第11話 石塊の選択


「お前の夢はなんだ?」


その質問に、荒北拓馬あらきたたくまは驚いた後、少しだけ笑った。


「何よ、急に…」

「いや…少し気になってさ。答えてくれよ」


麗子が濁すと、口元に手をあてて考え出す。


「そうね…やっぱり都心に行きたいかも。この町には私みたいなマイノリティがいなくても、外に出ればたくさんいるだろうし」

「そうか…」

「あとね、やっぱりデザイナーとか、美容系の仕事につきたいの」


そう話す拓真は髪を季節の色に染め、流行りの小物を身につけて、一目でお洒落に余念がない人物なのだとわかる。


「まあ狭き門で死ぬほど難しいだろうけどね。夢はそれかな」


拓真は言い切って、輝く瞳を細めて笑った。






「だ、誰にも言わないでくださいよ!?」


その質問に、鏑木円かぶらぎまどかは恥ずかしそうに手を振った。

続いて口元に手をあてて、小さな声で話しかける。


「その…私は福祉関係の仕事やりたいです。できれば老人ホームとか」

「…意外だな」

「う。キャラじゃないのはわかってるんですけど…」


頬を赤らめる彼女は、明るい髪色でスカジャンを羽織っており、脇に添えられたバイクは派手な装飾がしてある。

彼女の言う通り、似合わない夢ではあるが、それでも麗子は微笑んで口を開いた。


「良いんじゃないか。立派な夢だろ」

「……。麗子さんに命れ…頼まれたことあったじゃないですか。掃除を手伝ったやつです。あれですごく感謝してもらって…今まで迷惑がられてばっかりだったから、なんか嬉しくなっちゃって」


照れ隠しか頭をかきながら、話を続ける。


「麗子さん関係なく、あれから定期的に参加してるやつ結構多いですよ」


円は頬を赤くしながら、それでも嬉しそうに笑った。






「夢?」


その質問に、野田真也のだしんや守谷恵もりやめぐみは顔を見合わせた。

考え込む真也とは対照的に、恵は間髪入れず口を挟む。


「とりあえず、今は結婚資金が貯まることかしらね」

「あー…」

「結婚式は呼ぶからね。来てね」


真也はげっそりした顔になり、恵はあっけらかんと笑った。


「それが終わったら今度は教育資金ね」

「大変だな…」


麗子が労るように声を出した。

生きるには、綺麗事だけでは済まないものだ。


「まあ大変だけど、ふたりならなんとかなるよ」


そう言って真也と恵は、困ったように、それでいてとても幸福そうに笑った。






「私はね、お医者さんかな」


その質問に、菊池真由きくちまゆはなんの迷いもなく答えた。

しっかりした彼女らしい発言だ。


「お父さんがお医者さんなの。それに…お医者さんになれば、お母さんみたいな人たちのこと、助けられるかもしれないでしょ」


そう語る真由の瞳は、どこか寂しそうで、それでも確かな意志を持っている。

麗子は感嘆の声を漏らした。


「すごいな。あれ、勉強死ぬほど大変なんだろ?」

「知ってる。だから頑張るの」


言い切って、くるりとこちらを振り返る。


「頑張れば、お母さんに会えるからね。大変でも頑張るよ」


そう言って真由は、楽しみで仕方がないというように、歯を見せて笑った。






「凜」


鼓太郎に話しかけられて、彼がわずかに身動ぎした。


「…麗子に言ったんだな」

「……あとのことは雷伍に頼んである。鼓太郎もよろしくね」


問いかけには答えず、凜がたんたんと言葉を続ける。

鼓太郎は羽根をしまい、跳び跳ねながら彼の元まで来た。

首をぐるんとまわして、彼の顔を見上げる。


「お前はそれで良いのか?」

「…もう何百年も生きた僕ひとりの命と、これから幸せが待ってるたくさんの命、どちらが大切かなんてわかりきったことだよ」


凜は涙のひとつも見せない。

いつもの通り、ゆるやかに微笑んでいる。

鼓太郎はその大きな瞳を臥せて呟いた。


「…生け贄に捧げられる時も、お前はそう言って、今みたいに笑ったんだろうな」

「……そうだね」


凜が過去へと思いを馳せる。

(村の人たちは、決して悪い人たちではなかったよ)

それどころか皆優しく、孤児だった凜に本当に良くしてくれた。

ただ彼をいちばん大切に想ってくれる人が、いなかっただけの話なのだ。


『凛。すまない。皆つらいんだ…』

『君のおかげで、私達は救われる』


降りしきる冷たい懺悔の中で、小さな凛はやはり、温かく微笑んでいた。


『大丈夫。わかっているよ。僕ひとりの犠牲で皆が救われるのなら、それは行われるべきだ』


いつの間にか、金剛石ばかりだったはずの自分の周囲は、石の塊で埋め尽くされていた。

例えどれを選んだとしても、持ち続けると重くなって、いつか自分の身を滅ぼす石塊だ。


『僕に任せて』


その中でいちばん、自分に言い訳できるものを選んだ。






「…麗子ちゃん、おかえり」


凛が顔を上げる。

彼の作った世界はいつも通りでとても平和な景色なのに、どこか儚く脆い。

その中央に現れた麗子は、凛の前まで来て、静かに呟いた。


「アタシ…今日、この町を巡ってきたよ」

「うん」

「色んな奴に会ってきた。そいつらの…夢だって聞いた」

「…うん」


麗子が顔を上げる。

意志を固めた表情で、はっきりと口を開いた。


「凛。アタシと一緒に、生きよう」


瞬間、沈黙がその場を支配する。

予想外の言葉に、凜の表情から微笑みは消えた。

それを見ながら、麗子は力強く続ける。


「今ある神力を使えば、お前は人間になれるって雷伍に聞いた」

「…でも」


凜が掠れた声を絞り出した。


「でも、麗子ちゃん…それは、」

「わかってる。それをしたら、町は守りきれなくなって、みんな死ぬんだろ…」


麗子が目を閉じる。

ゆっくり息を吐いて、再び開けたときには、迷いは消えていた。


「凜。お前のことが好きだ。町の何千の人間より、アタシはお前ただひとりを幸せにしたい」

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