第43話暖雪〈だんせつ〉

犬馬のり子が 雲天堂(うんてんどう)に出向いた日から数日が経過したある時の事。病気から回復した珠須雪次郎はどういった風の吹き回しかVIPルームに机やら電話やらを

運ばせ、仕事場として新しく使うべく部屋の改装に取り掛かっていた。



「ああ、そう。机はそこでお願い」

「ありがとう、助かるよ」


黒服に指示を出す珠須


「・・タマスサマ、仕事場は既に別の部屋にあるのでは?」


傍に居るスーツ姿の金髪の男が珠須に尋ねる


「うむ。そうなのだが、子供達と一緒のほうが良いのでな。」

「ああいう、「あからさまに仕事場」という場所よりも」

「こちらのほうが子供達にも親しみやすいし」

「・・なによりも、少しでも傍に居てやりたいと思ったのだよ」


VIPルームの一枚張り大ガラスの向こうに視線を向ける珠須。ゆるい日差しの中、従業員数名がゴミの片付け等をしている


「ナルホド・・私達もそのほうが安心できます」

「それで、ご病状のほうはもう良くナラレテおいでで・・」


病気の心配をしている男性は


「あっ!!パパぁ~~!」


突如現れたエメリアに足元から抱きつかれ少しばかり体勢を崩す


「おお、エメリー。元気だったかい?」


金髪の男はしゃがんでエメリアに視線を合わせた


「うんっ!!」

「とっても元気なのっ!!」


元気いっぱいに再び抱きつくエメリア


「そうかそうか、それはよかった」

「お友達とは仲良くヤッテいるかい?」


たどたどしい日本語と供に頭をなで繰り回す金髪の男。


「あっ!!!」

「そうだった!!」


エメリアは何かを思い出すと


「今ね、今ね、かくれんぼしてるの!」

「来たら「いない」って言ってね」


男の後ろに周り込み、背中にひっつく。主語が抜けていて解りづらいがどうやら犬馬わか子とかくれんぼ(?)をしている最中だったらしい


「やれやれ。動けなくなっテしまったな・・」


男はしゃがんだ姿勢のまま身動きが取れず苦笑いを浮かべる


「くっ・・ふふ・・」


見守っていた珠須がやさしい笑みを浮かべた



この金髪の男の名は ジョージ=アイザック と言う。エメリアの実父であり駐日アメリカ合衆国大使を勤めている。珠須の病状を聴き多忙の中駆けつけたのだが、

すでに本人は回復した後だったのだ


「ん~いない~・・」


エメリアが父親の背後に隠れて間もなく犬馬わか子が部屋に入ってくる


「えめりあ~、どこ~?」


そのまま部屋をぐるぐると探し出す。


「ふふ・・」


隠れていたエメリアは、わか子の歩調に合わせて死角になるようにぐるっと父親の周りを一周する


「おじぃちゃん、えめりあどこ行ったか知らない?」


困り果てたわか子が珠須に質問する


「ふふ・・」

「近くに居るよ。」

「エメリアはずっと近くに居るよ」


珠須は目線で、エメリアの隠れている父親の方を指した


「・・・あっ!!」

「おじいちゃん!!教えちゃダメでしょっ!!」


父親の陰からひょいと出てきて両手をグーの字に上げ抗議するエメリア


「いたー!えめりあいたー!」


抱きつきの姿勢でわか子が走り寄り


「きゃっきゃっ!!」


エメリアが喜び逃げ惑う。2人はそのまま部屋を退出して行った。かくれんぼというよりは鬼ごっこに近いようだ


「・・あのまま成長していってくれれば良いのだがな」


珠須は2人が出て行った方を見ながらつぶやいた


「・・あなたに預けておけばきっと、大丈夫でショう」


ジョージが腰を押さえながら答える


「すまんな・・こんな・・人質の様な真似はしたく無いのだが」


申し訳無さそうに頭を下げる


「いえいエ、私達が望んでシている事でスよ」

「珠須サマが御無事なら、それがなによりデす」


ジョージも深々と頭を下げ


「それでハ私は仕事がありますのデ」


部屋の前に待機させていた秘書と供に大使館へと帰って行った。部屋の配置を済ませた黒服達も又、各自の持ち場に戻っていったようだ


「ありがとう。感謝しているよ」


ソファーに横たわり右手を顔の上に乗せると


「(次の日程を決めねばな・・)」


天井の照明から放たれる緩い光が指の間を伝い差し込んだ。



「珠須様。」

「犬馬のりこ氏がお見えです」


唐突に部屋の入り口から報告が聞こえる。と同時に犬馬も部屋の中に入って来た


「やれやれ、今日は忙しいな」

「うっく・・・」


横たわっていた姿勢から上体を起こし、テーブルの方に体を向ける


「あっ・・、会長さん、お休みの所ごめんなさい」

「あっちでいいかな?」


犬馬が「隠し部屋」のほうに歩き出す


「おじいちゃんでいいよ。」

「・・どうした犬馬?顔色があまり良くないみたいだが」


珠須が立ち上がり、後に続いた




「またあの時の事を思い出してしまって・・」

「珍海の・・・お母さんの事・・」


座敷に座るなり本題を切り出す犬馬


「そうか・・それは辛かったろう・・」

「・・ (度々思い出すと言っていたな・・)」


鉄の扉を


「何か飲むかね?」


施錠し終わった会長がやってくる


「いえ、結構です・・」

「それじゃ、早速・・あっ!」


「会長は・・その・・政府と提携して国を動かしているんですよね?」


犬馬が唐突な質問を切り出した


「・・・うむ。「私が」というより「アプリ坊主が」だがな」

「元々アプリ坊主とは国政に置ける、支援活動のような役割をしている」

「それがどうかしたかね?」


真剣に犬馬と向き合う会長


「会長は、この国に何の疑問も感じないんですか?」


犬馬の顔に徐々に感情が入り始める


「疑問と言うと・・?」


質問が大雑把過ぎて良くわからないようだ


「私は・・もっと・・自由に恋愛がしたい」

「この国がもっとまともなら」

「私はこんなふうになってなかったっ!」

「珍海だって・・」

「珍海の事だってもっともっと好きになれた!!!!」

「・・・・こんな国」

「こんな国なんか滅んでしまえばいい!!」


うつむく事はせず、気丈に前を見て感情を吐き出す。


「叔父さん、叔母さんの見てる前で無いと抱き合えないなんて」

「私、そんなの耐えられない」

「こんなの絶対間違ってるっ!!!」

「う”っ・・う”~~っ」


胸のあたりを鷲づかみにして犬馬は言葉を止めた。閉じた目から行き場所を無くした大粒の涙が落ちる


「落ち着きたまえ犬馬君」

「・・滅べば良いなどと・・・滅多な事は言う物じゃない」

「その・・・気持ちは解るが、君達はまだ未成年では無いか。」

「世の中には好き逢っていても抱き合えない恋人達がごまんと居るのだよ」

「・・・」

「君達は恵まれている方だ」



会長は立ち上がると犬馬の隣まで行き、


「どうか安心して欲しい」

「大丈夫だ、私が少しづつ変えてみせる」

「今度こそ、君達を守ってみせる」


背中をさすった


「・・・」


犬馬は会長の着物のポッケからひったくるようにしてTENGOを奪うと


「もう何も思い出せなくてもいいから・・」

「お願いします・・」


ズボンを降ろし、老体の局部に取り付けた


「(犬馬君・・)」


悲しげな顔で犬馬の頭を撫でる会長


「うっうっ・・」


犬馬は涙ながらにTENGOを手でさすり、口に含み、自分の股間に当てこする。やがて会長の股間から大量のオーラが噴き出すと犬馬を優しく包み込んだ。



「あれ??私、なんでここで眠ってるんだ?」


犬馬がVIPルームのソファーで目を覚ます。密着するように妹のわか子が添い寝していた


「覚えてないのかね?」

「妹の様子が気になってという事だったのだが」


近くに居た会長が目線を犬馬わか子に向ける


「・・・・」


犬馬は何か大事な夢を見ていた気がしたが


「ああ、そうだった。」

「この子(わか子)はちゃんとやってる?」

「エメリアにもしもの事があったら・・」


思い出せない。わか子をそっと撫でる手はかすかに震えていた


「大丈夫だよ。仲良くやっているさ」

「それにね、「友達」っていうのはそんなに堅苦しい関係では無いだろう?」

「少しは妹を信じてあげなさい」


会長が少し寂しそうに笑う


「それとね・・・犬馬君。」

「珍海君の事ももっと頼ってあげて欲しい。何も遠慮する事なんてないんだよ」


犬馬が部屋を退出する時、ドアの近くまで見送りに来た会長は疲れた様子でそう諭した


「???・・はい。」

「わかりました」


きょとんとした顔の犬馬は「なにも解ってないがとりあえず返事だけは返す」といった感じにVIPルームを後にした。


「・・ふぅ・・・」


「・・兄さん・・」

「私はちゃんとやれているでしょうか・・・?」


どっかとソファーに座り込み天井を仰ぐ。犬馬を励ましていた力強い表情は消え、寂しげな顔を覗かせる。何もかもを一手に引き受けるにはもはや

年を重ねすぎていた。普通の老人であれば今までの人生を懐かしく思い、先に旅立って言った友を思い、孫の行く末を想像して微笑むぐらいの余裕はあった

のかも知れない。だが珠須には他にやるべき事があった。老体にムチを打ってでも進まねばならない理由が。










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