第9話

「藤田隊長は居るか?武甲の小幡と伝えてもらえば分かるはずだ」


受付に告げてから数分後、藤田は小走りに潤伍の前に現れた。強面のいかにも屈強な体躯を持つその人は、潤伍を見止めた途端に白い歯を見せた。

事情を説明すると、う〜んと考え出した。


「黒狼に組するとはいえ、女1人に3人で暴行しました」

「証拠は?」


潤伍は小さなレコーダーを差し出す。それは捜し物のついでに電池と共に拾ったモノだった。

藤田は途端に潤伍の腕を掴むと、とんでもない所へと入室する。

そこは警備隊屯所から100m程しか離れていない、同じ敷地内にある中央直轄部の中心人物が居る部屋だった。

つまりこの街のトップだ。

質素で機能的なその部屋には、何処から持ってきたのか豪華なソファだけは立派に鎮座している。

その人は地味なデスクで書類の山に埋もれて仕事をしていた。

挨拶の声で藤田であることを確認していたその人は、顔も上げずに答えた。


「どうしたぁ」

「どうも、お忙しい中すいませんねぇ。ちょっくら会ってもらいたい奴が居ましてね」


そこで初めて正面に面を上げた人物は、とても事務仕事が似合うような細身でもなく、議員という単語が似合うような雰囲気もなく、どちらかと言えば武闘派のようなガッシリした、しかし顔だけは穏やかな印象が強い何とも不思議な男だった。


「武甲に引き抜きたい奴が居たが、ポストマンになっちまったってこの前話したでしょう」

「おぅ、覚えてるぞ。ソイツが?」


潤伍は短く自己紹介をする。


「宜しく。俺は一応榛名を預かってる池川哲夫だ」


名前も雄々しい。


「いろいろ話を聞きたい所だが、本当にスマンな。今は忙しくて」

「今すぐ聞いて欲しい話があるんすよ」


藤田の真剣な表情に、池川はすぐに手を止めた。


「以前からアウト連中の風紀の乱れに苦言を仰っていたでしょう。今回はある件の物証が出ましてね」

「どういう事だ?」


藤田が目で合図するので、潤伍は端的にあらましを説明してからレコーダーを流した。


「これを期にきちんとした法整備を敷いて、犯罪者は裁くべきではありませんか?」


藤田は力強くデスクを大きな両手で叩く。


「雑務に追われてる場合じゃないか…」


この時、何処の街でもしっかりとした法が存在しておらず、街ごとのトップが何となく決定した事がゆるりと実行していることが多く、街の特徴はトップの良識と良心によって決まっていた。

武甲は元議員がトップを張っていたため、割としっかりとした統率系統が成っていたが、それでも独裁感は否めない。


「よし!やはり議会を作ろう!」

「ですね。今迄何となくで終わらせていた事に枠組みを作る。個々を束ねるには頃合いでしょう」

「だな!議会を開いて法律を作り直して裁判を開こう!まずは選挙だな!」


何となく2人の盛り上がりに水を指すようで申し訳なかったが、潤伍は口を挟んだ。


「…すみませんが、黒狼の2人とあのポストマン達は?」

「黒狼の2人は3日後に釈放!3人のポストマンは正式な裁判が出来るまで勾留!小幡君はレコーダーを証拠品として提出するように!」


何とも決断が早く気風の良い人物だろうか。なのに何故書類が山になるのか不思議であったが、潤伍は圧倒されていた。

潤伍自身、ここまでの成果を期待してのレコーダー作戦ではなかったか。

証拠として提出すればおざなりに終わることなく、あの鬼畜達に犯罪者のレッテルを貼ることが出来るなら、彼等には大きな罰を受けるだろうくらいにしか考えてなかったのである。

ポストマン然り、流通担当警備員でも犯罪に手を染める者も少なくない。

特にポストマンは人伝の評判が仕事の有無に関わってくる。

彼等の仕事量に当然影響するのだ。

しかし、まさか街の立法にまで発展するとは。いや、きっとこれは1つの街で収まる話ではないだろう。

池川ならば古い日本政治の因習を引き継ぐこと無く、良い治世が敷けるのではないかと潤伍は思う。

そしてそれは街の良いモデルになるだろう。他の街との連携も取れれば、新たな日本の誕生となるだろうか。

池川を見ていると、明るい未来を想像させられて我知らずに胸が踊っている自分に潤伍は驚いていた。

暫くこんな感情を味わってなかった。


(未来か…)


潤伍は夏を亡くして以来、未来どころか明日さえ考える事を辞めていた。

いつもその場の判断だけで動いていた自分の未来は何処に向かっているのだろうかと思う。

池川は早速案件に取り掛かっていたので、潤伍達は静かに部屋を出た。


「驚きましたよ。いきなり街のトップに会わせるなんて」

「悪かったな。池川さんは俺の大学時代の先輩でな、今迄それなりに今の世を憂いていたんた。俺もな」

「…すごいですね…俺は自分の事で手一杯ですよ」

「なぁ!今夜開けとけよ!お前とは一度酒を酌み交わしたかったんだ」


藤田は強引な誘い方をしたが、潤伍は悪い気はしなかった。そのままの脚で勾留中の黒狼の2人に会いに行った。

3日の勾留は賊にしては破格の待遇だった。事の終着を報告したところ、2人共にポカンと口を開けていた。


「あ、あのよ〜…何か難しい話になってるけど…」

「大きくはあるが難しくはない。今迄泣き寝入りしてきた被害者が加害者を裁く権利を得るんだ。多分、以前の日本に比べて面倒な手続きとかは減って時間もかからなくなると思う」


これはあくまでも池川の印象と潤伍の期待が大きく入っていた事は否めない。

2人は事の大きさについて行けてないようだった。


「とにかく、アイツらは結構な期間勾留される。その後に裁判だ。お前たちは3日後に出れる。個人的にも社会的にも制裁を受けるんだから、黒狼としても充分じゃないか?」

「お、おぅ…多分。でも沖本さんに報告するまではどうなるか分からんぞ」

「解っている。それまでは榛名に居るようにしよう」


どうせ急ぐ旅でもない。勾留されてしまった2人には申し訳なかったが、潤伍には沖本の仕切る黒狼に殺人をさせる気は初めからなかった。

取り敢えず上手く行き過ぎた結果に潤伍は満足していた。

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