第48話ドボルカイン

手前ほど鮮やかに奥はぼんやりと視界の彼方へ連なる青い客席。足元のコンクリートはひび割れた箇所を補修してあり、さながら白いイナズマの様

ゆるい日差しの中、従業員数名がゴミの片付け等をしている。その客席のひとつにドボルカイン少年は暇そうに、ぽつりと座っていた



「ううむ・・」

「・・」


双眼鏡で客席からVIPルームを観察する。なんの変哲も無いただのガラス張りの向こうには、慌ただしく机やらイスやらを動かしている無数の人影があった


「(引越しでもしているのだろうか?)」

「それにしたって・・これじゃ意味無いだろ・・」


守るべき要人の位置があまりにも遠すぎる。いざ、何か事が起こってしまったとしても間に合わなさすぎるし、なんの為の警護なのだか


「ああ、なんか・・鳥が飛んでるな・・」


解らない。


空を見上げると遥か彼方に鳥が飛んでいるのが見える。鳥は飛ぶのが仕事だ。

暇つぶしになにか・・・いや、暇ではない。こういう任務だし、そういう仕事だと割り切るしかない


「こんな地球の裏側でも、鳥は飛んでいるんだな・・」




少年は財布の中から『yo-ko-showパーティーチケット』と書かれた紙切れを取り出し、丁寧に折りたたんで紙飛行機を作り


「ふっ!!」


勢い良く空に飛ばしたが


「あらら・・」


形が悪かったのか重心が寄り過ぎていたのか、ほぼその場で真下に落下した


「ワオ!魔球だな」

「(軍人よりもメジャーリーガーになったほうが良いんじゃないだろうか?)」



HAHAHA!!・・・・はぁ、虚しい



仲の良いガールフレンドのドレス姿を想像しながら客席でぐったりするドボルカイン少年。施設関係者の息子や娘は皆、堅苦しい環境で育っていて

羽目など外しようもない。そういう機会にストレスを発散するのがセオリーなのだ。

日本では馴染みの薄いホームパーティーもアメリカでは頻繁に行なわれている。中学、高校のパーティーもその延長線上の感覚になる。

幼少期に父親の転属で日本へ連れてこられた少年にとって

そういった集まりは「自分の故郷を肌で感じる」ことのできるイベントなのだ


「パタパタパタ・・・・」


「おにいちゃんっ!!!」


不意に背後から日本語で呼ばれる


「はぁう!?」


足音からして小さい子が走ってきていたのは解っていたが、まさか自分が呼ばれるとは


「おや、お姫様」

「こんな所を走っていては危ないよ」

「トロフィーや金メダルが欲しいのならあっちでやっておいで」


観客席でエキサイティングしては競技場の立場が無い


「はい、これ!!」


幼女はくすりと笑い、足元に打ち捨てられていた紙飛行機を拾うと、おもむろに差出してきた。どうやら、どこからか見ていたらしい


「やあ、美人さんだね」

「それはキミ宛に差し出した物なんだけど」

「最近の郵便屋さんは優秀だ」


小さい、小さい幼女の手中にある紙飛行機を丁寧に優しく解きほぐし


「無事に届いたようだね」


印刷文字が見えるように彼女の目線の角度にチラリと合わせる


「ドボルカインと申します」

「たった今から、会場はここに変わりました」

「パーティーへようこそ、お姫様。お兄さんにエスコートさせてくれるかい?」



警護対象の手を優しく掴み、キスで挨拶


「・・あっ・・あっ、あっ!!」


顔を真っ赤にして


「エッ、エメリア!!」

「私、エメリアっていうの!!」


身悶える幼女


「あっ、あのっ!」

「えすこーとって何??」


少し不安げな表情。知らない単語なのだろう


「こういう事だよ」


ひょいと抱え上げて胸元に配置する


「わぁっ・・・!」


一瞬驚きの表情を浮かべた彼女は


「ふふっ」


すぐさまに安堵の笑みへと変わる。警護対象ゲットだぜ!




ふと、左手首に付けている腕時計風の量子センサーをちらりと見た。観測者数は概ね変わっていない。果たして警護の必要はあるんだろうか?

その後、売店で一緒に買い物して、下(競技場)で追いかけっこをして居た時


「・・あっ!!」

「えめりあー!」


遠くから駆けて来た幼女に


「・・・・」

「おひさしぶり、おにいちゃん!!」


挨拶を告げられた・・ええと・・この子は・・


「・・・あっ、ああ」

「おひ・・さし・・」


なんだろう、とても頭がぼんやりとする・・・


「・・・・!!」

「ダメっ!!」


幼女に急に飛び掛るエメリア


「わかこつかまえたー!」


馬乗りになり


「こちょこちょこちょー!!」


くすぐり出す


「あっははは!!」

「うーー!!うーーーっ!」


無邪気に悶絶する幼女。日本は平和だ


「(少し疲れたな・・)」


僕は眠くならないタイプの風邪薬を財布から取り出し粉のまま飲み干した。と、その時



「あーーー!!!!」


エメリアが絶叫する。


「きゃっ!!きゃっ!!」


どこからか落ちたのか、はたまたポケットに手を突っ込んだのか、チケットを奪い、一目散に逃げていくわかこ


「ひっ・・・ひっぐ・・」


元気良く走り去って行った幼女と正反対に、出だし一歩目でコケて膝を擦りむいて泣きじゃくる幼女


「(あー・・かわいそうに・・)」

「ほら、おにいちゃんがおんぶしてあげるから、お医者さん行こうね」


早く消毒したほうが良い。とりあえず医務室へ。ああ、始末書どうしよう。口の中が苦い

その後、無事に消毒を終えたものの、逃亡犯がどこへ行ったのか全くわからず、又、関係者なので普通の一般客が出入りできないような所まで

隠れてるかも知れないとの事でおんぶしたまま選手控え室や


「解るか!!(半ギレ)」


ボイラー室まで行ったもののついに足取りが掴めず


「ブーン!!」


非情にも捕獲前に呼び出しのメールが端末に届く


『面談終了。帰路の安全確認の後、指定の中継地点で合流』


今日の任務はこれで終了との事。


「ひっ、、ひっ、、」

「おにいちゃんもう行っちゃうの?」


チケットを奪われ全泣きしているエメリアが更に駄々をこねる


「(うーん、困ったな・・)」

「(たかだか紙切れ一枚でこんなになるとは)」

「・・あ!そうだ」


胸の内ポケットにくくり付けていたへんてこな形のバッヂを取り出し


「D.cain・・・これで良し、っと」


油性ペンで名前を書き


「お兄ちゃんのお護りだよ」

「あのパーティーチケットは今日でもう期限切れだけど、これは・・これからは」

「いつまでもキミを護ってくれるからね!」


幼女に手渡した


「うん・・あっ!!」


受け取ったエメリアは、想定外の重さに前のめりになる


「おっと」


すかさず体を支え、髪をより分けておでこにキスをする


「じゃ、またね!!」


割と有無を言わさずその場を後にした



これは後で知った事なのだが、日本ではあまり・・・というか全く(キスとか)そういう風習は無いらしい。さらに言えば、下手すれば・・いや、下手をしなくても犯罪行為と捉えられるとの事で

文化の壁というのは恐ろしい物だと後日痛感した。

警護対象に手渡した保安官バッヂはレプリカでもなんでもなく、本物だったらしい。なんでも我が家に代々受け継がれてきたとの事だったが、渡した相手が相手だっただけに特に問題にはならなかった。

膝に負った傷も日常茶飯事のようで不問との事。いやあ、さすが艦長殿は心が広いですな。

と、まぁ色々あったが概ねその日の任務は順調に終わった。ジョージ氏を無事に大使館まで送り届け、基地内の自宅に戻る。

手元の量子センサーによれば、1次反射計測を含まない数値で最大瞬間90を超える観測・・(監視カメラは3台)があったらしいとの事で、報告書に記載


「あとは・・」


「その他」の項目に


「託児所は大盛況でした」

「又機会があればよろしくお願いします」


と日本語で追記。半分ぐらい八つ当たりなジョークだが、日本語表記なら「ニュアンスが・・」とかいくらでも言い訳が立つだろう


「ああ、明日の準備もしなくちゃな・・」


学校のカバンに教科書やらなにやらをぶちこみ就寝。





ドボルカイン少年は部屋の電気をそっと消した。軍に所属しながら高校に通うハードスケジュールの為、ほど近いマンションに暮らしており両親とは別居している。施設内にはバスも通っており

同居しようと思えばできるのだが、徒歩で通学できる範囲で親にはからってもらったらしい


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