第42話犬馬のり子の休日〈後編〉

雲天堂(うんてんどう)応接室。大きなガラス張りから見下ろす工場内はゲーム会社の持つ華やかなイメージのソレでは無く、まるで外国映画に

出てくるような派手な銃撃戦でも起きそうな「とても無機質なただの工場」だった。政一君がそうしたのだろうけど、見学にしては案内の人などがいる訳でもなく

エスコートされるままに私はこの「見張り台」の様な応接室まで来たのだ



「ささ、どうぞどうぞ。」


政一君の勧める手の先には犬の着ぐるみがあった。普通こういうのって、せいぜいパジャマの延長の様な物だと思うんだけど


「あ、うん・・・ありがとう」


こんなデパートで風船を配ったりしている様なごつい着ぐるみ貰っても・・・何に使えと・・?


「これね、この中に入るととっても落ち着くんだ」

「雲天堂(うんてんどう)の特殊技術が使われてるんだって」

「あっ、ごめん。今着てみてくれないかな?」


着ぐるみの頭をガポッと取り外し政一君が催促する・・・って、今着るの?コレ?


「う~、うん・・」


靴を脱いで、転ばないように恐る恐る足を通す。・・う~ん・・どうやって情報を聞き出そう。


「それじゃ~フタ閉めるよ~」


政一君が外から着ぐるみの頭部分を嵌めた


「落ち着くってったってこれってどんなんよ(笑)」


周りから見たってシュールに違いない。まったく・・・・


「うわっ・・暗いよコレ(笑)」


――暗い。・・・


――暗い。でもなんか違う暗さ。消したモニターの奥になにかが写っている様に、完全な闇ではない暗さ。


――暗い。閑散とした映画館でただ一人何かを観ている様な暗さ。・・いつか観ていた暗さ。その中央。スクリーンに映し出されていたものは最初ぼやけていたのだけど、気がつけばその中に私は溶け込んでいた



「ごめんくださーい!!」

「ピンポーン♪」

「ごめんくだーい!!」

「がやがやがや・・」


けたたましく玄関のチャイムが鳴る。


「・・・・」


窓を全て締め切った真っ暗闇の部屋。とてもとても暗い部屋。テレビから反射する青白い光が毛布に包まった少女を映しだす


「えー、今私は犬馬選手の自宅前に来ております」

「あっ、失礼しました。元プロアプリ坊主の犬馬カケル氏の自宅前からです」


家の外。リポーターが慌てて訂正する


「・・・」


画面の右隅に「Live映像」と小さくロゴマークが付いている。犬馬邸の目の前からの生中継らしい


「・・それでですね、犬馬カケル氏の長女が痴漢被害に遭われたという事なんですが」

「ご覧ください」


リポーターがぐるっと手を広げると、カメラもそれに合わせて旋回し


「このように大勢の報道関係者が詰め掛けています」


視聴者に解りやすいように状況を映し出した。各局の関係者が押し合いへし合い玄関前は黒山の人だかりだ


「○○さんそれで、被害に遭われた娘さんはいらっしゃいましたか?」


スタジオがリポーターに尋ねる


「それがですね・・」

「・・・」

「今、お時間が無いようで・・」


リポーターは曖昧な返事でお茶を濁した。


「・・・そうですか」

「では現場からスタジオにカメラを戻します」


アナウンサーが生中継の放送をスタジオに戻す


「はぁ~・・」


わざとらしく演技のため息を漏らすアナウンサー


「犬馬選手といえばついこの間現役を引退したばかりで、」

「この報道特番でも何度も特集を組ませてもらった大選手です」

「その娘さんがこのような被害に遭われて本当に残念です・・」


他のコメンテーター達も皆沈痛な趣だ


「・・ってない・・」

「そんな事・・・思ってない・・」


少女は涙で目を腫らしながら画面に見入る。いや、本当は見えていないのかもしれない。それは暗闇の中、街灯に引き寄せられる蛾のように、テレビから放たれる青白い光にただただ吸い寄せられているかの様だ。


「ピンポーン♪」

「ごめんくださぁい!!」


別のテレビ局の人間だろうか。不意にチャイムが鳴る


「――ひっ!!」


過敏に反応した少女は頭から完全に毛布に包まった


「それでですね犯人なんですが、どうも同級生らしいんですよ・・」


コメンテーターが深刻な表情で口を開く


「・・・?えっ・・!?」

「それってどういう事でしょうか・・?」


別のコメンテーターが聞き返す


「というのも、今回の事件の舞台は「視線制御装置」を廃止表明している学校なんです」

「それでですね、全国に先駆けて取り外し等を行なっていた訳ですが・・」


慎重に言葉を選ぶコメンテーター。どこのTV局も国の天下りが重要なポストに居る為(国益に反する様な)うかつな発言はできないのだ


「つまり犯人は「女性を実際に目視した、目視できた上で好みだと判断して凶行に及んだ」・・ということでしょうか?」


別のコメンテーターが質問する


「ええ。そうです。」

「やっぱり女性保護や痴漢防止の観点から見れば」

「視線制御装置が果たしていた役割というのは大きい訳です」


本当に残念そうな表情で答える


「こんな(倫理的に危険な)学校に通わせるというのも・・今後を考えさせられる事件ですよね・・」


女性コメンテーターが意見を求める


「全く(その通り)ですね」


司会者含め出演者全員が「今の世の価値観に一切疑問を持たない」という茶番の中、番組は終了した。あるいは本当にそう思っているのかも知れない。

皆、自分の常識が日本の常識であり世界の常識。中にはそれが間違っていると認識できる人も居るかもしれない。だが結局は周りの価値観に引っ張られてしまう。

日本人とはそういう国民性なのだ。



「――ごめんなさい」



毛布の中の少女が吐き出すようにつぶやく


「――ごめんなさい」


その少女の未来の姿。着ぐるみの中の犬馬が重ねてつぶやく


「――ごめんなさい」


玄関の前。靴を履き出かけようとしている少女


「――ごめんなさい」


ドアを開けた目の前で


「――ごめんなさい」


事切れた中年の女性と目が合う


「ひっ!!!!!!」


既に体温は無く、微動だにしない眼球は真っ直ぐ玄関に向けられていた



「ううっ・・!!」

「げぼっ・・!!」

「ぐぷっ・・・げぇぇぇぇ!!・・」


なにこれ?なにかの冗談でしょ!!?死んでるっ・・・!!人が死んでるっ!!!


「・・のり子さん!?」

「のり子さんっ!!」


なんで、なんで家の前で!!!


「・・ぐぼっ!!」

「・・ボトボトボトボトボト」


苦しい・・押えてるのに・・隙間から・・苦しい・・・


「ぶほっ!」

「ドボドボドボ」

「げぇぇぇっ!!!げぇぇぇっ!!」


鼻の奥に強い酸のような物が詰まり周りの音が聞こえなくなる。視界が白で埋め尽くされていく。・・意識が・・・。




「のり子さんまたね」

「・・・お大事に」


おそらく政一君が手配してくれたんだと思う。病院で目を覚まし、事情をどう説明したのかもはっきりとは覚えていないが、気がつくと私は車で自宅まで送られていた。


「ただいま・・」

「・・・遅くなってごめんね」


頭の中は真っ白だった。


「犬馬・・」


珍海が心配そうな顔を向けてくる


「本当にごめんっ!!」


向けてきた顔をかわすようにバスルームへと駆け込む。気持ちの整理がつかない


「・・・・」

「・・・・」


でもそれは一人になっても同じだった


「ザー・・・・・」


何も考えれない・・


「ザー・・・・」


シャワーの音が聞こえる・・・


「ザー・・・」


もういいや・・とりあえず今日は寝よう



「どこ行ってたんだ犬馬、心配したぞ」

「せめておまえ、携帯ぐらいは電源いれておけよ」


リビングルームで珍海の言葉が胸に刺さる


「うーうん・・・・」

「ごめん・・」


本当にごめん・・・珍海・・


「今日ちょっと疲れちゃったから・・」

「明日また話すよ・・」


病院でハミガキ等はしたが食道がひりひりと痛む気がする。鼻の奥も痛い


「・・」

「ごめん珍海、おやすみ」


牛乳とかで治るだろうか?。飲みすぎてもまた吐くだけかな・・?


「ああうん、おやすみ・・」




珍海とのやりとりも程々に、私はベッドに倒れこんだ


「・・・・」

「~~~!!」


・・目をつぶると、あのうらめしそうな顔が浮かんでくる・・


「また・・・」

「また消して貰わなきゃ・・」


ふとしたことがきっかけで思い出してしまう・・


「どうしてこんな目に・・」


・・・怖い。でもそれ以上に、申し訳ない。・・珍海あつしの母親は私が殺したも同然なのだ。


「・・・。」


搬送先の病院で珍海が泣いていた。珍海の父親も頭を抱えたまま泣いていた。珍海の母親に首から絡まっていた縄は取り外されていたが、あの姿勢のまま二度と動き出す事は無かった。



「この度は災難でしたね」


珍海を保護監視している警察官が「私を」慰める


「――やめてください」


私が加害者なのだ。


「おっと失礼」

「あくまでこれは(この会話は)警察としての仕事ですから」


苦笑いで言い訳をする警察官


「苦しい・・」


息苦しい。こんな世界からは逃げ出してしまいたい。もっと自由に暮らせる所にいきたい。今の世は「自由に翼を広げられる」訳では無く「あらかじめ誰かによって広げた翼を収納するスペースが用意されている世界」

なのだ。そこから少しでもハミ出れば、有無を言わさず切り取られてしまう。


「私は・・」


私はこの世界が憎い。「右へ倣え」の決められた物しか受け入れられない日本が。狂った価値観を妄信してしまう日本が。


「ならばせめて・・」


嘘をついて生きよう。見なかった事に、気づかないフリをして無かった事にしよう。そうすれば楽になれる・・・それで良いんだよね・・


「珍海・・」



過去と現在が交錯し後悔に枕を濡らすまどろみの中、少女の口から出た最後の言葉は、自ら破滅へと追いやってしまった大切な人の名前だった。腐臭漂う世の中で「せめて」もと幸せを求める心に救いは訪れるのか。

あるいはもう救われているのだろうか。


「(犬馬・・もう寝てるのか・・)」


就寝後、部屋に来た珍海には犬馬の複雑な心中を知る由も無かった。





















































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