第18話 魔女と戦ったわけで

 @は閃光よりも速く魔女の顔へと跳んだ。迷いも躊躇もない、ただただ真っすぐに。


「させぬぞえ!!」


 何か黒いモノが掠った気がする。掠っている気がする。ぽむぽむと当たっている気がする。だが、大したことない。


「な、なんと、主ぁ、魔力が増大して……」


 その両手で魔女の頭を抱えると、後ろ足の爪を全開。


「ケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケイチ!!」


 猫キックの連打をお見舞いする。じゃれつくときのような甘いものではない。一蹴り一蹴りに全力を込めるのみならず、その鋭い爪で切りつける。終わりなく、限りなく、ひらすらに。一摘みの慈悲をも捨てて。


「甘いぞや! 妾の肌に傷するには勇者の刃、さぶらいの一閃、巫女の聖拳を持ってしか……」


「意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪意地悪!!」


 @の猛攻は止まらない。むしろ、どんどん苛烈さは増していく。蹴りのリズムに合わせ、前足の爪で頭をも引き裂き、その脳天をもがぶりと齧り付く。


「や、やめや! やめたもれ!!」


 聞く耳などない。猫の闘いにおいて重要なのは位置取りにある。この極めて優位なる体勢を捨てるはずない。そうやって四丁目に君臨してきたのだ。修羅猫たちが凌ぎを削るお子様公園で王者となったのだ。


「たとえ! あんたが! 泣いても許しません! たぶんな!」


 必死に魔女は両手で@を引き離そうとする。だが、@の膂力に敵わない。その魔影をこの愛らしい小動物に向けて連射する。


 無意味だった。むしろその勢いは激しく。


「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿お間抜けさん!!」


「な、なんと、恐ろしや! ……ええい、離れやぁ! 剛腕による漆黒の大剣ブン回しヘイト・イット・ホエン・ユー・リーヴ!!」


「……おうふ!」


 と、さすがの@ものけ反り、宙に舞う。真っ黒い市営バスみたいなものが目の前に現れたと思うや否や、それと激突したのだ。全身を砕くような痛みに意識を失いかける。


「「@」様!!」


 辛うじて@の意識をこの世に繋ぎ止めたのは、腐れ縁の二人の声だった。なんとか身体を翻し、床との衝突を免れる。


 すぐさま身体を確認する。両手両足、しっぽも無事だ。骨まではわからないが、動けないことない。振り向くと、フィアットとヒタチが地面に倒れ込み、残った力を振り絞り@の元へと這いよろうとしている。二人の美しい瞳からはとめどなく涙が流れている。


 神殿内を覆っていた妖しい影はなくなっていた。無論、フィアットとヒタチを捕縛していた黒蛇も。


 一切は魔女の元に集っていた。よりどす黒い、より強大な影が。


「……認めるぞや。主あ、@、小さき者、お前はいつしか勇者や達人をも越える者ぞえ。妾の全てをもってしかお前に対することはできんわあ」


 息を荒くする魔女の姿は無惨だった。整った顔はべっとりと血に塗れ、絹のような黒髪もぐちゃぐちゃに乱されていた。


「されど、まだ若しのう!! お前の爪では妾の内腑までは届かんぞや!! 死ねやあ!!」


 魔女が叫ぶ。それまでの余裕もかなぐり捨てて。


 影がしゅるりと蜷局を巻いたと思った瞬間、見る見る巨大になっていく。それは巨大なバールのようで、その図太さは千年を越える大木に似ていた。その強引な使い道は容易に想像できる。


 刹那、@のかわいい頭が交錯する。そして即座に答えが導き出される。


 これは、ヤバい。


 余力の全てを使って、魔女の身体目がけて突進する。@は素早い。振るい落とされる巨大バールよりも先に魔女の頭へと登る。猫キックには絶好の位置取り。


「……二度の同じ手はあかんなあ」


 顔に張り付く@に、魔女は不気味な笑みを浮かべた。血越しでもわかるほど、不敵な微笑み。


 影なるバールは@を待ち受けていた。鉤詰めの先端がその顔面に向けて迫る。咄嗟にその柔軟な身体を反らし、最悪の結末だけは避けようとする。


 だが、バールははるかに太い。辛うじて串刺しは免れるも、r字のフック部分で身体ごと引っかけられ、ずり落とされる。その衝撃は途轍もなく、@を魔女から引き離すには充分過ぎる破壊力だった。その未来はとてつもなくシンプル。影ごと@を床に叩きつけすりつぶす。この重量ならお釣りがくる。どころじゃない。釣り銭詐欺で国家予算を賄える。


 ああ、マジヤベえ。


 凡庸な勇者なら、粉微塵となってその命を落としただろう。


 @は三つの点で、天に愛されていた。


 一つは、魔女を貫き、その自由を奪う刀の刃が上を向いていたこと。

 一つは、その刀の柄がこちら側にあったこと。

 一つは、猫は往生際が悪いこと。


 @は必死の思い、かつなんとなく刀の柄にしがみつく。と、同時に魔影バールの猛烈な力で地面へと引きずり下ろされる。


 すなわち@↓刀↑。


 魔女の身体は封印されし刀によって、神殿の壁ごと切り上げられていく。魔影の力が強大さに比例して。@はただ添えるだけ。もうその勢いは魔女自身とて止められない。


「き、きさ、貴様、この妖刀をも使いこなすとわえ!! い、いや、あ、貴方様は、貴方様こそ大総統ではあるまいか!! なぜに貴方ほどの方が、堕天し者が天界に与するのですか。なぜ妾の敵として前に立つのですか……」


 刀はしゅるんといい音を立てて、魔女の腹から頭まで一直線にいい感じにぶった切る。


 喉から、かふりと空気が漏れた。夥しい血の雨が降った。魔影は薄れていく。魔女の身体とともに。


 @は勝ったのだ。黒き魔女に。


 なんとなく。よくわからないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る