第17話 青空
ハニードリーム所属のピンク色をしたウィッチガールに襲撃された一日が過ぎた。マリア・ガーネットはまだ少しぴりぴりしている。ソファに寝転んで、険しい顔でバイブルを読んでいる。
それでも、ガレージをのぞきこんだ私に気づくと微笑みかけてくれる程度には落ち着いているみたい。すぐにまたバイブルを読み出したけど。
こちらを見ようともせずにあお向けのまま、神様と預言者たちとお話ししているマリア・ガーネット。私はこの子の足元に座り、声をかける。
「おはよう、マリア・ガーネット。昨日はよく眠れた?」
「おはよう、マルガリタ・アメジスト。おかげさまで寝不足だよ。疲れてるはずなんだけどね」
今はシスター・ラファエルの講義が終わった後だから「おはよう」なんてそぐわない時間なんだけどここではそれが当たり前。
分厚いバイブルを片手で顔の上へ持ち上げ、鉤爪の先で繊細にバイブルをめくりながら文字を追っているマリア・ガーネット。どうやらお喋りを楽しみたい気持ちでは無さそうだけど、私がソファに勝手に座ってもそのままにしてくれる。それどころか、膝を曲げて私のためのスペースを作ってくれる。
いてもいいけど構いはしないよ、という態度が嬉しい。
私のために膝を三角に立てた膝の上に頬杖をついてみた。ちょっと図にのったのだ。
「重いよ」
バイブルの陰になってマリア・ガーネットの顔は見えない。私の頬杖を倒そうと、ひざを斜めに傾ける。バランスを崩されるふりをしてバイブルを支える日本の腕の中に潜り込む。そのままぺったりくっついても、この子は私をはねのけたりはしなかった。ただ口では呆れて見せる。
「……何? 急に猫のマネ?」
「猫じゃなくてくまちゃんよ」
甘ったるいことを口にした照れ隠しを装って、私はマリア・ガーネットのしまった体に両腕を回す。そしてそのまま抱き着いた。今日のこの子は私に甘えることを許してくれているから、そのまま顔を胸の少し下あたりに押しつけた。
少し前にシャワーをあびたらしい体からはボディーソープと甘い匂いがする。
「誰かさんが私を呼んでる気がして来たの」
「へえ、その誰かって誰?」
口ではそっけないことを言うけれど、マリア・ガーネットは私をそのままにしてくれる。溜まった電気が逃げるように、緊張していた体からゆっくり力が抜けていくのが肌越しに伝わった。
私がそばにいて気が鎮まってくれるのが嬉しい。
くっついたまま私もバイブルを見上げた。余白にはすっかり見慣れた書き込みがびっしり。今この子はどちらを読んでいるんだろう? 活字の部分は私にはぴんとこないし、この子だけが読み解ける方法で書かれた余白の文字については今は尋ねない方がいい。
腕が疲れたのか、マリア・ガーネットはバイブルを閉じて頭のそばに置く。それから私の体の下に左腕を回し、硬い右手で髪を繰り返し梳いた。
私の髪は栗色で、肩をやや超す長さしかない。少し猫っ毛気味な所もある。お手入れの際には気を使うけれど、その分さらさらで柔らかい。触るとくせになるのかも。そもそもウィッチガールは基本的に触り心地がいいように作られているものだし。
猫か子供に添い寝するみたいだったけど、マリア・ガーネットは私をあやす。私はそれに存分に甘える。甘えん坊にはなりたくなかった筈なのに。
「今日、くまちゃんが必要なのはあんたっぽい」
苦笑まじりの声に、私は密着したままうなずいた。
実際その通りだもの。地下室に入れられてからこれまで色々ありすぎて、全てのことを受け止めきれなくなっていた。
ピーチバレーパラダイスのこと。
シスター・ラファエルたちの陰謀のこと。
それになにより、マリア・ガーネットのこと。
全てを流せない自分が歯がゆくて情けなかった。どこかで起きた酷い話も誰かの可哀そうな話なんて、一度壊されてしまった体からざらざら零れていくと思っていたのに。
私はもっと、自分が心無いものだと思っていた。心無い自分が、さも心のある女の子のようにふるまっていることへの嫌悪感が抑えられないのに。
──それはそれとしてマリア・ガーネットにくっついているのは気持ちがいい。この子胸が大きいもの。
「まあ、いいよ。この前のこともあるから今日はあたしがあんたのくまちゃんになったげる。ほら」
とん、とん、と、ゆっくりしたリズムで頭を撫でる金属の右腕に少しだけ身をゆだねて目を閉じる。
肌の触れ合う所から伝わる鼓動をいくつか数えて、私は口を開く。
「ねえ、マリア・ガーネット」
「何? マルガリタ・アメジスト」
そういえばこの子は私が名前を呼ぶときっちり呼び返すわね、とこの子のちょっとしたクセに胸を温めながら、なるべく深刻にならなように切り出した。
「あなたお姫様だったのね」
頭を撫でる手がぴたりと止まった。私は目を閉じて、この子のインナーの布地を掴む。マリア・ガーネットが今どんな風なのか分からない。
リズムが乱れた後、私の頭がまた撫でられる。けれどそれは続かなくて、数回で止まった。私の言葉で、大体のことを解ってくれたんだろう。
私がジョージナ・ブラッディと言う子のことを知ってることも。
どうしてこの町がピーチバレーパラダイスって呼ばれるようになったかも。
「――メラニーがあんたになんか言ったの?」
ぱたん、と右腕をおろした気配がある。私はゆっくり目を開いた。目の前にあるのは黒いチューブトップタイプのインナーに包まれた、マリア・ガーネットの胸だけだけど。
「メラニー?」
「ああ、ごめん。シスター・ラファエルのこと。――昔っからそう呼んでたから。小さい時はあたしだけにしか見えない友達だと思ってた。母さんの古い友達だったって知ったのは七年前、右腕がこうなった時」
私に見えるように右手をひらひらかざして見せる。黒っぽい鋼鉄の腕。
「それまでそのこと完璧に隠してたんだよ。酷いと思わない? 母さんが元妖精のお姫様でウィッチガールだったとか、右腕もぎ取られた直後で説明されても痛くて頭に入んないし。もっと前に説明できるタイミングがあったんじゃないって言ったら、十歳の誕生日に教えるつもりだったなんて言い出すし……。なにそれって……笑えないけど笑っちゃったし……」
最初は楽しい打ち明け話で盛り上げてくれようとしていた口調が、段々勢いを失くしてゆく。最後の方には、以前、遊園地の思い出を語った時のようにぽろぽろとした力の無いものへ変わってしまう。
でも、この子は左手で髪をくしゃくしゃかき回した後に、むくっと起き上がった。ぴったりくっついていた私はソファの上に置き去りにされた形になる。
「どこ行くの?」
「外。こういう話はちょっとでも明るいところでしたいから」
先にガレージの出入り口まで歩いてゆき、私が来るのを待つ。
普通に考えるなら、マリア・ガーネットの過去にまつわる話は明るい空の下でやるものじゃないんじゃないかしら? そんな疑問の全てを封じ込めて、私もソファから立ち上がった。
ピーチバレーパラダイスの空は今日も青い。
「本当はもっと空に近いところで話がしたかったんだけどね、バルコニーとか屋上とか、そういう所が理想だったんだけど」
空を見上げながら、マリア・ガーネットは呟いた。
教会の敷地にある建物はみな二階だし、昨日あんなことがあった直後ではさすがにもう外出はできない。そもそもピーチバレーパラダイスに高い建物なんてほとんど無い。せいぜい三階あれば高い方。
結局マリア・ガーネット私を連れてきたのは、シーツが翻る物干し場だ。どれだけこの子は洗濯が好きなのかしら。
でも、そよ風に白いシーツがゆったり揺れている様子はこの子の好みにしっくり馴染む。神様がいそうな風景だ。
物干し場のそばには木でできた塀がある。ホーム接する新の家の土地とを仕切る塀だ。もっとも、今はその裏の家もとっくに廃屋になって今にも崩れ落ちそうだけど。
私たちは二人、ペンキの禿げた塀にもたれてならんだ。
「高い所――給水塔なんてどう?」
フェンスの外にある給水塔の上に座らせてみたいと、以前カタリナ・ターコイズが熱心に語っていたのを思い出したので、そんな冗談を口にした。てっきりこの子は私が何か言う時みたいに呆れてみせると思ったのに、なんとこの子は嘘みたいに顔を輝かせた。
「うん、いいよね! 給水塔。あたし小さい時あの上に上るのが夢だったんだよ。あそこの上からだとずーっと遠くまで見えるんだろうなって……!」
プレゼントをもらったばかりの子どもみたいなぴかぴかした顔で、私は黙りこんでしまう。カタリナ・ターコイズ以外に給水塔に魅力を感じる人がいただなんて、しかもそれがマリア・ガーネットだったなんて。
「……やっぱりマリア・ガーネットも給水塔にはダークヒーローを座らせたいって思うの?」
「? 言ってる意味がよくわかんない」
「ごめんなさい。今のは忘れて」
そんな他愛ない会話をしたせいで、ガレージにいた時からあったおかしな緊張も少しほぐれた。
砂が舞わない程度の風に吹かれるシーツを眺めながら、マリア・ガーネットは呟く。
「メラニーはなんて言ってた?」
「私をあなたの参謀にって」
こんな場所に来るのはどうせお菓子かシスターたちくらいだろうけれど、間違って神父様のお耳に届いてしまうかもしれない。だから口数をしぼってしまう。
私の返事で、でマリア・ガーネットは大体のことを飲み込んでくれたみたい。深いため息をついて髪をかき混ぜた。
「あの人はなんていうか、七年前のことがあってちょっと意固地になってるところがあるんだよね。ずーっと世話になってるし、家族だとは思ってるけど。とにかくあんたはそんな話真に受けなくたっていいよ」
この口ぶりからすると、マリア・ガーネットもピーチバレーパラダイスの中で交わされている陰謀についてある程度把握はしているみたい。でもそのそっけなさといったら。ピーチバレーパラダイスの女王に即位する気なんてさらさらないと明かしてるも同然だ。
それに少しほっとする。
それと同時に、私の中にある欲の形がくっきり浮かび上がった。
私はマリア・ガーネットを見ていたい。ソファから落っこちる時があったり、洗濯が好きだったり、ジャガイモの皮を剥いていたり、神様を信じていたり……、そんなこの子をもっともっと見ていたい。ショーのときの冷徹で超然とした孤高のウィッチガールスレイヤーとしてのこの子のことはもちろん変わらず大好きだから、その姿も含めて、誰よりもそばでこの子を見ていたい。
シーツが熱い風をはらんで膨らんだ。
「――メラニーがあたしに関する大体のことはもう話しちゃったみたいだけど」
マリア・ガーネットの赤い瞳がこっちを見つめる。少し寂しそうな表情を浮かべて。
「まだ何か訊きたいことってある? あったら教える。――やっぱさ、自分が知らないところであれこれ勝手に語られるのって気持ち悪いし、嫌なんだよ」
訊きたいこと。それならまだある。
どうして地下室をあんなに怖がるのか、ノートじゃなくバイブルに昔のことを書きこむのか、あのコートは元々誰のものだったのか、ショーの次の日に何を燃やしてるのか、それにシスター・ガブリエルは何者なのか、そのほか色んなこと。
でもどうせ、この子への謎や疑問なんて全て七年前の出来事につながってしまうのだ。九歳の女の子がある日突然ひとりぼっちも同然の身になった上に右腕が胴体から離れてしまった、そんな時に。
だったらやっぱり、訊くべきじゃない。
少し考えて、質問を用意する。
「どうしてショーに出ることにしたの?」
「大した理由があるわけじゃないよ。手っ取り早くこの腕を使いこなせるくらい強くなりたかっただけ。……あいつらに大事なものを二度と壊されたくなかったから」
その答えはどうしても、地下室でみたジョージナ・ブラッディの遺品を思い出させる。焼け焦げた写真と、壊れた宝物の類。マリア・ガーネットは鋭い鉤爪のついた右手を握ったり開いたりを繰り返す。
「あんたたちはあたしのことを女王様って呼ぶけど、最初は全然そんなんじゃなかった。最初はまともに勝てないし、アスカロンはいうこと聞かないし、対戦相手はみんな怖かったし……。そうとう情けなかったよ。シスター・ガブリエルが稽古つけてくれたからなんとか型になっただけ」
「? シスター・ガブリエルが、稽古?」
聞き逃せない情報が何気ない一言に紛れていた。
シスター・ガブリエルの雰囲気は、どうみても新米の小学校教師か若いお母さん。「稽古」だなんて、物々しい雰囲気からうんと遠くにある方だ。
よっぽどおかしな表情をしたらしく、マリア・ガーネットがきょとんとしながらしばらく私の顔を見つめる。それから合点がいったように「ああ~……」と何度もうなずいた。
「そっか。知らなかったか。……う~ん……、別に内緒にしてたわけじゃないけども……」
マリア・ガーネットは髪をかき混ぜてから、答えた。
「シスター・ガブリエルは元ウィッチガールだよ」
「⁉」
耳を疑うしかない、こんなことを聞かされては。
相当みっともない顔をしていそうって気になったけど、取り繕える余裕なんてない。私はぱちぱち瞬きを繰り返してしまう。
そんな私の口にできなかった言葉を、この子は全部読み取ってくれた。
「信じられないって顔してるけど、本当だよ。うちのホームの最初のメンバー。――このホーム、元々は父さんが仕事で関わったウィッチガールを保護するために作ったものだったから。で、母さんはここの代表をしてたんだ。表向きは居場所のない女の子を保護するシェルターってことにしてたけど」
さらさらとなんでもなさそうに、マリア・ガーネットは今まで知らなった事実を明かしてくれる。でも、理解が全然追い付かない。待って、とストップをかけて頭の中を整理する。
──そういえば確かに、ジョージナはホームのお嬢ちゃんに可愛がられていたとかそんなことをミスターがおっしゃいっていた。だから漠然とホームは七年前のあの時にはすでにあったのだろうと予測はしていたけれど。それに地下室で見た焼け焦げた写真に写っていた女の子達の謎も、ホームの昔のメンバーだったと考えれば腑に落ちる。でも……。
「あ、その時は今みたいな仕事はしてなかったから。純粋にホームっていうか、シェルターだったから」
くれぐれもそこは間違えないように、と言わんばかりにマリア・ガーネットは念を押す。私は頷きながら、とにかく頭の整理に集中する。
つまり、シスター・ガブリエルは元ウィッチガール。おそらくカテドラルの騎士だったお父様に関わりあいになった――処分されそうになった――ところで命を救われた女の子、の成れの果て。
そして、魔法の右腕を授かったマリア・ガーネットにとっては魔法の使い方を教える先生でもある。ということは当然、七年前の大虐殺もともに生き延びた仲だった考えるのが自然。
マリア・ガーネットにとっては小さいころからいっしょにいたお姉さんのような存在で、そして先生でもあった。そんな関係だったのね。通りで素直にシスター・ガブリエルの言いつけはよく守ってるわけだ。
「今、あいつらの教会がある所、あそこにもともとあたしの家があったんだ。あたしはそこに住んでいて、ホームの女の子とはよく一緒に遊んでた。みんな姉さんだと思ってた」
「……シスター・ガブリエル以外の子はどうなったの?」
「――」
「ごめんなさい。ちょっと考えればわかることだったわ」
初期ホームのメンバーのうち、命を落とさずに済んだのはシスター・ガブリエル一人きり。ジョージナ・ブラッディと呼ばれた女の子はイマジナリーフレンドのメラニー=シスター・ラファエルに自分に関するすべてを教えられ、マリア・ガーネットって女の子に生まれ変わったってわけ。
今までの知り得た全てを整理してから、私は隣にいる女の子を見つめた。
さっきまでの寂しそうな表情が少し薄まっている。きつくて怖いって言われがちなマリア・ガーネットの目元だけど、リラックスしてる時は柔らかくてちょっぴり愛嬌がのぞく。おしゃべりしていて気がまぎれたのかも。
「まだ何か訊きたいことある?」
今のこの空気は、いつか神様について話してくれた時に通じている。暖かくて柔らかくて明るくて、乾いたいい匂いがする。
気がつくと私はおかしなことを訊ねている。
「今、ここに神様っている?」
あまりにも突飛なことを尋ねたからか、マリア・ガーネットは一瞬目を丸くする。戸惑わせたみたいで焦ったけれど、そのあと楽しそうにわらってくれた。破れた写真のあの女の子によく似た、屈託のない笑顔で。
「そうだね。いると思う」
きっとカメラを向けられていたジョージナ・ブラッディも、遊園地にいたその時に神様がいるんだって感じることができたんだ。
その笑顔をみていたら、不意に胸が激しくしめつけられる。
空は青くて、暖かくていい匂いがして清潔で、みんなが笑顔で。神様がいるんだって信じられる場所にいなきゃダメだ、マリア・ガーネットは。
目の前にいる女の子は神様とともにいなきゃいけない子なんだ。
それは絶対ここじゃない。少なくとも今のままのここじゃない。
稲妻みたいに閃いたそれはただの妄想かもしれない。でもそれは私の頭から離れない。それは私の頭を痺れさせる。
妄想でもなんでもいい、私はそれを手放したくない。
それを掴んでひきとめるため、マリア・ガーネットの体にだきつく。私の接触癖にはもう慣れたのか、マリア・ガーネットは驚かない。ただやっぱり呆れてはみせる。
「……まーたあんたは……本っ当に脈絡がないよね」
「マリア・ガーネット、私あなたのそばにいる。あなたを神様のいる国へ連れて行ってあげる」
「は? だからメラニーの言うことは真に受けるなって……」
マリア・ガーネットの口ぶりは私が話の流れを無視した時と同じものだったから、誤解されたくなくて声が少し大きく、そして早口になってしまう。
「そうじゃない、違うの。私あなたの右腕になる、パートナーになる。そしてあなたの言う神様がいる国へ連れて行ってあげる」
「――」
マリア・ガーネットの顔から笑顔が消えた。
──ああ、そういえばマリア・ガーネットがよく読むバイブルでは、神様のいる国はすなわち死んだあとに赴くことになってる天の国と同じだったんじゃなかったかしら? ムードを解さないこの子ったら、私があなたの生命を奪うと言ったのではないかってとんでもない誤解をしてるんじゃないかしら?
不安になるような間が訪れたあと、マリアガーネットの右手が私の顎をすくう。
「……」
あの子の赤い瞳が、降りてきた瞼に隠される。それでも隠せないものが見えたから、体の全てを流れにゆだねた。私の瞼も自然と落ちる。
唇が塞がれて二、三度軽く啄まれる。マリア・ガーネットはそれで引こうとしていたけれど、そんなの私は許さない。あの子の首の後ろに両腕を回し、歯がぶつかりそうな勢いで唇を押し付ける。
私のお行儀が悪かったせいか、お仕置きするかのように荒々しく歯列を割って舌が差し込まれる。いつも私にされるがままなのが嘘みたいに、激しくこちらの舌をなぶる。
ショーでの女王様ぶりを思い浮かべながら、私はすすんでねじ伏せられた。だって私はずっと、ずっと前からこうされたかったんだもの。
目を閉じていても私の胸が輝いているのがわかる。嬉しくて気持ちよくて、泣きたいくらい嬉しくて。
離れたくなくて。
しばらくそうしていると、どさっと何かを落としたような音が聞こえた。すぐそばで。
「ひっ……⁉︎」
しかも悲鳴を押し殺すような無粋な声も聞こえる。だったら中断せざるを得ない。
二人そろって目を開けて、慌てて唇を離し、同じ方向を見た。
そこにいたのは、テレジア・オパール。洗濯物が地べたに散らばっていることすら気づいてなさそうに、こっちを見て硬直している。どうやらこの子、洗濯籠をおとしてしまったらしい。
今日はこの子がお仕置きという形でシスター・ガブリエルのお手伝いをしていたのね――と酸欠の頭でぼんやり考えていたら、顔を真っ赤にしたテレジア・オパールが一息に距離を詰めた。目を三角に吊り上げて、マリア・ガーネットの頰を打つ。
ぱあん、と青空の下にその音は能天気に響いた。
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