第5話 『……あぁ、尊い。』

鏡に映った美しくも、すっかり色が抜けてしまって青白くなった顔。

それは私、……では無い。


「キーラ・グレイアム?」


 そうだ。この子はキーラちゃんだ。身長は高くもなく、低くもなく。老婆のような灰色なのに、美しく見える髪はゆったり弧をえがいて腰の辺りで踊っている。

 肌は、抜ける様に白い。それを紺色のドレスで覆っている。折れそうなほど細い首元で揺れる星色のリボンが何とも愛らしい。

 肩の上にちょこんと鎮座している顔はもちろん白く小さく。

その代わりに瞳がこぼれ落ちそうなほど大きい。銀色に輝くそれはまるで鏡を綺麗に磨いて嵌め込んだよう。鼻はほっそりと、だがちゃんと彫りがある。口は仄かにピンク色を出し、人形のような顔に確かな生命力を主張している。


「めっちゃ、美しい。何この子?!神秘的過ぎて泣ける」


 長々と体を見てみたが要はそういう事だ。とにかく美しい。その姿を目に入れた瞬間、意味もなく頭を垂れてしまうレベル。


「あっ、やばい、本当に涙出て来た」


 鏡の自分の姿を見て泣くという傍目から見れば何ともおかしい行動なのだが、誰も気遣ってくれる人はいない。居るのはちょっと体と頭の中身が伴っていないアホな女の子だ。


「……グズっ、これ私じゃないよね?」


 ウン。私じゃない。キーラ・グレイアム。……結構、いや、かなりハマって攻略の限りを尽くした乙女ゲーム「キミだけを救う」の主人公ちゃんだ。


「じゃぁ、私は誰?」


 鏡に映る自分に向かって問いかける。これがゲシュタルト崩壊か。いや、既に顔が私じゃない時点で自我崩壊か。


「私、私は佐々木ヒナタ、16才。自称ゲーマー。入学祝いのお金を全てゲームに注ぎ込み、ろくに睡眠、食事もせず、ゲームを春休みを通り越し、新学期を迂回して、ゴールデンウィークになってもプレイし続ける。お母さんの枕を涙で濡らした、親不孝者。あと、トラック的なものに引かれてアッサリ死んだ」


 ウン。私だ。整理してみると色々わかった。ウン。多分、コレはかの有名な「転生」という奴ではないだろうか?

 あれだ、前世というやつでプレイした乙女ゲームの主人公に転生しちゃった系女子だ。

 そして、多分ここは宿屋だ。主人公は遠い街から馬車でゲームの舞台となるジーなんちゃら魔法学園に向うのだ。1日ではつかないから宿に泊まったんだよ、確か。

 最後に、私って結構な屑野郎だった。せめて、入学式ぐらいは出席すれば良かった。

……紅白の大福貰えるし。あれ?それは卒業式だっけ?


「よし、色々わかったつまり私は、乙女ゲームの主人公キーラ・グレイアムの体を手に入れた佐々木ヒナタだっ!!」


 オー。スッキリした。自分がわからないって1番怖いよね。でも。何でだろ?転生する時って普通、キーラちゃん自体の記憶があるはずなんだけど。

……ウン。見事すっぽり抜けてるね。

……そもそもそんなのあったのか?っぐらいナーンもない。

  とにかくあるのは私のだけ。つまり、佐々木ヒナタの16年間の記憶のみだ。

ハッ、大した記憶じゃないな。


「とりま、色々わかったし、これからどうしていくか考えないとだよね、ゲームやりたい」


 そうだ、これからどうしよう。たぶんこの乙女ゲーム「キミだけを救う」で構築された世界で生きてかなきゃなんないんだよね。しかも、主人公役として。

……何ていうか、大役だなぁ。まぁ、でも、こんな可愛らしい声、神レベルの体が自分のモノなんだから、すっごいお得だよね、利子来るレベルだよね。

転生させてくれた人ありがとう。

神様大好き!これからも都合いい時だけ頼るねッ!

トラックの運転手さん、もう私はあんたを恨んでないよ!むしろありがとうっ!!

まぁ、それはともかく、だ。


「まず、記憶が新しいうちにゲーム内容思い出そう」

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