第15話 魔女の攻撃が効かないわけで

 答えはない。


 神殿はさほど大きくない。@が縄張りにしていた八幡神社の境内よりも狭い。

 一方、天井は高く、まるで駅前のビルヂングのようだ。

 神殿の奥には篝火が二基、紅い炎を揺らめかせている。そのさらに向こう、件の声の主が潜んでいるようだ。


「@様、お怪我はありませんか!? 残念なことに私は今、貴方様に神の祝福をお与えできません!! すぐさまここから」


「バッカじゃない!? 無茶しないで逃げて!!」


 眼前にはフィアットとヒタチ。篝火の前に並ぶようにして、無数の黒い蛇のようなモノ達に全身が縛り上げられていた。上半身だけ露出したその姿は、なぜか@にお寺の灯籠を思わせた。黒い蛇は忌忌しく蠢いており、彼女らを締め上げているらしく、時折かすれた声が漏れていた。


 混乱していた頭も冷めてきたようだ。だんだんと事態は掴めてきた。とっても深刻な状況。


「二人とも大丈夫かな?」


 フィアットが泣くように叫ぶ。


「私達のことなんかいいから!! それよりあんたは!? あんたは大丈夫なの!?」


「そうです、@様!! 黒き魔女の魔影に射貫かれたのです!! あの恐ろしき魔影に!!」


「うん、俺? は頭がくらくらしていんだけども」


 そう言いかけたとき、


「小さき者、やかましいぞよ」


 また先と同じ衝撃が身体をぶち抜かれ、壁へとすっ飛ばされる。が、今度は失態を犯さない。くるりと上手に着地する。


「@!?」


「ええ、これは一体!?」


 うん。一回目はびっくりしちゃったけど、そんなに痛くないねえ。山田のババアの必殺の傘の方がよほどヤバい。


「……汝、小さき者、そは何者かえ! 妾が死者なる投げ槍キー・トゥ・ザ・ハイウェイを受けてことなしとは?」


 お。


 ようやく声の主の姿が浮かび上がった。テレビジョンで見たスゥパァモデルとかのように細身の長身、闇の溶け込むような黒い長髪、深夜の人間男向けな淫らな格好、何よりも不自然なのはその腹部を貫く一振りの刀、柄まで見て取れる。その切っ先は神殿の壁まで届いており、それによって自由を奪われているらしい。


「あんた、誰だい?」


 また影が走る。こんどはひょいと飛んで躱す。猫なら造作もないことだ。


「!? 答えい! 汝、何者かや!?」


 スゥパァモデルの能面みたいな顔が初めて崩れた。


「@様、なぜ貴方様はご無事なんです!?」


「……あ、ヒタチ! @には私達の防御魔法が効いてるんだわ! だから魔神の呪いも届かない!」


「それは合点がいきませんわ! あの魔法は地に刻む術です。その地から離れたら……」


崇喜花モーニング・グローリィよ!」


「何ですって!」


「あのバカ、これまで、どんだけ崇喜花モーニング・グローリィを食べてきたと思って! 私達ですら毎日一個なんて無理があるってのに!」


「……崇喜花モーニング・グローリィは言うなれば聖唱力マジック・ポイントの根源。それを@様は日々、身体にお溜めになっていたと!」


「そうよ! 勘が鈍いわね、バッカじゃないの? 貯め込んだ聖唱力マジック・ポイントで、@には私達の魔法が極限まで増幅されている! 決して魔女の攻撃に屈さない!」


「何という僥倖ですの!!」


「だから@!!」


「今です!! お逃げください!!」


 え、何? 何て言ったの? と振り返った途端、後頭部にしこたま鈍い一撃が。不意に、またもや地面を転がる。


「!?」


「かは、やはり小さき者、惨めよのう!」


「い、痛たたた」


 @は頭をふりふり起き上がる。美咲から特大のゲンコツを食らったみたいだ。ぼんやりと、何か悪いことしたっけと考える。おお、そうだ、マタタビを盗み食いしたことがバレたのか……。


 うん? マタタビ?


 そうだ、マタタビだ!!

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