飼いの配下が居る。態々信用できる部下を切って迄何処の馬の骨とも分からぬ者を取り立てる必要が然う云った連中には全く無い。その様な中で新参者が出世を望むのならば、新進気鋭の派閥に入ってのし上がるしか無い訳だな。と云っても、だ。のし上がるだけの実力が無ければその選択も無意味なのだが、幸か不幸か、丁度後ろ盾の居ない南狄由来の集団が居てなあ。いざと云う時に使える力を求めていた太師との利害が一致してしまったのが後々の不幸の始まりとしか云い様が無い」

「自分の意思を無視して勝手に反乱に動いた事?」

 深々と溜息を付いたアレウスの態度に疑問を覚えながら、アスティアは話の発端となった事柄を確認する。アスティアが思うに、ただそれだけでアレウスがこの様な態度を取るとは考えられなかった。何か、自分が見落としているか、アレウスたちがまだ説明していない事柄があるか、どちらかだと判断した。

「まあ、それもあるのだが、他にも、な」

 アレウスは暫し宙を睨んでから、「元々中央の決定を無視する傾向はあったのだが、太師に与する様になってからそれが顕著になってな。その判断に大きな間違いが無かった為に前線指揮官の状況判断による独断として不問にされていた様な男が、これ幸いとばかりに堂々と命令無視を始めては、流石の太師も庇いきれなくてな。苦情が引っ切り無しに入る様になったのさ。あれで能力が無いのならば太師も切れたのだろうが、将軍としてはすこぶる有能でな。有能だからこそ、どこで手を抜けば良いのか見切りが上手かったとも云えるのだが……そこら辺の本性を隠していたのだから気が付いている方がよっぽどとも云えるな」と、渋い表情を浮かべながら説明した。

「どうしてそれで切り捨てられなかったので? どう考えても、身内に飼っておく方が害悪でしょうに?」

 フリントの疑問に、

「アレウスが云った通り有能なんだよ。凄く機を見るに敏ってやつ」

 と、レイが答えた。

「そうなんですかい?」

 フリントとしては、アレウスが高々それだけの理由で不機嫌面を表に出すとは思えなかった。何らかの美学に反する行為をその将軍がなしたものだと思っていただけに、レイの単純明快な答えに納得できないものがあったのだ。

「有名なところだと……太師の政敵に後ろ暗い事専門とした腹心が居たんだけれど、日頃からその将軍と仲が悪かったんだよね。で、太師にとっても凄く邪魔になってきた頃合いを見計らって派手に人前で遣り合ったんだよ。当然、誰もが何時もの事と思って怪しまなかった。で、遣り合ってから数日後、その腹心は片腕として可愛がっていた配下に刺されて死亡。その配下は将軍の下に逃げ込み、日頃から何かと強く当たられていたのでその日口論となった勢いで揉み合いとなり、ふとした拍子で刺し殺してしまった。助けて欲しいと逃げ込んできたんだよね。ちなみに、この逃げ込んできた男が噂のリチャード・マルケズ」

 レイは最後の最後にある種の爆弾発言をした。

 アレウスの機嫌が悪くもなる名前をさらりと挙げたのである。

「将軍は直ぐさま太師に報告し、自分の責任下で使うからなにとぞ助命の口添えを願えないかと頼み込んだ。これほどの勇士を可惜あたら無駄に殺すには惜しい、とな。当然、太師はその一連の話が将軍の描いた絵図面通りの策謀だったと見抜いていただろうがね、云う事も尤もだったし、自分の陣営に“人中の”リチャード・マルケズが手に入るというなら安い買い物だと判断してそれなりに無理を押し通して助けた訳だ。何せ、自分の政敵の力を削り取った上、自分の陣営に古今無双の勇士が入るのだからな。斯くして太師は自分の勢力を寄り富ませる事に成功した」

 アレウスの方と言えば、何事もなかったかの様に話を継ぐ。

 リチャード・マルケズの名を口にした瞬間、幾分引きつった顔となったが、余程目端が利く者でもなければ気が付かなかったであろう。

 只、この場にはその目端が利く者しか居ない訳だが。

「他にも色々と太師の為に働いていたんだよね、その将軍。まあ、実際の処は自分が権力を握る為に太師を利用していたんだろうけど」

 レイはその将軍の最期を思い返しながら、推測を開陳する。

 今もって何故あの内乱が起きたのか、帝国の中でも外でも結論が出ていないが、己の権益と更なる栄達を求めて彼の将軍が欲望のまま動いたという事実だけは間違いない。

 ただ、なぜあの時であったのかだけはどう考えても腑に落ちないのだ。誰から見ても、あの時は動く機会ではなかった。あれほど良くものを見通していた男が動くだけの切っ掛けがどこにあったのか、今もって解けぬ謎なのである。

「政略だけは無く、戦場での駆け引きも目を見張るところが多かった。中央の命令を無視して戦場に向かわなかった事も敵の矢面に立つ事を嫌っていた事もあるが、最も効果的な瞬間に攻撃を仕掛けたいからと云う事もある。あの男は敵の攻勢限界点を見極めるのが本当に上手かった。人は攻撃が防御、どちらかにしか意識を集中し得ない。相手が自軍の状況からこれ以上攻撃できなくなると判断を迫られ、頭にちらつく様になる頃に自慢の南狄騎兵を突っ込ませて二進も三進も行かない様に陥れる。敵将を思考の泥沼に叩き込んだ後、徐に本体を叩き付ける。態勢を整える為に退こうにも退けず、逆撃を加えようにも手札が切れている。そんな相手を蹂躙するのが得意な将なのだ。がっぷり四つで最初から消耗戦を行う事は好みではない。まあ、帝国に与する南狄の人口も考えれば、無駄遣いしたくないという気持ちは分からんでもないが、周りの評価は低くて当然であろうな」

 アレウスはそう言ってから静かに杯を傾ける。

「勝っているのに不評なんですかい?」

 不思議そうにフリントは首を傾げた。

 軍人の仕事が与えられた戦場で勝つ事ならば、効率的に勝つ事を重視するものが評価されないのは些か理解しがたい事柄である。

「そりゃ、真面目に前線を保つ戦いをしている側から見れば、ただ単に美味しいところだけ掻っ攫っている様にしか見えないものね」

 苦笑しながらレイは件の将軍の問題点を指摘する。「只でさえ、然う云う戦場に出まいと命令無視しているのだもの。周りからどういう風に見えるかと云えば?」

「あー、成程。楽している様に見られる、と」

 フリントは合点のいった顔付きとなる。

 獲物を横から掻っ攫ったり、自分でもできる仕事を人に押しつけて自分好みの仕事だけを選んでいれば、反感を買うのは目に見えて分かる事だ。

 実際、似た様な事を大迷宮でやられたら、フリントも激怒したであろう。

 それでも己の流儀を貫くのならば、普段から周りにそれを理解して貰い、迷惑掛ける分他の何かで補填するか、徹頭徹尾無視を決め込んで結果を出し続けて相手を黙らすしかないだろう。どちらが周りから好意的に受け止められるかは自明の理であり、二人の説明から件の将軍がどう言う性格をしていたのか何となくフリントには掴めてきた。

「まあ、実際ある意味で楽をしているだろうさ。只、自軍の損傷を少なく、敵軍の損害を大きくする事が軍の仕事なのだとしたならば、件の将軍は間違いなく名将であろうよ。帝国からしてみても、出ている損害は想定の範囲内、勝利を得た上で敵軍の損耗も高いのならば云う事は無い。現場での軋轢ぐらいが問題なのならば、その後始末をすれば良いだけの事。遣っている事も、帝国内に於ける南狄の権益を守る為と考えれば、上に行けば行く程無視できない要素となる。それに、帝国の切り札足る南狄騎兵を消耗戦で損耗させる訳にも行かないのは事実であるのだからな」

 フリントが情報を飲み込めてきたのを踏まえて、アレウスは帝国における南狄の特殊性を軽く触る。

 南狄とは本来中原の南に位置する高原地帯にある大草原で遊牧を生業としている旧い人族である。少なくとも、森妖精の口伝で森妖精の次に現れたとされる存在で、先にも説明した通り、死の神に呪われた森妖精の成れの果てとされる。森妖精が森と共生する様に、南狄は騎乗する生き物と共生する。南狄も幾つかの種族に別れており、その種族ごとに乗っている獣が違う。

 ただ、一般的には馬に乗っている種族が多いのは間違いなく、中原に乗り出してくる種族の大半は馬に乗っているとされる。

 そして、種族や部族同士の争いに敗れ、中原に流れてくる南狄はそれなりにいるが、彼らを受け入れる国は余りにも少ない。なにせ、敗れたとは言え、南狄は南狄である。我が物顔で中原に乗り込んでは略奪していた連中と仲良くしたいと思う民は少なくて当然なのだ。自分たちの領域に住み着かれまいと命を懸けて追い返す者たちが多いのも致し方のないことなのである。

 逆に、古来から多種族国家として成長してきた帝国は南狄に対しても好意的である。国を構成する民の一つである闇の森の森妖精ですら、積極的に関わろうとはしないが、帝国の民になる事を否定したりはしない。ただ、森を傷付けようとしたものならば、容赦の無い報復をするが、それは別に南狄に限ってのことではないのである意味で平等に扱っているとも言える。

 そして、帝国が亡命してきた南狄のために住まう地を用意するのは当然見返りを期待してである。即ち、圧倒的な戦力として期待できる南狄騎兵──突騎の存在である。

「南狄騎兵というのはそれ程の物なので?」

 アレウスにしろ、レイにしろ、南狄に対する警戒感が異様と言えた。レイの為人ひととなりは分からないから兎も角、アレウスの事は良く知っている。故にフリントは強い疑問を抱いたのだ。

「それ程のものであろうよ。まあ、北部の者には分かりにくいやも知れぬが、ジニョール河南岸の平野部には良く南方の草原地帯に住まう南狄が侵入し略奪して行く。これを防ぐ為に草原地帯と中原の間にある山脈の峰を利用して騎馬避けの壁を作っている訳だ。まあ、それでも侵入されるのだから、連中の機動力には舌を巻くよ。そして、中原諸侯はその機動力に翻弄されている」

 指で空を滅茶苦茶な軌道で掻き乱し、アレウスは静かに笑った。

「用兵の理想だからね。自分が望んだ時に望んだ場所に居るというのは。普通はそれを邪魔する相手が居るから妨げられるのだけれど、情報を手に入れた時点で既に手遅れだから、後手後手に回って遣られたい放題遣られる。中には機先を制して南狄を討つ化け物も居るけど、ボクが知る限り大抵の領主は南狄が現れたら領民を四散させて少しでも被害を減らそうとするよね」

 妙に実感がこもった声色でレイはうんうんと頷きながら南狄の脅威を力説する。

「帝国に逃げ込んだ連中は南狄内の争いに敗れたとは云え、その騎乗能力は他の人類とは隔絶したものだ。帝国が中原から攻め込まれていた頃は、狭い回廊から抜けた中原側の軍を南狄騎兵で思う存分攪乱してから主力の軍勢で叩きのめすという戦術で守り抜いていたのだし、中原に攻め込んでは南狄騎兵で攪乱している隙に主軍を中原に迎え入れる戦法が毎回の様に成功していた事を考えれば、余程の戦上手の中でも一握りの者だけが対応出来る軍略を練り上げられる、その様な存在よ。まあ、南部では、と条件が付くがな」

 クスクスと笑いながら、「北船南馬の言葉通りよ。アーロンジュ江の畔まで来なくとも、ロット川を越えれば沼沢地帯が増えて馬を扱い難い地勢が続く。足を殺された騎兵ならば、料理は容易かろうて。しかしながら、そうは云うもののこの仮定はある意味で無意味よ。何せ、本場の南狄はジニョール河を渡れまいて。神出鬼没を武器に勢力圏外で有利に戦っているのだ。態々足を止めて船を探す様な真似など出来まいし、帰りも渡らねばならぬ事を考えればジニョール南河畔が北限であろうよ。逆に、帝国の南狄騎兵は勢力を中原まで伸ばせば渡ってくるであろうな。まあ、帝国はジニョール河両岸を押さえているから渡る渡らないも無いのだがな」と、軽く肩を竦めて見せる。

「ヴォーガは北岸だものね。元々闇の森を沿う様に流れているジニョール河本流が支流と合流して東に流れが転じる辺りが発祥の地なんだから、南北両岸に勢力を張っていても何ら不思議は無いんだけれど」

 先程のアレウスの様に空に川の形をなぞりながら、レイは帝国本拠の姿を描く。

「そうだな。その上、闇の森を覆うジニョール河に守られているから、略奪目的の南狄に入り込まれる事も少ない。その御陰で中原中央部と違い、南狄に対する敵愾心は薄いからな。ジニョール河上流方面から逃げ込んでくる者たちへの風当たりも然程強くない。寧ろ、逃げ込んできた南狄の方が法を必死になって守り、少しでも上の身分を得ようとしているからな。農耕を好まず、遊牧か定住するとしても畜産で糧を得るだけでは一族を養いきれない。戦える者が兵となって、積極的に軍で出世しなければ暮らしが維持出来ぬのも関わって居ろうが、帝国で彼らに求められているものがやはり戦力としてだから、否が応でも突騎を差し出すほかに術はない」

「負けて逃れてきたと云っても、全部が全部同じ種族ではないし、自分たちの先祖を追い出した部族が今度は追い出されて逃げ込んでくる事もあるらしいしね。帝国の南狄も一枚岩って訳ではないしね。然う云う意味では、その南狄を纏め切れそうだった将軍は生きていれば厄介な事になっていたんだろうね」

 しみじみとした口調でレイは話を纏めた。

 彼女が知りうるかぎり、帝国内の南狄が一つに纏まったことなど件の将軍が権勢を振るっていた時以外に一回もない。それだけ、部族間同士の溝は深かったのだ。

 付け加えれば、南の高原地帯に根を張っている南狄も歴史上調べてみても完全に一つに纏まったことはない。あったとしても、同じ種族の部族同士を取り纏める単于ぜんう可汗ハンと呼ばれる君主が君臨する程度である。

 それを考えれば、件の将軍は間違いなく英雄と呼ばれてしかるべき者であった。

「まあ、本当になぜ反旗を翻したのは今もって謎だからな。内戦の詳しい話は良いとして、結果は知っての通り皇帝側が内輪揉めを開始した将軍側を打ち破って内乱を終結させた。南狄騎兵の大半はそのまま皇帝に降りいくらかの罰を与えられたがその多くが軍に復帰した。で、なぜか将軍を殺したリチャード・マルケズの一党はその儘逃げ出し、ヴォーガ近郊を突き抜けて南岸に渡りギョームへと入った。その後は、知っての通りカペー動乱の最序盤で討ち死にする訳だが……リチャード・マルケズの逃亡経路にも些か疑問が残って、な」

 アレウスは顎に手を当てながら、「まあ、これは本題では無いので今は良いか。そんな動乱があった所為でな、その後始末に忙しく、帝国は暫く内政問題に掛かりっきりだったのさ。中原王朝の方もギョームの領主が巻き起こしたカペー戦役に関わる事柄で政争が巻き起こり、結果“覇者”殿が掌握した。で、誰もがギョームの救援に向かうと思う中、一気に北上してソーンラントを刈り取りに来たと云うのが今の流れ、か」と、話を締めた。

「南部の争乱の原因は帝国だったってぇことですかい?」

 何故か全ての話が一つに繋がっていることにフリントは首を傾げた。

 ある意味で余りにも話ができすぎていて、誰が作為的に何かしたのではないかと疑いたくなるほどなのだ。

「根っこをほじくればそうなるであろう、な」

 フリントの言いたいことが嫌と言う程分かってしまうアレウスは思わず肩を竦める。「元々争乱が起きる要因事態は大いにあったのだが、それが一気に全部連鎖するなどとは誰もが想像も付かぬ事態であったよ」

「御陰でカペー辺りはギョームを何とかしながら一つに纏まった国を整備するので手一杯のスコントとギョームに嫌がらせの戦力だけを置いて主力を北に連れて行った“覇者”の陣営と何故か手出ししてこない帝国というよく分からない状況に陥っているし。ジニョール河南岸の居心地が悪いんだよね、今」

 故郷の有様を思い返し、レイは深々と溜息を付いた。

「どの勢力も完全に掌握しきっていない所為で何処かしらの残党が賊働きしていたりしてな。傭兵としては商売の種が転がっているが、俺は御免だな。あっちで多少名を揚げた所為か、今でも首を狙われて適わん。流石に百人単位の集団に狙われるのは面白く無い」

 レイの反応に苦笑しながら、アレウスも至極もっともとばかりに頷いてみせる。

「アレは賊と云うより軍の襲撃だものね。その上、本物の南狄も交じっているし、カペーの平穏は遠そうだよね」

 アレウスと出会ったときの出来事を思い起こし、苦々しく顔を顰める。

 流石の南狄でも城壁を抜くだけの戦力を保持したまま中原に乱入してくることはまずない。そこで、守りの薄い村落を略奪して廻るのだ。数百騎単位で目まぐるしく無数にある村落のどれかを襲われれば、それを打ち破れる軍で対応しようともその前にするりと逃げられる。南狄側からしても略奪を成功させるための必勝の型と言えた。

 それが、安全なはずの城壁内で襲撃を受けたのだ。故にレイは大きな衝撃を覚えた。

 だが、その経験があったからこそ、ラヒルでさほど動転せずにすんだことを考えれば、世の中何が吉と出るか分からないものである。

「だから、帝国も北上策を選ぶだろうさ。今のカペーには旨味が無いからな。ジニョール河北岸もヴォーガ迄抜くだけの決定打が無い以上、中原王朝と遣り合う価値は無い。その点、ハイランドを抑えれば、ソーンラント国境となる南北を縦断する山脈の御陰で東に抜ける要害を抑えておくだけで国土を容易に守り切れる訳だからな。どこも本国にちょっかいを掛けてこない保証がある以上、先々の事を考えた行動を取ってくるだろうさ」

 些か憂鬱そうにアレウスは結論を出した。

「結局、ここに影響がありそうなのは“覇者”とファーロスの争いぐらいって事かしらね」

 それを受けて、アスティアは当初の問題の結論を確認する。

「近近の事だけを考えればそうだろうさ。どちらにしろ、中原全土で戦乱の幕が切って落とされた。動乱の時代の始まりよ」

 アレウスは皮肉気に口をもたげながら、杯を乾した。



 翌日、朝一の便でアレウスは迷宮都市へと渡った。

 タンブーロから近く見えるが、実際に行くとなれば水底と流れの関係で相当に遠回りすることとなる。熟練の船頭か“江の民”の案内なくして無事に到着することは望めなかった。

 当然、アレウスはそれを熟知しており、ダイオを通して昨日のうちに渡し船を手配していた。

 寝ぼけ眼ながら初めて見る迷宮都市の町並みに興味津々なレイを連れ立ち、とある冒険者向けの酒場に足を向けた。

「遣ってるかな?」

 流石に朝も早い時間から酒場が開いているとはレイには思えず、迷いなく進むアレウスに後ろから声を掛ける。

「ここは大迷宮探索者の為の街よ。潜っている探索者に昼も夜もない。故に、酒場も一日中開いておるわ」

 かんらからと豪傑笑いを飛ばしながら、アレウスは堂々と酒場の入り口を潜る。

 慌ててレイもそれに続く。

 薄暗く煙る店内を慣れた足取りで歩み、

親爺マスター、リサ知らない?」

 と、勘定台カウンターの奥に居る酒場の親爺に声を掛けた。

「本当に戻ってきておったんかい」

 然程驚いたところを見せずに親爺は背面の棚から一本の酒瓶ボトルを取り出す。「これで良いのかい?」

「まだ残っていたのか」

 本気で驚いた顔付きでアレウスは首を左右に振る。「っくのうにフリント達が飲み干したものかと思っていた」

「そりゃ、お前さんの物を飲み干す莫迦は居らんよ」

 莫迦なことを言うと言った顔付きで親爺はアレウスを見返す。

「別に呑んでも問題なかったのだがなあ。ま、今は良いさ。とりあえず、リサに会うのが先決何でね」

「そうかい。酒場で酒を頼まずに話だけ聞こうとする莫迦をどうしたものか悩むんだがね。お前さんだからなあ」

 親爺は苦笑しながら、酒瓶を元あった場所へと戻す。「昨日、呪符を納品しに来たばかりだから、暫くはここに来ないよ。自宅に居ると思うがね」

「有り難い情報提供感謝する。それと後でリサを連れて飯を食いに来るから、その準備だけは頼むわ」

 懐から心付けの金貨を一枚取りだし、アレウスはさっと勘定台の上に乗せる。

 親爺は何事もなかったかの様に金貨を懐に仕舞うと、

「ああ。いつもの席は常に空いているから、好きな時間に来るんだな」

 と、仕事に戻っていった。

「飯抜きは辛いから、さっさと来るさ。邪魔したな」

 和やかに片手を上げ、アレウスは足早に店を出る。

「目的地はどこか知っているの?」

「まあな。俺達の徒党名義で家を一軒買った後で、それでも荷物が入りきらなかったリサが後から自宅を買ったんだよ。想像付くだろうが、この島で土地を持つと云う事は相当に金をばらまく必要があってな。大迷宮で探索する以上、後衛と云えどそれ相応の装備を持たねばひょんな事で死んでしまう。装備に金をいくら掛けようが掛け過ぎと云う事は無い。そして、掛ければ掛けるほど、整備メンテナンスにも金が掛かる様になる。四層迄潜るとなるとかなりの道具を所有する事となる。宿屋の部屋に入りきらなくなる事もざらでな、取引先の商会の倉庫に預けるにしても只という訳ではない。それをどうにかする為にいずれは徒党名義で物の置き場と宿代節約の為にも家を買う事は良くある。それを個人でとなれば、余程の稼ぎが無ければ不可能という事よ」

 レイの問い掛けに、アレウスは上機嫌でべらべらと長広舌をふるった。

「余程の稼ぎがあった、と?」

 アレウスの収集品コレクションを思い浮かべ、レイはある意味で納得する。

 アレウスの言が確かならば、徒党員の稼ぎは全員等しいものである。少なくとも、アレウスが持っている物と同じぐらいの財産を全員が所有しているはずなのだ。

「俺は迷宮出土の珍しい武器を収集していたが、他の仲間は大抵売り払っていたのでな。他の稼ぎも含めればかなりの額になっていたのは確かよ。まあ、それでも、家を買えるほどではないがな」

 アレウスは笑いながら肩を竦め、邸宅と言っても良い屋敷の前で足を止める。「ここだ」

「……これだけの家をどうやって買ったのさ?」

 流石に、この大きさはレイの想定外であり、一体いくら稼げば変えるのか想像もつかないものであった。

「丁度出物があったのと、リサには冒険以外にも稼ぎがあったのでな。それが上手く噛み合ったという事だ」

「稼ぎ?」

 レイは不思議そうに首を傾げた。

 アレウスの言い方から、彼の収集品と同じぐらいの価値を持つ副業をリサという人物は持っていたことになる。

 流石に、それ程の物をレイは直ぐには思い付かなかったのだ。

「お前は知っているはずだぞ、レイ? 俺が見せたからな」

 その様なレイを見て、アレウスはにやりと笑う。

「あ、呪符の作成!」

 レイはアレウスの反応を見て即座に気が付いた。

 確かに、一国を贖えるぐらいの呪符を作れるのならば、やりようによってはこの程度の邸宅ならばあっさりと買えるのかも知れないと納得した。

「然う云う事だ」

 話が一段落付いたと見て、アレウスは玄関先の敲き金ノッカーを思い切り叩く。

 程無くして、玄関直上の出窓が開き、一人の妙齢の女性が顔を出してきた。

「よう、リサ。只今」

 その佳人にアレウスは爽やかな笑顔を浮かべて声を掛ける。

「──ん。おかえり」

 言葉少なにリサは返事を返し、静かに笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る