“会社人間” →「非正規」= Creative ?
これは、戦後の経済成長を、多くの”会社人間”を生み出すことで達成して来たと自負する国、日本においては、どのように受け止められる事態なのか。
”多様な働き方”が政府によって是とされつつある現在において、一個の企業という囲いに囚われない、自由なる個人の価値を高めよ、というのは、なかなか刺激的な誘惑でもある。なにせ、会社人間であることは、ひとつには終身雇用、定期昇給という安心、またそれが担保する安定した生活と引き換えに、 ”売り渡した”自由を、意味したのではなかったか。
非正規雇用がこれだけ多くなるより以前において、もっぱら批判されたのは、こうした ”鈍重な” 終身雇用制度であった。その際言われたのは、個人の実力が評価されにくいことで、労働意欲の減退を引き起こし、企業発展を損なうだとか、組織内の風通しが悪くなることで、コンプライアンス上の問題が起きやすくなるなど、あらゆることが批判として挙げられた。
現在、2020年に届く距離にあって見渡せば、こうした数十年前の問題は、それなりに、解決されていると言えなくもない。だがどうだろう。貧困世帯の増加、経済格差は大きくなるばかりで、教育の無償化を叫んでも、少子化に歯止めがかからない程、大人たちの ”余裕の無さ” は、深刻である。
個人の働き方改革と、安定した家庭生活の水準維持、向上は、両立しないのか? 人はいったい、”どこで” 生きているのか?
もしそこで、「消費社会」という答えしか返ってこないのなら、この方向性の見通しは悪い。この著者たちの言う通り、反逆の精神が育むところの自由の精神が、あらゆるものを創造性の贄として分解、金銭価値に換えてしまえる ”壊し屋” であるのなら、私たちはもう、真っ向から批判するものが存在しないところまで、到達してしまうのではないか。
しかしそんな社会が、期待された幸福な社会であるかは、誰も知らないのだ。なにせ、展望なき変化こそ、反逆の精神の真骨頂である。
望む社会の形と言うものが一つ、定まっていて、そのために行われる 計画的な営みを以て、資本主義社会を生きるのは、既に難しいのかもしれない。
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