第12話

滋賀県は日本一の湖、琵琶湖に街を構えている。何処も水辺に街を建設するのは水源確保の為だ。

しかし、潤伍は此処には長居するつもりはなかった。

というのも、彼は熊谷へ急ぎたい気持ちでいっぱいだった。

気になりだしたら即行動に移したいのが彼の性だ。

大地を旅に連れて行くかどうかは未だに悩みの最中ではあるが、話をしっかりと聞いていなかった事が気がかりで仕方なかった。

捜し物の件もあったが、今はあの2人にもう一度会うことが彼の心を占めている。

琵琶湖と言っても広く、街は長浜市の一画にひっそりと佇んでいるとの事だった。

潤伍は寄り道をせずに正規のルートで街へ向かった。

突然の銃声が前輪を掠める。前につんのめる前にハギを抱えて横に転がって茂みに身を隠す。

久々のお出ましは何人だろうか。

音からしてかなり遠くからの狙撃だろうに、危うくハギに当たりそうだった。

胸の中の毛玉を確認すると、どうやら彼に被害はなさそうだ。

そっと草むらにハギを下ろすと、身を屈めてじっとしている。

猫は大きな音が苦手なのだ。


「ハギ、動くなよ」


潤伍は狙撃箇所の確認をするために、ゆっくりと木立から顔だけ覗かせた。

刹那、その木立に銃弾が撃ち込まれる。


(腕の良いスナイパーが居るのか…厄介だな)


恐らく賊は3人以上で、1人が狙撃で援護して残りで物資を強奪する手口だと思われた。

潤伍は自分の居る場所を確認する。まずはスナイパーを何とかしないと打つ手がない。自転車の後方にはライフルが在った。

もう一度ハギを見てから潤伍は動き出した。

一度木立の右側に姿を見せてから素早く左側から自転車に向かう。

木立を掠めた銃声の後、次弾装填の数秒でライフルの確保に成功した。

潤伍は身を低めに別の木立に身を寄せる。ハギが隠れているはずの場所を見るが、彼の姿を確認する事は出来ない。

言う通りにしていることを願うばかりである。

木立から茂みに転がり込み、葉の隙間からライフルを構えた。弾は8発。

暫くの静寂は相手も潤伍の位置を見失ったせいだ。

道を挟んで反対の荒れた田んぼの跡の更に奥の林から人影が2つ。

潤伍は迷わず引き金を引き絞り、1人の脚を撃ち抜いた。

圧倒的不利な立場から手加減などしていては危うくなる。

相手の人数が分からない以上、威嚇射撃などせずに全力で排除するのが定石だ。

雲が動いて天使のトンネルが一筋降りてくる。

2時方向にキラリと何かが光って銃声が響く。潤伍は光に向けて1発。反応がないのは外した証拠だ。

きっと狙撃手は位置を変えただろう。


(次は外さない…)


潤伍は弾を銃身に装填して引き金に指を掛けた。

再びの沈黙に潤伍は重い漆黒のコートを脱ぐと、枝を使って茂みの外に囮を作った。銃声と共に場所を確認すると間髪入れずに指を引き絞った。

銃声の余韻の中で悲鳴が聞こえてきた。何処に当たったかは定かではないが、反撃不能な何処かに命中したのだろう。

潤伍はライフルは構えたままでゆっくりと茂みから立ち上がると、声を張り上げた。


「こちらに交戦の意思は無い!このまま引くなら良し!でなければ覚悟しろよ‼」


数秒後、男が2人手を挙げて出てきた。賊は4人居たらしい。


「撃つな!引くから怪我人だけ回収させてくれ!」


賊が田んぼで転がってる男を引き摺り姿が見えなくなってから、漸くスコープから瞳を離した。

良識があると言ったら語弊はあるが、戦力半減で撤退を決めてくれた敵に感謝したい気分だった。

自転車の前輪のパンクを確認して、静かに声をかけた。


「ハギ、おいで」


何回か呼ぶと辺りを見回しながらゆっくりと出てきた茶トラは、潤伍を確認しても見を低くしながらソロソロと近づく。

小さな音も聞き逃さないその耳は、前後左右に警戒を続けている。


「ハギ、おいで。もう大丈夫だから」


彼にとっては突然起こった大音量の撃ち合いだ。銃を使ったのは初めてではないが、よく逃げずにじっとしていてくれたと潤伍は安堵の息を吐いた。

ハギは潤伍の傍に来ると、擦り寄るわけではなく横に腰を下ろして、黒いカッパが煩わしそうに顔の毛づくろいを始めた。

休憩がてらハギには煮干しを少し、潤伍もジャーキーを咥えながらパンク修理をすることにした。

勿論、道の真ん中なんて危険は避けて茂みの中の少しのスペースであった。

日陰の作業でも汗が滲んだ。

アレから7度目の秋はもう深かったが、今日は少し暑い。

何とか四季を保ってくれているおかげで、夏以外は人々もある程度は活動が出来る。

ポストマンもさすがに夏の炎天下での配達は出来ず、夜のみの移動になる。

秋とはいえ、本来ならばまだ夜の行動が通例ではあったが、捜し物の為に時間を費やす彼等は、少しでも陽が陰ると移動を繰り返していた。

さわさわとそよぐ秋風が気持ちの良い午後。

黒いカッパの茶トラが何度も位置を確認しながら漸く寝転んだので、潤伍も仮眠を取ることにした。

琵琶湖に着いたのは夜も更けた頃だ。潤伍は受付に手紙を託すと、受取は榛名行きのみを注文した。

岐阜と長野を跨いでいるので、群馬行きの手紙などたった4通のみであったが、1時間程の食事休憩を取るとその脚で引き返す選択をする。

気になりだすと即行動に移したくなるなるのは彼の気性。

ポストマンになると決めてから警備員を離職するまでも1ヶ月とかからなかった。

ただ、途中の休憩所は利用し、緑の蓋のまたたび粉をお願いする事は忘れなかった。

勿論、彼がいくら体力があろうとも、休憩無しでの自転車の旅はとても保たない。ハギの体力やストレスも心配だった。

時には休憩所で、時には空の元で、彼等は自然や賊達と戦いながらそれでも半月で榛名に戻ってきた。

そんなに遠い過去でも無いのに、随分懐かしく感じた。

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