第18話 手紙 

 タクト、ステッキ、コンパクト。ブレスレットにペンダント。

 ロッド、剣、盾、弓矢にボウガン、ナイフに銃火器。


 液晶に映し出されるドルチェティンカー製の魔法の道具の数々は、眺めているだけでため息がこぼれた。

 ウィッチガール向けに造られた道具なんて、まるでお姫様の持ち物のように愛らしい。かと思えば、一流宝飾店のショーケースに並べてもおかしくないくらいエレガントなものもある。

 エンターテインメント性を考えなくてもいい魔法戦闘部隊用の武器も、機能美に溢れていてほれぼれする。


 お客様が教えてくれたウィッチガールを含む魔法使い専用のオークションサイト。ドルチェティンカー製の道具を集めた専用のページから私は目が離せなくなってしまう。

 シスター・ラファエルが自分たちが創り出す製品の質と魔法に絶対的な自信と誇りを持っていたのも一目見ただけで頷ける。どれもこれも、可愛くて美しくて見ているだけで胸がときめく。

 こういう道具を一つでも持てるならウィッチガール活動も悪くなさそう……なんて考えてしまうのは私だけではないらしく、中古にも関わらずドルチェティンカー製品の全て落札済みだった。おまけに見たこともないような額で取引されている。


 少数生産で高額、であればこその美しさと使い心地を保証したドルチェティンカー製の魔法道具は一部に熱烈な愛好家を生み出した。

 ある時を境にぴたりと新作が造られなくなり、そのまま消息を経ってしまったドルチェティンカー。活動停止のアナウンスがないまま七年も経ち、ファンの戸惑いや嘆きは今も業界に溢れている。最近では稀少性も加味されて元の価格より数倍の値で取引されているそう。

 人気の高さを示すように、タブレットを操作すればドルチェティンカー製品のコレクターサイトなんてものまで見つかる始末。



「君が今更魔法の道具について興味を持って、何がどうなると言うんだい?」

「おじさまがお好きなものについては私も詳しくなりたいの。いけない?」


 お客様は私のことを胡散臭そうに見るけれど、タブレットを自由に使わせてくれる。

 それをいいことにドルチェティンカー製品のコレクターのサイトをじっくり眺めた。

 このサイトの管理人でコレクターは、どうやら元ウィッチガールみたい。それもカテドラルの騎士もお墨付きを与えるくらい真っ当な妖精の国と契約して世界を守り、役目を全うした元ウィッチガール。今はのんびりと日常を謳歌している一般女性で、もう魔法は使えないけれど、かつてのことが忘れられなくて魔法の道具を集めている――とのこと。

 見知らぬ幸運な元ウィッチガールが、懐かしさを言い訳に魔法道具を独り占めにしたくなる気持ちが悔しいけれどわかってしまう。なんといっても、ドルチェティンカー製品のウィッチガール向け道具は全てとても可愛いのだ。魔法が使えなくたって、資金が許すなら全部集めてガラスケースに並べてしまいたくなる。

 ウィッチガールの道具に可愛さは大事。とっても大事。どれだけ大きな魔力を秘めているか、便利な機能が備わっているか、そんなことよりも可愛さがいっとう大事。可愛いものを持つと気分も上がり、どんな夢も叶えられそうな自信も湧くし、可愛い道具を見栄え良く使えばうんとたくさんのファンもつく。

 対して、一部のマニアックな方々しか記憶に留めていないユスティナアルケミーが持たされていたのは、二匹の蛇が巻き付いた金色の杖。動画の一場面を思い出すだけでがっかりするくらい趣味が悪いし可愛くない。かつての私の製造元は、自社製品にそんなものを持たせたからこの世界の進出に失敗したんじゃないかしら?

 

 ベッドの上で気分を上げたり下げたりちょっと楽しんでいたところ、ある画像に私は引っかかる。

 ドルチェティンカー製の魔法道具を未だ現役で使っているウィッチガール、サイトの管理人は彼女らの名前と道具をまとめて紹介していた。その中に忘れようたって忘れられない顔が混ざっていた。

 ピンク色のツインテールに没個性的なピンク色のひらひらふわふわした趣味の悪いドレス姿、凡百のウィッチガールらしい女の子。彼女はどうみても、マリア・ガーネットを傷つけたハニードリーム所属のあのウィッチガールだ。 

 魔法少女アサクラサクラ。それが彼女の名前らしい。

 上機嫌だった私が急に不愉快そうな顔になったせいで興味でもお持ちになったのか、お客様もタブレットをのぞき込む。


「――ああ、敗北動画の女王だな」

「敗北動画?」

「正義のウィッチガールが、異世界の獣人だの触手だの、マッドサイエンティストが生み出した機械だのと戦って負けて凌辱される様子のドキュメンタリー。そんな体裁で撮られたアダルトコンテンツをそう呼ぶんだ。ハニードリームが制作最大手で、彼女はそこの看板だ。東アジアでかなり人気があると聞く」


 動画をみるかい、と勧められたけれど遠慮する。わざわざ見なくたって内容なら大体想像はつくもの。似たようなことなら、ホームのお菓子たちはここに来るまでにみんなこなしてきた。お勉強の時間にはそんなことまで教えられるのだから。


「いかがわしい動画にお詳しいのね、おじさまったら」

「仕事柄、ウィッチガールに関する情報は仕入れることにしているんだよ」


 ピンク色の子のことを思い出してしまって不機嫌になる私のことを眺めるお客様ったら、憎らしいくらい楽しそう。自分が優位に立っている状況がお好きな方だとわかってはいたけれど。


「そういえばマリア・ガーネットとハニードリームのウィッチガールの間にトラブルが起きたそうじゃないか」

「ぶつかった拍子にアイスが服についたとかつかないとか、そんなレベルのつまらない喧嘩よ。その子、観光に来たって言ってたわ」


 さっさと帰ってしまえばいいのに。

 私はそう付け足さずにはいられない。

 「こんなところ三日もいれば逃げ出す」となんて言っていたくせに、あのウィッチガールは三日以上経った今でもピーチバレーパラダイスにいる。それは町の住民ならみんな知っていた。それどころか、あのピンク色の子が今現在どこにいるのか、世界のあちこちにいるウィッチガールファンの多くがご存じのはず。なにしろ彼女は、ピーチバレーパラダイスを動画に撮ってネットに流し続けているのだから。

 七年前に住民の殆どが一度に亡くなった赤い砂漠の小さな町・ピーチバレーパラダイスの潜入記。一部の愛好家にしか見られないチャンネル限定とはいえ、悪い妖精たちが治める町の様子を勝手に動画に撮って流すのだから、偉い方々があちこちで怒りを爆発させている。

 この町のことを断もなく勝手に外へ持ち出すだなんて、一番やってはいけないことなのに。

 大切なメンツをつぶされた神父様は特にカンカンで、お住まいからは耳を塞ぎたくなるような罵り声がこのところ毎日聞こえる。

 こればかりはシスター・ラファエルもひどくご立腹で、私の前でハニードリームサイドの行いを厳しくご批判なさった。


「大体あの国はやることなすこと何もかもが汚いんだよ。仁義ってものがありゃしない」


 つい先日も、黒い羊のぬいぐるみ姿でお怒りだったっけ。でも、無理もない。


「うちのお転婆がなにやらやらかしちまったが、きつく言い聞かせるんで許してやってほしい」


 お話によると、ハニードリーム支社の代表はこんな一言で許されようとしたらしいのだから。それも、この町の有力者たちが一堂に会する代表者会議の場で。そのぬけぬけとした態度に、その場の誰もがあっけに取られたのだそう。

 シスター・ラファエルは、これをハニードリームサイドからの不服申し立てだとお考え。神父様のご勇退の後、この町はマリア・ガーネットを次期女王に据えた上で連合でこの町を統治するという案が、ハニードリームには面白くない。それまでピーチバレーパラダイスにくっついていたような小さな国が血統をカサにお飾りであっても代表の座に就くという案に乗るのは癪に障る、というわけだ。実際その通りでしょうしね。

 火の上で煎られているポップコーンの種の入ったフライパン、じっくり焙られていつはじけだすかわからないほど緊張が高まっている。最近のピーチバレーパラダイスを覆う空気を例えるとこんな風になる。それってあまり居心地のいいものとはいえない。


「敗北動画と呼ばれているが、怪物や獣人と互角にやりあった上で負ける様を敢えて演じてみせるのだから、出演者は並みのウィッチガールよりは頑強で戦闘巧者だって意見もある。特に彼女はベテランだ。本気でやりあったら君の女王様もどうなることかな」


 愉快そうな様子でお客様が説明なさった頃にはもう、ドルチェティンカー製品コレクターのサイトから離れている。今見ているのは、ウィッチガールのマニアがまとめたおおよそ十年前に活動していたウィッチガールのリスト。ハニードリームのピンク色の子の姿なんてこれ以上見たくもなかった上に、ほかにも調べたいことがあったのだ。

 今はシスター・ガブリエルと名乗っているあの方は昔、なんという名前のウィッチガールだったのか。私は知りたかった。カテドラルの騎士に捕まった過去を持つのに魔法を奪われず、マリア・ガーネットに魔法の使い方を教えたという、あの方。その上で、今現在は私たちお菓子の前では魔法なんて使うそぶりも見せず、お小言を口にしながらも料理や洗濯といった雑務にお励みのシスター・ガブリエル。控えめで頼りなさそうで、あの子に対しては馴れ馴れしく私に対しては距離のある、あの方。

 けれども結局、それらしきウィッチガールは見つからなかった。無名のウィッチガールはあまりにも多すぎた。短期間だけ活動し、あっという間に忘れ去られる女の子達の数の多さを前にして私は根をあげてしまう。

 ──それんしても、世の中にはこんなにウィッチガールがいたなんて。

 魔法の力を人知れず使っていた子たちが存在していたことさえ知られずに、カテドラルの騎士に狩られた挙句にこんなところへ流されてしまう子もいたなんて。

 中にはウィッチガールになったこともないのに、この町に閉じ込められているしかない子もいるだなんて。


 なんだか疲れて、タブレットをお客様に返した。


「もういいのかい?」

「目が痛くなってしまったの。――ねえ、新しい新聞は持ってきてくださった?」


 地下室で手に入れた遺品のイミテーションはお客様に既にお渡し済みだから、お客様は意地悪をなさない。すぐに鞄から新しい新聞の束をとりだしてくださった。紙の手触り、インクの匂い、やっぱり新聞はいい。

 国際情勢、お天気、株式情報、広告、連載小説、コラム、映画評……ピーチバレーパラダイスにはかかわりの無い、外の世界へ向けられたごちゃごちゃの情報に触れるだけで私の神経はゆったりくつろぐ。 

 でも、この一帯を含む地域の情報だけは念入りに読んだ。

 地の果てにそびえる奇岩をみにきた観光客が羽目をはずして顰蹙を買ったとか、勤続数十年の図書館員が退職したとか、のんびりした記事だけが掲載されているだけだけど、できるだけ丁寧に時間をかけて呼んだ。

 どれだけ時間をかけたって、七年前に住民の大半が変死をとげた封鎖地区のあの町でピンク色のウィッチガールが暴れまわっているなんてことが記事は見つからない。

 もちろん悪い妖精の国からこの町を奪い返すために、カテドラルの騎士が帰ってくるなんて記事なんてもの見つかるわけもない。それでも気が済むまで時間をかけて読む。


 

 

 前日の夜にもショーは行われていたから、紙を燃やした煙の残り香が今日のガレージの中に立ち込めている。

 マリア・ガーネットは、ショーがあった次の日いつもそうするように、ソファの上でくうくう眠っている。まったくあどけない顔で。

 起こさないようにソファの隅に腰をかけてから、サイドボードに置かれた灰皿の中の灰を少し触ってみた。

 もちろん灰は灰でしかない。指先が少し汚れただけ。

 ──ピンク色のウィッチガールに襲われたあの日、雑貨屋のミスターは嬉しそうに私達へ向けてお話してくださったっけ。ジョージナが兄さんから手紙をもらったって。それももうすぐ都会から帰るって書かれた、嬉しい内容の手紙を

 

 でもミスターからジョージナって呼ばれているマリア・ガーネットは、手紙なんて読んでいない。少なくとも私の前では。

 閉鎖されているこの町に通常の郵便は届かない。通信は概ね私たちが無断で触れることができないネットや魔法で行われる。

 そもそも、記憶や人格を壊された上に、誰にも伝えることなくこの町へさらわれた私たちのもとにお手紙が届けられる筈がない。万が一、そんな手紙が私たちにとどけられることがあったとしても、そんな怪しげなものは神父様やシスター・ラファエルが必ず検閲されるはずだ。

 

 お兄様から届く大切なお手紙だ、マリア・ガーネットは他の誰かに触れさせたりするだろうか。

  

 とりとめもなく考えながら、灰皿の灰を指先で突ついていると、マリア・ガーネットが身をよじる。ん……と、可愛い声をあげながらゆっくり体を起こす。

 寝起きで少し焦点のあっていない赤い瞳が私をぼんやり見つめた。私は微笑む。


「おはよう、マリア・ガーネット。よく眠った?」

「……おはよう、マルガリタ・アメジスト」


 上半身を伸ばしてから、この子は怪訝そうな顔つきになった。灰皿を突いて遊んでいる私のことが奇妙にみえたみたい。


「何やってんの? 汚れるよ」


 私は笑ってハンカチで指をぬぐう。空気が柔らかく優しいものへと変わってゆく。

 喉が渇いていたのか、マリア・ガーネットはサイドボードに置いていたボトルの水を飲んで一息ついた。そして、ニコニコしている私へ不安そうに尋ねた。


「この前のあの子、まだ元気ない?」

「――」


 〝この前のあの子″とはつまり、テレジア・オパールのこと。物干し場でキスをしていた私たちの邪魔をした上に、マリア・ガーネットをひっぱたいた、我儘で短気で我儘な子のことだ。

 あれからたっぷり数日間、テレジア・オパールは部屋にこもって姿をみせない。

 サイドキックのふたりに慰められても、シスター・ガブリエルにとりなされても、シスター・ラファエルに厳しく叱られても、頑なにベッドから出てこない。お仕事だってボイコット。自分はとっても傷ついている、そんな可哀そうで辛くてしかたない自分にみんな従って当たり前。そんな態度をごりごりと押し通して、ホームのみんなの手を焼かせていた。

 全く、気位が高いだけの女王様はこれなんだから。みんなに心配をかけて当たり前だと思ってるんだから。


「元気かどうかなんて知らないわ。あの子ったらあれっきり部屋から出てこなんですもの」


 せっかく私と二人でいるのに、テレジア・オパールのことなんかを話すなんて。ちょっぴり憎くなって私はマリア・ガーネットのほっぺたを摘まんでやる。乾いたハンカチではぬぐい切れなかった灰で、この子の肌が汚れるのに意地悪な心が満たされる。

 ほっぺたを汚されてもされるがままなマリア・ガーネットは、左手でまた頭をくしゃくしゃかき回す。


「あ~……、やっぱり謝らなきゃなぁ……。どうしよう、会ってくれると思う?」

「謝らなくたっていいわよ。あなたがキスをした、ほんの一時だとしてもテレジア・オパールは夢み心地になった。でもあなたは私ともっと激しいキスをしていた。彼女はそれを見てショックをうけて、あなたをひどく引っぱたいた。つまり、彼女は自分のうけた屈辱を自分を贖い、あなたは一時の誤った行為に対する罰を受けて罪を償った。なにも問題がないわ。もう完全にことは済んでいるもの」


 私の言葉を聞いていたマリア・ガーネットの頭が徐々に前へ前へ傾いてゆく。おしまいには膝の上に突っ伏す形になっていた。


「……なんかさ……あたし、やっぱマジで最低……」

「考え方によるんじゃないかしら? 少なくともテレジア・オパールは数日間は幸せに酔うことができたんですもの。この環境でそれはすごく幸運なことよ?」

「……」


 私の意見はお気に召さなかったとみえて、マリア・ガーネットはうなだれ続ける。まだ膝の上に突っ伏して、自己嫌悪と贖罪意識に苛まれている。

 そういう彼女は可愛いけれど、だからといってもいつまでもテレジア・オパールのことなんかを考えてもらいたくはない。

 ──第一、無粋なのは彼女の方だもの。あの時マリア・ガーネットの左手は私の体を抱き寄せていたし、つなぎにつつまれた膝が私の両脚の間に割って入っていた。鉄の右腕が私の片膝を持ち上げようとしていた。

 あの子が邪魔さえしなければ、私たちはキスよりももう少し先へ進めていたのに。なのに、それを中断された私たちの方が絶対不運。挙句の果てにシスター・ガブリエルからはまたお小言を頂戴しちゃうし、アグネス・ルビーとバルバラ・サファイアからは責められるし、最高の一日は散々な一日の終わりを迎えてしまったのだから。今思い出しても理不尽極まりないったらない。

 

 これが私の憤り全てなのに、マリア・ガーネットはそうとは受け取ってくれない。なんだかんだで私が傷ついて腹を立てているんじゃないかって誤解している。そうじゃないのに、私は本当のことしか口にしていないのに。

 でもマリア・ガーネットの信じる神様は、一時の感情で女の子を傷つけたことを悔い改めなさいと強いているんだから仕方ない。気が済むまで反省するのに付き合ってあげるしかない。


「……やっぱ直接会いに行って謝ろうか」

「一昨日、謝りにきたあなたに干からびたサンドイッチを投げつけたのは誰でしたっけ?」


 思い出して腹が立ってきた。

 わざわざマリア・ガーネットが、あの子が陣取る部屋の前までいって謝ったっていうのに、ドアをあけてパンを投げつけるんだもの。


「それに今、あなたはホームに立ち入らない方がいいわよ。お菓子たちにこれ以上刺激を与えちゃいけないわ」


 テレジア・オパールが悲劇に酔いしれているお陰で、お菓子たちはこのスキャンダルに食いついて大変なんだから。

 みんな娯楽に飢えているせいで、噂に尾ひれをつけた物語たちがいくつも語られだしているのだ。女たらしの女王様が二人の女の子をもてあそんだゴシップに、孤高の女王様をめぐって二人の女の子が火花を散らしたメロドラマ、女王様の心変わりに傷ついた女の子の悲恋もの、女王様と愛し合う女の子の引き裂こうとする意地悪な女の子という少女向け恋愛小説……。生み出される様々な噂話を進んで教えてくれるのがカタリナ・ターコイズで、一体何が楽しいのかせっせとノートに書き留めている。

 よくまあ、一ダースの女の子しかいないのに様々なバリエーションの噂話が生まれること。呆れるほかない。

 

「あんたがあの子と仲良くするのは止めやしないが、ホームの風紀ってものも考えてくれなきゃ困るよ。ただでさえ町全体が殺気立ってるって時にさ」


 ホームの中までお祭の準備期間のような大騒ぎに発展してしまったものだから、シスター・ラファエルまでこんなお小言を口にする始末だ。

 こんなことどうせ、テレジア・オパールが部屋から出てくればすぐおしまいになるのに。本当に人騒がせなんだから。

 不愉快になったせいで、灰をためた灰皿のふちを無意味に突いた。

 そうして、あることを思いつく。


「ねえ、そんなにあの子に謝りたいなら、お手紙でも書いたらどう? 読んでくれるかどうか保証はないけど」

「……手紙……。そうか、いいかもね」


 マリア・ガーネットは膝から頭をあげ、立ち上がった。向かったのはお洋服を収めたあのチェストだ。

 数着の衣類、バイブル、ボールペン、灰皿……と、極端に少ない彼女の私物の中の一つがレターセット。クラフト紙の風合い活かしたシンプルな便箋は、ミスターの店で売っていたものだ。

 マリア・ガーネットはバイブルの堅い表紙を下敷きにお手紙をしたためる。


 

 ――よくよく考えたら、本来マリア・ガーネットが初めて書くべき相手は、テレジア・オパールなんかではなく私なんじゃないかしら? 意地悪や見せつけの為じゃない、本当のキスをした相手に、お手紙を書くべきなんじゃないかしら?

 なのにどうして私が郵便屋さんにならなくちゃいけないのかしら。


 書き上げられたばかりの手紙を手に、新しく生まれた疑問について考えながらホームの廊下を歩く。

 テレジア・オパールの部屋の前では、アグネス・ルビーとバルバラ・サファイアが二人が壁にもたれて座っていた。すっかり疲れ果てている様子、あれ以来、部屋を占領した女王様に閉め出され、その間ずっと他の子たちの部屋を転々としているんだもの。サイドキックも大変だ。


「あなた達の女王様のお加減はどう?」

「――どうもこうもないわよ。あんたたちのせいで散々なんだから」


 あの騒動からもうすっかり元気になったというのに、くたびれ果てたアグネス・ルビーが恨みがましく私を見上げた。そんな目で見られる覚えはないのに。

 続いてバルバラ・サファイアが私を攻撃する番だ。


「大体この町がこんな状況なのにあんたたち何を考えてるのよ? こんな時期にいちゃついてるようだからあんたの女王様もハニードリームのウィッチガールに引き分けたりバカにされたりするハメになるんじゃない?」


 ……恋に破れてに悲しむテレジア・オパールのサイドキックという立場からにしては、アグネス・ルビーのセリフはなんだか微妙にピントのずれている。

 そういえばこの子、マリア・ガーネットが引き分けたあのショーの時にルールをすらすら解説しだしたことがあったっけ。ショーのマニアなのかしら。

 なんにせよ、アグネス・ルビーもバラバラ・サファイアのおかしな発言を無視できなかったみたいだ。冷めた目で指摘する。


「あんたそれ、なんか違う」

「わ……わかってるってば! とにかくテレジア・オパールは大変なんだからね!」


 小柄なバラバラ・サファイアは、昔は世界の平和のために祈りの力で武装を解くというウィッチガールだったはず。それがまさかバトルショーのマニアになってるなんて、ちょっとおかしい。

 小さな体で胸を張る姿にほだされたのか、私は手紙をバルバラ・サファイアに手渡した。

 とはいえ、さっきの彼女のセリフが失言だったと気づけるように、優雅な微笑みを浮かべながら(マリア・ガーネットがあの時引き分けたのは私のせいではないもの、対戦相手が強すぎただけだもの)。


「私の女王様を心配してくださってありがとう。これをあなたの女王様に渡して頂戴。お詫びと和解の申し入れですって」

「あ……あんただけの女王様じゃないし! っていうかうちのテレジア・オパールはそんなことであんたたちを許したりしないんだからね!」



 動揺しやすいバルバラ・サファイアがそれでも封筒を受け取ろうとする。と、ドアがほんの少し開いてにゅっと手が伸び、封筒をひったくった。直後にバンっとドアが閉じられる。

 呆気にとられた数秒後、金縛りがとけたサイドキックの二人はテレジア・オパールの名前を口にしながら部屋の中に飛び込んでゆく。本当にサイドキックってば大変だ。


 むっつり押し黙ったうえ、ご自慢のブロンドのツインテールの手入れも怠ってシスター達に叱られる。そんな行動の端々に不安定さは感じさせつつも、テレジア・オパールが再び姿を見せるようになった。やっとホームは一応の平穏を取り戻す。



 ただしピーチバレーパラダイスはそうじゃない。

 メンツに拘るうちの神父様と、神父様のそういった性質を理解した上で挑発を繰り返すハニードリームとの諍いはついに直接対決で決められることになってしまう。

 即ち、ウィッチガールバトルショーで。

 神父様がハニードリームの代表の口車に乗って、双方を代表するウィッチガールの直接対決の結果で小競り合いの手打ちとする。会合の場でとうとうそういうことになってしまったらしい。

 うちにもハニードリームのいざこざには特に興味の無い他の支社の代表にしてみれば、それは単なる大規模なイベントでしかない。だから両手をあげて賛成する、と。そういう流れになったのだという。


「……バカだ。糞神父だけでなく、あいつらも本っ当ーにバカだよ。こんな目立つ話、正気の沙汰じゃない。外の連中に目をつけられたらどうするつもりなんだよ。ったく」


 院長室でシスター・ラファエルは頭をお抱えになっていた。

 あんなバカども、うちのマリア・ガーネットが女王になったらこの町から一掃してやる──と、確定したわけでもない未来を担保にした発言までなさる始末。


「シスター・ラファエル、物語ではそういった台詞を口にした人物の願望はまずかないません。あまりにも不吉では?」

「うるさいね、理屈っぽいくせにジンクスを気にするもんじゃないよ」


 シスター・ラファエルの心労は尽きない模様。


 そういえば私はまだ彼女から、重要なお話を教えて頂いていない。

 マリア・ガーネット――ジョージナ・ブラッディのお兄様である大学生のマイク、彼は今どこにいらっしゃるのだろう。


 そして何をなさってるのだろう。

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