第22話 ガールズ・トーク(エルフ娘と巫女と魔女っ子)with 猫

「@殿、お待ちたもれ。どうぞ妾も@殿の一行に加えてたもれ」


 長い黒髪に青白い肌、紅い瞳の持ち主は、息をぜえぜえさせる、汗びっしょりの幼女だった。


「誰、あんた?」


 寝ぼけ眼の@。とは対照的に即座に身構えるヒタチ、両手の平をばりばりと放電させるフィアット。臨戦態勢、全力の。


「未だ滅せませんか、黒き魔女よ! いくら姿を変えようとも、その魔瘴気は忘れません!」


「二度と同じ手は食わないし、容赦する気もない。とことんビリビリさせてやる!」

「……小娘どもに用はないぞや。妾は@殿に話しとるえ」


 にやりと笑う幼女、でも息はぜえぜえ。


「ただでとは申しませんえ。妾を封じたるこの刀を献上いたしまする。古えのさぶらう者達の将が持ちし、極究業物『石田屋・仁左衛門・黒龍』。この刀も@殿を求めておりますえ。どうぞ存分にお奮いくりゃれ?」


「バッカじゃない?」


「神の使徒たる@様と巫女たる私が甘言に乗ると思いますか!」


「ちょっとヒタチ、私、忘れてる!」


「心配無用、わざとですわ」


「あんた、ホント、性格悪!」


「黙れや、小娘ども! きゃいきゃい気に障よのう! ……確かに今の妾は矮小、とて汝らごとき捻り潰すは、容易いぞな。ふつつかな挑発はやめや」


 幼女の瞳が紅く輝いた。その身体中心に見覚えのある黒い影が四方に放出し、円状に波打つ。ヒタチが下半身を軽く踏み込んだ。フィアットも無数の稲光を指先から発する。二人はお互いを見やり、呼吸を合わせる。@は、とうにヒタチの腕から離されている。


 三人の発する圧倒的な闘気に、大地は震え、青空さえも揺らめいてみえた。


「愚昧が!! 汝らには阿鼻叫喚が相応しいかろ!!」


「天罰覿面ですわ、昇天しませい!」


「電磁の彼方に消し飛ばしてやる!!」


「やってみなさい!」「やってみろ!」「やれや!」


「俺はいっすよ」


 ………………。


「んぁ?」「ぉほ?」「みょ?」


「オッケーです」


「「「はぁ!!」」」


 一呼吸どころか、三呼吸も遅れて、三者三様の間抜けな声が上がる。当の本猫はごろんと地面の上で寝返りを打っている。


「いいんじゃないっすか、別に。好きにすれば」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って@! 忘れたの、昨日のあいつなのよ! 見かけに騙されないで!」


「そ、そ、そ、そうですわ、@様! 彼奴らは我ら生きとし生ける者に仇なす魔神! そんなに軽々しく!」


「い、い、いいのかえ? 妾は@殿の命を狙ったものぞ。寝首をかかん、さよ思わんぞな?」


「えー、もういいや、昔のことは」


「で、でもさ、@」


「何とかなるでしょ。二人もいる訳で」


「そ、そうはおっしゃいましても、魔神は賢しい者、どのような悪辣な手で」


「考えたら負けだよ。よくね、面倒だし」


 後ろ足でバリバリと耳を掻く@に、三人は呆気にとられている。ヒタチは脱力し、フィアットの放電も雲散し、幼女の黒影も消滅した。


「本気?」


「うん」


「正気ですか?」


「たぶん」


 と、突然、幼女が大声で笑い出した。


「くははは、かははははは。さすが@殿ぞや、傑物じゃのう!! 小娘どもに少々痛い目を遭わさねば埒が明かぬと思っておったが、話が早い。……安心しや、小娘ども。妾は@殿を三千世界の主にしたいだけぞや。そしてその傍で朝日を迎えたいだけぞ」


「……どういう意味ですか?」


「戯れ言は好きじゃない、バッカじゃないの?」


「まあ、聞きたもれ。@殿こそ、真の勇者、汝らもそれは認めんや?」


「ええ」

「まあね」


「その勇者が、地上を、天界を、魔界を治めんとするや、いかん? 汝らの書物にもあろう、『万能なる者が治める国こそ、楽園なるや』違うかえ?」


「「……」」


「まあ、細かいことはあぢきなしじゃ。@殿の許しを得た今、無理やりでもついていくぞえ。妾の名はトリンプじゃ、よろしゅうな」


「うん、よろしく」


「@殿、刀は妾が預かるえ、必要なときおほしたも」


 幼女と一匹は、考え込む二人をおいて道を進む。


「あ〜、もういい! わかったわかったわよ! どうなっても知らないんだからね!」


「御御足が汚れますわ。どうぞ私の腕の中に」


 覚悟を決めたのか、慌てて追いかけてくる。


「それじゃ、今晩は宿場町ね。トリンプって言ったわね? あんた、宿代ぐらい出してよ?」


「妾は何も持たんぞえ」


「だあ、あんた、魔神でしょ!? 黄金でも財宝でも山ほど持ってるでしょ!?」


「ああ、五百年前に奪われたぞな。古強者どもめ、今でも怖気が出るわい。まあ、@殿には敵わんがの」


「それは仕方ない。うん、よろしく」


「後はよろしくですわ、フィアット」


「よろしゅうな」


「な、なんで私なの!! なんで私なのよ!!」


「宿場町の次はどこへ行きますか?」


「どこでもいいかな」


「近場の国でも滅ばさんえ?」


「どうしてそうなるのです!」


「@殿に王の座をしたたまん」


「……むう、た、確かに、神の名の元、ない話ではありません。@様の治める国ではあれば必ず平安に……」


「な、妾の言う通りじゃろ?」


「ヒタチさん、俺はマタタビがあればいいわけで」


「あら、そうでしたわ。……でも、困りましたね。崇喜花モーニング・グローリィは小さな街では手に入りませんもの」


「すまぬかった、@殿。妾のせいで」


「うん? まあ、いいよ、トリンプちゃん」


「となるとエルフの集落を探すのが、近道ですね。フィアット、この辺に……あら?」


「おい、エルフの小娘や、なぜについてこぬや?」


「うん? フィアット、その小さな胸はどうにもならないと思うけども?」


「ああ、わかったわよ! 行きます払います案内します! もうこうなったらトコトンだからね! @を主だろうが王だろうが神だろうが、とにかくなってもらうから! そんときに全部返してもらうんだから!」


「うん、できたらね」


 一行は新たに魔神を加え、旅を再開する。この旅路がいずれ千年を越えて語り継がれるとは誰も想像しない。

 とくに、この世界で独匹の猫は。まあ、猫だしねえ。

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