第45話着信履歴
人の心は脆くて儚い。勉強すれば解ける方程式の様に、正しい場所に合わせれば完成するジグソーパズルのように、自分だけでどうにかできればいいのにね。
・・正直こんな病気になるとは思ってもみなかった。どんな子より強く、たくましい精神の持ち主だと思っていたし、会長さんも居たし、
なにより私はあの人の娘なのだ。根が明るく、気丈な私とは無縁の病気だと思っていた。
「お会計の方、2660円になります」
窓口の向こう側の看護婦から告げられた金額を
「はーい。」
財布から取り出し、会計を済ませた
病院の自動ドアの前で携帯を取り出す。ここのドアは反応が悪くいつも1テンポ待たされるので丁度良いのだ。
「着信あり8件」
どうせ全部政一くんだろうと思ったら珍海とマサラちゃんも混ざってた
「・・・」
視線の外側にちらちらと青白いヘドロのような物が写るが
「プチプチ・・」
それに気づかないフリをしてアルミの膜を破り、薬を飲み込む
「大丈夫、すぐ消える・・」
「すぐ消える・・」
会長は自分の能力の限界を早くから察知し、前々から通院を勧めていたんだけど
「何(の用事)だろう?」
私は「そんな事無い」と思い込んでてココに来だしたのはつい最近の事
「・・・・・」
マサラちゃんの着信履歴から通話ボタンを押す
「おひさー!」
「今どこに居るじゃんよ?」
元気の良い声が響く
「ああ、今ちょっと用事があって、街まで出てきてた所」
「もう終わったんだけどね」
「マサラちゃんは今どこ?」
携帯の向こうからかすかに自動車の通る音が聞こえる
「今、カレー食べに来てるんだけど、このあと暇じゃんよ」
「水無瀬もどっか出かけてるじゃんしよ」
どうやら遊び相手を探しているらしい
「カレーって、今どこ?千葉にいるの?」
「近いんだったら一緒に行こうよ」
まぁ、カレーなんてどこで食べても一緒だけどね
「今、幕張じゃんよ」
「うちがそっち行くじゃんか?」
急いで食べるほど腹ペコでも無いみたい
「ああ、大丈夫、うちがそっち行くよ」
「20分くらいはかかるけど、着いたら連絡するよ」
自宅に戻るルートから反転し、駅の方に向かう。徐々に人ごみに紛れていく。この中にはきっと、私のようにやり場の無い悲しみを背負ってる人が居るのだろう。
理不尽な思いをしている人が居るのだろう。だけども皆、表に出さず抱えて生きているんだ
「あなたが壊した」
すれちがった女性がつぶやく
「・・・・!」
誰だろう。雑踏の中に消えていったその人は間違いなくそう言っていた。怖くて振り返れない
「うう・・」
耳元にうめき声のような、吐息のような物を感じ、足を速める
「・・」
心臓が高鳴り、呼吸が早まる。
「そうだよ」
大丈夫、大丈夫。薬はもう飲んだ。
「私が壊したんだ」
千葉駅。目の前できっぷを買った人がぎょっとした顔で私とすれ違う
「はぁ・・・・はぁ・・」
「まただ、また出てきた」
もう!!この発券機、何度入れても千円札が戻ってくる!!
「もう!!」
「チャリーン・・チャリーン・・」
財布をひっくり返してしまった。手の震えが止まらない
「はい・・」
落とした小銭を隣に並んでいた女性が拾ってくれた
「ひあっ・・!!」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
私が壊してしまった家庭。小銭を手渡してくれたのは、珍海の母親だった。許されていないのだ。私はまだ許されてはいないのだ
「あげます!!あげますから!!」
「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・!」
受け取らずそそくさと改札に向かう
「バシッ!!!」
「・・・・!?」
改札に引っかかる
「あっ・・!!キミ!!」
乗り越えた所で駅員がすっとんで来た
「だめじゃない!乗り越えたりしちゃ!」
「危ないよ!」
すごい剣幕だ
「だってこの機械、いう事効かないんだもん!!」
早くしないと・・・待ち合わせに・・許されない・・
「キミ、きっぷどうしたの?」
「ちゃんと入れた?」
改札に付いている液晶画面でエラー番号を確認する駅員
「私、ちゃんとあげました!」
私は確かにあげたはずなのだ
「あげたって・・何を?」
この駅員、何も解ってない。私は素直に反省しているのに!!
「お金に決まってるでしょ!!」
「なんでそんな事も解らないの!!!」
全く、バカバカしい
「・・・えっと・・誰にあげたの?」
駅員が怪訝な顔を向ける
「珍海のおばさんにあげました!!」
「でもそれは、私が壊したから・・」
「・・壊したから・・・」
頭に霧がかかる。少し考えようとすると、脳がそのまま飛び出して帰って来なくなる様なひどい頭痛
「・・う~っ・・」
「(自分への)罰としてあげたんです!!」
「私は許されたんです!!!」
「許されたのに、ダメだったんです!」
ダメだ・・猛烈に頭が痛い・・
「キミ、ちょっと落ち着きなさい」
落ち着く?私は落ち着いている
「本当にあげたんです!」
「ちゃんと調べて下さい!!」
ちゃんと反省し、それに見合う対価を差し出したはずだ
「わかったから」
駅員がハンカチを差し出してくる
「・・・?」
「どうしてこれを?」
「・・・あ」
泣いた覚えなど無いのだが、気がつくと私の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「・・キミ、きっぷは買ったの?」
「お金、足りなかったんじゃないの?」
急に駅員の態度がやさしくなった。どうやら解ってくれたらしい
「・・・・・・」
「足りないんですか?」
始めからそう言ってくれればいいのに
「足りないのでしたら払います」
「この千円札が・・・ぐっ・・・」
頭が・・・
「何度入れても許されなくて・・」
千円札を差し出す
「場所は・・どこまで行くの?」
いくらなんでも駅員の態度、変わりすぎだろ
「えっと、・・・幕張までです」
正確に行き先を告げる
「少し待ってなさい」
駅員が猛ダッシュできっぷを買いに向かった
「全く・・ツイて無いなあ・・」
携帯を取り出し
「あ、もしもし、マサラちゃん」
「改札が故障しちゃってさあ~」
マサラちゃんに連絡を入れる
「うん。うんそう、千葉駅」
「もう少しかかるけど、ゴメンね」
しばらくして戻ってきた駅員から切符を受け取り、駅のホームへと向かう。私は許されたのだ。・・・・許される・・・・。
機械の故障なのだから、悪いのは向こうじゃない。いくら私が壊したといっても・・・壊す・・?・・・何を・・?
「私が壊した・・・?」
また頭がズキズキと痛む。ついさっきの出来事なのに、まるで一週間前の夢を無理やり引っ張り出してきて思い出すような。
「・・・・・」
油性と水性の絵の具をぐちゃぐちゃ混ぜるような、でも決してその色は混ざらない。妙な感覚
「うん、考えすぎは良くないね」
千葉駅のホーム。構内の食料販売コーナーからは美味しそうな香りが漂う。時刻通りやってきた電車の一陣の風に女性のスカートがひらひらとなびくと、コンクリートの階段をひたすら踏みしめる駅特有の数多の足音が
早足へと変わっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます