第6話 波乱万丈プロポーズ!


〈午後2時頃、瞳成町にお住まいの、西にしあつ子さんが行方不明になりました〉


防災無線の流れる中、野田真也のだしんやは自分の畑で足を震わせながら立っていた。

いつもはこの放送に心が安らぐのだが、彼は今それどころではない。


「よお」

「っ…!」


この25年間、なるべく目立たないように、波風立てないように生きてきたつもりだ。

だから何故自分が今、こんな不良に絡まれているのか意味がわからない。


「な、何ですか…」


明らかに年下の少女なのに、思わず敬語が出てきてしまう。

金髪の彼女は金属バット片手にゆらりと立ち上がって、真也に近づいた。


「お前…」

「ヒッ!」

「プロポーズしたいんだってな。協力してやるからさっさと行こうぜ」


すくめた首がそのまま止まる。

彼女の言葉を脳の中で何度か繰り返して、そこでやっと首を伸ばした。


「…えっ?」

「付き合ってる女がいるんだろ。指輪とかあんのか?なら早く取ってこい。行くぞ」

「えっ?えっ?」


驚いて固まっている間に、彼女はどんどん話を進める。

勝手に真也の軽トラに取り込もうとして、ふと思い出したかのように振り返った。


「で、どの女なんだよ」

「え!えーと…」

〈見かけた方は、すぐにご連絡をください〉


覚悟を決めたように、ごくりと唾を飲み込む。

真也が防災無線のスピーカーを指差した。


「こ、この子なんだけど…」

「…あ?」






がたがたと揺れる軽トラの助手席で、麗子がバットを翳した。

思わず真也が身をすくめる。


「ヒッ!」

「このバット、さっきこれ振ってカツアゲしてる馬鹿がいたからボコボコにして取り上げたんだけど、いる?」

「い、いらないです…」


運転席で、真也が小さくなりながら答える。

あの後よくわからないながらも、強引な麗子に急かされて指輪を片手に慌てて自身の軽トラに飛び乗った。

(こ、この子は一体…なんなんだろう)

ちらりと横目で彼女を見ると、その鋭いつり目と目が合った。


「あっ…」

「なあ。結婚申し込むときの台詞って決めてあんの?」

「えっ、いや…というより、プロポーズするかどうか迷ってて…その、しないかもしれないし」

「はあ?神に頼む癖に迷ってんのかよ。OKしてくれる女なら何でも良いだろ。選り好みしてんじゃねえよ」

「…神?い、いや、そうじゃなくて…その、僕なんかで良いのかなとか…」

「お前…そんなくだんねえことで悩んでんのかよ…」

「う…すみません…」


年下の女子高生に説教され、真也がさらに小さくなる。

麗子はそんな彼に苛立ちを募らせながら、ふと遠くを見て聞いた。


「…なあ、ケッコンってなんだ?スキってなんだ?」

「えっ…」


突拍子も無い麗子の質問に固まる。

彼女の顔は真剣そのもので、どこか緊張していた。


「ええと…結婚は男女が婚姻することかな」

「そんなこたぁわかってんだよ!」

「す、すいません!えーとえーと…もっと一緒にいたいって思うとか、顔を見るとドキドキするとか、そういうのが恋なんじゃないですかね…」


真也の言葉を、麗子が頭の中で繰り返す。

数秒後、真っ赤になって暴れ出した。


「ハァ!?嘘だろオラァ!」

「ヒッ!す、すいません…あ、危ないからちゃんと座って…」

「アタシはもっとこう、筋肉があって力が強くて、鮫も無言で捻るような男が好きなはずなんだよ!」

「そ、そんな人いますかね…」

「あんな…あんな育ちの良さそうな、へらへらしたやつ!細いし、全然寡黙じゃねえし、真っ白だし…」


言葉じりがどんどん小さくなっていく。

赤くなりすぎて、頭から湯気が立ち昇るのが目に見えるようだ。

最後にはむすっとした顔をして、麗子は座席に座りなおした。

肘をついて外の景色を見ながら、ぽつりと呟く。


「……プロポーズ、上手くいくといいな」

「あ、ありがとう」


その言葉で真也が思い出す。

(ああそうだ…)

自分は今から、プロポーズをしに行くのだ。






〈先程ご連絡した、西あつ子さんは無事に発見されました。ご協力ありがとうこざいます〉


本日2度目の防災無線が流れる。

麗子と真也は瞳成町の町役場にいた。

せわしなく職員が動く中、こそこそと陰に隠れて様子を伺っている。

ふと、上へ続く階段をひとりの女性が降りて来た。


「守谷ちゃんお疲れ様。毎日大変だね」

「いえ。西さん認知症ですから。無事に見つかってよかったです」


そうハキハキと喋る彼女の名前は守谷恵もりやめぐみ

真也の幼馴染であり、恋人だ。


「…本当に恋人か?妄想じゃなくてか?」

「…僕もそう思うよ」


麗子がそう言うのも道理。

恵は綺麗な女性だった。

その健康美という表現が正しい容姿もさることながら、内から滲み出るような明るい笑顔がなんとも魅力的だ。


「まあストーカーだったらぶっ飛ばすだけだし良いや。早くプロポーズして来いよ」

「今ァ!?い、今は無理だよ!仕事中だから!」

「あ?じゃあいつなら良いって言うんだよ」

「もう夕方だしそろそろ仕事終わるだろうから、裏口から出てくるのを待つよ…」


小さく答えてその場を引き揚げる。

自身の車に乗って恵を待つ間、真也は手元の指輪の入った箱を開けて閉めてを繰り返していた。

助手席に乗った麗子が、その様子に呆れた声を漏らす。


「何してんだよ…」

「うう…だって、僕なんかが本当に彼女にプロポーズしても良いんだろうか…」

「はあ?だって付き合ってるんだろ?」

「でも僕はしがない農家だし、彼女は公務員だよ?彼女はあんなに綺麗で社交的で、しっかりしてるわけで…僕なんかよりもっと素敵な人なんていくらでも現れるよ…」


真也ががっくり肩を落とした。

恵と交際を始めてから、もう10年になる。

学校でも人気の高かった彼女と付き合えた当時は、有頂天になったものだ。

それから月日が経ち、指輪を準備しいざプロポーズしようとした段階で、真也は思ってしまった。

(彼女には、他により良い男性がいたのでは…?)

いや間違いなくいただろう。

こんな自分が、彼女の人生を奪ってしまって良いのだろうか。

悩める彼の記憶に蘇ったのが、祖母から聞いたことのある山のご神木の存在。

まさに困った時の神頼みというやつで、助けが欲しいと願ったのだ。


「オイ!出て来たぞ!行くぞモヤシ!」


(まさかこんな…ヤンキーな女の子が来るとは思ってなかったけど)

いつの間にか、麗子はその肩に蛇と梟を乗せている。


「ま、待って!まだ勇気がでなくて…」

「あ?とりあえず激突してみて砕けりゃいいだろ」

「砕けちゃ駄目じゃない?」

「うるせえな!早くしろよ!!」

「待って待ってもうちょっと悩ませて!!」


麗子にとんでもない力でぐぐぐと上着を引っ張られるが、真也も必死に踏ん張る。


「恵さん。君のことが好きなんだ」


その聞きなれない声に、ぴたりとふたりの動きが固まった。

そろそろと壁際に収まり、恵と会話する男性を見やる。


「あれは…!」

「知り合いか?」

「高校の同級生だよ…この町の消防署に勤めてる。恵のことが好きだったみたいでよくいじめられた…まさかまだ好意を持ってたなんて…」


彼は真也より頭ひとつぶん背が高く、体格も良い。

なにより非常に堂々としている。


「恵さん。悪いことは言わない。君に野田のような、優しいだけの男は似合わないよ」


こうしている間にも、ぐいぐいと恵にアタックしている。

麗子が真也を肘でつついた。


「お前の女だろ?早く行けよ」

「でも…僕も、彼女は彼と交際した方が、幸せになれると思うんだ」

「ハァ!?ここまできてヒヨりやがって!ふざけんな出ろ!」


バシバシと叩くが、真也はまるで地蔵のように微動だにしない。

しびれを切らし、麗子がふたりの元に向かった。


「くっそ!アタシが先に行って止めててやるから早く来いよ!」

「……」

「オラァ!人の女に手ぇだすんじゃねえ!」


麗子がまるでチンピラのように歩を進める。

ところが彼女がたどり着く前に、バチンと鋭い音が響いた。

麗子が止まり、真也が顔を上げる。


「彼のことを、そんな風に言わないで」


恵の静かな、それでいて溌剌とした声が響く。

彼女が放った平手が、男の頬を叩いたのだ。


「彼は確かにあまり格好良い方じゃないわ。自信はないし意気地なしだし、社交性だってまるで無い」

「さ、最悪じゃねえか…」


思わず麗子が呟くと、恵がこちらを見てはっきり断言する。


「そうよ。最悪よ」


その言葉に、壁の陰で真也が膝をつき崩れ落ちた。

慌てて鼓太郎と凛が慰めにかかるが、恵はそのまま続ける。


「確かにみんなの言う理想とも、私が昔理想としてた男性とは違うかもしれないけど、私は彼のことを尊敬してる。それは私にはできないことができるから」

「……」

「私は料理ができないけど、彼は得意。私は社交的だけど、彼は人より土の方が好き。真面目なところなんて私よりはるかに上よ。同じところばかりじゃ尊敬できない。そういう、私と違うところを好きになって、彼を選んだの」


それを語る恵の瞳は真っ直ぐで、思わず麗子が見惚れる。

相変わらず真也を頼もしいと思うことはなかったけれど、好きなものを好きと宣言している恵のことは、とても格好良いと思った。


「真也!?聞いてたの!?」


男性が逃げるようにその場を去った後、陰からそろそろと真也が出てきた。


「ご、ごめん。本当なら止めるべきだったのかもしれないけど…君は彼を選んだ方が、幸せになれるかもしれないって思ってて…」

「…馬鹿ね」


恵が呆れたようにくすりと笑う。

真也は彼女の目を見て、箱を取り出しながら口を開いた。


「その…僕は君の、しっかりしていて綺麗で、勇気があって。僕と違うところが好きなんだ。…聞いてくれるかな?」






「これアタシがやらなくても上手くいったんじゃね?」

「可能性はあるな」


ふたりの様子を遠巻きに見ながら、麗子が呟いた。

隣で鼓太郎が真顔で同意する。

凛と言えば、蛇の姿のままきょとんした表情でこちらを向いた。


「麗子ちゃん。みんな指輪が好きなの?」

「…あ?」

「麗子ちゃんのお母さんも持ってたし、野田くんも渡しているじゃない?みんな指輪が好きなのかなーって」

「いや…好きっつーか、その、男がこういう時に贈るとしたら定番が指輪なんだよ」


麗子が当惑しながら答える。

凛は妙なところが世間知らずだ。


「ふうん…男性は好きな人に指輪を贈るの?」

「そうだな」

「じゃあ僕は、麗子ちゃんに渡さなきゃね」

「はっ…!?」


麗子の顔が真っ赤になる。

それに気がつかず、凛はあっけらかんと続けた。


「あ、鼓太郎にも渡さなきゃ。でも付けられるかな…」

「ち、ちげえよ!あれは結婚したいやつに渡すもんなの!誰彼構わず渡すもんじゃねーよ!」

「結婚…じゃあ、ずっと一緒にいたい人に、渡せば良いんだね」

「……まあ、そうだな…」


(心当たりがあんのかよ…)

麗子がつまらなそうに頭をかく。

真也と恵の方を見ると、ふたりは幸せそうに笑っている。

理想とは程遠い上に、自分とはあまりにも違う男だけれど。


「…ふん」


この気持ちはきっと、恋なのだろう。

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