第17話 魔女に大事なモノを奪われたわけで(マタタビ)

「くははは、ようやく妾の前に立つ覚悟ができたかえ? いと高知な。汝、名はなんぞ?」


「……@と呼ばれております。あんた、誰?」


「かははははは、かは、くはははははははは、くははははははははははは!!」


 その面妖なる女は、嘲るように笑う。腹を刀に貫通されているにもかかわらず、平然と腹を抱え、膝を打つ。不気味な光景だった。痛そう、と@はちょっと思った。


「言いよる! かように笑ったのは幾百年ぶりかのう。……小さき者、@と言ったか。答えてやろか。とは、言っても妾の魔諱ネイムズを生ける者で知る者はおらん。ただ黒き魔女と恐れらてるぞや」


「あ、そう」


「そは何者なるかや?」


「猫です」


「知らん、知らんぞな、くははははは。妾を前にしてところせしなあ。ほんに偉丈夫よのう。主が、あの小娘どもと共に妾に挑めば、もしや……ないのう。ないわな。とはいえ、中々振りを魅せたかもしれん。主を残すとは、あやなしのう。妾にはわからんわ。確かに、あのエルフの聖霊術も、あの巫女の信仰力と体術も善しや。選ばれし者だけはある。じゃが、希代の力を持ってしても、否、故に力を過信しすぎたや。主と、もう一人おれば完全なる連携を生み出せたものを……。妾をここに封ぜし者たちのように」


「あー、えーとですね」


「されど、@と言ったか、妾を侮るなよ。主が纏いし忌忌いまいましき法衣魔法も、魔力が尽きれば露と消える。……さあ、主ぁ、いかがせん!? 妾に挑むか、それとも踵を返すか? どちらにせよ、生きては返さんぞえ」


 見開かれたその瞳は鮮血のように紅い。真青な唇から覗く牙が不気味に輝いている。刀により壁に囚われし魔女は、両の手を天に突き上げ、びくびくと痙攣する。なんか、いろいろとすごいテクノロジーだ。


 そんなことはどうでもいい。


「うん、俺はマタタビ、うー、え、モォニングゥグロウリさえ、いただければ結構ですので。そしたら帰ります。あっちの二人を連れて」


 魔女は耳元まで割けんばかりに口元を歪ませる。


「さよか! ほんなら妾の思った通りやわ。主ぁ、魔力が尽きるのが怖かろ? 妾の力が恐ろしかろ!」


「あ、はい。うん、たぶん」


 面倒くさい人間だなあ。と@は眺めていた。


「ならば、絶望に堕としたる」


 そういって魔女が手にした物、それは薄青く光る金糸で編まれた小さな袋、@にはお馴染で、絶対忘れるはずがない。フィアットが常に平らな胸元に忍ばせているマタタビ袋だった。


「主あに、魔力の供給はさせんよ。代わりに妾の魔力とせんや。いつの日か、この憎き刀を抜く日のために、その力とするぞえ」


「おお、おおおお、おおおおお!!」


 そのおぞましい光景に@は目を背けることすら、いや、見つめざるをえなかった。@ですら一日多くても二個しか食べさせてもらえなかったマタタビを、この女はまるで水を飲むかのように喉に流し込んでいるのだ。なんていうことだ。@の人生における喜ぶの大半を占める、あのマタタビを、だ。しかも味わうことなく、酔いしれることなく、ただただ無造作に。


 そのあまりに恐れ多く、容易く行われたえげつない行動に@の身体はすくんでしまった。この女の残虐な行為を見届けねばならなかった。


「ぷはあ、いくら魔力のためとはせんなしなあ。エルフのもんは、趣味にあわんぞえ」


 狙ったかのように@の眼前に吐き捨てられた、マタタビの木の実の皮。無惨にも香ばしい香りすら残っていない。あんまりだ。冷酷どころじゃない。冷酷の極み、かくも至れりだ。


「とはいえ、五十人か百人分か知らんけど、魔力は貯まったぞえ。……先までの妾と思うなや、@!! 最早、主ぁ、いふかいなし!! 死して妾の力をなれい!!」


 魔女は魔瘴気を両手から発する。その身体、その周りを蠢く黒い影がより太く、より強靭に、より無数に増えたことに@は気付かない。


 だってブチ切れてたから。


「あんたぁ、俺の魂、命、人生を踏みにじりやがった。赦さねえ。絶対にだ。一個くらいくれてもいいじゃない、このケチ!!」

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