2.2.ホワイトシチュー殺害未遂事件
『ホワイトシチュー殺害未遂事件』
あれは、私が8歳だったころ。
香里ちゃんが私に大好物のシチューを作ってくれた。
ちなみにこの香里ちゃん、本名は神田香里という。私の母親だ。
先に答えを言ってしまってるからそんなに引き延ばすことでもないと思うが、結果的にこのシチューには毒が入っていた。化学分析した結果じゃないけれど、それから先に起こったことを知れば、誰もがそう結論を出すと思う。
思い返すと不思議なことではあった。前日までは、私の父親と大喧嘩してヒステリックになっていた香里ちゃんが翌朝にはえらく上機嫌だった。そして、私が学校から帰ってくると、シチューの用意をしていたのだ。
夜になり、食卓にそのシチューが並ぶ。父親はいつも帰宅時間が遅かったのだが、この日は特に遅く、帰ってこないから二人で先に夕食を済ませることになった。
シチューは私の大好物だったし、それを香里ちゃんも知っていただろうから私は喜んでいるように振る舞った。
いや、普段なら心から喜んでいただろう。ただ、その日は朝から神経性の胃腸炎が酷くて、液状のものを食べるのには抵抗があった。
だから、香里ちゃんがトイレに行くため席を離れた隙に窓から全部撒いた。
戻ってきた香里ちゃんは、私が早くも完食したのだと思ったらしく、珍しく私を褒めてくれた。
私は嘘を吐いた申し訳なさと褒められた嬉しさの入り混じった、妙に浮き足立った気持ちのままお風呂に入った。
お風呂から上がっても、まだ父親は帰っていなかった。日付の変わるころだった。
台所では香里ちゃんが夕飯の後片付けをしていた。悲しんでたら励まそうと思い、シチューを流しに捨てる香里ちゃんの顔を下から覗き込んだ。しかし、その表情は能面みたいだった。友だちのお母さんより上手だと思ってた香里ちゃんの化粧が、人間味のないその無表情を際立たせていた。
最後のシチューが流し台に流れて、ゴボッと音を立てたときに、香里ちゃんは一度だけ表情を変えないまま、「ハハッ」っと笑った。
翌日、学校へ行く前に、数匹の猫の死体がシチューを撒いた窓の近くに転がっているのを見つけた。私は何となく怖くなって、誰にも見つからないようにその死体をそっとゴミ袋に入れて、近くの川に捨てた。
そんなことがあったからだろうか。私の中に毒を作る発想が生まれたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます