グラタンの踊り子(洗剤、楽譜、グラタン)

 うちの家族はおかしい。

 

 どこが、そう思うだろう。どこがというと、食事の時のことである。しかも毎回というわけではなく、ある時だけだ。


 そのある時とは、グラタンが夕飯の時。ドリアでもラザニアでもなく、グラタン。準備から片付けの間という思ったよりも長い時間だ。


 では具体的に何がおかしいのかというと、音楽をかけるということだ。ただ音楽をかけて聴きながら食事等をするといえばそうなのだが、その音楽自体も理由もおかしいのである。



 話すにあたりまずグラタンの話をしよう。味ではなく後片付けに関してだ。


 グラタンは食べ終わった後、器にカチカチのチーズやらがこびりついているというのは周知の事実だろう。それである。それが綺麗にとれるようにというのが理由だ。


 ここでまずツッコミたいのがドリアもラザニアもそうだろうということだが、なぜか違うらしい。分からない。普通に水につけておいて洗剤で洗うよりもよくとれるという。当社比ならぬ母比である。母親どころか父親も信じているらしい。小さい妹まで本気にしているからやめてほしいものだ。


 そもそも、器のカチカチのチーズと音楽に何が関係あるかといえば、グラタンを作っているところから音楽をかけることによって、その部分が音楽にノッて踊り出す。踊り出したチーズやらは動いているから、洗う時とれやすくなる。そういうことらしい。


 分かるか? これが分かるか? 俺にはさっぱりだ。ノリノリのチーズが固まってもとれやすくなるなんて。というより、ノリノリのチーズというワードすら理解出来ない。


 まぁいい、事実だけを述べるとしよう。これで理由は分かったと思うが、次は音楽だ。音楽にもこだわりがある。それは自作ということだ。母作である。たまに父親も作るのはやめてほしい。


 スマホのアプリでピアノの作曲アプリを入れて、作り、楽譜におこすまでやる。それに加え、アプリで作った音源をそのまま使うのではなく、実際に自らピアノを弾き録音したのを使うのだ。


 こうした方が、チーズも気持ちがより入りやすくなるということだ。


 この事実を聞いた人は、理解できるというのか、いや家族である俺さえ分からないというのに他人に分かるわけがないだろう。……いや思ったより理解出来る人がいるかもしれない。このことをおかしいと思っているのは俺だけ、という可能性も捨てきれない。


 いやそれはいいだろう。他にもうちの家族にはおかしいことがあるが今日はここまでにしておこう。


                           ×月○日 夜中


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