第4話

熊谷へ向けて早急に必要だったのは、町の細かい地図だった。通常ルートから外れて移動するには必須だ。

ここまで荒らされる必要があるのかと問いたくたくなるような書店で見つけた地図と暇潰しの本を数冊拝借し、漸く捜し物兼ポストマン生活のスタートだ。


「何だ、テメェは」

(早速か……)

「郵便屋だ」


荒れた町を巡るポストマンはやはり目立つらしい。

半日も自転車を走らせると早々に賊に目を付けられる。


「んなこたぁ分かってる!何でポストマンがこんなトコに居るのか聞いてんだよ!」

「捜し物だ」

「俺らの捜しモンは見つけたぞ」


2人の賊はいやらしい笑みを浮かべて前カゴのハギを指差した。


「イイ具合の肉付きだなぁ」


太っているのは否定できないが、彼は家族である。潤伍は支給されたハンドガンを気だるい面持ちで左腰から抜いた。

正直、雑魚に構ってる暇はない。


「ハハッ!今時そんなモンでビビる奴ぁ居ねぇよ‼こっちは2人だぞ!」


2人が銃を構える前に潤伍は動いていた。

1人の腕を後方に捻り上げて地に押し付け、もう1人が懐から手を出す前に顎先へ銃口を突き付ける。

左の懐に隠し持っていた2丁目のハンドガンを出し、膝を背中に押し付けられて地でジタバタする男の後頭部に銃口を当てる。


「まだやるか?」

「わ、悪かったよ…」

「武甲の街へ入れ。猫なんか狙わなくても、仕事や食料はある」


無駄だと分かってはいても一応誘ってみる。2人は無言で立ち去って行った。

大体ポストマンを襲おうというのが根本から間違っている。街を守る警備員以上に手練が多いのだ。

1人というのが狙いやすいという単純な判断基準になっていたのなら、相当なアホだと潤伍は思った。

彼は自分の力量を知っていた。

線の細い潤伍を心配した両親は何か武道をと、近くの剣道道場の門を叩いたのが小学3年生の時。それから高校生まで腕を磨いた。

そこで培った眼と警備員としての経験が、1人ポストマンへの決意を固めさせた。

余裕を持ちつつも気を抜かず、5km先のホームセンターをも目指した。


予想通りかなり荒らされている。迷わず自転車のままペットコーナーへと向かうが、餌関係は魚や鳥以外はほぼ無い。

ただ、彼らの捜し物は餌ともおやつとも言えない物だった。

有り難いことにハギは何でも食べてくれたので、キャットフードをわざわざ求めなくて済んだ。


「この子ね、面白いんだよ。このケースじゃないと絶対にダメなのね」


夏との会話が思い出される。

何故今まで忘れていたのか、何故今になって思い出したのか……。

家から自転車で10分程の所にホームセンターがあった。田舎には珍しく大きめのそこは、ペットコーナーも充実していた。

本屋とスーパーも隣接していたので、潤伍達の生活を潤す主な場所となっていた。

そこにアレは売っていた。

たまたま夏が手に取り、ハギが気に入ったのは、緑の蓋のまたたび粉だった。

不思議なことに、別のまたたび粉では見向きもしないくせに、それを緑の蓋のケースに入れると喜んで舐めた。

猫に色や形が解るのかと不思議に思っていたが、夏はよくハギに話かけていた。

おいでと言えば傍に来るし、挨拶すれば返事もする。

帰って玄関のドアを開けると必ず待っているし、大嫌いな病院も事前に何回も言い聞かせれば大人しく従った。

よく考えたらとても頭の良い猫で、またたび粉にこだわりを持つのも当然かもしれなかった。

この旅に出る前にも、潤伍は毎日ハギに言った。


「大好きなまたたび粉を捜しに行こう。一緒に行こうな」


そう、彼らの捜し物は緑の蓋のまたたび粉、正確にはそのケースだった。

何故命懸けでそんな物を捜すのか、潤伍にも正直解らなかった。ハギの為か自分の為か……いつの間にか無くしてしまった、形も朧気おぼろげのそれを見つけてハギにプレゼント出来たら喜ぶだろうな、そしたら自分も嬉しいだろうな。

そんな単純な想いに囚われたら、もう止まらなかった。


「…此処にも無いか……」


ハギの頭をひと撫でし、サドルに体重を乗せる。そんな事を繰り返して2日目の夕方、凡そ街の外で見かけない光景が目に入る。



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