第3話 弄られたわけで(エルフと女僧侶から)

 うん、どうやら素っ頓狂なことになってしまったな。


 おうどんの前で、二人の女がかしましく騒いでいる。


旧支配竜族エイシャント・ドラゴンズを追い払うなんて信じられませんわ! しかもその身一つで私達を助けてくれるとは、なんて小さな勇者様なのでしょう! このご恩は一生忘れません。私、神に仕える身ではありますが、僧籍を捨てて、貴方様に一生身を尽くしても構いません」


「ちょっと、ヒタチ、バッカじゃないの! たまたま彼がいただけで、私は助けてなんて一言も言ってないんだから! こんなことぐらいで、還俗するとか言ってる暇があるなら、まず貴方を助けてくれた神様に祈りを捧げたらどうよ」


「あらあら、神はこう言ってますよ、『神は自ら助くる者を助く』。私の操なら、彼に捧げる価値はありますわ」


「だ・か・ら! それがおかしいつーの! あんたは神の平和のために誓いを立てたんでしょ! ……まあ、私はそんなの関係ないし、まあ、彼が望むなら吝かではないというか」


 うん、意味がわからない。何を言っているのだ。


「……それにしても白、茶、黒の御模様といい、その御身体といい、その御顔といい、とても愛らしい姿をなさっているのですね。おヒゲもとってもチャーミングですわ」


「そりゃねえ、本当の強者は普段はその力を隠すとも言うし。敵を油断させるというか? ……私も可愛いとは思うけど」


「いやん、ダメです。もう我慢できません。……触らせていただいてもいいですか?」


「ちょ、ズルイ! 私も!」


 もはや面倒くさくなったおうどんは、適当に頷いて見せた。

 女達は嬌声をあげながら、彼の身体を撫で回す。


「きゃー、もふもふ」


「正直、堪りません。鼻血が出そうです」


 おうどんも近所の公園でお昼寝中、ことあるごとに物好きな人間に撫でられてきたが、ここまで執拗なのも珍しい。いや、人間の子供ならよくあることか。


 為されるがままに身を任す。こういうときならではの対処法だ。下手に逃げるとどこまでも追いかけてくる。

 とはいえ、乱暴にされるのも困るので、時折ニャーと声を上げる。


「あ、そこは痛いです」


「それは少し的外れですね」


「できれば、咽喉辺りが嬉しいのですが」


「そそそ、そこです。そこがポイントです」


 気がつけば、尖った耳の娘が咽喉を、豊かな胸の娘が脇腹をくすぐっていた。自ずとごろごろと咽喉が鳴る。猫科特有の哀しい習性だ。


「きゃ!」

「ああ!」


 二人は悲鳴に近い声を上げると、おうどんから手を放し、勢いままに尻餅を突く。


「詠唱!?」

「なんで!?」


 おうどんはきょとんとする。いまいち、彼女達の反応が掴めない。


「何か、気に障ることいたしましたか!?」

「ごめん、謝る、だから許して!?」


「いや、これは気持ちが良いと勝手に鳴るもので……。とくに深い意味がないのだけれども」


「そ、そうなの? 怒ってない?」


「きっとフィアットの手つきは卑猥だったのでしょう。この娘、処女なのに淫乱の相が出てるから」


「バ、バッカじゃないの! 処女で欲求不満はあんたでしょ、ヒタチ!」


「いや、咽喉のはとても気持ちよかったですよ」


「ほ、ほんと!?」


「ええ……それじゃ、私はダメダメでしたか」


「そんなことはない。結構なお点前だと思う」


「……善かったです」


「それじゃ」


「また触ってもいいですか?」


「一向に構わないけども」


「やったー!」


「……うん?」


「え?」


「何です?」


「おや?」


「は?」


「何でしょう?」


「ひょっとして俺の言葉、通じてる?」


「何言ってんの?」


「当たり前じゃないですか」


 おうどんは思った。今まで言葉が通じないことを理由に、人間相手に好き勝手やってきた。となれば、これはこれで厄介なことになりそうだと。

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