第3話 ウィッチガールバトルショー

 お菓子たちの中にも、魔法技術製の人工の手足、動物のものによく似た耳やふわふわのしっぽなんかを取り付けている子はいる。

 思わず触りたくなる程度には可愛いオプションが不調になった時にまず診察する、それは私の役目。


「この前から反応が今ひとつなんだよね。今日お見えになるはずのお客さん、尻尾でくすぐられるのをお好みなのに」

 

 お菓子の一人、ジャンヌ・トパーズは、ベッドの上にうつ伏せに寝転んでそう言う。

 この子は体に魔法のアタッチメントをを埋め込まれている。感情に合わせてネコのような耳と尻尾を飛び出すという仕組み。小さな種のような形をして、後頭部と尾てい骨に埋められている。種状の装置から伸びた器官が体内に根を張って神経に癒着し、ジャンヌ・トパーズの意思や感情に反応して耳と尻尾が瞬時に出現する仕組みになっている。この仕組みは何度もこの子の体を診ているうちに分かったことの一つ。

 フワフワの綿菓子みたいな髪に覆われたジャンヌ・トパーズの後頭部と、丸っこいお尻を指で探る。レースの下着をまとっただけのジャンヌ・トパーズは身をよじる。くすぐったがりなのだ。


「やだもう、やめてよ、ふふふっ」


 私もつられて笑いながら、程よく白くて柔らかそうでクリームみたいなジャンヌ・トパーズの背中を見つめた。しばらくすると、私の目がこの子の体に寄生する種子状アタッチメントの全容をとらえる。元気な時はくっきり浮かび上がるはずなのに、今日はずいぶんぼんやりしている。魔力を上手く吸い上げられていない証拠だ。


「ねえ、メンテナンスをしたのはいつ?」

「さあ? だってわたし、あんたに言われるまで自分の耳と尻尾がどういう仕組みで飛び出してるのかすらか知らなかったんだよ? メンテナンスなんてできるわけないじゃない」

「確かにそうね。愚かな質問だったわ」

「それに、この耳としっぽをメンテできるような魔法使いか妖精なんてこの町にいるわけないじゃん。下手したらこの世界にすらいないんだから」


 それもそうだ、こんな高度な魔法技術を使いこなせるのは魔法文明圏の枢軸にしかいない。そしてそんな魔法使いや妖精は、今世紀に入ってすぐ否応なしに文明圏の仲間入りをしたような、こんな辺境世界にいたりはしない。普通なら。

 ジャンヌ・トパーズもかつてはウィッチガールだった。それも任意でいろんな動物に変身する魔法を使うウィッチガール。そしてこの教会にいてホームで暮らしている以上、この子もわたしと同じように人格と記憶を壊されている。

 まずはしっぽから。触り心地のいいジャンヌ・トパーズの肌の上から、アタッチメントが埋められているあたりに手を当てる。じいっっと目を凝らしながら、手のひらを当ててこの子の背中からお尻にかけてをマッサージする。

 アタッチメントの稼働に必要な魔力の循環が上手くいってない。これが私の診断。筋肉の強張りををほぐして魔力の巡りがよくなれば、アタッチメントの疲弊も少しは改善されるかもしれない。

 背中を揉み解されるのが気持ちいいらしく、ジャンヌ・トパーズは、はあ、とか、ふう、とか声をあげる。


「……ああ……ずっとこうされていたい……」

「それは困るわね。手が疲れちゃう」

「マリア・ガーネット相手ならずっとやるんでしょ?」

「ええ。あの子が嫌だって言わない限りはね」

「……ちょっとは狼狽えるとかしたらどうなの?」


 ジャンヌ・トパーズは唇を尖らせた。私をからかって遊びたかったのに目論見が外れたのだ。

 私がマリア・ガーネットに「ご執心」で、シスターに叱られてもガレージに出入りすることはお菓子の子たちもみんな知っていた。だから、陰口を叩かれたりこうやってからかわれるのもしょっちゅう。中には私の持ち物を隠したり汚したりする意地悪をする子もいる。それに比べたらジャンヌ・トパーズのそれなんて、食べてもいいくらいに可愛い。


「やっ、ちょっ……はぁっ!」


 魔力の滞りをほぐされて、シーツを掴んで身を強張らせたジャンヌ・トパーズのお尻からぽんっとマーマレード色の尻尾がとびだす。

 くたっと脱力しているジャンヌ・トパーズだけど、くにゃくにゃと尻尾を左右にふってみせた。


「あ、治った! やだすっごい快調」

「溜まっていた魔力を通しただけよ」


 同じように後頭部ももみほぐすと、尻尾と同じ色の耳がぴょんと現れた。ジャンヌ・トパーズは耳と尻尾を出したり引っ込めたりしながら、とろけるような顔でのびている。


「あー気持ちよかった……。あんたのマッサージが受けられる所こそが真の天国って感じ……」

「それはそうとジャンヌ・トパーズ、あなた少し運動した方が良さそうね。体の代謝がスムーズじゃないから魔力の巡りも悪化したみたいだもの。簡単な体操でもしたらどう?」

「えー、やだーん。運動きらーい」

「そんなこと言って甘いものばかり食べてると、お腹にお肉がついちゃうわよ」

「平気だもーん、そうなったらなったでポチャ好きのお客様をつかまえるもーん」


 そう言って私の忠告を聞き流す彼女は、その昔、サーカスもかくやという身のこなしで一世を風靡した「小悪魔怪盗ミスティキャット」という名で活躍していた、らしい。今じゃ暖かい日向でうつらうつらするのを好んでるけれど。

 下着を整えワンピースをまといながら、ジャンヌ・トパーズは悪ぶって笑うものだから、私もつい苦笑する。私はこの子の憎めない所が嫌いではないから。


「今回は魔力の滞りを解消しただけでなんとかなったわ。でも、できればお医者様に体のことは診てもらった方がいいわよ。あの方はこの町に出入り可能な方の中では一番魔法技術に通じている方だから、意地悪さえ我慢すればいいアドバイスならくれるはずよ? よければ、私から声をかけてあげるけど?」

「え〜、悪いけど遠慮しとく。わたしはあのお医者様苦手だもん。本当に意地悪だし冷たくて怖いじゃない? あんたはよくあの人と仲良くできるよね」


 私のお客様は、この世界では珍しく人間の体の治し方と魔法技術の両方に通じている私たちの体と直接調べる機会があるわけだもの)。お菓子たちの人工の手脚やアタッチメントの不具合も、ある程度なら治してくださる。でも表情がかたくて声も冷たいし、耳に痛いことも平気でズケズケ仰る上に、私たちの体を診察するのはご自身の利益のためだからという態度をお隠しにならない方だから苦手って子は多い。お菓子たちだって、ショーケースに並ぶ前くらいは優しくて甘い言葉が欲しい。そういう欲求を持つことは責められない。

 だから、ちゃんとした理論や理屈をもたない私に体の不調を診てもらいたがる子は多い。私はそれに快く応えて、でお菓子たちの信頼を稼いでいる。


「あんたくらいだよ。あんな人と仲良くできるの」

「そう? 私はあの方嫌いじゃないわ」

「マリア・ガーネットとどっちが?」

「どちらも。でもお客様はお客様だから好きなだけよ」

「……ねえ、ちょっとは顔色くらい変えなさいよ」


 服を着たジャンヌ・トパーズは、髪を整えながらベッドから離れる。そして、窓の外を何気なく眺めた。


「わっ」


 小さく口を開けると、目配せしながら素早く私を手招きする。


「噂をすれば、だよ」


 ジャンヌ・トパーズのそばまで歩み寄り窓の外を覗く。私たちの部屋は二階にあるから、中庭の様子がよく見える。中庭は私たちのホームと神父様たちのいる教会やお家、マリア・ガーネットが寝起きするガレージが作る三角形の内側にあたる。

 眼下にいたのは、マリア・ガーネットと彼女に同行するシスター。そして二人を町の外へ連れてゆく黒塗りの自動車の運転手だけ。

 マリア・ガーネットのお供をすることが多いシスター──私たちはシスター・ガブリエルと呼ぶように躾けられている──はあの子に何かお小言を言っている。対戦相手の子にあまりひどいことをしちゃダメよ、可哀想でしょう? とかなんとか。マリア・ガーネットはそれをうんざり顔で無視している。まるで子供の世話をやきたがるケーキ作りの上手なママと不機嫌なティーンエイジャーって感じ。

 シスター・ラファエルのお小言を聞き流すあの子は、今日もつなぎの作業着姿だ。でも、外出前だから生身の左腕だけは袖を通している。鋼鉄の右腕は袖に通らないからそのまま剥き出し。黒いインナーの丈が短いから、あの子の右上半身のほとんどは露出しちゃってる。右腕の他、鎖骨や脇や、固く締まったウェストなんかも。もう少し下へ視線を動かせば形のいいおへそと腰骨のラインまでは見えてしまう。さすがにショーツの類までは見せないようにしているけれど(でもマリア・ガーネットはショーツとは違うタイプの下着を穿きそう)。

 これだけでも私たちには十分目の毒なんだけど、外出予定のない時のあの子はつなぎの両袖をうウエストで結び、インナーだけを身につけ、バストからウエストまでのため息の出るようなカーブを平気で曝け出したりする。それも、私たちの視線を集めて挑発するためなんかじゃない。ただこの砂漠の町は毎日暑いからってだけの理由で。

 カーテンの影に隠れたジャンヌ・トパーズは、窓から少し身を乗り出した私にささやく。


「困るよねえ、ああいうどこに目をやったらいいのかわからない格好でウロウロされるの」

「顔を見たらいいと思うわ。そして目があったら微笑むの」

「なにそれ?」


 ジャンヌ・トパーズは呆れたけれど、私はそれを実行している。マリア・ガーネットの仏頂面は、ちょっと拗ねた風で可愛いくて見飽きない。

 車に乗り込むためあの子は後部座席のドアをあけた。瞬間、ホームの二階から身を乗り出している私の姿がウインドウに反射する。すぐさまあの子は一瞬振り向いてこっちを見た。


 目が合った。


 私は微笑む。行ってらっしゃいの意味を込めて、小さく手を振る。

 マリア・ガーネットはぷいと顔を背け、代わりにシスター・ガブリエルが私たちを見咎めて叱った。


「マルガリタ・アメジスト、ジャンヌ・トパーズ、テレジア・オパール、アグネス・ルビー、バルバラ・サファイア、なにをしてるんです? 今はお休みの時間ですよ、部屋の中でいい子になさい!」


 隣の部屋からバタバタと音がした。

 どうやら隣の部屋の子達も、窓からマリア・ガーネットを見送っていたらしい。


「……あんたライバル多いね」


 叱られて窓から顔を引っ込めたジャンヌ・トパーズはいたずらっ子のように笑った。


「いいこと、シスター・ラファエルの言いつけをよく守るんですよ!」


 シスター・ガブリエルが私たちに釘を刺し、あの子に続いて後部座席に乗り込んだ。まるで七ひきの子ヤギを残して外出する母さんヤギみたい。赤ちゃんを育てるのに奮闘中のママか新米の小学校教諭みたいなシスター・ガブリエル、そしてホームにいるもう一人のシスターの通常はシスター・ラファエル。匿名性が高すぎる呼び名から、隠したい過去があるのは明白なお二方が私たちの保護者。

 まあ、匿名性が高いのはお二人だけじゃない。ここにいるみんなは大抵そうだけど。神父様から私たちにいたるまで。



 ウィッチガールバトルショーの配信時間は深夜に近い。良い子は寝てなきゃいけない時間だけど、私たちは夜に働く良い子のお菓子だ。その日のお勤めがない子たちに限り、お行儀よくするなら観戦してもいいことになっている。


 古いテレビジョンを模したような映像受像機があるのは、ホームでは談話室だけ。だからお休みのお菓子たちは談話室に集まって、リラックスして液晶を見つめる。白くてすべすべの生地でできたお揃いのナイトウェアはまるでフェアリーのドレスのよう。

 今から配信されるショーの様子を純粋に楽しみって顔をしているのは、私とカタリナ・ターコイズくらい。他の子たちは「興味ないけれど一応見てあげるわ」って顔をしている。アタッチメントを治してあげたジャンヌ・トパーズは、本人が言った通り今宵はお仕事で神父様のお家にいる。ここにはいないのが残念。


 この町の外にあることしかわからない、四角いリングの上でマイクをもった司会者が何か口上を述べている。司会者兼レフェリーのこの子もバニーガールみたいな恰好のウィッチガールだ。マイクを使わなくても十分大きくてきんきんした声で、無敗のウィッチガールスレイヤーに挑戦する期待のルーキーの登場とかなんとか言っている。


 瞬間移動の魔法で華々しく闘技場に姿を現したのは、自分くらいの背丈の金属製の杖を持った女の子。カスタードみたいな黄色いレオタードの衣装に機械のようなユニットくっつけている。


「ウィッチガールっていうにはずいぶん毛色の違うのが登場したね」


 丸眼鏡が特徴のカタリナ・ターコイズが、ポップコーンを食べながらシニカルにつぶやく。

 確かにウィッチガールというにはサイエンスの風味が勝ったデザインだ。でも、あざとく微笑みながら観客にぴょんぴょん飛び跳ねてポーズをとってみせて観客席から歓声を煽る仕草は完全にウィッチガールだ。それも結構な実力を持っている。


 華やかな挑戦者の登場に比べて、マリア・ガーネットは特に演出はない。MCの紹介に合わせて歩いてリングまでやってくる。シンプルに堂々とリングの中央に立つ。それだけで十分様になるのだから本当に素敵。

 ショーに出る時のマリア・ガーネットは、ガレージやホームにいる時のように素顔でいたりはしない。あの子の魅力を引き立てるお化粧を施され、アッシュピンクの髪を立たせて迫力を演出している。上半身は丈の短い黒いビスチェと首輪めいたチョーカー。そして無造作に布を巻きつけただけのように見えるワインレッドのマント。下半身はローライズな黒いパンツ。引き締まった腹直筋、腹斜筋、広背筋も見せ放題。元々鋭くて艶っぽい目元や顔の傷を際立たせるようにほどこされたメイクの見事さや鋼鉄の右腕のインパクトももあって、正義のために戦う女の子を容赦なくいたぶる悪役っぽく見える。


 実際、マリア・ガーネットはショーでは悪役を演じているんだけど。可愛くキュートなウィッチガールを叩き潰す、凶悪無比なウィッチガールスレイヤーってことで。だからこそ! っていうファンの数はかなりのもので、この夜も観客席は大いに盛り上がっている。


「あいかわらず厨二くさくてエロっちいよね、うちの無敗の女王様は」

「そうね。激しいアクションでもマリア・ガーネットのバストを支えられるかどうかビスチェのサポート機能が不安だけど」

「……あんた最近目のつけどころがキモすぎない?」


 カタリナ・ターコイズは、メガネのレンズ越しに引いたような視線を向けた。お菓子の中でギーク趣味の変な子扱いされてるこの子にそんなめで見られるなんて正直心外。でもやっぱりマリア・ガーネットのバストが心配なんだから仕方がない。あの子ってば胸が結構大きいんだもの。大きい胸が揺れるのって、眺める方はよくても本人にとっては痛いだけって聞くから。


 バニーガールの掛け声とゴングに合わせて、ショーが始まる。魔法を使った戦闘を見せ物にするショーが。

 黄色いレオタードのウィッチガールが先に動いた。大きな杖を振り回して構えると、その頭上に大きな砲台のようなものが浮かび上がる。画的にはかなり派手。規模に反して充填時間も短いらしくて、どうっと派手に光線を放った。

 マリア・ガーネットは鋼鉄の右腕を盾にして光線を受け止める。かなりの威力がありそうな光線だったけど、あの子のしなやかな体は揺らがない。でももう頭上には黄色いレオタードのウィッチガールがいる。彼女は杖を振り下ろして襲いかかる。

 難なくかわしたマリア・ガーネットだけど、杖の先端がぶつけられた闘技場の床は派手に砕け散った。


 黄色いレオタードの子は杖のリーチを生かして戦う。マリア・ガーネットを間合いに入らせない作戦らしい。杖の先に電撃のような魔法をまといつかせ、さらには衣装のユニットも稼働させる。そこからも随時魔法の光線を発射させるという塩梅。


「見た目に反して、スタミナがある子だね。あんなに魔力を放出してまだピンシャン動けてる」

「戦闘に特化した子なんじゃないかしら? きっとショーに出る前はこの世界のために勇ましく戦ってたんでしょうね」

「カメラにケツを抜かれたところを全世界に公開されながらねー」


 カタリナ・ターコイズに皮肉られていることをしらない黄色いレオタードの子は、魔力をふるって果敢に攻め続ける。マリア・ガーネットの右腕が魔力を吸い上げるのをわかっていて光線を放つのは、一番警戒しなければならない右腕を近接格闘から遠ざかるためだろう。光線を放つユニットをマリア・ガーネットの右側へ重点的に配置して、自分は生身の左側から攻撃する。


「やっらしい戦いかたするねえ、子ウサギちゃんみたいな外見のくせにさ」


 カタリナ・ターコイズが感想をもらしながらポップコーンをかじっている。でも、ショーの見巧者の方たちからは「鋼鉄の右腕のその中に潜む使い魔にさえ注意すれば恐るるに足らない」なんて評されることもあるマリア・ガーネットとの戦闘においてその作戦は決して間違いではないのかもしれないけども。

 でもそんなこと今はどうでもいい。私はそれどころじゃないのだ。だって、黄色いあの子の杖がマリア・ガーネットの左上腕を傷つけたんだもの。


「やっ……!」


 思わず悲鳴をあげたけど、カタリナ・ターコイズは冷静だ。


「大げさな〜。うちの女王様が盛り上げてくださってるだけじゃん」


 同じ部屋にいる他の子達は、私の悲鳴を聞いてクスクスわらう。まあいいけど。

 ああでも、血を流すマリア・ガーネットはとても色っぽくてとても綺麗だ。


「流血って最高のアクセサリーね」

「……あんた、さっきの『やっ!』はなんだったの? 『やっ!』は?」


 カタリナ・ターコイズが呆れてるけど、今は無視。

 無敗のウィッチガールスレイヤーに一太刀浴びせたってことで、観客席はすごく盛り上がる。それに乗るかのように、対戦相手の黄色い子は杖を槍のように使って突いてくる。その先にはエネルギーが充填されている。きっと至近距離からマリア・ガーネットに直撃させる予定だったんだろうけど、勝ちを急いたせいか一瞬の隙がうまれた。

 私の大好きな無敗の女王様は、それを見逃すような甘い子では無い。黒いパンツに包まれた脚で杖を蹴りあげる。直後に狙いのそれたエネルギー弾が放たれて観客席に直撃した。

 反動で杖が高く跳ね上がり、黄色の子に大きな隙が生まれる。

 間合いさえ詰められたらあとは接近戦最強のマリア・ガーネットの勝ち。懐に潜り込んで右手に溜め込んでいた魔力をこめて突き上げる。


 黄色いレオタードの子の体は高く宙を舞い、そのあと落下してゴロゴロと闘技場の端まで転がる。


「結構善戦しそうだったのに、こうなったらあっけないね」


 転がったあの子を堂々と歩いて追い詰める、マリア・ガーネットの姿を眺めながらカタリナ・トパーズは呟いた。楽しいお祭りの時間は終わったと告げるような声で。


 実際、あとはいつもの見慣れた光景が展開されただけ。起き上がれない黄色い子の頭をマリア・ガーネットが右腕で掴み高くもちあげる。そして魔力を吸収し、どこかにあるはずの魔力の源を破壊するだけだ。

 マリア・ガーネットの右腕に魔力を一気に奪われた黄色い子の体は痙攣する。電気を流されたみたいにガクガクと全身が震えた後、衣装が解けて全裸の女の子になった。マリア・ガーネットはその子を床に寝かせる。無造作に見える仕草で。

 裸にされても、敗北を喫したウィッチガールが唯一身につけていたものがある。胸元で大きな石が輝くペンダントだ。連勝記録を伸ばした私の女王様は、それを右腕で引きちぎって奪い取ると、左手でマントを解いた。気を失っている裸の女の子の上にばさりとかける。


「あらまあ本日の女王様はお優しいこと」


 カタリナ・ターコイズが茶化す中、上半身ビスチェとチョーカーのマリア・ガーネットはブレスレットを右手で粉々に破壊した。あれがあの女の子の魔力の源だったのだろう。


 決着がついたことを知らせるゴングが鳴って、バニーガール姿のウィッチガールが騒々しくマリア・ガーネットの勝利を宣言する。

 インタビューを求められても、マリア・ガーネットは応えない。ため息が出るような上半身を、私たちだけじゃなく観客席を埋め尽くす人々にも晒しても平気な態度で、入場してきた時と同じように堂々と歩いて退場する。傷つけられた左腕はそのままにしていると、医療スタッフらしい妖精が飛んできて絆創膏を貼り包帯を巻きつける。

 闘技場で気を失っている女の子も、竜巻のような旋風の魔法にさらわれて一瞬で姿を消した。

 カメラから二人の姿は消えて、画面は一瞬で暗くなる。

 談話室に入ってきたシスター・ラファエルがモニターを操作したのだ。


「さあ、自由時間はもうおしまいです! 明日以降のお勤めに備えるためにも早くベッドにお入りなさい」


 褐色の肌に尼僧服のシスター・ラファエルは、威厳のある声で私たちに指示する。私達も良い子らしく、はあい、と返事をして立ち上がる。


「それにしてもさ、ウィッチガールスレイヤーなんて言うけどあの子だってウィッチガールじゃない。しかもとびっきり変わり種の、全然可愛くないウィッチガール!」

「なのに自分だけは違うって顔しちゃってさ」

「あたし達とは混ざりたくない……みたいな、そういう所が鼻に付くよね」


 テレジア・オパール達がさんざめき、私達より先に部屋を出て行った。去り際に私をチラッとみてフフンと笑ってゆくのを忘れない。

 まったくテレジア・オパールときたら素直じゃないんだから。ここに来る前のあの子は、美しいものには素直に感激する感受性豊かな女の子だったみたいなのに。


 私とカタリナ・ターコイズは、テレジア・オパールたちが食べ散らかしたお菓子のゴミも片付ける。それから談話室を後にした。ドアの近くに立っているシスター・ラファエルにおやすみなさいの挨拶をする。


「おやすみなさい、二人とも」


 シスター・ラファエルはかすれ気味の低い声でそう言うと、談話室のドアをしめた。

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