第8話

「あんた、猫の為にそのケースとやらを捜してるって?」

「そうだ」

「変わった人だねぇ」

「よく言われる」


正確には、よくわからない奴、という何とも表現し難い言い回しが多かった。

そんな会話の中、潤伍が正規のルート通りに群馬の榛名湖を目指すものだから、本間は疑問に思ったのだろう。


「おい、いいのか?…捜し物は」

「こっちが優先事項だ。女性の証言から4日前に榛名に向かっている。俺は寄り道してたから、恐らく俺より後に武甲を出たチームだとしても、急がないと追いつけなくなる」

「…あんた、頭良さそうだな」

(何でだ?)


本間は大袈裟に感心して潤伍の背中を大きく叩いた。

潤伍は痛くて軽く咽むせた。

彼らは2日はかかる工程を休まずに進み、1日半で榛名湖にある街へと辿り着いた。

温泉の出る湖畔の傍、山林を切り開いて建築された街は妙に賑わっていた。

榛名郵便局へと向かい、受付の今日は祭りだと聞いた。入局手続きを終えた潤伍はすぐさまお付きの2人の元に向かう。


「おい、ツイてるぞ。今日は祭りだそうだ」

「お前!祭りでワクワクしてんじゃねぇぞ!」


この頃になると、上野の口も幾分か回復に向かっていたようで、よく喋るようになっていた。


「ジュゴンよ〜、気持ちは解るが今ははしゃいでる場合じゃねぇよ」

「お前らアホか!そしてジュゴンって言うな!いいか、この1週間で入局した3人組は2つ。1組は4日前に出発してる。時期からして俺達の狙いはまだ街に居ると考えていい。目当ては祭りだろう」

「そうか!祭りに便乗して取っ捕まえられるし、その後は好きに出来るな!」

「やっぱ頭良いな!」


本間のその後の背中への平手を潤伍はかわすことに成功した。本間は着地するはずの手が空を走り遠心力でくるりと回転した後、上野の腫れた頬を強かに叩いた。


「…避けるなよぉ」


潤伍は無視して話を続けた。


「3人組の人相も確認済みだ」


潤伍達は着替えて一般人を装い、浮かれる街へと紛れて行った。


「ねぇ潤君…これ失敗だったね…」

「だなぁ…」


夏と2人で気合を入れて浴衣をも着込んで出向いた花火大会。人混みに揉まれて浴衣は着崩れるし、慣れない下駄で足も痛くて堪らなかった過去を不意に思い出す。


「おいジュゴン、アイツらは?」

(夏との思い出をブチ壊しやがって)

「違う…。本間、今度ジュゴンって呼んだら、そのでっけぇ鼻っ柱を折るからな」

「じゃあ何て呼ぶんだよ。沖本さんはジュゴンで良いって」

(良太の野郎)

「ジュゴン以外だ」


その時だった。入出局の受付で聞いた通りの3人組が目に入る。


「アレだ」


よっしゃ!と飛び出す2人を制する。近くに警備員が居たので暫くの尾行を要求した。


「いいか、殴るのは一発だけにしておけ」

「何でだよ!アイツらは女に酷い仕打ちしといて無銭したんだぞ!」

「あぁ!一発で終わりじゃ黒狼の名折れだ!」

「シッ!落ち着け。一発で終わりにはしない。少し考えがあるんだ」


潤伍は右のポケットを弄った。


「いいか、何をしたか全部吐かせてから殴れよ」

「…何か知らんが…オバッちゃんが言うなら…」

(ちょっと待て)

「…何だオバッちゃんって」


イントネーションが違ったらオバちゃんって聴こえそうだ。


「ジュゴンが嫌なんだろ?だから小幡のオバッちゃん」


普通に小幡と呼ぶ発想はないのかと潤伍は頭を抱える。距離の縮め感が半端無い所が、少し羽鳥を思い出させた。


「とにかく、何をしたかが問題だからな」

「…わかったよ」


2人共に渋々といった様子でなんとか了承した。

最初に3人がに声を掛けたのは潤伍だった。ポストマンとして先輩にアドバイスを求めたらすぐについて来た。


「何しろ数週間前になったばかりだから、いろいろ勝手が分からなくて」

「だろうなぁ、この職は甘くねぇ」


1人が得意気に言う。


「あんた達みたいなベテランなら武勇伝もいっぱいあるんだろ?そうだ、最近あった事とか教えてくれないか?」


3人は酒も入っていて鈍そうに首を捻った。


「最近かぁ?…アレは武勇伝なんてモンじゃあねぇしなぁ」

「何でも教えてくれよ。参考までに」

「そういえばこの前、色町の女をヤッちまったなぁ」

(来た!)

「ヤッたって?」

「いやぁ、一気に3人は相手にデキねぇなんて言いやがるからちょっと脅してやったんだよ」

「…どんな風に?」

「その女はガキが居るらしくってなぁ、知り合いの警備員がガキ専門の奴でって話始めたら泣いて縋って来たんだよ」

「柱に縛り付けて散々遊んでやったなぁ」

(鬼畜か‼)

「最後に金なんて言いやがるから、俺らも言ってやったんだよ」


ゲラゲラと下品な笑い声を上げる。潤伍でさえも拳を握り締めずにはいられなかった。


「…何て?」

「俺達は満足してねぇから払う必要ねぇっ」


言い終える前に上野が殴りかかっていた。


「オバッちゃんもう十分だろ!この野郎が〜‼」


本間もブチ切れている。気持ちは痛いほど分かった。その女の恐怖と苦痛を思えば尚更だ。

しかし、ここらで止めなければ、死なせる訳にはいかない。

潤伍は警備員を呼び、その場を収める事となった。彼以外の5人が逮捕され、事情説明の為に潤伍は警備隊屯所を訪れる。

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