すべては読者の為に―創作におけるブランド価値―

 ここで、現在形の「意味している」と書けない理由は、すぐ目の前にある。カクヨムをはじめ、オンライン上の、文章投稿サイトという世界を概観していると、そのような自由が希薄になってきていることを、強く感じるためである。


 こうした世界では、書き手と読み手が限りなく近づいた為か、あたかも説明書の如き ”ほぼ一択の解釈”でよい、分かりやすい内容が、曰く、”創造者責任”として、求められる傾向があるようにみえる。これは、誰もが広義の作家になれる時代に現れた、『読者保護』という視座も提供してくれる、とても興味深い流れである。


 書き手は、事前に自作がどのようなものかを、きちんと提示し、それを見た読者が、その表示を信用、ないし斟酌しんしゃくして、読むことを選択する。食品を買うように、小説を求める時代が、既に始まっているのである。

 

 ”テンプレ” を意識された作品群、“ライトノベル”が、すでに、ひとつのブランドと化していることに異論を唱える人は、もういないだろう。それは言い換えれば、読者の為の分かりやすさ、読者の望んだとおりの内容が提供されることが、その名前において、保証されているからである。


 そして、そのブランドの価値は、作者の見えない筋書きや、奇想天外の底無し状態になりつつある創作の自由に対して、”消費者としての読者”が望むであろう、一個の枠組み=商業作品の ”規格” として働く場面にある。


 あくまで”規格”であるので、それを満たしているのは当然、その上で、面白さを生むための多少の独自性や新規性も、無くてはならない。かくて、常に望ましい水準を保つために競争も激しいとなると、これほど書き手泣かせの市場も、他に無いのではないか。恐ろしいほどの胆力、技量とセンス、加えて運が、ひとえに読者に対する、”クリエイター” 責任として、求められる市場である。

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