flower message(プール、紫、クリスマス)

 ある年の冬、長い間連絡をとっていなかった人から会えないかと聞かれた。特別彼と仲が良かったというわけでもなく、なぜ今こうして会おうとしてきたのか分からない。けれども、なんとなく私は彼と会おうと思った。


 約束の日、赤や緑、白で彩られた街中、待ち合わせの時間の10分程前に着いたが彼はもうそこにいた。「久しぶりだね」と声をかけるととても優しい表情で「お久しぶりです」と言った。


 私達はコーヒーを飲みながらたわいのない話をした。今は何をしているかとか好きな花や好きなこと。学生時代の好きな授業の話で、暑い日の水泳の授業や寒い日の暖房が入った教室での芸術科目が最高の睡眠タイムだったなんてことも話した。本当に何でもないことだ。


 そしてそれだけだった。


 話したあとは解散。家に帰ってから、そういえば用事とかあったんじゃないのかなと思った。ただ、本当に他には何もなかったため会話が用だったのかと思うことにした。

 


 それから季節は過ぎ、日差しが強い時期になった。あれから全く連絡のなかった彼から再び連絡があった。また会えませんかという内容だった。数ヵ月経っての連絡だ。どうせまた話すだけだろう。私は何も考えずに「いいよ」と返事をした。



 約束の日、今回も早く来るかもしれないと思い、30分前に待ち合わせ場所に向かったのにもかかわらず彼はそこに立っていた。「早いね」と声をかけると、彼は少し微笑んだ。


 私達は前と同じ店で今度はアイスコーヒーを飲みながら話した。好きな花の話をしたから今日は花言葉の話。種類はもちろん色や色の濃さでも違ったりするんだと言っていた。想いを伝えるのに使う人も多いんだとか。そんなのは縁遠いなと思いながら話をしていた。


 話の間にふと彼が小さな紙袋を持っているのに気付いたので、買い物でも行ってたのかと聞くと、「これは今日買ったものではないんです」と返ってきた。誰かにあげるものでこの後その人に会うんだろうか。あれ、そういえばこの前も持っていたような気がする。


 そう思っても詮索するようで聞けずにいた。こんな感じである程度の所までは聞いても、それよりも深い部分はお互いに踏み込みはしなかった。そうしてはいけない気がした。


 だが帰り際に彼は私にこう聞いた。


「貴女には想い人はいますか?」


 私はこの質問に「はい」とも「いいえ」とも答えることができなかった。自分でもよく分からない。彼の目がとても真剣だったからだろうか。気後れしてしまったのかもしれない。


 私のこの態度を彼はどう受け取ったのだろう。彼は「そうですか」と呟いて去ってしまった。


 このときはまだ話す機会はあるだろうと思っていた。その時にちゃんと答えればいいと。



 その彼から連絡がきたのはそれから1週間後だった。「君が暑い日にするのが好きな授業の場所、18時に」とあった。日付は3日後。



 3日後の18時、私は学校に来ていた。指定された場所。授業ということは学校で2人が通っていたのはここしかなかった。そして暑い日、この話は冬に会ったときにしたものだ。答えは水泳の授業、プールである。


 この時間に子供の姿はなく辺りは静まりかえっていた。この時期はプールが使われているから天井があって水も張っているはずで、中になんて普通は入れないだろう。


 それでも入口に誰もいないとなると中にいるとしか考えられず、鍵も開いているのだろう。おそるおそる扉に手をかけると、とても簡単に開いた。ゆっくり歩いていく、それでも人の気配は感じられない。


 更衣室やトイレを横目にプールがある奥まで行き、最後の扉を開ける。


 そこに彼の姿はなかった。

 

 あったのはプールサイドに無造作に置かれた花束。よく見るとそれは紫の薔薇でプールの水にまで花弁が浮いていた。


 彼と好きな花の話をしたとき私は確かに薔薇と答えた。プレゼントにしては何か違うようにも感じるし、そうだとしたら直接渡してくれればいい。そして色は彼のチョイスだろうか。


 約束の時間から20分経っても彼は姿を見せない。きっと彼は来ないのだろう。そんな予感がした。


 もう帰るしかないのだがこの花弁はどうしたらいいんだろうか。取り除かなければ先生に見つかって大問題になってしまいそうだ。彼はそこまで考えているのだろうか。それとも私がどうするかも考えた上でこんなことをしたのか。どう思っているかなんていくら考えてもわかりやしない。そうだ、花束だけ持って帰ってしまおう。そして私は本当に帰った。



 次の日の朝になってもテレビニュースに学校のことがなく、昼間子供達がプールに入っていたことを親が話していたということから彼はあれを片付けたのだと分かった。



 そのまた次の日、私は普通に1日を過ごし夜帰ってくると母親がなにやら悲愴な面持ちで誰かと電話をしていた。と思ったら、とても驚いた表情で「そんなっ」「まさか」といった言葉を繰り返した。なんだろうと思っていると電話が終わったようで、すぐに私に声をかけてきた。


「同級生の×××君っていたの覚えてる? もう何年も前だけど」


 母親の口から出た名前は私が最近少しだけ連絡をとって会ったあの彼のものだった。


「その×××君ね。……亡くなったんですって。自殺らしくて。それでね。お、驚いたのがその、部屋に、×××君の部屋にあなたの写真が貼ってあったんですって。壁一面に、床にも散乱してたって。……小学生の時から最近のって……あったらしいの」



 この後、何を話したかは覚えていない。時間が経ってから落ち着いて考えると、彼は私のストーカーで、そして自ら命を絶ったということ。それ以外に私は彼のことを知っているだろうか。


 突然の連絡、会話、最後の花。一体どんな意味があったのか。今まで隠れて写真を撮っていた相手に会うなんて。そういえば連絡先はどうやって知ったのだろう。私はこのとき重要なことを忘れていた。


 また時が経ってから私は彼のことを思い出すことになる。花屋で紫の薔薇を見つけて、あの花束を目にした瞬間のことがよみがえってくる。


 そこににこにこした店員が近付いてきてこう言う。


「綺麗ですよね。紫の薔薇って花言葉が気品とか尊敬ってあるんですよ。ただ、叶わないという意味を持つこともある花なんです」


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