第2話 魔離闇亡の鬼神
山と海に挟まれた、人口約3000人ほどの小規模の町である。
昔も今も漁業を中心に発展してきたが、少しずつ人口が減ってきているのが現状だ。
そして、凛は元々日本古来の神ではなく、この地域の人々に必要とされて生まれた存在だった。
「すごく古い話だから、もうその人たちは生きてはいないし、僕がここにいることを知っている人もすごく少なくなっちゃったんだよ」
凛がそう言いながら、少しだけさびしそうな顔をする。
しかしながら、そもそも人の願いで生まれた凛は、人々の信仰無くしては存在できないことも事実。
麗子が低く手を挙げた。
「アタシはどうしたらいいの?」
「この町の人々の願い事を叶える手伝いをしてほしいんだ」
「げ」
凛の言葉に麗子の顔が歪んだ。
残念ながら、彼女は他人のために無償で働けるほど殊勝な人間ではない。
鼓太郎が翼を広げながら口を挟む。
「神に祈った願いが叶えば、神様が聞いてくれたんだって思うだろ?参拝客も増えるし信仰心も増すし、良いことづくめってことよ!」
「……」
「そうやって、僕と鼓太郎がコツコツ集めた神力だったのにな…」
「あー!わかった!ごめんってば!やるよ、やる!」
麗子が慌てて訂正すると、凛が笑顔で紙の束を差し出してくる。
和紙で書かれ紐で簡単に綴じられたそれを、ぺらぺらとめくった。
「…これは?」
「僕に頼まれた願い事はひとつひとつ書き溜めてあるんだ。そこから麗子ちゃんが出来そうなやつを選んでくれればなーって」
「へえ…」
台帳には墨で願い事の内容から、依頼人の情報まで事細かく書かれている。
よくこれほどマメに記してあるものだ。
「…恋が叶いますように?無理だわ。受験上手くいきますように?いやもっと無理。今年も良いことありますようにとか、曖昧すぎて分からんわ」
麗子が次々に読み上げながら、べろべろとめくっていく。
鼓太郎が呆れた声を出した。
「そもそも依頼の母数が少ないから、選り好みしてたらなくなっちまうぜ?それでも比較的叶えやすい方だと思うが」
「ハァ!?ババアの腰痛をどうにかできるわけねーだろ!これで簡単ってお前…」
「だってよー。これなんか、夜中に不良グループがたむろしてる件が迷惑だから、どうにかしてくれってやつだぜ?」
「こわいよねえ…どうしたら良いのかな」
「警察に頼めっつー話だよ、なっ!?」
鼓太郎が突然鷲掴みにされ、引っ張られる。
麗子が真剣な目で彼を見ながら、口を開いた。
「それだ…!」
ぶおんぶおんとエンジン音が鳴り響く。
良い子は寝る時間帯に、町外れの空き地で、少しばかり派手な若者が集まっていた。
皆地べたに座り、楽しそうに話している。
「賑やかだねえ」
「……」
その様子を、少し離れた木の上から凛と鼓太郎が覗いていた。
凛は現世で青年の姿を保つには神力を使いすぎてしまう為、今は白蛇の姿になっている。
(アイツ…どうすんだよ)
鼓太郎がため息をついた。
あの後麗子は一度自分の新居へと帰って行った。
この時間に集合だと念を押されたので、凛とふたりでこちらへ赴いた次第である。
たかが田舎と侮るなかれ。
娯楽の少ないこの町では、非行に走ってしまう少年少女が多いのも実情だ。
今も20人ほどの若者が集まっており、中には体格の良い男性もいる。
そのうちの1人の青年が、メガホンを手に口を開いた。
「今日集まったのは、〝
聞きなれない言葉に鼓太郎が疑問を抱く。
凛も首を傾げている。
「そう!皆知っての通り、魔離闇亡はこの県で最大規模を誇る不良グループである!そして今回、その総長の右腕、日本最強を謳う魔離闇亡の鬼神がこの町を襲撃するという噂が流れている!」
皆の間にどよめきが走り、緊張した面持ちになった。
しかしそれに流されず、青年は熱い仕草で語りかける。
「だがこれは言わば我々、
その言葉に奮い立たされたのか、全員が立ち上がり拳を振り上げた。
「何やってんだあいつら…」
「みんなでワイワイ楽しそうだねえ」
よく分からないが、勢力争いをしていることは理解できた。
その中を、ふと真っ白な服が横切る。
「麗子ちゃん?」
「えっ…」
つられて視線を向けた鼓太郎が見たものは、白いコートに厚底のブーツ、胸元にはサラシを巻いた麗子の姿。
その背中の金の刺繍は。
「まっ…魔離闇亡の鬼神…!?」
青年が驚きに満ちた表情を浮かべ、メガホンを落とす。
麗子がそれを拾い、口元に当てた。
「えー、テステス。お前らうるさいらしいから、散れ」
「…ハァ!?」
突然の乱入に納得のいかない若者達が騒ぎ出す。
麗子はしっしっと手を振った。
「引っ越してきただけだから、大人しくしてようと思ってたんだけどな。アタシの面倒ごとのために消えてもらうわ」
「ふ、ふざけんな!」
「そうだ!てめえが本当に魔離闇亡の鬼神かどうかもわからねえのに…」
ひとりのリーゼントヘアの青年が麗子の元に詰め寄り、彼女の襟を掴んだ。
麗子の額に青筋が浮かぶ。
「赤がチーム色の魔離闇亡で、アタシの服だけどうして白かったか教えてやろうか」
「は?」
麗子が笑顔で拳を作る。
「返り血で真っ赤に染まるからじゃボケナスが!!」
言い終わらないうちにその鉄拳は顔に叩き込まれ、その勢いで彼の身体が地面へめり込んだ。
呆気にとられる集団を前に、麗子が血のついた拳を振る。
「今日からこのグループはアタシがしめるわ。それが嫌ならかかってこい」
麗子の言葉に、その場の全員が反応する。
「相手はひとりだ!」
「やっちまえ!!」
飛んできた拳を避け、麗子が相手の顔面を蹴り上げる。
厚みのある靴をもろに食らって、鮮血が飛び散った。
「わあ!麗子ちゃんすごいね」
「…一応神のお使いなんだが…あれでいいのか?」
この人数を相手に、渡り合うどころか完全に圧倒している。
その男女問わずなんの迷いもなく拳を振るう鬼の様子に、鼓太郎が呻いた。
返り血を浴びた麗子の横顔はとても生き生きとしている。
間違っても神様に派遣された人間ではないだろう。
「んー…」
まさに空き地は阿鼻叫喚の地獄。
(人選を間違えたかもしれない…)
その様子を仏のような顔で見ながら、鼓太郎が選択を後悔する。
絶対にあれは、正しい解決方法ではない。
顔を腫らした少年少女が付近の住宅に謝罪をして回るのは、その次の日の朝のことであった。
「あー!すっきりした!」
凛と鼓太郎の住まいの中で、麗子が伸びをする。
朝日を浴びてその金髪はきらきらと輝いているが、服や顔にべったりついた血が毒々しい。
あの後、ひと騒動起こした麗子は、一度こちらに戻ってきていた。
心無しか鼓太郎は距離を置いているものの、凛は相変わらずのんびりと彼女に話しかける。
「麗子ちゃん。お疲れ様。また今度もよろしくね」
「えっ!?まだあんの!?」
「うーん、今日のやつで少しだけ神力溜まったけど、まだまだ足りないかなあ」
「畜生…こうなったらあいつらに命令して迷惑行為を働かせて、住民がここに願いに来たらその度に半殺しにすれば良いんじゃね」
(駄目だろ…)
鼓太郎が白眼をむく。
人々のために存在する神の根幹を覆すような提案だ。
発想が人でなしである。
さすがの凛もやんわり止めて、麗子の格好を眺めて口を開いた。
「学校行く前にお風呂はいったら?」
「あー…今日入学予定だったけど、だりーからサボるわ。ちょっとここで寝かせて」
そう言いながら横になる。
その様子をジッと見ていた凛が、彼女の名を呼んだ。
「麗子ちゃんはお勉強嫌いなの?」
「えー?そりゃ嫌いだわ。やりたくねえよ」
「でも、お勉強すると小さな会社にも大きな会社にも入れるって聞いたよ?」
「ええー…でもやりてえことがあるわけじゃねえし…」
一刻も早く眠りにつきたい麗子が、少し苛々としながら質問に答える。
それに鼓太郎が気を揉むものの、凛は一切引かずに続ける。
「麗子ちゃんの持ってた指輪、今は僕が預かってるけど、キラキラした石がはまってて、とっても綺麗だよね」
「あー、あれ?いいだろ。ガラスじゃなくてダイヤモンドなんだぜ」
嬉しそうに話す麗子に、凛が静かに口を開いた。
「麗子ちゃん。生まれた時僕らは、たくさんの金剛石の原石に囲まれているんだよ」
「金剛石って…ああ、ダイヤモンドのことか」
「うん。僕らはね、その中のいくつかを磨いていって、最後には自分の持っている内から、いちばん輝く金剛石を選ぶんだ」
麗子が顔を上げる。
「凛、何を言って…」
「でもね、磨くのを怠ったり石を捨てちゃっても、選ばなきゃいけない時はくる。その時はどんなに霞んでたって割れてたって、例えそれが金剛石じゃなく硝子だったとしても、その中から選ぶしかない」
「……」
「僕はね、麗子ちゃんに、たくさんの美しい金剛石の中から、君がいちばん価値があると思う金剛石を選んでほしいんだ」
そう言って凛は、どこか寂しそうに笑った。
「麗子ちゃんの今の行動は、せっかくの原石を捨てているのと同じことなんじゃないかな」
凛の言葉は、この時の彼女にはいまいち理解ができなかった。
それでも彼の顔がとても悲しそうだったので、麗子は何を言うのも忘れて、言葉を失った。
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