第35話 演出

 砂漠の彼方に夕陽が沈むころには、ショーの準備は整っていた。


 夜のとばりに覆われた東の空には、ここの砂漠に似た赤い満月が刻々とのぼる。ウィッチガール同士の闘いの舞台にはこれ以上ない場所と時間。

 闘技場として区切られたスペースの周りには、どこからか集まってきたウィッチガールファンの観客達が、各々の愛車から満月がのぼりきるのを待っていた。 

 実況兼レフェリーのバニーガール型ウィッチガールが、軽妙なトークでセレモニーまでの時間をつないでいたけれど。犬耳の子はその内容を聞き流していて全く覚えていないという。丈の短いセーラー服とショートパンツという戦闘スタイルに変身し、その瞬間が訪れるのを待ち構えていたそうだ。


「うちだけじゃなく他の支社連中も、なんたらとか言う政治屋が近々封鎖区域内に視察にくるかもしれないってな噂を小耳に挟んで以降、ずーっと警戒していたみたらしいですね。ウィッチガールスレイヤーはあの黒い服の連中を招き入れるのか入れないのか。もし招き入れてこの町をすべて終わらせる気なら、それはいつでどんなタイミングだって」


 カテドラルが動くにはきっかけがある。異世界から来た妖精や魔法使いたちの活動にこの世界の人間が巻き込まれ、それが日の下に晒された時。悪い妖精や魔法使いたちの怖ろしい悪事が世間に漏れ出て、人々を震え上がらせた時。そして、この世界を取り仕切るえらい人たちが、世間一般の善良な人々が生み出す魔法への恐怖の高まりを無視できなくなった時。そうなれば、表の世界の国も政府も動かないわけにはいかなくなる。

 さあやれやれ……とえらい人達が重い腰をあげるその直前、露払いを務めるのがカテドラルだ。

 魔法文明圏との交流が進んだとはいっても、まだまだこの世界は魔法や異世界のルールにはなじみきっていない。世の中を滞りなく速やかに運ぶには表沙汰にしない方がいいものだってある。そういった不都合な物事を、カテドラルは綺麗に片付けてゆくのだ。

 現にシスター・ガブリエル──「悪い」ウィッチガールとして活躍していた魔界少女イブリス・ルキファ──も、現地警察の手入れの前にここへ連れてこられている。


「村と村、国と国、金持ちと貧乏人、王様と革命家、信心とまた別の信心、世界と世界、まあそういう集まりと集まりがぶつかり合う境い目ってのはどこでもそんなもんです。奇麗と汚いが常時渦を巻いてます」


 タバコの灰を灰皿に落としながら、犬耳の子は淡々とそう言った。私がしかめ面になったせいだろう。

 

 ショーの直前にホームのお菓子たちがピクニックを行うことが伝わると、各支社の偉い方々のなかではちょっとした緊張が走る。

 カテドラルが来るXデーは、間違いなくショーの当日。自分たちを一網打尽にするつもりか、お祭が最高に盛り上がる瞬間をねらってやってくる。ここまでの見当をつけるのは難しくはない。

 頭をなやませるのはそこから先のこと。しっぽを巻いて逃げ出すか、兵隊を集めて戦うか、裏切り者の女王様を堂々と処刑してピーチバレーパラダイスの王様になるか。

 ショーの時に必ず起きる混乱を、ピンチとみなすかチャンスと読んで賭けるか、それぞれの進退をつきつけられたのだから。

 土壇場で逃げ出した支社の数はそこまで多くはなかったとのこと。この町にいる妖精達の職業柄、カテドラルを怖がっている姿なんて見せたら沽券にかかわるもの。それに、こんな小さな町の利権でも、悪い妖精の国にとっては魅力の多いものらしい。支社のほとんどが最後までこの町に残り、そして賭けに敗けた。あとの結果は私がみていた通り、パンパンパン! と銃殺されることで一巻のおしまい。

 さて、犬耳の子やあのピンク色の子が属する養成の国・ハニードリームの支社長はというと、ショーの開始時にはとっくに姿を消していた。つまり、この町で得た利益を抱えてしっぽを巻いて逃げ出す側にいたのだ。

 こういう判断ができたのも、私がピンク色の子に渡したピクニックの招待状のお陰。魔法の使えない私なんかに敗けそうになった彼女が自身の面目を保つために、カテドラル侵攻に関する情報を支社の上部に伝えることを見越して渡したんだもの。お陰で彼女も、組織内で自分のポジションが落ちるのを気にせずに済んだんだもの。なんといっても、私たちは築かなければなりませんから。

 ところでハニードリームという国は、どうやら根っから欲の強い国みたい。逃げ延びる準備を進めるのと同時に、ピーチバレーパラダイスの玉座争奪戦に参加することにきめたのだから。

 ショーに出演する当事者である犬耳の子に、秘密の任務が与えられた。

 ウィッチガールスレイヤーは、ショーの最中に必ずしかけて来る。黒い服の騎士連中を絶対この場に招き入れる、その前に仕留めろ。

 この町に残された支社長代理に、犬耳の子は命じられたのだという。ショーを盛り上げるなんて、できもしないことを考えなくていい。ショーが始まったらすぐ殺せ。それくらいならショーに出てまだ経験の浅いお前にもできるだろう、と。

 つまり彼女は、マリア・ガーネットを暗殺するよう言付かっていたのだ。


「実際、それくらいなら余裕だなって思ったんです。お客さんを楽しませながら戦うってやつが、あたしはどうにも不得手でして」


 私に向けて一部始終を、犬耳のウィッチガールは、あどけない口調で語り聞かせてくれた。──まったくもう、済んだ話だからいいようなものの。

 私を唖然とさせながら、彼女はとつとつと続けた。


「あの人はまあ弱くはないけど、しょせんは芸人だし、ただ殺すくらいならまあ楽勝だな。敵じゃないなって。さっさと終わらせてサクラさんと合流して肉食わせてもらおうって。そう思いました。慢心ってやつです」

「慢心してくれてよかったわ」


 ショーが済んだ後のことを考えながら、犬耳の子は挑戦者サイドで待っていた。

 フィールドを挟んだ正面に、彼女の対戦相手になる無敗のウィッチガールスレイヤーはいた。以前戦った時と同じ、赤いマントと黒い細身のパンツ姿で。傍らに、(彼女の語彙で言うところの)大人しそうな尼さんと坊さんみたいな恰好をしたピーチバレーパラダイスボスを引き連れて。

 ボスはウィッチガールスレイヤーの肩に手を置いて、なんのかんの声をかけている。ショーでは無慈悲で誰も傍に近寄らせないと評判の女王様は、べたべた触られようと大人しくされるがままになっている。

 何から何まで鈍い父親とその娘、或いは、成金に見せびらかされている毛並みのいい猟犬。二人の姿をみて彼女はこう感じたそう。 

 ほどなくして、陽は沈む。赤い満月が照らす下で、ショーが始まる。

 バニーガールが開会を宣言し、対戦者をフィールドの中央へ呼び出す。今回は特別なショーだから、一応この町の代表であるピーチバレーパラダイスボスが観客へ向けて挨拶をすることになっていた。

 ──アホらしい。

 内心、犬耳の子はそう思いながらハニードリームの支社長代理を従えて歩き、指定された位置で待っていたそうだ。


「女子供の殺し合い見物にのこのこやってきた暇人連中の頭ごと、爆破魔法ハッパで吹っ飛ばせればそれで終わるのになぁってボーっと考えてたんですよね」

 

 犬耳の子の口ぶりから察するに、どうやら彼女はウィッチガールバトルショーには対してはずっと批判的で緊張感が持てないみたい。

 さっさと仕事を終えて帰ろうと決めていた犬耳の子の向こう、声がぎりぎり届きそうな距離に彼女が殺すように命じられたウィッチガールスレイヤーが真剣な顔で立っている。そのそばへ、バニーガール姿のウィッチガールがぴょんぴょんと跳ねつつ、聖職者姿のピーチバレーパラダイスボスのそばに近づいてマイクを差し出した。

 偉大なる大帝国のたった一人残った後継者だとは聞いてはいたピーチバレーパラダイスボスと呼ばれる男が、マイクを握って何か挨拶しようとする。

 その直前、ウィッチガールスレイヤーが左手でボスの腕を引いたのだ。

 忘れ物があるよ、というような、実に何気ないしぐさだった、らしい。

 あまりにも自然で、警戒することなく振り向いたボスは、自分の左胸が金属製の右腕に貫かれたことにも気づいてなかったようだという。

 一体何が起きたのか、とっさに気づけなかったのは心臓を貫かれた当の本人だけでなかった。関係者も観客もその場にいた誰も皆、ただその場に立ち尽くす。待っていたその瞬間が訪れたのに。対応できたのは犬耳の子だけだった。

 それでも反応が僅かに遅れた。



「お恥ずかしい話、読み違えたんですよ。あの人は芸人、あたしは兵隊。芸人である以上、あの人はショーの理屈に縛られている。でもあたしはそこからまだ自由だ。てことは十中八九あたしが勝ち──って読んでたんですが、ゲロ甘でしたね。ショーの理屈に通じているってことは、それを土壇場で自分の有利なように捏ねられることでもある。そこに気づけなかった」

「……要は裏をかかれたことよね、マリア・ガーネットのことを侮って」

「適当に縮めりゃそうなりますね」


 煙草のフィルターを唇から放した彼女は、こちらを見ることなく頷いた。視線を遠くに据えて、頭の中を整理しながら、彼女なりに何が起きたのかを正しく語ろうとはしてくれているみたい。でも正直なところ、私には焦ったい。

 また煙草の火口から灰が落ちそうになっている。私は灰皿を差し出して、話の続きを促す。犬耳の子は吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた。


 ウィッチガールスレイヤーは首輪をつけている。あれを着けている間はピーチバレーパラダイスボスに深刻な危害を加えることはできない。そういう魔法がかけられている。犬耳の子は事前にそう聞いていた。なのに目の前で、耳にしていた情報を裏切るような事態が起きている。

 場慣れしている彼女が戸惑ったのは、瞬きにかかるのと同程度の時間だった。たったその程度の時間でも出遅れたことには違いない。犬耳の子は、自分の武器の召喚動作に入った。まだショーの始まりは告げられていないけれど、もう既にそんな時点は過ぎている。

 彼女が武器でもある魔法の杖を握りしめて構え、魔力の弾をはじきだそうと杖の先端をウィッチガールスレイヤーへ向けた時にはもう、勝敗は決していた。

 自分の主の体を貫いたウィッチガールスレイヤーは、そのまま特徴的な右腕を引き抜く。既にこと切れていたピーチバレーパラダイスボスの頭を右手で掴み、握りつぶす。

 こうして出来上がった頭のない小豚の死骸を、ウィッチガールスレイヤーは自分の足元へ投げ捨てる。まるですさまじい苦痛に耐えているかのような顔つきのまま、左手で大量の返り血がかかったマントを毟り取った。その間にも、金属製の右腕が悪い妖精の血を吸い込んでゆく。魔力が食われてゆく。

 あの腕は危険だ。中に棲んでいる使い魔が魔力を勝手に食らっている。まず胴体からあの右腕を外さなければいけない。犬耳の子はとっさに判断して、杖を対戦相手の右肩に向ける。魔力の弾を弾くのに呪文はいらない。いつものように念じればいいだけ。それで終わる。このくだらないショーはおしまい。

 そういう段取りを、犬耳の子は行えなかった。一瞬だけ、ウィッチガールスレイヤーと目があったからだ。殺意がきらめいた赤い瞳が、目を通して脳に焼き付く。太陽を見つめた時のように目がくらむ。

 真正面から視線を受け止めた途端、杖をもった腕が跳ね上がった。


「あっちゃー――って思いましたね、あんときは」


 新しい煙草に火を着けたのに煙を吸い込むことを忘れて、犬耳のウィッチガールは緊張感もなくただ語る。


「あの人と目が合った瞬間、杖を持ってた腕が真上にはじかれたんですよ。それで弾が外れた上に、念動魔法をまともにくらったせいで杖もお釈迦になる。本当ならあの瞬間には仕留めてなきゃいけなかったのに、とんだヘマこいちまったことしかわからなかったんです」


 何が起きたのか把握できなかったのは彼女だけじゃなく、その場にに居合わせた関係者全員だったらしい。

 飼い主には歯向かえないはずのウィッチガールスレイヤーが、ピーチバレーパラダイスボスを手に欠けている。ありえない事態が起きている間に、尼僧服の女が激しい痛みに耐えているようにみえるウィッチガールスレイヤーの背後へするする滑るように回り込むと、その首から素早く首輪を外す。

 それが一体何を意味するのか観覧席の支社長たちが理解する間に、人前では決して楽し気に笑ったりしないウィッチガールスレイヤーが初めて笑顔をみせたという。

 苦痛にもだえていた様をその表情からぬぐい取り、浮かべて見せたのは、尊大で凄絶な笑みだった。それは自分を戒めていた楔から解き放たれた獣を、見る者全てに思わせるのに十分だった。

 右腕の外殻が鱗のように逆立って指先へながれて、一振りの槍を象る。彼女はその柄を力強く掴む。


「支社長代理が正気にもどって蹴とばしてくれたおかげで、あたしもやっと態勢立て直せたんですが、そん時にはもうすっかり手遅れでした。あたり一帯赤い魔力の雨霰でして」


 妖精の持つ魔力を吸収した使い魔は猛り狂う。

 ウィッチガールスレイヤーの右腕全体に、ばちばちと赤い魔力がはじけて纏いつく。腕を薙ぎ払えばそれだけで上空へ飛び散り、魔力で出来た赤い槍の雨が一帯に降り注ぐ。槍の雨は確実に悪い妖精達を確実に貫き殺す。赤い槍は地面にささった瞬間、炎になって燃え上がる。殺された妖精の魔力はアスカロンが全て吸収してしまう。


「こりゃダメもとで接近戦やんなきゃなーって、頭では分かってたんですけどね。もうやる気にはなれなかったです。もうどうにもこうにも出来ない状態でしたから」

  

 爆炎の照り返しに照らされた、その時すでに黒いコートを纏っていた。

 返り血のかかったマントを脱ぎ捨てて以降、上半身はインナーだけだったのに、いつ着たんだろう。そんな疑問は彼女の背後にいる尼僧服の女の存在ですぐ片が着く。さっき首輪を外したように、尼僧服の女が着せたのだろう。

 いやそれよりも、あの格好は自分が招き入れてはいけなかった黒い服の連中そのものじゃないか。

 それに気づけば、彼女の後ろにはずらりと並んでいた。黒い服の連中が。

 まるで陽炎から浮かび上がる様だった、と彼女は語る。


「やっちまったー。下手こいたー。懲罰もんだーって。さすがに悔やみましたよ――でもねえ」


 ここでようやく思い出したように、犬耳のウィッチガールは煙草のフィルターを咥えて煙を吸い込み、そして吐く。眼元の緊張がすこしだけ緩んでいた。忘れられない光景を思い出しているような横顔は、もともと幼い顔つきを一層あどけなく見える。


「なんか目が離せなかったんですよねえ。バーッと辺り一面真っ赤っかに燃えていて、黒いコート来てたウィッチガールスレイヤーがすっきりした顔してて、その後ろにダーッと黒い連中が並んでいて……。なんでこんなことになってんのか意味が分かんなくて、続きが知りたくて。今思い出しても、手品を見せられたような塩梅になっちまいまして」

 

 どこかの支社長が観客に紛れ込ませていた魔法戦闘の傭兵が動き出したが、時は既に勝敗を喫したあとだった。

 ウィッチガールスレイヤーは手にした振り上げて、降ろす。

 それが号令になった。

 背後に控えた黒い服の連中は散会しあちこちで戦闘が始まる。

 指揮系統を失った下っ端の妖精達はてんで逃げ惑い、気が付けば支社長代理も胴体にささった赤い槍のために子熊の姿にもどってフィールドに転がっていた。実況役のバニーガール型ウィッチガールはさっさと逃げ出したようだった。 

 赤い火の海の中央で、表向きは仲間だったはずの妖精達を殺したウィッチガールスレイヤーは、ふっきれた表情で立っていた。

 それまで背後にならんでいた黒い服の連中が、観客のふりをしていた傭兵連中と派手な戦闘を繰り広げる為にせかせかこまこま働いているものだから、まるでウィッチガールスレイヤーが女王様か何かで、黒い服の連中を兵隊のように従えているようにしか見えなかったのだそうだ。

 

 そしてそれはなんだかとても記憶を揺さぶる光景だった、らしい。彼女にとっては。


 仕事を忘れて魔力の炎の中にいるウィッチガールスレイヤーを見つめていたからか、不意に目が合った。

 首輪を外された時に鬼みたいなさっぱりした顔つきで、視線があうと以外に屈託なく笑いかけたらしい(そういう表情、私はよく知ってるけれど)。


『……ごめんね、つき合わせちゃって』

 

 魔力を使った通話法で、ウィッチガールスレイヤーはそう語りかけたという。


『あんた今のうちにここから逃げた方がいいよ。それからもうちょっとだけ、馬鹿みたいだけど強くて可愛いウィッチガールやっときな。あんたをそんなにした相手といつ巡り合ってもいいように』


 それを聞いた瞬間、犬耳の子の中で胸に封じ込められて見ない様にしている昔のことが一気に蘇ったのだという。家と家族を何もかも奪われて、他の似たような境遇の子どもたちと一緒に付け焼刃の少年兵として処分された時のことが。

 見ないようにしていたのに、封じ込めていたのに、もう戻ってこない日のことだから忘れるつもりだったのに。

 自分はこのまま顔も知らないような誰かの指示で、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、言われたことをこなすだけで生きていくつもりだったのに。


「とっさに、ワーってなって、今更意味ないってわかってたんですけど、全弾ぶっぱなしたんですけどやっぱ無意味で。あの人、ちょっと笑って行っちゃいました」


 燃え盛る炎の中へ消えるように、ウィッチガールスレイヤーは尼僧服の女とともに消えた。

 自分の周囲で戦闘は激化している。それでも犬耳のウィッチガールは動けない。 

 逃げなきゃいけないことはわかってるのだけど、手も足も動かない。

 目はいつまでも、結局戦わなかった対戦相手の消えた後を見ていた。

 


「――で、まあ、ぼーっとしてたら黒い服の連中にとっつかまって、あの尼さんにここにぶち込まれたってわけです。はい」 

 

 犬耳のウィッチガールは未だここではない遠くをみている。


「あんま後悔はしてませんけどね、特等席でいいもんみせてもらったようなもんですから。はい」 

「羨ましいわ。私もあの子の格好いいところを見たかった」


 つい本音を呟いてしまう。私もマリア・ガーネットの最後のショーを見てみたかった。

 だって、彼女の口調には抑揚がないし、舌ったらずだし、語彙が独特だからいまいちマリア・ガーネットの雄姿が伝わり辛いんだもの。


「運が良ければどっかの支社が動画配信してくれてると思いますよ。それ見たらどうです?」

「……あんな有様では撮影クルーだって無事とは思えないけれど」

「それもそうです。はい」


 ──それにしても。

 遠くの花火を見るように、私たちが遠く離れた峡谷キャニオンの上で、この町を取り巻く赤い魔力や爆炎の光。

 すごいすごいとはしゃぎながら、ぴょんぴょん跳ねていたバルバラ・サファイアの姿なんて記憶にまだ新しい。

 私なんか、乱舞する光をみつめてたまらなく寂しい気持ちになっていたし、それをきっかけでテレジア・オパールに煽られて言い合いになっていた。その間にマリア・ガーネットはピーチバレーパラダイスを宣言通り終わらせていた。しかもきっちりお代を支払わせて。

 火の雨は降らせられなかったにしても、赤い魔力で出来た槍を降らせたんだから大したものじゃない。

 頑張ったじゃない。素敵じゃない。さすが私の女王様。

 それならシスター・ガブリエルとの関係を断ち切るなんて、訳ないじゃない。

 なのにどうしてそれができないの?

 

「……」


 膝を抱えていると、ここに着いた時に給水塔からみたばかりの光景が思い出されてしまう。

 あの子は膝に肘をついて、なんだかとても儚げな様子に見えた。

 どれだけ恨んでも恨んでも恨み足りないような神父様相手でも、直接手を下すのはあの子にとっては負担が大きかった筈だ。

 シスター・ガブリエルは、あの子のそんな気持ちを汲んであげられているのかしら。不安定になっているかもしれないあの子を支えてあげているかしら。

 ──いや、ダメじゃない。そんなことをあの人にさせちゃいけないし。それは私の役目だし。 

 ぶんぶんと頭を左右に振っていると、犬耳のウィッチガールが唐突におかしな質問をしてきた。


「ユスティナは演出って考えたことありますか?」

「なあに、藪から棒に……」

「さっきも言いましたけど、あたし、演出ってやつがイマイチわからないんですよ。それでよくサクラさんにも指導されてしょっちゅう叱られて――あんたがガチの勝負に強いのはわかるけど見ていていまいち面白みに欠ける! 一直線に勝ちにいきすぎる! ってよく言われるんです」


 ──どうしてこのタイミングでお仕事の悩み相談をはじめるのかしら、この子。

 本当に色々つかみどころのない子だ。見た目はあどけない小動物みたいだけど。


「今までそういう、客の目を気にしたりするのアホみたいだなー、勝てるならまっすぐ勝ちにいくのが正解じゃないか。演出なんか気にしていたら場所が場所だといの一番にてめえがおっ死ぬ羽目になるのにって思ってたんですよね。でも」

 

 犬耳の子は、灰皿に煙草の灰をとんとんと落とした。


「あの人の、ああいうの見て、演出ってああいうことかなあ。あたしもいつかあれをやりたいなー、つうか、やんなきゃなーって思いまして。はい」

「? ……よくわからないけれど、ウィッチガールとしての目標ができたのはいいことなんじゃないかしら」


 ああもう。本当にこの子の喋り方は舌ったらずで抑揚がなくて、言葉のチョイスが独特で伝わりづらいったら。ピンク色のウィッチガールもこの子のこういう所をまず矯正したらどうなのかしら。

 またじれったくなっていると、例のあの、ぽかん、きょとんとした目つきで私をじっと見つめてくる。


「率直に訊きますが、あたし、ウィッチガールに向いてます?」

「……」


 まるで「私って可愛い?」と尋ねてくる思春期の女の子だ。第三者からみると可笑しいけれど、本人にとっては大問題って類の問いかけだ。

 つい笑ってしまいそうになったけど、彼女本人は真剣そう。私は少し気を引き締めた。

 彼女は正統派のウィッチガール向きのキャラクターではない。フリルやレースがあまり似合いそうじゃないし、いつも笑顔の頑張り屋さんって風情でもない。

 でもご高齢の方から小さなお子さんにまで幅広く親しまれそうな小動物っぽさや、見ていてつい微笑み返したくなるあどけなさ、見た目を裏切る突拍子も無い言動には、人の目を引き寄せるものがある。人の生死に関わることを何でも無さそうに口にするのは、ちょっとどうかと思うけれど。


「安心なさい。あなた可愛らしいから向いてるわよ。ウィッチガールに」


 感じたままに伝えると、初めて彼女はニコッと笑った。心から嬉しいので笑っている、野山を駆け回るのが似合いそうな女の子っぽいナチュラルないい笑顔。

 いつもそうやってニコニコしていればいいのに。そうしていたら、なんのためらいもなく人を殺そうとする子になんて見えないんだから。

 でも何か思う所があったのか、彼女は手元の煙草をじっとみる。


「――サクラさんが言う通り、やめたほうがいいですかね」

「その方がいいわね。ウィッチガール活動を続けるならイメージ戦略は大事だもの。残念ながらあなたの雰囲気と喫煙はそぐわないわ。別のリラックス方法を見つけたほうが賢明ね」

「善処します。はい」


 はーっと、ため息を吐いて、犬耳の子は火のついた煙草を灰皿に押し付けた。




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