第11話

潤伍は松本市に来ていた。

青木湖という湖の畔に街が1つあるらしいが、長野に入ってから賊の類が見当たらない。

かつての町跡は閑散としていて、それは何処でも変わらなかったが意外な事に此処には犬猫の姿が良く目に付いた。

長野では食料不足が起こらなかったのか軽かったのか。

治安が安定していたため、3日かけて大きな町を捜し尽くしたが、やはり緑の蓋のまたたび粉を捜し出す事は出来ずにいた。

松本にある休憩所と街に捜し物の依頼を残し、潤伍は早々に岐阜へと向かう事にした。

驚いた事に、岐阜では山ではなくそのまま瑞穂市を中心に長良川に沿うように人々は暮らしていた。

休憩所は無く、細長い街は警備員からしたらとても護りにくそうだと思った。

逆に街が平地にある為物資調達は行いやすい。

潤伍はそのまま瑞穂市を拠点として捜し物をすることにした。

途中、ハギの為に魚を求めた小さな店に、膝に真っ白な美猫を乗せた可愛らしいお婆さんが居た。

ハギは去勢手術を行っているので、この白猫がメスだとしても襲うことはない。

縄張り意識も薄いので仲良くなれるかどうかは相手にかかっている。


「そちらさんも連れて着んしゃい」


カッパを脱がせて傍に寄せると、2匹で鼻をヒクヒクさせて挨拶をしていた。

喧嘩の様子はないのでハギを自由にしてやった。


「こちらはハギと言います。そちらは?」

「ミーちゃんって言うんよ」


安直だ、と潤伍は思った。やはりメスだった綺麗な顔をしたミーはハギの匂いをしきりに嗅いでいる。

ハギにも友達が出来たと思ってもいいのだろうか。


「えぇ子じゃねぇ、ハギちゃんは」


猫同士とお婆さんが遊んでる間に潤伍は干し魚を見繕う。

ポストマンの宿泊所は基本自炊だ。魚の他にも必要な物がある。


(これは干し肉?500円って何の肉だ?)

「牛肉じゃよ」

(安っ‼)


潤伍はその値段に驚く。ビーフジャーキーは武甲でも珍しく、結構な高値で取り引きされる。

長良川の上流に大規模な牧場があり、この店はその直営だとお婆さんは説明した。

聞けば、お婆さんの息子がその牧場を運営しているとの事だった。

小さなその店は宿泊所に居たポストマンから聞いた場所だったので、どうやら御用達なのだろうと想像出来る。


「ハギちゃんは何歳になるん?」

「もう8歳になります」

「ミーちゃんはまだ3歳なんよ。私が死んだらどうなるか…」

「……今は誰がいつどうなるか分からない時代ですから…」

「そうじゃねぇ…」


ハギを残して潤伍が死ぬ。潤伍を残してハギが死ぬ。どちらがせめて幸いかと考える。

アレ以前から彼の周りには死が身近に在った。

残された側の辛さが解るからこそ、自分がハギを送った方が良いのだろうと思う。

ハギの苦労している姿を想像すると胸が痛くなった。

しかし、ハギが居なくなる事を想うとやはり胸にチクリと針が刺さるのだった。

潤伍は煮干しを3kgとビーフジャーキーを2000円分購入して店を後にした。

帰り際、お婆さんとミーのセットが、何故か切なさを感じさせた。

今の世は誰が何処でどうなるか分からない。しかし、それは昔から変わらない事だった。

死を身近に考える。当たり前の事を受け入れる事を人々は漸く出来るようになった。

それが良い事なのか潤伍には分からなかったが、自分もいろんな覚悟が必要であることをやっと思い出した。

アレの直後、暴徒化した人々により様々な物が略奪された。

金が幸せの物差しだった時代は終わり、物資食料が最も貴重な物となる。

またたび粉が略奪の対象になったかどうかは分からないが、今の処彼等に収穫は無かった。

現在でも円が通貨として流通しているが、その価値はかつてとは変わった。

物に溢れた時代、金を稼ぐ為の金と、生きる為の金では同じようでいて全く違っていた。

今は実にシンプルだ。

1週間の滞在後、滋賀に向かう前にもう一度ミーの居る店へと顔を出した。

此処のビーフジャーキーは破格な上に美味だったが、それだけではなくもう一度ハギとミーを会わせたかった。

2匹が遊んでる様を眺めながら、潤伍はふと村内老人と大地を思い出していた。

お婆さんがミーを心配した一言が、彼とハギの今後を考えさせた。と同時に村内氏の想いも今更ながらに潤伍に覆いかぶさってきた。

漬物をお茶請けにお婆さんと向き合い、疑問をぶつけてみた。


「不躾ではありますが、ミーを息子さんに預けようとは思わないですか?牧場を営んでいらっしゃるんでしょう」

「いずれはねぇ…それも考えてるけどねぇ…」


自分で言いながらやはり胸が痛んだ。

潤伍にとってハギは夏との子供のように思っている。それはお婆さんも同様だろう。

娘を手放すのは相当辛い決断である。孤独であるが故…。

潤伍もお婆さんも村内も。

やり切れない想いを抱えつつ、今度は5000円分のビーフジャーキーと大量の煮干しを購入して店を後にした。

珍しくハギが鳴く。いつもの鳴き方とは違う甘えたような声が、潤伍の切なさに追い打ちをかけた。


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