第5話

10歳前後だろうか、少年と老人が畑を耕していた。少年が潤伍に気付く。


「あ!お爺ちゃん、ポストマンだよ!」

(あれが大地か)


歯を見せて笑う少年と老人のことは聞いていた。


「おや…1人とは珍しい」


深い皺しわが刻まれ、日焼けした顔を撫で付けてしゃがれた声をした70柄見の老人の手を少年が引く。


「あなたが村内松雄さんですね」


その人は、ポストマンや物資運搬の警備員が必ず通る関所のような、宿泊も出来る休憩所の管理人だった。

そこは街側とも賊側とも商売をしており、暗黙の了解としてそこから1km圏内は中立地帯となっていた。


「おじちゃんはどうして1人なの?あれ!これ猫だ‼猫だよね‼」

(おじちゃん…)

「図鑑で見た事あるよ!うわ〜本物だ‼」

(おじちゃんって俺?)

「へ〜。でもちょっと怖い感じだね」

(そうか…今年で30になるもんな…)


潤伍は少なからぬ衝撃を受けていた。


「触ってもイイ?」

「構わないが、少し休んでもいいか?」

「あっ、そうか。コッチだよ!猫もイイよね、お爺ちゃん!」

「…2人か。大地、案内してやりなさい。爺は茶を用意するから」


少年は嬉しそうに潤伍の手を引っ張って木造2階建ての家屋へと案内した。

造りは古いが、余計な物の少ないさっぱりとした居間には低いテーブルとソファが、続きのダイニングにはダイニングテーブルと4脚のイスがあり、大地はソファへと潤伍を案内した。

老人の淹れてくれた緑茶で人心地ついている最中、大地は水を飲んでいるハギを撫でてみたり眺めてみたりと大きな毛玉を堪能していた。


「これ大地、猫も休ませてやらなきゃ」

「そっか!この子もポストマンだもんね!」


彼の興味は潤伍へと移ったのか、隣にちょこんと座るとニカッと笑った。


「ねぇおじちゃん、あの子の名前は?」


まだ猫だった。


「…ハギ」

「ハギ?」

「おはぎみたいな色をしているからだ」

「おはぎって何?」


大地は11歳だと言った。アレが起きたのは7年前。当時3歳の彼が猫やおはぎを知らないのも無理はなかった。


「こんな色した餅だ」

(雑な説明なのは分かってるから、爺さん、そんな目で見ないでくれ)


へ〜、とイマイチ納得出来てない返事で、大地はまたハギの水飲みを眺めに行った。


「明朗なお孫さんですね」


村内老人は眼を細めた。


「お前さんは、何で猫を連れてポストマンに?」


潤伍は面倒に思いながらも、旅の経緯についてざっくりと伝える。


「緑の蓋の?…保証は出来んが、こっちでも捜してみよう」

(言って見るものだな。ここのような休憩所は各所にあるから、頼んでおくに越したことはない)


その時だった。空き缶のぶつかる激しい音が部屋に鳴り響く。

老人はゆっくりと猟銃を持って立ち上がるものだから、潤伍もハンドガンを持って続く。


「お前達はそこに居ろ」


先程までの穏やかさはなく、険しい声が少年と猫を留めた。

此処は中立地帯で、小動物かも知れないのにこの緊張感はどうだろうか。


「近頃じゃなあ、中立って言葉を知らん馬鹿者が増えてる」

(そういう事か)


警戒を強めると、案の定畑に人影を認めた。

老人は猟銃を構えると、潤伍には回り込むように顎先を動かした。

潤伍が姿を消すと、畑に怒号を響かせる。


「出て行け!此処は中立だぞ‼」


後方に回り込むように移動する潤伍は2人組の賊に何かを感じる。


(あれ?あの2人は…)

「知ってるよ!クソジジィとガキだけじゃ食いきれないだろ!腐る前に俺らが片付けてやるよ!……お?」


叫んだ男の後頭部に銃口を突き付ける。


「俺が買った所だ」

「お、お前…猫の!」

(やっぱり2日前の2人組…そしてやっぱりアホだ)

「中立って教えてやるのも面倒だなぁ」


わざと安全装置をゆっくりと外す。


「わ、悪かったよ…もう、しない…」


確か2日前にも同じ台詞を聞いた気がする。これはまたやって来るとふんだ潤伍は腕の2〜3本でも折っておくかと考える。


「郵便屋!骨を2〜3本折っといてやれ‼」

(…過激な爺さんだ)


潤伍が脚を踏み出した途端に、2人組は何やら叫びながら逃げ出していた。


「…少し甘いな」


村内は猟銃を下ろすと、小さく呟いた。

潤伍は安全装置を戻して左腰のホルスターにしまい込みながら、村内へと近づく。


「村内さん、1週間の滞在は可能ですか?」

「構わんが、どうした」

「あの2人組、またやって来るかも知れない。暫く様子見させてもらいたい」


警備員としての癖が抜けないのか、本来はポストマンの仕事ではないのだが潤伍には放っておくことが出来なかった。

村内は近づく潤伍に向き合い、その進行を妨げるように立つ。


「1つ頼みがある」


何となく嫌な予感がしたが、黙って老人を見る。


「孫を…大地を一緒に連れて行ってはくれんか?」

(は?)


その時、玄関のドアからハギを抱えた大地が飛び出して来る。


「またお爺ちゃんそんな事言って!断られるに決まってんだろ!」


表層的に見たら、孫を安全な街に連れて行って欲しいが、当の孫は此処を離れたがらないという所だろうか。


「村内さん、どういう事ですか?」

「おじちゃん気にしないで。最近お爺ちゃん誰にでもすぐに言うんだ」

「誰にでもじゃない、ちゃんと人は選んでるつもりだ。それに、旅はきっと楽しいぞ。お前にはいろんな可能性があるんだ」

「何処かの街に親類が?」


村内は左右に首を振る。いきなり初対面の少年を託されても困ってしまう。


「お解りかと思うが、これは旅行ではない」


老人は苦悶の表情を浮かべている。切羽詰まったような雰囲気は感じるが理由が解らない。


「猫で手一杯だ。その件は他を当たって欲しい」

「人を見る目はあるつもりだ。お前さんが適任だと思った」

「…何を根拠に?」

「勘だ」


1番厄介な回答である。猫が居るだけでも目立つのに、子供まで連れていたら危険は倍増だ。


「可愛い孫には旅をさせろと言うだろう…大地にはいろんな世界を見てもらいたいんだ」

(少し違うだろ)


潤伍はあからさまに迷惑そうに目を細めた。


「…分かった…この話はまたにしよう」

(またあるのか)


潤伍は小さく溜息を吐くと、家屋へと入って行った。


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