第21話 エルフ娘と巫女と朝を迎えたわけで

 それにしてもよく眠ったものだ。いつぐらいぶりか。と、思いつつも、そうでもないことに気付く。@はくかり、と欠伸。


 居心地が善いので、もう一眠りしようか考える。


 しかし耳元では、ぬーぬーとうめき声が。目を開ければ、真正面。フィアットがうなされている。どうやら、お決まりのごとくフィアットの胸の上で寝ていたらしい。


「あら、もうお目覚めになられますか?」


 傍にはヒタチが姿勢正しく座っている。


「おや、えーと……」


 どうでもいい逡巡の後、フィアットから下りることにする。ぬーぬー煩いし。


「おはようございます。君は休んだのかい?」


「もちろん、睡眠は神から授けられた安寧です。おかげさまでぐっすりと」


 そういや、彼女の朝はいつも早い。ヒタチが眠っているところを見たことないと今さらながら思った。


「ここどこ?」


「黒き魔女の神殿前ですわ。ちょうど私達が守護封陣の結界をはった場所です。野営には持って来いでしたので、再利用させていただきました」


「ああ、そうなの」


 魔女という言葉にそれとなく反応する@。己の身体を、二人の様子を窺うも何ともない。傷一つ、残っていない。あらま、不思議。


 首をかしげる@に、ヒタチはうふふと笑みを漏らす。


「……ま、いっか」


 思いきり背伸びをする、しっぽをぴんと立てて。今日も調子が良さそうだ。


「そろそろ参りましょうか?」


「うん? ああ、でも」


 答える間もなく、ヒタチがフィアットの額をすべたーんとはたく。


「ひゃあ!」


 跳ね起きるフィアット。これも毎度のことか。


「惰眠こそは神の愛からの逸脱です、この愚か者。さっさと用意なさい」


「はえ? むう? もわん?」


 寝ぼけた顔をしているので、しょうがない。義理でフィアットの足に頭をこすりつけてやる。


「ああ、@!! 昨日はありがと!! ホント、ホントのホント、カッコよかった!! さすが未来の旦那様ね!! 愛してる!!」


 無視。タイミング同じくして、ヒタチがその拳を脳天に見舞う。ぱこーんと。


「魔に魅入られましたか、世迷い言を。この若輩者、いい加減に目覚めなさい。@様に笑われますよ」


「……痛ぁ。何なのなのよ、一体」


 頭を抱え込むフィアット、自然と目線の高さが同じになる。微かに目が滲んでいる。相変わらずヒタチは彼女には容赦ない。@も気をつけようと改めて肝に銘じる。


「@、私、なんか変なこと言った?」


「いつも通りだった」


「そう!! なら善かった!!」


 とくに気の利いたことを言った覚えはないのだが、もぎゅうと@を抱きしめてきた。何か知らないが上機嫌だ。


「こら、フィアット、@様のご迷惑になるでしょう。参りますよ。今からなら昼過ぎには宿場町に戻れるでしょう」


「ちぇ、わかったわよ、ヒタチのアホウ」


 口を尖らせながら居住まいを正し始めた。せっかくなので@も毛繕いをしてみる。


 と、胸の辺りをパンパン払っていたフィアット。いきなり頓狂な声を上げた。


 おお、この惨めな小娘は自分の胸の惨めさに気付きとうとう逝ってしまったか。と哀れみの目を向ける。が、それよりも早く小娘の方から@を覗き込んできた。目をキラキラ輝かせて。


「へへ、これ、なぁ〜んだ?」


 そんなものは知らん。当然、嘘だ。すぐバレた。


「おぅ! おぅ! わぅ!」


 華奢な人差し指と親指の間に摘まれた物体。@が忘れようがない。見紛うこともはずもない。


「こら、フィアット、それは私が@様のために固めた……」

崇喜花モーニング・グローリィだよ〜。どうぞ〜ゆっくり食べなー。ふふ、昨日、黒き魔女の置き土産よ。袋の中は空っぽだったけど、粉だけ残っていて、それを集めてさ」


「粉を固めたのは私ですよ! 貧弱で貧相なフィアットにできる芸当じゃありません!」


「思いついたのは私! だから私の手柄、バッカじゃない!」


 うん、どうでもいいことだ。


 酔いしれる@はたまらず、そのお腹を二人に向ける。


「ありがとう、二人とも。心の底からそう思う」


 おおう、やっぱりマタタビは最高ですな。トキメキが止まらない。どこまでも寛大になれる。あまりの歓喜に、喜び打ち震える。つまりは欣幸の至り。


「むう、@が喜んでくれるなら」


「ええ、それが一番ですわ。……では出発いたしますか」


 慣れたように抱きかかえられ、@はぽわんとしたヒタチの胸の中に蹲る。まるで雲に乗っかっているようだ。フィアットが即興の歌を歌っている。合唱するように小鳥たちも一斉に囀り出す。


 まあ、これはこれでいいのだろう。二人は悪いヤツじゃないし、マタタビもキメれる。先のことは、後で考えればいいだろう。


 難しいことを猫に求めるんじゃない。


 気持ちよく@は夢の底に落ちていこうとする。と、見計らっていたのか、誰かが@の名を叫んだ。

 甲高い幼女の声に、ヒタチも振り返る。

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