第7話


4日後、結局熊谷ではケースは見つからなかった。手紙を預かっている手前、あんまりのんびりはしてられない。


「おい、お前。止まれ」


本日3回目の登場である。ゴロツキのくせにマメな奴らだ。

潤伍は苛立ち紛れに速攻で威嚇射撃をした。雑魚はこれで大体ビビる。


「おいおい、血の気の多いポストマンだなぁ」


どうやら雑魚ではなかったか、ただのアホかもしれなかった。厳つい顔のゴリラみたいな大男は、ノンビリとした口調だった。


「俺は忙しいんだ」

「まあ、待て。コイツを覚えているな?」


ゴリラの後ろから腰を低めに出できたたのは、本日2回目にボコボコにした奴だった。途端に5人が建物の影から現れた。


(とうとうこういう日が来たか)

「俺たち黒狼こくろうに手ぇ出したんだって、わざわざ教えに来たんだ。少し付き合えや」

(黒狼か)


熊谷を拠点にした割と大きなグループだった。埼玉と群馬を股にかけて手広く闇商売をしている。

賊と言っても物資を横取りするのは主に下っ端で、大元は闇ルートを使い薬物や銃器の取り引きで生計を立てている、言わばアレ以前の小規模暴力団のような存在だった。

ポストマンのルートに熊谷は入っていない。

気をつけていてもやはりこの事態は無理もないと思う。

潤伍は熊谷市内にある住宅展示場の1つ、豪勢な和風住宅の一軒へと連行された。

居間には親分か幹部か、サングラスの奥の瞳は測りかねるが意外と小柄な男が深々とソファに座していた。


「猫を連れたポストマンの噂は聞いていたが、意外と若いな」

「………」

「フン…俺の娘が猫を欲しがっている。安全と引き換えでどうだ?

「彼は家族だ。アンタは自分の安全のために娘を売るのか?」


潤伍にとっては息子も同然になっていたハギは、実際の子供より手が掛からないかもしれなかった。

彼が鳴くときは、トイレか水かご飯か。その微妙なニュアンスさえ掴めば世話に困ることは無い。

しつこく触らなければ噛むこともなく、抱っこも嫌がらない。

ので、今は潤伍の腕の中で会話に耳を傾けている。


「…?…ゴーグルを取ってもらおうか」


それには大人しく従った。さて、これからどう切り抜けたものかと考えていると、小柄な男は深々と腰を落としたソファから飛び上がるように立ち上がると、一言。


「2階に…2人だけで」


サングラスの男は周りの部下達を制して、潤伍を2階の一室へと促す。


(何が起こるんだ)


扉を閉め、背中を見せたまま無防備な男。今襲えば100%成功しそうだ。


「…ジュゴン?」

「……は?」

「お前、ジュゴンだろ!潤伍!小幡潤伍!」


名前どころか、潤伍にとっては思い出したくもないあだ名まで言い当てた男はサングラスを外して向き直る。

その顔を潤伍はしっかりと覚えていた。


「良太…沖本良太か!」

「そうだよ!おい!お前何やってんだよ!全く!」


良太は大喜びしてハギごと潤伍に抱きつくものだから、ハギは苦しそうに鳴いて飛び出した。


「おぉう、悪い。しっかし久しぶりだなぁ!」


潤伍の背中を遠慮なくバンバン叩く。


(痛い!)


途端に階下に向けて叫ぶ。


「おい!茶を2つと猫用のミルクも用意しろ!」


沖本良太は幼馴染みだった。高校まで同じ学校で家も近くで家族ぐるみの付き合いだった。

潤伍は大学に進学して、彼は家業のバイク屋を継いだ。

夏が亡くなってからは音信不通になり、というか潤伍が不通にした。

彼とはそれ以来8年ぶりだった。


「…なんか、お互いに年をとったなぁ」


良太は少し遠い目で静かに呟く。


「アレのお陰で、いろいろ有り過ぎたな」


暫くは今迄の昔話を語り合い、気付けば陽が傾いていた。


「昔のよしみで見逃してもらえないか?殴った彼には謝罪する」


初めに襲ったのは黒狼で、苛立っていたとしても多少やり過ぎたとは潤伍も思っていた。


「言いたい事は解るがなぁ…俺の馴染みだからって見逃したんじゃなぁ」

「ハギはやらないぞ」


暫く腕組みをして考え込む良太。


「いや、猫はいい。一つ別の頼みを聞いてもらおう」

(また嫌な予感)

「俺達は薬はヤラねぇ。色と武器しか扱ってねぇんだが、4日前だ。3人組のポストマンがイチャモン付けて殴った挙げ句、無銭しやがったって女が駆け込んで来たんだ」

「そいつ等を引き渡せと?」

「見つけるだけでいい。後はこっちの流儀だ」

「…分かった。連絡はどう取る?」

「悪いが2人付けるぞ」

「仕方がないな…けど、探し方はこっちの流儀だ」


昔やってたみたいに互いの拳をぶつけ合った。


(2人付けるって…コイツらかよ)


1人は潤伍によってボコボコにされた奴と、もう1人は彼を連れて来たゴリラだ。


「まぁ、知らねぇ仲じゃねぇし、宜しくやってくれ」


潤伍は良太のこういうガサツさが昔から気に入らなかったが、信用はしてたので改めて従うことにした。

まずは小柄の男に向かって頭を下げた。


「…大丈夫か?やり過ぎてすまなかった」


一応謝罪はしたものの、何となくお互いに重い空気が流れる。青アザだらけの男は小さく、上野ッス、と名乗ったきり口を開くことはなかった。

後で分かった事だが、この時の上野は口の中を切っていた為にあまり喋れなかったらしい。

ゴリラは本間と名乗った。奇妙な3チャリの旅が始まってしまった。

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