第39話犬馬のり子の休日〈中篇〉
千葉の住宅街。大通りに出てみれば、コンビニからその次のコンビニの看板が見えるくらいには商業激戦区であり、買い物などの交通の便には不自由しない。犬馬のり子の目的地であるコンビニ
への買い物も本来であればそう大した時間を要するものでは無いはずであった。
――だが御津飼に呼び止められ、彼女の予定は大きく狂う事になる。
「のり子さん、おはよう」
・・・! びっくりした・・急に背後から。
「・・・大事な話があるんだど・・」
「・・・ちょっといいかな?」
クラスメイトの政一君だ。・・・・なぜこんな所に・・?
「政一くん、おはよう~」
とりあえず挨拶を返す。・・・大事な話・・・なんだろう?
「ここじゃなんなんで、良かったら場所を変えたいんだけど?どう?」
そう言いつつ彼は止めてあるタクシーの方に目線を持っていった。
「・・・」
ここはうかつな返事はできない。なぜなら政一君は「――ちょっと用事が在る。」そう言えば簡単に引き下がってしまうような性格をしているからだ。
「なんだろうなぁ~?」
「ふふ・・」
会長の能力を信用して無い訳では無いけれども、万が一その「大事な話」とやらが私と珍海に関わる事だったら大変な事態になる・・・・。
「ささ、どうぞどうぞ」
ぐいぐいと背中を押してくる。ついこの間まで女性と目が合っただけで犯罪者認定されていた国でよくやるわ。さすが権力者の息子は違うね。
「じゃ、出して下さい。」
政一君は私の左に座ると、タクシーの運転手にそう告げた。
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私と珍海が「友達」になってから数年した頃、ある転機が訪れた。
地元の小学校の教室。昼休みということもあり、皆のびのびと休憩の時間を過ごしていた。ここの学校は全国に先駆けて「視線制御装置」を廃止させていて、
早くも男女間で会話してる猛者達も現れ始めた。クラスの後方には小さいながらもマスの目状に並んだロッカーがあり、赤や黒いランドセルが押し込まれている。
そのロッカーにもたれかかる様な形で犬馬のり子と珍海あつしは手を繋ぎ、談笑しながら休憩していた。
「それでさぁ~」
「お父さんったら久々にこっちに帰ってきたと思ったらすぐお母さんと出かけてっちゃって・・」
「・・・今家に誰も居ないんだ」
昼休みの教室。児童の大半は校庭に遊びに出かけている
「ふぅん、引退したばかりなのに忙しいんだな」
珍海あつしがぽつぽつと答える
「・・・」
「まぁね・・あっ、そうだ」
「今度ね、犬を飼うことになったんだ」
犬馬が顔を覗き込む
「なんだよ、随分唐突だな・・しかも」
「なんで俺の顔見て言うんだよ」
至近距離で目線が合い、珍海は顔を赤らめつつ茶化した
「べっつにぃ~・?」
「・・あっ、珍海ちょっと・・」
犬馬も顔を赤らめる
「「ちょっと」・・なんだよ・・?」
目を背けながら空中に言葉を漏らす珍海
「・・先生に・・プリント・・・取ってくる様に言われちゃって」
犬馬はしどろもどろになりながら説明する
「なんだよ、もっと早く言えよ。」
「解った。一緒に行こうか。」
犬馬に手を引かれ、プリントを取りに行く珍海。だが
「ええ・・・?」
「どこにプリントあんのこれ?」
やってきた先は、普段生徒が滅多に出入りしない「第二準備室」だった。使われて居無い机やらストーブやらが所狭しと並んでいる。
「・・・・」
犬馬は後ろ手で準備室のドアを閉めると
「珍海・・」
背後から抱きついた
「な、なんだよ・・」
「・・・」
「プ・・・プリント!・・・プリント探さないと・・」
背中に柔らかい物を感じ、動転する珍海
「・・・」
「・・ウソだよ。」
「プリントはウソ・・。」
そのまま珍海のズボンの中に手を入れる
「はぁ??」
「ウソっておまえ・・あっ・・・」
「・・ハァ・・・ハァ・・」
押し寄せる快楽に抗えず目の前の机に伏せる珍海
「あれれ?」
「・・硬くなってるなぁ~?」
「・・はぁ・・はぁ・・」
犬馬は耳元で意地悪気に囁いた。
「・・おまえちょっと・・!うっ・・・・!あっ!!」
「授業・・・・!!授業始まる・・・・っ・・」
珍海は顔を赤らめたまま身動きが取れない。
「・・ねえ?珍海。」
「家で・・・続きしよ?」
犬馬の吐く息は熱を以って水蒸気となり珍海の耳にぬくもりとして伝わった。
「・・今日・・私の家に・・」
何かを言いかけた犬馬だったが
「あ~~っ!!」
「えっちな事してる~~!!!」
普段滅多に人の来ない第二準備室に運悪く別のクラスの男子がやって来た
「えっ!?、・・・あっ、その・・」
「ち、、、違うんだ・・」
しどろもどろになる珍海。ずり下がっていたズボンをたくし上げ、「カチャカチャ」とベルトを締める
「ワイセツだぁ~!」
「ツーホーだぁ~!」
調子に乗る男子達。携帯を取り出し、撮影する者も居た。
「違うんだって!!」
「おい、犬馬!何か言ってやってよ!!」
必死に呼びかける珍海。だが
「あっ・・・うっ・・」
「~~~~!」
へたり込んだ犬馬は真っ赤にした顔を両手で押えつつ首を振る。
「~~~!」
犬馬にとってよほど恥ずかしかったのか。勇気を振り絞っての行為だったのか。塞ぎ込んで身動きが取れない。小学生・・しかも女子にとっての顔から火の出るような
恥ずかしさは目の前の現実から逃避させてしまうには充分だった。
「ター・イー・ホ!!」
「ター・イー・ホ!!」
「ター・イー・ホ!!」
誰かが呼んだのか、はたまた最初から居たのか。他のクラスの男子や女子も野次馬に加わる。
「犬馬!!犬馬!!」
「犬馬・・・・・。」
あきらめずに犬馬の肩をゆする珍海
「んっ・・!んっ・・!」
「ん”~~~!?」
どこかいけないツボでも押してしまったのか、それとも別の原因があったのか。
「あ・・・」
犬馬の座り込んでいた所から大量の水分があふれ出し、膝先まで広がった。
「う”っ~~~!!」
自ら排出した水分の上に覆いかぶさり、泣き崩れる犬馬。
生徒達の後方、廊下からやって来た教師が野次馬を元のクラスに帰すまで、珍海は手を差し伸べることもできず黙って見守るほかは無かった。
「―お知らせします」
「―とり急ぎお知らせします」
「6年AからDまで全学級の先生方」
「至急職員室までお越し下さい」
すぐさま第一発見者の教師が校内スピーカーから召集の声を掛けた。
「一体全体何が・・」
事態を知らない教師達だったが、緊迫した様子の放送を「なにかおかしい」と感じ取ったらしく、皆迅速に職員室に向かった。
「おお、矢来(やらい)先生、お待ちしてました」
「では早速ですがこの問題について大きく3つほどまとめましたので検討願います」
よっぽど時間が惜しかったらしく、最後の6年D組の担任が到着すると同時にすぐさま「事件について」検討される運びとなった。主な議題は次の3つ
1 生徒達に 緘口令(かんこうれい)を敷くか否か。
2 警察が来た場合を想定し、彼らに包む「車代」をいくらに設定するか。又、受け取らなかった場合の対応はどうするか。
3 珠須会長(この学校にも出資している)に助けを求めるか否か。
早い話「隠蔽するかしないか」それを話し合うための物であったが、成功、失敗どちらに転んでも教師達にはリスクしか無い。緘口令を敷くにしても噂などはとっくに広まっており、
今更うまくいくとも思えない。車代を包むにしても、後々ゆすられるのがオチである。
又、珠須会長に助けを求めるにしても、事態が好転するとは思えなかった。(珠須会長の能力は学校側に伏せられている)一見珍海達の事を思っての行動に見えるがその実、教師達は皆、己の保身しか頭に無かったのである。
「とにかく会長に連絡を・・」
「いやいや、待ってください。隠蔽するなら徹底的に・・」
「そもそも、私達(と学校)だけ首を切られてしまう可能性もあります」
「まさか・・あの会長に限って・・」
「わからんよ、皆、己の身が一番大事だ」
「校長に相談してみては?」
「いやいや、それこそ危ない」
6年の教員が集まり10分程すったもんだしているうちに早々と警察が到着し、なんの方向性も打ち出せないまま事情聴取の運びとなる。最悪の事態だ。
口裏を合わせようにも足並みが揃っていなければ、バレるのがオチである。事ここに至ってはもはや成り行きにまかせて処分を待つほかは無い。
「重罪」
珍海の犯した罪は、すべてをひっくるめるとそれ以外の何物でも無かった。犬馬の顔と手から珍海の体液が検出された。
「本人同士がいくら納得していようが関係ない」
その罪は周りによって裁かれる
我々の知る世界でも似たような事があるのを、あなたは知っているはずだ。国によって結婚年齢や価値観が違うのに、自分の国の基準や数値が正しいと思い込み、まるでさも当然のように
それを他の国に押し付け、ののしる輩を。これはその規模を縮小させたに過ぎない。
「――誰も迷惑して無いのに」
この事件は言わば周りによって「作られた」事件であった
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「・・・さん」
「のり子さん!!」
誰かが私を呼ぶ。・・・ああ。
「着いたよ。」
「ささ、降りて降りて」
政一君が手を伸ばしてきた。
「あっ・・・うん、ごめんね」
「少しぼーっとしちゃってて」
ぐいぐいとお尻で出口側の座席まで移動すると、政一君の手を取ってタクシーを降りた。
「・・・なにここ?刑務所?」
飛び切りの笑顔と冗談でお茶を濁す
「あっはは」
「ここにプレゼントを用意してあるんだよ」
政一君はそう言うと、携帯を取り出し、ゲートの前でなにやら話し始めた。
「・・・」
「・・・雲天堂(うんてんどう)・・」
ああ、前に会長が話していた会社か・・。もっと華やかな所だと思ってたのだけど、こんな厳重な警備だなんて・・・エメリアの家じゃないんだから・・
「(寂しい所・・)」
辺りは閑散としていて、まるで定規をそのまま引き伸ばしたかのような真っ直ぐなコンクリートの塀が淡々と続いていた。
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